2019 年 61 巻 3 号 p. 295-308
ハサミ型ナイフを使用した大腸ESDは,通電しながら内視鏡を動かす必要がないため比較的安全かつ容易に施行可能である.しかし,先端系ナイフとは根本的な使用法が異なるため,その特徴を熟知しておく必要がある.ハサミ型ナイフの場合,切除する組織にテンションをかけ過ぎず,「紙を切る感じ」で周囲切開を行い,「至適な剥離深度を点でつないでいく」イメージで粘膜下層剥離を進めていく.本稿では,その手技にフォーカスを当て,基本から手術時間短縮に有効なコツについてまで詳細に解説した.困難な場面での2ndデバイスとしての有用性も高いため,是非とも習得していただきたい手技である.
大腸腫瘍に対する内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD:Endoscopic Submucosal Dissection)は2012年4月に保険適応となり,日本全国で施行されるようになってきた.しかし,胃や食道と比べると,大腸は解剖学的な特徴(屈曲やfoldの存在,壁自体の薄さ)から,ESDの技術的難易度が高い.
大腸ESDにはDualナイフ(オリンパス社製)やFlushナイフ(富士フイルム社製)など所謂先端系ナイフが使用されることが多いが,当院では神技的な内視鏡操作が必要なく,比較的安全性が高いと言われるハサミ型ナイフ,特にSBナイフJr(住友ベークライト社製)を2010年販売当初より使用している 1),2).ハサミ型ナイフを使用した大腸ESDは,組織を把持した状態で通電切開を行うため,通電しながら内視鏡を振り動かす必要がなく,比較的安全かつ容易に切開・剥離操作を行うことが可能となる.呼吸や拍動などにより切開・剥離部位が安定しない症例や,狭い管腔などで内視鏡動作に制限がある場合などに特に有用である.しかし,先端系ナイフとは根本的な使用法が異なるため,その特徴を知ると知らないとでは,手術時間に大きな差が出てしまう.
そこで今回は,ハサミ型ナイフを使用した大腸ESDの手技にフォーカスを当て,基本からそのコツについてまで詳細に述べる.
現在,ESDに用いられているハサミ型ナイフは,住友ベークライト社製のSBナイフ 3)と富士フイルム社製のクラッチカッター 4)の2種類がある.
SBナイフSBナイフの種類
SBナイフはモノポーラ方式のハサミ型高周波ナイフで,スタンダードタイプ,ショートタイプ,Jrタイプ,GXタイプの4種類がラインナップされている(Figure 1,Table 1).一般的に,スタンダードタイプは胃ESDに,ショートタイプは食道ESD 5)に,Jrタイプは大腸ESD 6)や十二指腸ESD 7)に,GXタイプは長めのナイフ長と大きな開き幅を生かして胃ESDでスピーディに手技を行いたい場合にそれぞれ使用されている 8).当院では基本的に,大腸ESDにはJrタイプを使用し 1),食道ESDでは全周切開にはJrタイプを粘膜下層剥離にはショートタイプを使用している 9).
SBナイフの種類.
a:スタンダードタイプ.
b:ショートタイプ.
c:Jrタイプ.
d:GXタイプ.
SBナイフの種類とその大きさ.
SBナイフの構造
ナイフ長の短いJrタイプを除き,ナイフ先端部がわずかに湾曲し粘膜下層の剥離時に筋層に向かわない構造となっている.また万が一筋層を把持した場合にも,ナイフの刃がストレートな構造であり,通電前にナイフを牽引することで筋層が外れやすくなっているため安全性が高い.
ナイフ部分の内側には向かい合う形で電極が付けられており,電極の周囲は緑色の非導電性コーティングが施されている.このため,電極以外の箇所からの電流の漏れが抑えられ,周囲組織に触れた場合の不要な損傷を低減し,電極部分に電流が集中することで切開性能の向上にも寄与している(Figure 2).
SBナイフJrタイプの構造.
ハサミ型のナイフ部分の内側には向かい合う形で電極が付けられており,電極の周囲は緑色の非導電性コーティングが施されている.ナイフの刃はストレートな構造である.
