日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
後縦隔腫瘍に対するEUS-FNA後に致死的な縦隔炎をきたした1例
佐々木 綾香 佐貫 毅阿部 晶平木下 雅登家本 孝雄田中 克英吉江 智郎大瀬 貴之神澤 真紀山本 侑毅
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キーワード: EUS-FNA, 偶発症, 縦隔炎, 縦隔膿瘍
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2019 年 61 巻 4 号 p. 374-380

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要旨

症例は,78歳男性,35mm大の後縦隔腫瘍に対してEUS-FNAを施行した.22G針にて2回穿刺し,検査翌日に退院した.退院後7日目に発熱,胸痛,意識障害を認め,救急搬送された.CTにて後縦隔気腫,後縦隔膿瘍を認め,緊急開胸下後縦隔ドレナージ術を施行した.4日間のICU管理を必要としたが,全身状態は改善し,術後28病日に独歩で退院した.EUS-FNA後に後縦隔膿瘍という重大偶発症を経験したため報告する.

Ⅰ 緒  言

超音波内視鏡下穿刺吸引術(EUS-FNA)は,高い診断能かつ低い偶発症率であることが知られており,組織学的診断には必要不可欠な検査法となっている.一方でEUS-FNAは偶発症の報告が非常に少ない.今回縦隔病変に対するEUS-FNA後に後縦隔膿瘍をきたし,手術で救命した1例を経験したため報告する.今回経験した縦隔炎は,頻度は低いものの一旦発症すれば致死的になり得る偶発症であり,診断のための検査としては絶対に回避すべきものである.EUS-FNAの急速な普及に伴い,手技の技術的な面だけでなく,施行にあたっては病巣および宿主要因によるリスク把握と予防対策の重要性を改めて認識すべきと考える.

Ⅱ 症例報告

症例:78歳,男性.

主訴:胸部CT異常陰影.

既往歴:20年前,肺癌にて右肺上葉切除.

生活歴:喫煙歴なし,飲酒歴なし.

家族歴:なし.

現病歴:単純CTにて約25mm大の後縦隔腫瘍を指摘されるも,急激な増大傾向がないため経過観察されていた.約8年前のCTと比べると腫瘍径は25mm大から35mm大と増大しており,EUS-FNAによる精査目的に当科紹介となった.

胸部造影CT検査所見:後縦隔に早期相では造影されず,後期相で不均一に造影される35mm大の腫瘤を認めた.周囲への浸潤傾向は認めず,周囲リンパ節腫大も認めなかった(Figure 1).

Figure 1 

後縦隔に後期相で不均一に造影される35mm大の腫瘤を認める(造影後期相).

胸部MRI検査所見:後縦隔に35mm大のT1W1で比較的高信号,T2W1で低信号を呈する腫瘤を認めた(Figure 2).

Figure 2 

後縦隔に35mm大のT1W1で比較的高信号,T2W1で低信号を呈する腫瘤を認める.

EUS所見:後縦隔に35mm大の境界明瞭な充実性の低エコー腫瘤を認めた.腫瘍内部にパワードプラでは明らかな血流シグナルは認めなかった.周囲リンパ節の有意な腫大も確認されなかった(Figure 3).

Figure 3 

後縦隔に35mm大の境界明瞭な充実性の低エコー腫瘤を認めた.腫瘍内部に明らかな血流シグナルは認めなかった.

後縦隔に発生する腫瘍の鑑別診断として,気管支原性嚢胞,食道嚢胞,神経鞘腫や神経線維腫などの神経原性腫瘍,食道由来のGIST,胸膜原発孤立性線維性腫瘍,奇形種などが考えられた.CTでは淡い造影効果を伴っており,MRIではT2WIにて低信号であったことから,嚢胞性病変は否定的と考えられた.石灰化もなく,奇形種も考えにくいと判断した.

EUSにて腫瘍は充実性であったことから,造影効果はあまり強くないものの,神経原性腫瘍や食道由来のGISTなどを疑い確定診断目的にEUS-FNAを行った.

