2019 年 61 巻 12 号 p. 2604-2609
症例は80歳代男性.胃角大彎に,陥凹性病変を指摘し,生検にて中分化型管状腺癌の診断となった.分化型の粘膜内癌と診断し胃粘膜下層剝離術(ESD)の方針とした.ESD時の観察では,陥凹部に連続する褪色調領域を認めた.NBI拡大観察では陥凹部の表面は無構造で,密度の高い不整な微小血管構造を認めた.褪色調の領域は大小不同の乳頭状構造で密度の低い微小血管像であった.ESD切除標本の病理組織学的所見は,陥凹部に神経内分泌マーカー陽性の大細胞神経内分泌癌を,褪色域は神経内分泌マーカーが陰性の高分化型管状腺癌を認め,mixed adenoneuroendocrine carcinoma(MANEC)と診断した.今回,われわれが経験した早期胃 MANEC症例を,拡大内視鏡所見の詳細と合わせ報告する.
胃の神経内分泌癌(neuroendocrine carcinoma(NEC))は胃癌全体で0.1-0.6%の発生頻度とされ,進行が急速であり早期で発見されることは稀である 1)~4).
WHO分類では,腺癌と内分泌細胞癌/NECの複合型癌について,同一癌巣に腺癌成分とNEC成分が共存し,それぞれが量的に癌巣の30%以上を占める癌種をMANECとWHO分類は定義している 5).しかしながら,早期MANECの内視鏡的特徴を報告した症例は少ない.今回,われわれは早期MANECにおいて神経内分泌癌領域と腺癌領域を内視鏡的認識し得た症例を報告する.
症例:80歳代,男性.
主訴:なし.
既往歴:特記すべきことなし.
家族歴:特記すべきことなし.
生活歴:飲酒歴なし.喫煙歴なし.
内服歴:エソメプラゾール マグネシウム水和物.
現病歴:201X年1月に胃体中部後壁に出血性胃潰瘍を認め,入院加療した.201X年3月に経過観察目的のため,上部消化管内視鏡検査(EGD)を施行した.胃体中部後壁の潰瘍は瘢痕化していたが,それとは別に胃角大彎に,径8mm大のびらんを認めた.生検にて,中分化型管状腺癌と診断した.分化型の粘膜内癌と診断し,201X年4月に内視鏡的粘膜下層剝離術(ESD)目的に入院となった.
来院時現症:身長159cm,体重58kg,血圧120/80mmHg,脈拍70/分,腹部診察は特記事項なし.
血液検査:貧血や炎症反応の上昇なし,血清 H. pylori 抗体3.0U/ml(除菌歴なし).
腹部造影CT所見:胃周囲のリンパ節の腫大や明らかな遠隔転移は認めなかった.
上部消化管内視鏡検査所見:通常観察では胃角大彎に8mm大の発赤調不整陥凹を認めた(Figure 1).陥凹辺縁は境界明瞭であり,陥凹後壁側には周囲に比べやや褪色調の平坦領域を認めた.また背景粘膜は木村・竹本分類O-Ⅰの萎縮を認めた.NBI(Narrow band imaging)拡大観察では陥凹部の前壁側は境界が明瞭であった(Figure 2).陥凹内は粘液の付着を認めたが,一部露出した表面構造は無構造で,密度の高い不整な細かい微小血管構造を認めた(Figure 3).一方,陥凹部後壁側は大小不同で不整な乳頭状構造を認めた(Figure 4).
上部消化管内視鏡所見 通常観察像.
胃角部大彎に発赤調の陥凹性病変を認めた.陥凹部は境界明瞭であった.さらに陥凹部の後壁側に周囲に比べ褪色調の領域を認めた(矢印).
NBI像拡大像.
陥凹部の前壁側は境界が明瞭であった.
NBI像拡大像.
陥凹内は白色粘液の付着と,一部露出した表面構造は無構造であった.内部の微小血管構造は密度の高い細かい構造を認めた.
NBI像拡大像.
陥凹部後壁側は無構造の箇所から連続して不整な乳頭状構造を認めた.
病理組織学的所見:切除標本のHE染色像では,陥凹部に一致し腫瘍性病変を認め,粘膜下層(粘膜筋板から1,700μmまで浸潤)へ浸潤していた(Figure 5).腫瘍組織は腺管構造に乏しく,シート状かつ充実結節状に増生する成分と,不整な大小不同の腺管構造が増生する成分の2つのコンポーネントが連続する所見であった.免疫組織学的染色では,シート状構造を呈する腫瘍細胞は神経内分泌マーカーであるsynaptophysinが陽性(Figure 6),chromogranin陽性であった.一方で腺管構造を呈する領域では神経内分泌マーカーsynaptophisinならびにchromograninは陰性であり,高分化型管状腺癌と判断した.神経内分泌マーカー陽性の腫瘍細胞はN/C比が高く,クロマチンに富む類円形から紡錘形核を認め,成熟リンパ球より3倍の大きさであった(Figure 7).核分裂像は約20/10HPFであった.また同腫瘍のKi-67 labeling indexは約35%であった(図省略).以上より,神経内分泌マーカー陽性の腫瘍組織はLarge cell neuroendocrine carcinoma(LCNEC)であった.
