日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
H. pylori除菌療法後に寛解した回腸MALTリンパ腫の1例
星川 聖人 平松 慎介安部 瞬浦岡 正尚馬場 慎一中村 彰宏滝原 浩守植田 智恵井上 太郎西野 栄世
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2019 年 61 巻 7 号 p. 1415-1422

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要旨

症例は46歳男性.右下腹部痛を主訴に受診.画像検査で回盲部に複数のリンパ節腫大を認め,悪性リンパ腫が疑われた.血液検査で可溶性インターロイキン2受容体(sIL-2R)の上昇と,下部消化管内視鏡検査で回腸末端に発赤・びらんを伴う粘膜不整を認め,生検でMALTリンパ腫と診断した.H. pylori陽性であり除菌治療を行った5カ月後,回盲部リンパ節腫大は消失し,回腸末端のびらんは瘢痕化していた.生検でもMALTリンパ腫の所見は消失し寛解と判断した.本邦における消化管原発MALTリンパ腫の報告は大半が胃原発であり,小腸原発の報告は少ない.さらに除菌療法後に寛解に至った例は極めて稀であるため,貴重な症例と考えられた.

Ⅰ 緒  言

粘膜関連リンパ組織型節外性辺縁帯リンパ腫(Extranodal marginal zone lymphoma of mucosa-associated lymphoid tissue:以下MALTリンパ腫)は,1983年にIsaacsonら 1により提唱された粘膜関連リンパ組織に由来する低悪性度B細胞性リンパ腫の一群であり,慢性炎症を背景として,消化器や呼吸器,唾液腺などの外分泌臓器,甲状腺などの内分泌臓器など広範囲な臓器に発症する.消化管では胃を中心に多数の報告があるが,小腸のMALTリンパ腫についての報告は少ない.さらに胃外MALTリンパ腫において,Helicobacter pylori(以下H. pylori)除菌療法後に寛解した例は報告が少ない.今回われわれは,除菌療法後に寛解した回腸MALTリンパ腫の1例を経験したため報告する.

Ⅱ 症  例

患者:46歳,男性.

主訴:右下腹部痛.

既往歴:特記事項なし.

家族歴:特記事項なし.

生活歴:喫煙なし,飲酒なし.

現病歴:平成27年8月頃から間欠的な右下腹部痛が出現.次第に頻回となったため,平成28年1月に当科受診.

現症:身長:174cm,体重:71㎏,BMI:24.4,体温36.5℃,血圧120/74mmHg,脈拍88回/分・整.眼瞼結膜に貧血なし,眼球結膜に黄染なし.表在リンパ節は触知せず.心音清,心雑音なし.呼吸音清.腹部は平坦,軟,腸蠕動音は正常,腫瘤は触知せず,右下腹部に軽度圧痛あり,反跳痛なし.

臨床検査成績所見(Table 1):白血球WBC 9,500/ul,CRP 2.22mg/dlと軽度炎症反応上昇を示していた.CEA,CA-19-9は正常範囲内であったが,可溶性インターロイキン2受容体(sIL-2R)は683U/mlと軽度高値であった.

Table 1 

臨床検査成績.

腹部エコー検査:回盲部周囲に10mm前後の複数のリンパ節腫大を認めた.

腹部造影CT検査(Figure 1):回盲部周囲に淡い造影効果を認める腫大したリンパ節が散見された.

Figure 1 

腹部造影CT検査.

回盲部周囲に腫大したリンパ節が散見される(矢印).

PET-CT検査:回盲部周囲のリンパ節と回腸末端部に異常集積(SUVmax=7.6)を認め,その他の部位には異常集積は認めなかった.

上部消化管内視鏡検査:萎縮性胃炎の所見はあったが,MALTリンパ腫を疑う所見はなかった.

下部消化管内視鏡検査(Figure 2):回腸末端に半周性に境界が比較的明瞭な発赤とびらんを伴った粘膜不整を認め,同部位から生検した.バウヒン弁より約50cm口側付近まで可能な限り挿入したが,同部位より口側には粘膜不整はなかった.

Figure 2 

下部内視鏡検査.

回腸末端に発赤・びらんを伴った粘膜不整が認められた.右図は色素散布後.

病理組織学的所見(Figure 3):回腸末端部生検組織検体のH-E染色では,粘膜固有層に小リンパ球様細胞が不明瞭な大結節状に分布し,一部では淡明細胞集簇が確認され,これらによるlymphoepithelial leision(LEL)を伴っていたが,形質細胞分化は明らかではなかった.免疫組織染色では,これらはCD20(+),CD79a(+),Bcl2(+),CD3(-),CD5(-),CD10(-),Bcl6(-),CyclinD1(-),Igκ-mRNA(-),Igλ-mRNA(-),IRTA1(-)であった.さらにCD20およびCD79a染色にてLELが確認され,一方結節部にCD10陽性,あるいはBCL6陽性細胞集簇がみられないところから,これらは反応性二次リンパ濾胞ではないと考えられた.以上からIRTA1は陰性ながら,MALTリンパ腫と診断した.