クラッチカッターは同じハサミ型ナイフでも,SBナイフとは異なり,ナイフ部分の内側にワニ口状の刃を有する 10).刃の内側が通電部で,それ以外の外側は絶縁加工が施されており,把持された組織のみ通電されるようになっている.ナイフ長はショートタイプの3.5mmとロングタイプの5mmの二種類がある.ロングタイプは胃ESDに 11),ショートタイプは食道ESD 12),大腸ESD 13)や十二指腸ESD 14)に使用される(Figure 3).
クラッチカッターの種類.
a:ショートタイプ.
b:ロングタイプ.
内視鏡はPCF-Q260J(オリンパス社製)を好んで使用している.理由は鉗子出口が6時方向に近いことで,ハサミ型ナイフの操作が視認しやすくなるからである.また,病変が深部大腸に存在する時は,操作性を考慮して硬度可変付きのPCF-Q260AZI(オリンパス社製)を使用することもある.ハサミ型ナイフを使用する場合,基本的に反転操作はしないので上部消化管内視鏡を使用する必要はない.
先端フードは,粘膜下層にスコープを潜り込ませた際の視野確保やカウンタートラクションのために必須である.使用する先端フードは日頃から慣れているものでよいが,当院ではトップ社製のエラスティック・タッチⓇ(スリット&ホール型)を使用している.このフードは自由に長さの調整ができるため,私の場合,内視鏡先端から6mm程度フードが出る長さでテープを用いて固定している.ハサミ型ナイフを使用する場合,フード内でハサミを開いたり回転させたりするので,ある程度の空間が必要になる.そのため先端細径フードは適さないので注意が必要である.いずれにしても,先端フードを装着した後,事前にハサミ型ナイフが干渉することなく回転するかどうかをチェックすることを忘れないようにする.
高周波発生装置高周波発生装置は,SBナイフJrに関して言えばVIO300D(エルベ社製)よりもESG-100(オリンパス社製)が適している.VIO300DでもSBナイフJrを用いて大腸ESD自体は施行可能ではあるが,凝固能が比較的高いため,特に線維化をみとめる病変では組織変性が大きくなってしまい,時に剥離操作が困難になってしまうことがある.当院の成績ではESG-100を用いた方がVIO300Dより有意に時間当たりの剥離面積が広くなっている 15).ちなみにVIO300DでもSBナイフを用いた食道ESDに関しては問題なく使用可能で,当院でもSBナイフとVIO300Dの組み合わせで食道ESDを施行している 9),16).SBナイフおよびクラッチカッターの各臓器における高周波発生装置別の推奨設定をTable 2およびTable 3に示す.
SBナイフJrの大腸ESDにおける高周波発生装置別の推奨設定.
クラッチカッターの全消化管ESDにおける推奨設定.
当院では局注針はトップ社製のスーパーグリップⓇ(25G 鈍針4mm ハイブリッドタイプ)を使用している.また局注液に関しては,基本的にはヒアルロン酸製剤(ムコアップⓇ:ボストンサイエンティフィック社製)を原液のまま使用し,エピネフリン0.1mgとインジゴカルミン0.5mlを加えている.しかし,最初の周囲切開の時には,ムコアップⓇと生理的食塩水を1:1で配合したものを使用して,筋層への誤注入を避け,一時的にできるだけ良好な隆起を作るようにしている.
その他,前処置や,鎮痛薬,鎮静薬などを含めた前投薬は,ハサミ型ナイフを用いることで特別に配慮が必要なものはなく,先端系ナイフと同じである.
電子動画1
電子動画2
大腸ESDに使用されるハサミ型ナイフは前述の如く,SBナイフJrとクラッチカッターショートタイプの二種類となる.大腸ESDに関する報告はSBナイフJr使用例が多く 1)~3),6),17)~20),また当院でSBナイフJrを使用していることから,以下本稿では「SBナイフJr」をハサミ型ナイフとして使用した大腸ESDの手技を詳しく説明する.