超音波内視鏡:GF-UCT260(Olympus Medical systems,Tokyo),観測装置:超音波画像診断装置SSD-α10(日立アロカメディカル株式会社,Tokyo)を用いた.穿刺ルートに血管が介在しないことを確認し,22G針(Expect,Boston Scientific Corporation,USA)を用いて合計2回穿刺したところ,肉眼的に十分な生検組織量が得られた.病理組織検査では,血液,フィブリンを認めたのみで,確定診断には至らなかった(Figure 4).EUS-FNA後,出血や感染などを示唆する兆候はみられず,翌日に退院となった.

Figure 4 

HE染色×200 EUS-FNA組織検体:血液・フィブリンを認めるのみであった.

退院後7日目に発熱,胸痛,意識障害を認め,救急搬送された.

身体所見:身長 160cm 体重 58.9kg 体温 36.3℃ 血圧 74/52mmHg HR 98 回/min SpO2 98%(O2 2L投与下)眼瞼結膜に貧血なし.眼球結膜に黄疸なし.胸部聴診にて左肺で呼吸音減弱,腹部触診上異常所見なし,両下肢浮腫著明.

入院時臨床検査成績(Table 1):WBC 9,240/μl,CRP 31.52mg/dlと炎症反応は上昇し,BUN 70.5mg/dl,Cr 3.84mg/dlと腎機能障害を認めた.動脈血液ガスでは代謝性アシドーシスを認めた.

Table 1 

臨床検査成績.

胸腹部CT所見:後縦隔に液貯留を認め,内部に一部airが存在しており,後縦隔膿瘍が疑われた.また心嚢液の貯留も認めた(Figure 5).

Figure 5 

後縦隔に,内部に一部airを含む液貯留を認め,心嚢液貯留も認めた.

以上より,EUS-FNAを原因とした後縦隔膿瘍,心外膜炎による心嚢液貯留および敗血症性ショックと診断し,呼吸器外科にて全身麻酔下開胸後縦隔ドレナージ術を行った.

手術所見:心嚢と上葉舌区の間の縦隔が著明に膨隆しており膿瘍壁を認めた.膿瘍壁に小切開を加えると茶色の粘調な膿汁と膿瘍内容物を認めた.膿瘍は,術前に腫瘍を指摘した同部位に位置しており,腫瘍と思われる膿瘍内の組織成分をすべて病理検査に提出した.しかし,開胸時には腫瘍があった部位は強い炎症を起こしており,膿瘍と腫瘍との区別は不可能であった.

縦隔からの観察にて食道壁の穿孔などを疑う所見は全く認めなかった.

病理組織学的検査所見:壊死に陥った軟骨,脂肪,筋,線維組織がみられ,周囲に強い変性を伴う細胞浸潤,膠原線維がみられた.間葉系組織が壊死に陥った像であり,腫瘍性を示唆する細胞の増殖は認めなかった.奇形腫の可能性もあるが断定できなかった(Figure 6).

Figure 6 

HE染色×400.

変性壊死に陥った軟骨および,膠原線維がみられた.

併せて実施した血液培養,膿瘍内容物培養にてVeillonella parvula(嫌気性無芽胞陰性桿菌~球菌)口腔内常在菌が陽性であった.4日間の集中治療管理を必要としたが,徐々に全身状態は改善し,術後28病日に独歩で退院した.最終的には,腫瘍残存はなく,術後のCTなど画像検査でも腫瘍は認識できない.開胸時の膿瘍ドレナージ時にすべて切除し得たと考えられる.現在術後約3年半経過しているが,腫瘍や膿瘍の再発なく生存中である.