病理組織像(HE染色).
腫瘍組織は腺管構造に乏しく,シート状かつ充実結節状に増生する成分(赤色線部)と,不正な大小不同の腺管構造を呈して増生する成分の2種類が連続するように認めた(緑色線部)(×40).
免疫組織化学染色像.
Synaptophysinは腺管構造が乏しい領域で陽性であった.一方で腺管構造を認める箇所で陰性であった(×40).
HE染色像.
神経内分泌マーカー陽性の腫瘍細胞はN/C比が高く,クロマチンに富む類円形から紡錘形核を認め,成熟リンパ球より3倍の大きさであった(×200).
切除標本内にLCNECと腺癌組織のマッピングを提示する(Figure 8).腫瘍組織におけるLCNECと高分化型管状腺癌の占める部位がそれぞれ60%と40%であったことから,早期胃MANECと診断した.病理学的最終診断は,Mixed adenoneuroendocrine carcinoma,SM 2(1,700μm),UL-,ly(-),v(+),HM(-),VM(-),9×8mm,0-Ⅱcであった.
切除標本における腫瘍組織のマッピング.
画像右方向が口側.各切片は矢印方向から切り出した.腫瘍は切片4から6に認めた.陥凹部に一致してLCNECが認められ,それに隣接するように腺癌が認められた.腫瘍組織におけるLCNECと高分化型管状腺癌の占める部位がそれぞれ60%と40%であったことから,早期胃MANECと診断した.
内視鏡画像所見と対比すると,陥凹部には表面が無構造の領域を認めたが,同部位はLCNECのマッピングと合致した(Figure 9).一方,陥凹に連続する乳頭状構造を示す領域と高分化型管状腺癌のマッピングは合致した.
内視鏡との対比(白線は標本上の割線の仮想線).
陥凹部には表面が無構造の領域を認めた,同部位はLCNECを認めた(赤線).一方,陥凹に連続する乳頭状構造を示す領域と高分化型管状腺癌を認めた(緑線).
治療後経過:術後第5病日で退院した.患者には改めて病理結果ならびに追加外科切除を勧めたが,患者は希望しなかった.術後約1年8カ月経過したが再発を認めず生存中である.
MANECの発育経路には,2つの仮説が提唱されている 6)~8).1つは腺癌の発育・進展中に腺癌細胞が脱分化して内分泌細胞になるという説であり,2つ目は単クローン性の多分化能を有する上皮幹細胞が2つの成分に分化するという説である.本症例は腺癌成分と神経内分泌細胞成分がそれぞれ明瞭な組織分布を有し,かつ両者の移行像を認めたことから,腺癌が脱分化し神経内分泌癌へと発育進展したと考えた.
われわれが経験した早期胃MANECは肉眼形態が0-Ⅱc型であり,NEC成分を認めた領域は発赤調であった.医学中央雑誌ならびにMEDLINEで検索した結果,早期胃MANECの症例報告は6例であった(Table 1) 9)~14).肉眼型は6例中4例が0-Ⅱc型で,隆起型病変も0-Ⅰ型と0-Ⅱa型が1例ずつ認められたが,自験例同様に陥凹を呈する病変が多かった.中平らは胃内分泌細胞癌の内視鏡的特徴を検討しているが,その中でNECならびにMANECが陥凹を呈する理由はNEC成分が通常腺癌に比べ急速な発育や浸潤能を有することによるのではないかと考察している 15).また,0-Ⅱc型4例中3例において陥凹部が発赤調を呈しており,本症例同様,密度の高い微小血管がNEC組織内で増生していた可能性が示唆される.
早期胃MANECの報告例(自験例含む).
NBI拡大内視鏡所見と病理所見を対比すると,NBI拡大内視鏡所見上,陥凹内部の表面構造が消失していた部位にほぼ一致してNEC成分が認められた.Table 1に示す既報のうち,NBI拡大内視鏡所見を提示した症例は2例あり,1例は腫瘍部における表面構造の消失 が,もう1例は表面構造の不整が報告されている.低分化腺癌では腺管構造に乏しくなるのでNBI拡大内視鏡所見では表面構造が不鮮明もしくは無構造になると考えられているが 16),17),NECも同様に腺管構造が乏しくなるため,NBI拡大内視鏡所見では表面構造の不明瞭化を呈するものと考えられる.一方,NBI拡大内視鏡所見上乳頭状構造を呈する部位には高分化型管状腺癌が認められた.北川らはNECへの分化を伴った0-Ⅱc型の早期胃癌の症例を報告しており 18),同症例はNECの成分が30%以下であったことからMANECの診断に至らなかったものの,本症例と類似して,陥凹内の表面構造が無構造を呈する部位にNEC成分が,また周囲の不整乳頭状構造を呈する部位に管状腺癌成分が認められたと報告している.以上より,病変内の異なるNBI拡大内視鏡所見は,NECと通常型腺癌領域を比較的正確に反映し得るものと考えられる.
胃MANECの早期診断には,陥凹や発赤を呈するものが多いなど内視鏡的特徴を理解することが重要である.また,NBI拡大内視鏡観察は,組織学的構造異型や悪性度,また腫瘍成分の領域性を反映している可能性が示唆された.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし