日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
輪状ナイロン牽引法(Nylon-loop Traction method:NT法)を使用した大腸ESDの2例
中村 威 星川 竜彦仲丸 誠石井 政嗣大杉 頌子山岸 徳子次田 正
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2019 年 61 巻 3 号 p. 273-279

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要旨

内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)では安全に切開剥離を行うために剥離面の良好な視野を得ることが重要である.当科では内視鏡の出し入れの必要がなく,上部でも下部でも位置を問わずに視野展開の助けとなる方法を模索し,安価で器具の特性を問わずに使用できる牽引の工夫として輪状ナイロン牽引法(Nylon-loop Traction method:NT法)を考案した.牽引糸をナイロンの輪状とし,クリップを滑車のように使用することで常に全体に牽引力が作用することが特徴である.糸を輪状にして牽引する方法としてはMoriらがすでに報告しており,その有用性を示している.NT法では多方向への牽引を可能にするために糸の輪を大きくし,場に合わせた視野展開,牽引方向の調整を容易にしていることが先述の方法との違いである.今回,NT法を使用し,安全に施行し得た大腸ESDの2例の経験を報告する.

Ⅰ 緒  言

近年,広く行われている内視鏡的粘膜下層剥離術(endoscopic submucosal dissection:ESD 1),2)では安全に剥離切開を行うために剥離面の良好な視野を得ることが重要である.当科では内視鏡の出し入れの必要がなく,上部でも下部でも位置を問わずに視野展開の助けとなる方法を模索し,安価で器具の特性を問わずに使用できる牽引の工夫として,輪状ナイロン牽引法(Nylon-loop Traction method:NT法)を考案した.本法は3-0もしくは4-0ナイロン糸を1.5-3cmほどの大きさに輪状に結んだもの(Figure 1-a)をクリップで固定するだけの簡便な方法である.糸を輪状にして牽引する同様な方法としてはMoriら 3がすでに報告しており,大腸のESDにおいて,その有用性を示している.また,Godaら 4は十二指腸のESDにおいても有用であったことを報告している.NT法では粘膜剥離の過程において順次,多方向への牽引を可能にするために糸の輪を大きくし,場に合わせた視野展開,牽引方向の調整を容易にしていることがMori,Godaらの方法との違いである.今回,NT法を使用した大腸ESDの2例を経験したので報告する.

Figure 1 

症例1の下部消化管内視鏡検査.

a:ナイロンループの実際.2cmから3cmほどの大きさのループを作成.

b:周囲全周切開後,対側腸管壁にループをクリッピングしたところ.

c:一本支持の直線的牽引で粘膜下層切開剥離を施行しているとループがたるんで牽引が緩んでいる.

d:クリップを追加して三角形にすると,ループが直線的に引っ張られて牽引力が再び得られる.

Ⅱ 症  例

症例1 69歳,女性.

主訴:下着への旧血様の付着物.

現病歴:下血様の症状を主訴に前医にて下部消化管内視鏡検査を施行したところ,S状結腸に側方発育型腫瘍(LST)を認め,比較的大きく,分割切除になりうる可能性を懸念してESD目的で紹介受診となったため,診断と治療を兼ねたESDを施行した.

内視鏡治療所見:病変の周囲全周切開を施行したのちにナイロンループを挿入し,病変の対側腸管壁にクリップで固定した(Figure 1-b).ループにクリップを引っかけ,病変に近づけて病変粘膜にクリップし,直線的な牽引をかけた.粘膜下層を剥離していくと,病変粘膜が伸びて,支持クリップとの間の緊張が緩んできたため(Figure 1-c),さらにクリップを追加して三角形状にしたところ,牽引糸がピンと張り,改めて牽引され,良い粘膜の拳上が得られた(Figure 1-d).フードでの潜り込み操作の必要なく容易に粘膜下層の剥離を施行できた.切除標本は17×16mmで病変の範囲は11×13mm,病理組織診断ではtubular adenoma, low gradeで悪性所見は認めなかった.

術後経過:特に合併症なく経過し,術後5日目に退院した.

症例2 68歳,女性.

主訴:なし.

現病歴:大腸腺腫で例年施行していた下部消化管内視鏡検査で盲腸にLSTを認めたが,襞に隠れてうまくスネアがかけられなかったために,日を改めて診断と治療を兼ねたESDを計画,施行した.

内視鏡治療所見:虫垂口の近傍にあるLSTで,まず周囲全周切開を施行した.一本支持の直線的牽引をおいたが,手前の襞に隠れてしまい(Figure 2-a),思った通りに視野が確保できなかったため,クリップを追加して三角形の牽引に切り替えた.しかし,ループの長さが短く,より奥にかけられなかったためか,これでも効果的に引き上げられなかったため(Figure 2-b),直線的牽引を盲腸底部に向け追加し,二本での支持にしたところ,病変全体が拳上され良好な視野が得られた(Figure 2-c,d).視野を確保するために多少の時間がかかったが,しっかりと拳上された状態のため,剥離時の穿孔の懸念もなく,安心して治療を完遂することができた.切除標本は18×17mmで病変の範囲は13×11mm,病理組織診断ではSessile serrated adenoma/polypで悪性所見は認めなかった.

Figure 2 

症例2の下部消化管内視鏡検査.

a:一本支持の直線的牽引では粘膜の襞に隠れてしまい,うまく視野が得られていない.

b:三角形としたが,うまく挙上されなかった.

c:もう一本直線的牽引を加えたところ,挙上された.

d:挙上後の接近像.

術後経過:特に合併症なく経過し,術後7日目に退院した.

Ⅲ 考  察

現在,広く行われているESDの中でも大腸のESDは腸管壁が薄く,容易に穿孔の危険があり,比較的難しい手技とされ,十分な経験と良好な視野の確保が必要である 5)~7.電気メスの基本的な使用方法においては,切開する場を良く展開,カウンタートラクションをかけておけば,その中心に軽く電気メス先端を当てるだけで切開が可能であり,これは外科手術においてもESDにおいても変わらない.しっかりとした視野展開と剥離面の十分な牽引が確保されれば,より安全で手技も容易となるはずである.

視野展開やカウンタートラクションには様々な方法が考案され,それらに合わせた器具も販売されている.自作可能で代表的なものでは糸付きクリップ牽引法(thread-traction-method:TT法) 8)~10があり,当科でも上部病変や直腸近傍の病変に使用していた.食道,胃や直腸など,処置の場への内視鏡再挿入が容易な病変ではTT法は安価で良い方法と考える.しかし,TT法は内視鏡の出し入れが必要であるとともに,病変部から体外まで糸を使用して牽引する必要があり,大腸の右側病変などでは容易には使用できない.またTT法は基本的には直線的な牽引法であり,拳上した視野を得るにはフードを使用した潜り込みを要する場面も多い.そこで,当科では内視鏡の出し入れの必要がなく,さらに粘膜を垂直方向にも挙上牽引できる方法を模索し,安価で器具の特性を問わずに自作可能な牽引の工夫としてNT法を考案した.

NT法は粘膜周囲切開を行った後に3-0もしくは4-0ナイロン糸を1.5-3cmほどの輪状に結んだものを病変の対側やや肛門側粘膜にクリップし,その輪にクリップを引っかけた状態で今度は病変の粘膜にクリッピングを行う.これだけでも直線的な牽引効果があり,ある程度の粘膜剥離が容易になるが,本法の本質は別にある.剥離によって病変の可動性が向上すると,はじめにかけた牽引だけでは緊張が緩み,有効なカウンタートラクションがかからなくなることが多いが,輪状になっているため,さらにループを引っかけてクリップを追加することで牽引の方向を変更し牽引力を強化調整できる点である.追加するクリップは対側粘膜でも病変部でも状況に合わせて選択することで効果的なカウンタートラクションが得られる.S-O clipTM 11),12のようにバネの使用で常に一定方向に弾性的な牽引力を得ることができる器具も販売されているが,どこにでもある安価な素材の使用で継続的な牽引効果を得て,さらに牽引方向まで変えることができるのは,牽引糸を輪状とし,クリップを滑車のように使用することで常に全体に牽引力が持続作用する原理を応用している本法の特徴である.本法のように糸を輪状として牽引する方法としてはMoriら 3によって報告があり,大腸のESDにおいて,安全で剥離時間の短縮に有用であることが示されている.また,Godaら 4は最も難しいとされる十二指腸のESDにも有用であったと報告している.本法との違いは輪の大きさ,糸,牽引する方向性である.本法は外科医の視点に立ち,場に合わせて牽引する方向を徐々に変化させることを具体化して考案に至ったものである.このため,糸の輪は大きく,腸管の管腔構造を歪めないで,手前上方に引き出すような牽引の仕方を基本としている点がMori,Godaらの方法との相違点と考える.

内視鏡治療に先立って準備するものは特になく,牽引が必要と判断したその場で糸を結んでも大きな手間にはならない.処置する場の管腔の太さや病変の大きさに応じて輪の大きさを調整する.症例2では一本支持では視野展開が不十分であったため,二本支持に切り替えており,事前に準備するならば大腸のESDであれば1.5-3cmほどの輪状に結んだ糸を2-3本ずつ用意しておけば良いだろう.Mori,Godaらの方法と共通する部分も多いが本法の概念と手順をFigureとともに以下に示す.

NT法の手順(Figure 3
Figure 3 

NT法の手順.

a:まずは病変範囲を確認して周囲全周切開を加える.

b:周囲全周切開が終わったのちに,病変対側手前(大腸なら肛門側)腸管壁にナイロンループをおく.

c:ループをクリッピングして粘膜に固定する.

d:ループにクリップを引っかけて病変粘膜へクリッピングする.

e:直線的な牽引力(白抜き矢印)をかけて,挙上された粘膜下層の剥離を行う(太矢印).

f:ある程度剥離が進むと牽引の緊張が緩んでくる.

g:さらにループにクリップを引っかけて今度は奥(口側)にクリッピングを追加し三角形を形成する.

h:追加クリップによって牽引方向の変化と牽引力の増加が得られる(細矢印はクリップ間にかかる力の向き).牽引方向は垂直方向になり(白抜き矢印),剥離(太矢印)の視野が得やすい.その後も腸管壁,病変粘膜へのクリップ追加やループの追加も可能である.

通常通りに病変を評価して周囲全周切開を行った後に,適切な大きさのナイロンループを鉗子で把持して挿入し,病変部対側腸管壁に置くようにする.この際にナイロンループが重力で動かないように体位変換をしておくと良い.ループを病変の対側腸管粘膜にクリップ固定する.次にクリップをループに引っかけ,病変に近づけて病変粘膜にクリップする.クリップの性状によっては,引っかけた糸を手前に持ってくる操作も可能だが,手順としては手前から奥の方が操作は容易である.吸引をかけ,病変を近づけてクリップすると,送気するだけでも相対的に緊張がかかり,送気の調整だけでもある程度の牽引力の調整も可能である.二点間の牽引(直線的牽引)でも十分なカウンタートラクションが得られるが,ある程度粘膜下層が剥離されると病変の可動性が向上し,牽引が緩んでくるため,さらにループにクリップを引っかけて対側口側など病変がうまく持ち上がる位置にクリップを追加し三角形状に牽引する.これによって牽引方向は三角形の中心に向かって引き上げられるようになる.病変の大きさによっては対側粘膜だけではなく,病変側にもクリップを追加して台形状に病変全体を浮かすような拳上も可能だし,さらにループを追加しても良く,その場に合わせて自由に調整できる.ESD手技が終了したら,病変と腸壁をつないでいるループを鋏鉗子・ループカッター(当院ではオリンパス社ループカッター,型番FS-5L-1を使用)などで一カ所でも切断すれば切除検体は容易に回収できる.

牽引の種類としてはループ一本使用での直線的牽引,三角形を呈して垂直方向に拳上するもの,台形を呈して拳上するものや二本使用することも可能である(Figure 4).

Figure 4 

牽引の種類と名称.いずれの方法も自由に組み合わせが可能である.

a:一本での直線的牽引.剥離面は手前上方に牽引される.

b:一本での三角形の牽引.比較的垂直方向に牽引が得られる.

c:一本での台形型の牽引.病変が全体として挙上される.

d:二本での直線的牽引.台形型の牽引と同様に挙上される.

本手技では使用するクリップの形状はこだわらず,ナイロン糸を粘膜にクリップできれば良い.当院ではオリンパス社の回転クリップ装置EZ ClipTMを使用している.糸はループ状になっており,クリップに接着固定していないため,一点を切断すれば糸の除去も,各々のクリップ間の連結解除も可能である.糸は検体回収のために切断する必要があること,クリップをかけた後も処置の間は滑りの良さを維持する必要があるため,絹糸よりもナイロンが良い.

本手技では病変全体の垂直方向への挙上牽引が可能で,粘膜下層が良く展開されるため,剥離には針状メス等の先端での切開が可能な器具が適していると考える.

本手技は治療前の準備は特に必要とせず,腸管の太さや病変の大きさに合わせてナイロン糸を輪状に結紮するのみで良い簡便な方法である.クリップの種類は問わず,施設で使い慣れているクリップで良い.牽引糸はナイロンの輪状で滑りも良く,追加クリップによる滑車効果で牽引力を維持・調整することができる.追加クリップは一つに制限されず,剥離された面が効果的に挙上牽引されるように数個の追加も可能である.また,牽引する方向を病変同側にして巾着縫合の要領で牽引すれば切除後の粘膜閉鎖の助けにも応用できると考えている.安価で汎用性が高く,応用範囲の広い手技と考える.

Ⅳ 結  語

ESDにおいて視野展開の助けとなる簡便で安価なNT法を考案した.Mori,Godaらの方法に準ずるものであるが,大腸ESDでの使用を経験し,安定した視野を得て安全に手技を完遂することができたので,その概念と手順をFigureに示すとともに文献的考察を加え報告した.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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