内視鏡の挿入および病変の特徴の把握まず,内視鏡先端にフードを装着し,ハサミ型ナイフの操作性に問題がないか挿入前に確認する.通常内視鏡検査と同様にスコープを挿入するが,この時,病変部位より口側までスコープを挿入し,腸管をしっかりと短縮した状態でスコープを病変部位まで引いて位置を固定するようにする.具体的には病変が横行結腸にある時は上行結腸までスコープを挿入し,病変がS状結腸にある時は少なくとも脾彎曲部までスコープを挿入するようにして,腸管をしっかり短縮する.そうすることでスコープの操作性を上げることができる.
スコープの位置を整えたら,体位変換をして病変を適切な位置に持ってくるようにする.ハサミ型ナイフを使用する場合の最も適切な病変の位置とは,「腸管が開いてできるだけ病変全体(病変が大きな場合は,その大部分)が見渡せ,スコープを回転させて容易に6時方向に病変を固定できる位置」である.便汁が溜まりにくく,カウンタートラクションがかかりやすい重力と逆方向の位置であれば尚よいが,ハサミ型ナイフは組織を把持して切除するため,カウンタートラクションは先端フードによるものでも十分である.ここは先端系ナイフと明確に違うところである.先端系ナイフは,腸管に空気を入れて粘膜を伸展させ,しっかりとカウンタートラクションをかけ,切除部位にテンションをかけることで切除効率を上げるが,ハサミ型ナイフの場合カウンタートラクションの目的は主に視野確保である.
体位が決定したら病変全体を観察し,線維化が疑われるところがないか,粘膜下層への腫瘍の浸潤が疑われる所見はないかを確認する.これらのことを手術直前に施行するのは,時間や手間を取るので,当院では精査も兼ねて必ず術前に一回大腸内視鏡検査を施行している.そうすることで,ESDのイメージトレーニングもできる.
周囲切開ラインの決定体位が決まったら,周囲切開ラインを決定する.ハサミ型ナイフを用いた大腸ESDでは,肛門側から切開・剥離を順次進めていくのが基本であり,大きな襞の裏側でどうしても視野が取れないなど余程の状況でない限り反転操作は必要ない.ハサミ型ナイフを用いる場合,周囲切開ラインの目安としては,先端系ナイフを使用する場合より心持ち外側になるように設定する.具体的に私自身は腫瘍から5mm程度離れたラインを切開するようにしている.ハサミ型ナイフを用いた場合どうしても切開部分の周りに組織変性がおきてしまうためである.また,LST-NGや内視鏡治療後局所再発病変などで,粘膜下層の線維化が予想される場合には,しっかり粘膜下層にスコープが潜り込めた状態でその線維化部分に対峙できるように,手前に十分な距離を取って切開を開始する(電子動画 2,00:18~00:33).これは他の形状のナイフでも同様である.
病変の大きさや形にもよるが,最初の周囲切開は,病変の一番肛門側を中心に約3~4cm程度切り開くことを基本とする.胃や食道ESDのように最初から全周性に切開を加えないようにする.
局注開始周囲切開のラインが決定したら局注を始める.最初の周囲切開のための局注液はムコアップⓇと生理的食塩水を1:1で配合したものを使用する.局注針の穿刺部位の目安は周囲切開ライン上としている.少し深めに穿刺し局注液を入れながらゆっくり針を引き,良好な隆起が得られる適切な深度になったらその深度を維持するようにする.局注液の注入と同調させて針先をスコープ操作で少し持ち上げるようにするとより良好な隆起を得ることができる(電子動画 1,00:07~00:10).最初に最も肛門側から局注を始め,左右方向に順次追加していく.その際,隣の局注の山の裾野の部分に針を刺すようにし,局注と局注の間に谷間を作らないようにする(電子動画 2,00:04~00:17).以上のような方法で丁寧に局注を行うと,隆起の頂が局注針の穿刺部位よりやや口側になるので,切開ライン(=局注針の穿刺部位)が駆け上がりで尚且つ十分な隆起が得られている場所となるため,周囲切開が容易で安全に施行可能となる.
周囲切開周囲切開はハサミ型ナイフが不得意とするところであるため,若干の慣れが必要となる.基本操作は,粘膜面を把持し引き上げて切開するという手順であるが,これでは通電時間が少し長くなってしまい,切開した部位の周囲に熱が広がりきれいな周囲切開を得ることができない.もちろん,手技後半の追加周囲切開で,襞の裏側や屈曲部などスコープの操作が困難な部位ではこの基本操作で切開を加えていく必要がある.しかし,最初の切開ではスコープもある程度左右に振れる状態にあるので,以下の方法でできるだけきれいな周囲切開を施行するようにしている(電子動画 1,00:11~00:25,Figure 4).
