日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
大腸憩室多発領域に炎症が限局したアメーバ性大腸炎の1例
山路 卓巳 山本 章二朗小村 杏奈前村 幸輔後藤 敏之三池 忠田原 良博丸塚 浩助菊池 郁夫下田 和哉
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2019 年 61 巻 4 号 p. 381-386

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要旨

症例は63歳男性.呼吸困難感に対し近医で気管支喘息の診断にてステロイドの内服,吸入が開始されたが症状増悪し,当院で心房細動,急性心不全と診断され入院となった.心房細動に対する塞栓予防として抗凝固薬を投与したところ血便が生じ,大腸内視鏡検査で肝彎曲部に多発憩室とその領域に限局して潰瘍と白苔の付着を認めた.当初は憩室性大腸炎を疑ったが,生検組織中に栄養型アメーバが確認されたためアメーバ性大腸炎と診断し,メトロニダゾールの投与にて潰瘍が治癒した.無症候性の赤痢アメーバ保有者がステロイドや抗凝固薬の使用によってアメーバ性大腸炎を発症し,その病変が大腸憩室多発領域に限局した症例を報告する.

Ⅰ 緒  言

アメーバ性大腸炎は腸管寄生性原虫であるEntamoeba histolyticaにより引き起こされる感染症である 1.しかし,Entamoeba histolyticaに感染した症例の多くは下痢や血便などの症状を呈さず,無症候性病原体保有者として経過する 2.このような無症状例や軽微な症状を有する症例の内視鏡検査でアメーバ性大腸炎が診断されることもあるが 2)~5,その多彩な内視鏡像から診断は必ずしも容易ではない 6.今回われわれはステロイドや抗凝固薬を投与後に血便を呈し,大腸憩室多発領域に炎症が限局したアメーバ性大腸炎の1例を経験したため若干の文献的考察を加えて報告する.

Ⅱ 症  例

患者:63歳,男性.

主訴:呼吸困難,血便.

既往歴:特記事項なし.

生活歴:機会飲酒,喫煙 20本/日×23年,海外渡航歴なし,同性愛行為なし.

現病歴:呼吸困難感のため近医を受診し,気管支喘息の診断でプレドニゾロン30mg/日,3日間内服とフルチカゾン500μg/日,2週間吸入で加療された.しかし,呼吸困難が増悪したため当院に搬送され,心房細動,急性心不全と診断され入院となった.ステロイドは中止し,心房細動に対する塞栓予防としてヘパリン16,800単位/日の持続点滴による抗凝固療法を開始し,6日後にエドキサバン60mg/日の内服に変更したところ血便が出現した.

入院時現症:身長171cm,体重69kg,血圧117/109mmHg,脈拍166回/分,不整,体温36.1℃.眼瞼結膜に貧血なく,眼球結膜に黄染なし.心雑音なし.両肺野に水泡音,笛声音あり.腹部は平坦,軟,自発痛・圧痛なし.

入院時血液検査所見:WBC 10,700/μl,Neut 69.1%,CRP 0.89mg/dlと軽度炎症反応上昇を認めた.Hb 13.4g/dlで貧血は認めなかった.

経過:エドキサバン内服後に血便が生じるようになったため大腸内視鏡検査を施行した.肝彎曲部に憩室が多発しており,その領域に限局して発赤,びらん,白苔の付着を認めた(Figure 1-a).白苔を除去すると浅い潰瘍が認められ,同部は易出血性であった(Figure 1-b).憩室内には白苔が強固に付着しており洗浄でも白苔は除去できなかった(Figure 1-c).また,上行結腸,S状結腸にも憩室を認めたが数は少なく,憩室内や憩室周囲に異常所見を認めなかった(Figure 1-d).盲腸と直腸にも病変は認めなかった.当初は潰瘍の原因が特定できず,憩室多発領域に炎症が限局していたことから憩室性大腸炎を疑い5-aminosalicylic acid 2,250mg/日の投与を開始した.しかし,内視鏡検査時に潰瘍部から採取した生検組織中にアメーバ栄養体が多数同定されたため(Figure 2)アメーバ性大腸炎と診断し,メトロニダゾール1,500mg/日を10日間投与した.後日測定した血清抗赤痢アメーバ抗体は400倍で陽性であった.血便は速やかに消失し,メトロニダゾール投与1カ月後に大腸内視鏡検査を施行し,潰瘍の治癒と白苔の消失を確認した(Figure 3-a,b).

Figure 1 

初回内視鏡像.

a:肝彎曲部病変口側境界:肝彎曲部に憩室が多発しており,その領域に限局して粘膜発赤,びらん,白苔の付着を認めた.

b:肝彎曲部:憩室間粘膜に白苔の付着を認め,白苔を除去すると潰瘍を認めた.

c:肝彎曲部:憩室内にも白苔が強固に付着していた.

d:S状結腸:少数の憩室を認めたが,憩室内,憩室周囲に異常所見を認めなかった.

Figure 2 

病理組織学的所見(HE).

生検組織中にアメーバ栄養体を多数認めた.

Figure 3 

メトロニダゾール投与1カ月後の内視鏡像.

a:肝彎曲部:憩室周囲粘膜の潰瘍は上皮化されていた.

b:肝彎曲部:憩室内の白苔も消失していた.