Ⅲ 考  察

EUS-FNAの偶発症の報告は非常に少ない.Al-Haddadらの168例のEUS-FNAでは重症の偶発症はなく,持続痛,発熱などの中等度の偶発症を0.6%のみに認めたとの報告をしている 1.本症例は経食道ルートのEUS-FNAであり,経胃ルートが多いEUS-FNA全体の偶発症とは発生頻度は異なる可能性がある.その理由として,経胃ルートでは,胃内は胃酸が存在し無菌状態に近いため感染がおこりにくいことが予想される.経食道ルートの特殊性として,胃酸が存在せず,口腔内常在菌を持ち込む可能性があることや,穿刺時に縦隔を経由することなどが考えられる.経食道ルートでのEUS-FNAの偶発症として,出血・感染などがあげられるが,発生頻度は2%未満と報告されている 2.経食道ルートでのEUS-FNAによる重篤な偶発症の報告について.われわれの検索し得た限りでは9報の報告があり,われわれの経験した症例を加え10例を示す(Table 2 3)~9.以上のように,経食道ルートでのEUS-FNA後の穿刺部位の感染例の報告は散見されるがほとんどが海外での報告であった.最終診断は気管支嚢胞,気管支食道嚢胞であった症例が最も多かったが,EUS-FNA前には,EUS上hypoechoic lesionとして描出されており,嚢胞性病変と認識できていない症例も含まれていた.その他,壊死傾向の強いリンパ節の報告も認めた.Wiersemaらは,縦隔,膵臓,直腸の嚢胞性疾患での穿刺で14%の感染の危険があると報告している 10.本邦では嚢胞に対するEUS-FNAが行われることはほぼないと考えられるが,嚢胞性病変であってもEUS上hypoechoic lesionとして描出されている症例の報告もあり,MRIやCTでの評価も重要と考えられる.また穿刺する病巣に壊死があることを穿刺前に診断するために,画像所見・病理組織所見で壊死を伴っているか,EUSのPower Doppler modeで穿刺する病巣内の血流評価が助けになるものと考えられる.本症例では術前にMRIも施行しており,嚢胞の可能性はなく,エコー上も壊死を疑う所見は認めなかった.

Table 2

 

現時点でのASGEのガイドラインでは,偶発症の発生頻度が低いためEUS-FNA時の予防的抗生剤投与は必要ないと結論している.しかし,嚢胞性疾患,巨大で血流のない壊死したリンパ節では免疫システムから遮断されている可能性があり,予防的抗生剤投与を考慮すべきである.

本症例において,病理学的な最終診断は得られなかったが,奇形種の可能性が示唆された.腫瘤性病変が奇形腫であった場合には,EUS-FNAにより刺激性の強い内容液が周囲縦隔に漏れ,強い化学性縦隔炎を起こすことが報告されている 11),12.術前に石灰化を認めるなど,奇形種を疑う所見があった場合にはEUS-FNAは行ってはならないと考えられる.

EBUS-TBNA(endobronchial ultrasound-guided transbronchial needle aspiration)では偶発症報告を散見する.検索し得た範囲ではEBUS-TBNA後の縦隔炎または心膜炎は14例の報告があり,うち死亡例も1例報告されている 13

原因菌は口腔内常在菌が多く 14,感染の機序としては,穿刺部位の内腔側の細菌,内視鏡先端・鉗子口に付着した細菌を病巣内に持ち込んだ可能性などが考えられ 15,検査前の口腔衛生も重要と考えられる.さらに喫煙者や免疫力の低下した患者に発症しやすいという臨床的特徴に加えて,Streptococcus milleri groupなどの口腔内常在菌が高頻度に存在する歯間溝や歯垢の誤嚥の関与があると考えられている 16.本症例においても血液培養,膿瘍内容物培養にてVeillonella parvula(嫌気性無芽胞陰性桿菌~球菌)口腔内常在菌が陽性であった.当科では本症例を経験してから,経食道EUS-FNAを行う際は全例で検査前の口腔外科による専門的口腔ケアを行い,予防的抗菌薬投与を行っている.

縦隔炎や縦隔膿瘍の偶発症が生じた際,抗菌薬に対して反応が乏しい場合は,タイミングを逸することなく早期のドレナージが必要であると考えられる.

EUS-FNAは偶発症の報告が非常に少ない.今回経験した縦隔炎は,頻度は低いものの一旦発症すれば致死的になり得る偶発症であり,診断のための検査としては絶対に回避すべきものである.EUS-FNAの急速な普及に伴い,手技の技術的な面だけでなく,施行にあたっては病巣および宿主要因によるリスク把握と予防対策の重要性を改めて認識すべきと考える.

Ⅳ 結  語

EUS-FNA後に後縦隔膿瘍をきたした1例を経験したので報告した.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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