ハサミ型ナイフを用いた周囲切開.
a:ハサミ型ナイフを開いた状態で,二つの先端を軽く押し当てて切開をワンステップ加え粘膜面に孔をあけ切開の起点を作る.
b:続いて左右に切り開いていくが,まず片方の刃を粘膜の下に滑り込ませるように挿入する.
c:その刃で粘膜面を持ち上げるようにスコープを少し振り,ハサミを閉じてテンションをかけた状態で,少し跳ね上げるように通電切開する.
d:約3~4cm程度切開すれば,スコープの粘膜下層へ潜り込むスペースを作成できる.
e:追加の周辺切開.ナイフを粘膜面に斜めになるようにして,片方の刃を粘膜下に差し入れる.
f:接線方向で粘膜下に十分な膨隆があるような条件の良い時は,ナイフを少し押し気味にして粘膜を多めに把持する.
g:通電時も少し持ち上げ,ここでもナイフを押し気味に跳ね上げて通電切開する.
h:条件がいい時はe~gの方法で一回の切開を大きくすることができる.
1.まず,周囲切開ラインの一番肛門側の部位に,ハサミ型ナイフを開いた状態で,二つの先端を軽く押し当てて切開(Pulse Cut First[30W])をワンステップ加え粘膜面に孔をあける(Figure 4-a).
2.粘膜面に空いた孔に,ハサミの先端を挿入し把持する.このまま引いて切開すると周囲が白く凝固されるので,左右どちらかナイフを振りやすい方に少し振り,粘膜面にテンションをかけた状態でナイフを少し跳ね上げるようにすると同時に通電し切開する(Pulse Cut First[30W]).
3.次に中央から左右に切り開いていく.ハサミ型ナイフの角度は粘膜面に少し斜めになるようにし,片方の刃を粘膜の下に滑り込ませるように挿入する(Figure 4-b).その刃で粘膜面を持ち上げるようにスコープを少し振り,ハサミを閉じてテンションをかけた状態で粘膜を把持する.そしてナイフを少し跳ね上げるようにすると同時に通電し切開する(Figure 4-c).
イメージとしては「ハサミで紙を切る感じ」であり,少しテンションをかけることにより,一瞬の通電で切開することできれいな切開ラインを得ることが可能となる.約3~4cm程度切開すれば,スコープの粘膜下層へ潜り込むスペースを作成できる(Figure 4-d).
ある程度粘膜下層剥離が施行された後の周囲切開追加の際にも基本的な方法は,上記3.と同様である.コツは,ナイフを粘膜面に斜めになるようにして,片方の刃を粘膜下に入れて粘膜をハサミで切るような形にすることである.条件が良ければナイフを少し押し気味に粘膜下に挿入することで一回の切開を大きくすることができ,時間短縮になる(電子動画 1,02:51~03:02,Figure 4-e~h).
トリミングとスコープの粘膜下層への潜り込み肛門側に周囲切開を加えたら,スコープを粘膜下層に潜り込ませるために,トリミングの粘膜下層剥離を加えてスペースを作る(電子動画 1,00:26~00:44,Figure 5).
スコープの粘膜下層への潜り込み.
a:周囲切開したラインにナイフの角度を合わせてハサミを開いたまま粘膜下に滑り込ます.
b:ハサミを開いたまま粘膜面を少し持ち上げて粘膜下層組織を把持する.
c:組織を把持した状態で,軽く手前にナイフを引っ張り通電し切開する.
d:a~cを3-4回程度繰り返すとある程度スペースができるので,フードの先端を用いて粘膜下層に潜り込む.
1.周囲切開したラインにナイフの角度を合わせてハサミを開いたまま粘膜下に滑り込ます(Figure 5-a).
2.ハサミを開いたまま粘膜面を少し持ち上げて粘膜下層組織を把持する.イメージとしては「粘膜直下の組織を把持する」感覚である(Figure 5-b).