Ⅲ 考  察

アメーバ性大腸炎はEntamoeba histolyticaの感染による感染症である 1Entamoeba histolyticaはその強力な細胞傷害活性によって大腸および他の組織を損傷する能力が高いことから命名された(histo-: tissue;lytic-: dissolving) 7.アメーバ性大腸炎の典型的な症状は急性・慢性下痢,血便,腹痛などであるが,Entamoeba histolyticaに感染した症例の多くは無症候性であり,腸炎を発症するのは10%前後とされる 8.残りの感染症例の90%は無症候性病原体保有者として推移する 2),9.感染後に発症するか否かは,宿主の年齢や免疫機構,遺伝的感受性,腸内細菌叢の組成,およびEntamoeba histolyticaの遺伝子型などの要因によって決定すると考えられている 7),9.また,副腎皮質ステロイド剤はアメーバ性大腸炎の発症・増悪因子として知られており,無症候性病原体保有者にステロイドを投与開始後にアメーバ性大腸炎を発症した報告がある 10.自験例は当院搬送時には消化器症状を認めていなかったことから無症候性の病原体保有者であったと考えられ,ステロイドの投与によりびらん・潰瘍が増悪し,抗凝固薬の使用により出血を生じたことによってアメーバ感染症が顕在化したと推察された.感染経路に関しては,アメーバ性大腸炎の約半数の症例で不明であり 8,自験例においても海外渡航歴や近年の性交渉もなく,感染経路は特定できなかった.

アメーバ性大腸炎の診断は,内視鏡的に採取した組織,粘液の直接鏡検や病理組織診断が有用である.直接鏡検法の感度は58.8~72.7%とされ,病理診断の感度はHE染色,PAS染色ともに88.2%と比較的高いことが報告されている 11.血清抗赤痢アメーバ抗体も有用であるが,試薬製造販売中止のため2017年9月27日をもって検査委託中止となったため現在は検査することができない.糞便中のアメーバ嚢子を検出する糞便アメーバ検査は利用できるが,感度が37.1%と低いため連続3日間程度の集中検査で検出精度を高めることが推奨される 11),12.他の検査法としては,アメーバ抗原検査法の感度が95%以上,PCR法の感度が90%以上と有用であるが 13,これらは民間の臨床検査会社に検査を依頼することはできない.抗原検査やPCR検査が必要な場合には日本寄生虫学会のホームページにアクセスし,“医療者向けコンサルテーション”から検査可能な機関を紹介してもらうことができる 14.このようにアメーバ性大腸炎の診断のためには病理診断の重要性が高くなっているが,その感度は必ずしも高くないため複数個所から生検を行い,病理医に診療情報の提供を行いながら必要に応じてPAS染色を依頼する必要がある.

アメーバ性大腸炎を診断するためにはまず,内視鏡検査時にアメーバ性大腸炎を疑うことが重要であるが,その内視鏡所見は多彩であり,病変部位や特徴的な画像所見を把握しておくことが必要である 6.アメーバ性腸炎の特徴的な内視鏡像は,白苔,出血,発赤,浮腫をともなう“汚い潰瘍”,多発するアフタ,タコイボ様びらんなどで,特に潰瘍に付着する頑固な白苔所見が特徴的である 5.自験例では憩室多発領域に限局する区域性の炎症を認めたため憩室性大腸炎を疑い5-aminosalicylic acidを投与したが,潰瘍部を詳細に観察すると憩室内にも強固に白苔が付着しており,洗浄しても完全には除去できなかった.憩室性大腸炎は憩室が多発する領域の憩室間粘膜に潰瘍性大腸炎やクローン病に類似した発赤,びらん,潰瘍が存在し,憩室自体の炎症所見はみられないか,みられても憩室間粘膜の方が顕著であることが特徴的とされているが 15),16,自験例のような憩室内の強固な白苔の付着は憩室性大腸炎には非特徴的な所見であり,アメーバ性大腸炎を疑うべきであったと考えられた.

また,自験例では上行結腸,S状結腸には小さな憩室を散見する程度であったが肝彎曲部には憩室が集簇しており,その憩室多発領域に限局してアメーバ性大腸炎の病変を認めた.アメーバ性大腸炎の好発部位は盲腸と直腸とされるが 17,その原因としては,経口的に摂取されたアメーバ嚢子が小腸下部で脱嚢して栄養型となり大腸に移行し,盲腸において分裂・増殖するため盲腸に好発し,また,盲腸で増殖したアメーバ原虫は肛門に向かって下降し,直腸で糞便が長く停留するために直腸部に病変を形成しやすいと考えられている 18.自験例において憩室多発領域にのみに病変が限局していた理由に関しては,盲腸や直腸と同様に,憩室内にアメーバ原虫を含んだ糞便が停滞しやすかったことが原因であることが示唆された.ただ,われわれがアメーバ性大腸炎,アメーバ赤痢,大腸憩室のキーワードで医学中央雑誌を,amebic colitis,amebiasis,diverticulumのキーワードでPuB Medを2000年から2018年まで検索しえた限り,自験例のように憩室多発領域のみに病変が限局していた報告はなく,まれな症例と考えられた.アメーバ性大腸炎は自験例のように非特異的な分布,内視鏡像を取ることがあるため,腸炎を診断する際には本疾患を念頭に置きながら診療にあたる必要があると考えられる.

Ⅳ 結  語

大腸憩室多発領域に潰瘍が限局したアメーバ性大腸炎の1例を報告した.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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