3.組織を把持した状態で,軽く手前にナイフを引っ張り通電し切開する(Pulse Cut First[30W])(Figure 5-c).
4.以上のトリミングを3-4回程度繰り返すとある程度スペースができるので,フードの先端を用いて粘膜下層に潜り込む(Figure 5-d).
この時,ナイフの方向が腸管壁と平行な場合は容易であるが,病変が正面に対峙しナイフの方向が腸管壁に垂直に近くなる場合は難易度が高くなる.しかし,そのような場合でもハサミ型ナイフを用いた場合には,基本的に上記の方法で処理が可能である.その際,ハサミの位置は粘膜直下を意識し,把持する組織量を少なめにして,通電前に軽く引っ張り上げて筋層を引っかけていないことをしっかり確認することが大事である(電子動画 2,00:33~00:58).
粘膜下層剥離一旦スコープを粘膜下層に滑り込ませることができたら,続いて粘膜下層の剥離を進めていく.先端系ナイフの場合,粘膜下層剥離はスコープ操作と協調して筋層のラインに沿うように「線」で切開していくイメージであるが,ハサミ型ナイフを使用する場合は全く別物として理解する必要がある.ハサミ型ナイフを使用した粘膜下層剥離は「至適な剥離深度を点でつないでいく」イメージである(電子動画 1,2,Figure 6-a,e,g).
ハサミ型ナイフを用いた粘膜下層剥離.
a:至適な剥離深度は,粘膜下層の真ん中のやや下(粘膜下層の深部1/3)を目安とする(矢印ライン).
b,c:スコープを固定したままで動かさず,ナイフの出し入れで粘膜下層を把持する.
d:そのままナイフを少し手前に引き通電する.
e~h:一カ所切除すると,スコープを至適な剥離深度のまま少しだけ横にずらし,そこでスコープを固定して次の切除動作に入る.「至適な剥離深度を点でつないでいく」イメージである(●,▲,×をつないで矢印のラインで剥離していく).
粘膜下層の浅部を剥離してしまうと,血管網が多いため出血が多くなり粘膜下層自体の開きも悪くなってしまう.また何より,もし病変が粘膜下層に浸潤していた場合には深部断端陽性になる危険があり局所再発の原因となってしまう.逆に筋層直上を剥離してしまうと①ナイフの先端で筋層を引っかける危険性があること②刃以外は絶縁コーティングされているとは言え完全ではなく周囲に焼灼の影響を与える可能性もあることから穿孔の危険性をはらんでしまう.そこで,ハサミ型ナイフを用いた大腸ESDの至適な剥離深度としては,粘膜下層の真ん中のやや下(粘膜下層の深部1/3)を目安とするようにしている(Figure 6-a).
粘膜下層剥離のコツと困難例への対処法実際の粘膜下層剥離は,ハサミ型ナイフの基本的な動きの連続である.すなわち,至適な剥離深度の粘膜下層をハサミで把持し,そのままナイフを少し手前に引き,筋層を引っかけていないことを確認した後に通電し切除する.この動きの繰り返しで,生検と同じで特別高度な内視鏡技術も必要なく簡便かつ安全に剥離完遂可能である.一方で,手順が多いこともあり,ちょっとしたコツを知ると知らないとでは,手術時間に大きな差が出てくる.以下にそのコツを列挙する(電子動画 1,01:29~01:52,Figure 6).
✓ 剥離時はスコープを固定したままで動かさず,ナイフの出し入れで切除する.ここが先端系ナイフの動きと大きな違いとなる(Figure 6-a~d).
✓ 一カ所切除すると,スコープを至適な剥離深度のまま少しだけ横にずらし,そこでスコープを固定して次の切除動作に入る.この少しずつ横にずらしていくのが一番のコツで,「至適な剥離深度を点でつないでいく」イメージである(Figure 6-e~h).
✓ 通電時間は短くし,ラピッドステップで切開波(Pulse Cut First[30W])を使用する.基本的に予防止血のため凝固波を先に踏むことはしない(予防止血に関しては5.1術中出血の項を参照).
✓ 切除する組織にテンションをかけ過ぎない.パンと張っているよりも,少しゆるみのある方がハサミで把持しやすい.カウンタートラクションは先端フードを用いることで十分であり,糸付きクリップなどによるトラクションまでは必要としない.
しかし,どうしても病変がスコープに対峙するような部位で,さらに線維化を伴っているような困難症例も存在する.このような場合には線維一本一本をナイフの先端の突起で掴むような感覚で引っ張り上げ,筋層から離して通電し切除するようにする(電子動画 1,01:15~01:29).時間はかかってしまうが,焦らずに丁寧にすることが大事で,この処理ができることが実はハサミ型ナイフの最大の利点でもある.
病変切除のストラテジー私は大きな病変の場合は以下のようにトンネル法で切り進めていくことが多い(電子動画 1).
1.肛門側を周囲切開する.
2.トリミングの粘膜下層剥離を加えたのちにスコープを粘膜下層に潜り込ませる.
3.そのまま適切な深度を保ちながら,粘膜下層剥離を病変口側の辺りまで進めていく.病変が大きくて粘膜下層剥離を進めていくのが困難になった時は,適宜左右に切開・剥離を広げていき,しっかりした視野と適切な深度を保てるようにする.
4.粘膜下層剥離が病変口側の辺りまで進んだら,口側に周囲切開を加える.
5.ふたたび粘膜下層剥離を進め,口側周囲切開部分を同定し貫通させトンネルを作成する.
6.トンネルを左右に広げていくと同時に粘膜下層剥離も広げていく.
7.ブリッジができるので,体位変換をして適度なテンションがかかり視野が確保できる側の周囲切開および粘膜下層剥離をする.その際全部を剥離せず少しだけ残しておくと逆側の処理がしやすくなる.
8.体位変換をして逆側にテンションがかかるようにし,周囲切開および粘膜下層剥離をする.
比較的小さな病変の場合は,上記1~3までは同じであるが,その後左右に切開剥離を進めていく所謂ポケット作成法やフラップ法(電子動画 2)で切除している.
実は,粘膜下層剥離を進めていくストラテジーに関しては,ハサミ型ナイフを使用するESDの場合,あまり神経質になる必要はない.肛門側を周囲切開し,トリミングをした後にスコープを粘膜下層に潜り込ませ粘膜下層剥離を広げていくというストラテジーを基本に,上記のトンネル法,ポケット作成法,フラップ法など得意な方法で,処理しやすい部分を切り進めていけばほとんどの場合問題ない.
主な偶発症としては,術中出血,術中穿孔,後出血,遅発性穿孔が挙げられる.本稿ではハサミ型ナイフを使用した大腸ESDで特に知っておいていただきたい術中の偶発症(術中出血と術中穿孔)について詳述する.後出血,遅発性穿孔対策に関しては,先端系ナイフ使用時と同じであるので本稿では省略する.
術中出血ハサミ型ナイフは組織を把持するのでシーリング効果が期待できる.そのため,小さな血管のみをみとめる場合や大きくても拍動性でない場合はそれらを気にせずに,通常通りラピッドステップの切開波(Pulse Cut First[30W])で切開・剥離を進めていく.予防止血のため凝固波を先に踏む必要はない.切開・剥離後少しにじむこともあるが,大きな出血になることは少ない.
しかし拍動を伴う太い血管(1mm以上)をみとめた場合は,以下のような予防的処置をするようにしている(電子動画 2,02:19~02:44).
1.血管周囲の組織を剥離し血管を露出させる.
2.血管の筋層側の部分を把持し,少し持ち上げ筋層から離したのちにSoft Coag(40W)で1~2回凝固する.
3.上記部位がしっかり焼灼されているのを確認した後,その上の血管をPulse Cut First(30W)で切離する.
しかし,シーリング効果や予防止血にもかかわらず,術中出血がおきてしまうことがある.その際には,まずはそのままハサミ型ナイフで止血操作を施行する.その対処のコツを列挙する(Figure 7).
ハサミ型ナイフを用いた止血操作.
a:出血点を同定する.ハサミ型ナイフの場合,切除直後であれば目の前に出血点あるのでナイフの入れ替えもなくすぐ止血操作に入ることができる.
b:しっかりと血管を掴むように把持する.
c:少し持ち上げ筋層から離したのちに軽く1~2回凝固する.
d:止血完了.
✓ 術中出血をみとめたらスコープの位置を変えず,そのまますぐに止血操作に入ることが望ましい.切除した時と同じ角度でハサミ型ナイフを出せば出血点(=前回切除部位)を把持することができる(Figure 7-a).
✓ 把持する時はしっかりと「血管」を掴むようにする(Figure 7-b,c).SBナイフの場合,ハサミの先端の突起で周りの組織だけ掴んで把持してしまい,血管に蓋をするような形になることがあるので注意が必要である.その際,ハサミをフルで開かず半開きにすると血管を把持しやすくなる.
✓ ハサミ型ナイフで3-4回試みても止血困難な場合には,大腸用止血鉗子(コアグラスパー:オリンパス社製)に切り替える.ハサミ型ナイフと比べコアグラスパーの方がピンポイントで血管を把持できるため止血能も高く安全である.
術中穿孔穿孔予防
大腸は屈曲が多く壁も薄いという解剖学的特性からESDによる術中穿孔率は胃や食道よりも高いとされる.しかし,ハサミ型ナイフを用いた大腸ESDは,組織を把持した状態で少し引っ張り筋層から離した状態で通電切開を行うことができ,また通電前に一呼吸おいて安全を確認できるため,比較的術中穿孔率が少ないと考えられる.しかし,「穿孔しない」ということではないのでしっかりとした対策が必要である.
クラッチカッターはナイフの形状がワニ口の構造を取っていることから,組織把持力が強く一度に切除できる組織量が多い反面,穿孔のリスクが高くなるので注意が必要である.一方,SBナイフJrであっても先端にある突起で筋層を噛んでそのまま通電すると穿孔してしまう.いずれにしても,一番大事なことは筋層のラインを常に意識して,適切な剥離ラインを丁寧に切除していくことである.
しかし,線維化が強い部分ではその適切な剥離ラインの同定が困難な場合もある.そのような時は,焦らずに線維一本一本をナイフの先端の突起で掴むような感覚で引っ張り上げ,筋層から離して切除するようにする.決して線維化部分を束で大きく掴んで切除しようとしてはいけない.ナイフの先端で筋層を引っかけてしまう危険性があるからである.
穿孔時対策
以上のことに注意してハサミ型ナイフを使用すれば,極力術中穿孔は回避できると思われるが,それでも穿孔がおこった場合の具体的な対処の方法とコツについて,当院で経験した症例の動画もあわせて以下に詳しく述べる(電子動画 3,Figure 8).
電子動画3
穿孔時対策.
a:盲腸の30mm大Ⅱa(LST-G).虫垂炎術後症例で,虫垂切除部位を覆い隠すように広がっている病変であった.
b:粘膜下層全体に強い線維化をみとめ,筋層の吊り上がりをSBナイフJrの先端で引っかけたまま通電し穿孔をおこした.
c:すぐに上級者と代わり,追加の剥離操作を行い,穿孔部をクリッピング可能な状態にした.
d:穿孔部位より脂肪組織が吸引できた.
e:空気を少し抜いた状態で,脂肪組織と一緒にクリッピングした.
f:クリップ2本で完全縫縮可能であった.
g:治療を続け,最後に強い線維化を伴う虫垂切除後瘢痕部位(→)から病変を剥離した.
h:病理組織診断はTubular adenoma with moderate atypia(pHM0)で,抗生剤投与にて発熱や腹痛もなく術後1週間で退院となった.
1.ハサミ型ナイフによる穿孔は,ナイフ先端の突起で筋層を引っかけた場合であり,その孔は小さい.小さい孔の状態で穿孔に気付くようにし,穿孔がおきた場合にはすぐに上級医と交代する(Figure 8-c).
2.穿孔部位周囲が十分剥離されていない場合は,追加で剥離を行い,穿孔部位にクリップ縫縮しても以後の剥離操作に邪魔にならないようにする.
3.穿孔部位をクリップにて縫縮する.脂肪組織が吸引できる場合には一緒にクリッピングすると縫縮効果が高くなる(Figure 8-d).腸管壁を張った状態ではなく,空気を少し抜いた状態の方がクリッピングしやすい(Figure 8-e).穿孔部位は小さいので1本か2本のクリップで完全縫縮可能である(Figure 8-f).あまり本数が多いと続いて行う剥離に邪魔になるので注意が必要である.
4.完全縫縮できたなら,引き続き剥離操作を継続して病変を一括切除する.
術後は,他のナイフと同様に外科とも連携を取りながら慎重な経過観察が必要である.
実はハサミ型ナイフを用いた大腸ESDで最も重要な役割は,内視鏡操作者ではなく,介助者であるナイフの操作者であると言っても過言ではない.介助者で手術時間は半分にも2倍にもなってしまう.この点が先端系ナイフと最も違う部分であり,ハサミ型ナイフを用いた大腸ESDではより一層の内視鏡操作者と介助者の協調作業が必要である.
当院では内視鏡操作を指導医が,ナイフ操作をレジデントが行っている.ナイフ操作者は,内視鏡操作者(指導医)の意図を組み,いち早く至適な角度にナイフを回転させる技術が必要となる.これには,ナイフや高周波発生装置などESD機器に関することはもちろん,スコープと病変の位置関係から現状の把握とアプローチの進め方など治療全般に関する幅広い知識と洞察力を求められる.
内視鏡操作者がスコープを動かしていい位置に固定するまでの間に,ナイフを全部スコープの中に引き込まず少し出した状態にしておくことで.それを見ながら介助者はナイフを至適な角度に調節しておくことができる.そして,スコープが固定された後,ナイフを出す途中で角度を微調整し完璧な場所を把持する.このような協調作業ができれば,手術時間は大幅に短縮できる.
これまで述べてきたようにハサミ型ナイフを用いると,高度な内視鏡操作スキルの必要なく安全に大腸ESDが可能となる.特に初心者やESDになじみが薄い海外の先生方には非常に有用なデバイスになると確信している.また,先端系ナイフを日頃使用されている熟練の先生方にも,困難な場面での2ndデバイスとして有用性が高いと考えており,是非とも習得していただきたい手技である.本稿がその一助となれば幸いである.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし
補足資料
電子動画 1(Figure 4~6同一症例) 72歳女性,S状結腸屈曲部の55mm大Ⅱa(LST-G).病変が接線方向で局注により良好な隆起も得られたため,ハサミの一方を粘膜下にしっかり滑り込ませ,比較的速くきれいな周囲切開が可能であった.「至適な剥離深度を点でつないでいく」イメージで粘膜下層剥離を進め,トンネル法を用いて一括切除した(手術時間75分).粘膜下層の一部に軽い線維化をみとめたが,ナイフの先端の突起で丁寧に掴むような感覚で把持し通電切除した.病理組織はWell differentiated tubular adenocarcinoma in tubular adenoma,pT1a(SM1/950μm),ly0,v0,pHM0,pVM0で治癒切除であった.
電子動画 2 61歳男性,横行結腸の襞をまたがるように広がる40mm大Ⅱc+Ⅱa(LST-NG).病変中央部の線維化を疑い,十分な距離を取って周囲切開を開始した.襞のため,トリミング時に切除部位が正面に対峙しナイフの方向が腸管壁に垂直近くなったが,粘膜直下の組織を少なめに把持して安全に処理できた.粘膜下層にmultifocalに線維化をみとめたが,軽度でありフラップを作成する形で一括切除した(手術時間60分).また,術中太い血管をみとめたので出血予防処置を施行している.病理組織はWell differentiated tubular adenocarcinoma with adenomatous glands,pT1a(SM1/190μm),ly0,v0,pHM0,pVM0で治癒切除であった.
電子動画 3(Figure 8同一症例) 71歳女性,虫垂炎術後の盲腸30mm大Ⅱa(LST-G).粘膜下層に強い線維化をみとめ,筋層の吊り上がりをSBナイフJrの先端で引っかけたまま通電し穿孔をおこした.穿孔部位は小さく,吸引した脂肪と一緒に2本のクリップで完全縫縮できた.その後剥離操作を継続し完全一括切除することができた.