Figure 3 

病理組織学的検査.

a:小腸粘膜固有層が拡大し,リンパ球様細胞の不明瞭な大結節状増殖にて占められる(HE染色×40).

b:増殖細胞は小~中型で,一部は淡明な細胞質を有し,左上にはlymphoepithelial leision(LEL)形成を認める(矢印)(HE染色×200).

c:増殖細胞はCD10陰性であり,結節中央にCD10陽性細胞集簇は認められない(CD10×40).

d:増殖細胞はCD20陽性であり,左上にはLELが確認できる(CD20×100).

臨床経過:内視鏡検査,各種画像検査の結果より,小腸原発MALTリンパ腫(Lugano国際会議分類StageⅡ1)と診断した.尿中ピロリ抗体陽性を確認し,十分な患者説明と同意のもと,ボノプラザンを用いた一次除菌療法(ボノプラザン40mg/日,アモキシシリン1,500mg/日,クラリスロマイシン400mg/日)を行った.除菌から2カ月後,右下腹部痛は軽快し,腹部エコー,CT検査で回盲部リンパ節腫大は縮小傾向となった.下部消化管内視鏡検査では,回腸末端の粘膜不整は大部分が瘢痕化していた.可能な限り口側まで挿入したが他病変は認めなかった(オリンパス社製PCF-PQ260L使用).しかし,同部位の生検でMALT リンパ腫の残存を認め,尿素呼気試験を行うと陽性(UBT値⊿13C=16.4‰)であったため一次除菌失敗と判断し,二次除菌療法(ボノプラザン40mg/日,アモキシシリン1,500mg/日,メトロニダゾール500mg/日)を行った.その3カ月後に再度尿素呼気試験を行ったところ,検査陰性(UBT値⊿13C=0.5‰)となり,便中ピロリ抗原陰性も確認した.3度目の下部消化管内視鏡検査では,回腸末端の病変はすべて瘢痕化しており,生検でもMALTリンパ腫の所見は消失していた(Figure 4).腹部症状の消失,sIL-2Rの正常化(sIL-2R=270U/ml),腹部エコー,CT検査,PET-CT検査にてリンパ節腫大の改善と,異常集積の消失を確認したことから寛解と判断した.小腸カプセル内視鏡(以下capsule endoscopy:CE)を行い,全小腸を観察したが,残存病変および他病変はなかった.その後,定期的な下部消化管内視鏡検査,各種画像検査と血液検査にて経過観察しているが,1年11カ月再発は認めていない.

Figure 4 

下部内視鏡検査(二次除菌3カ月後).

回腸末端の粘膜不整は瘢痕化していた.生検ではMALTリンパ腫の残存は認められなかった.

Ⅲ 考  察

MALTリンパ腫は節外性リンパ腫の中で,びまん性大細胞性リンパ腫,濾胞性リンパ腫に次いで多い.消化管原発では胃に最も多く,胃外では小腸や大腸などに生じる腸管原発は8%と比較的稀である 2.小腸原発悪性リンパ腫80例を検討したNakamuraら 3の報告によると,MALTリンパ腫はそのうちの34例であり,全体の42.5%を占めていた.前田ら 4によると,回腸末端近傍が好発部位で,回盲弁から40cm以内に86.7%が存在した.初発症状としては,本症例のように腹痛が最も多く(77%),腸閉塞28%,体重減少17%,下血16%,穿孔7%,無症状2%であった 5.検査では,採血でのsIL-2Rの上昇や,腹部エコー,CT検査における腸管の壁肥厚,PET-CT検査での異常集積が診断の一助となる.本症例で最も鑑別すべきは,エルシニア腸炎であると思われるが,発熱がなく,腹痛の経過が6カ月と長く,便培養と便汁培養陰性で,血中エルシニア抗体が陰性であったことから可能性は低いと考えた.最近,IRTA1と呼ばれる分子が,MALTリンパ腫で初めての陽性マーカーとして報告され,大半の症例が陽性であったとされている 6.本例はIRTA1陰性であったが,内視鏡所見に加え特徴的な病理所見(大結節が反応性二次リンパ濾胞ではないこと)から,MALTリンパ腫と判断した.小腸MALTリンパ腫の治療として確立したものはないが,一般的には悪性リンパ腫に準じた治療が行われており,臨床病期が限局期(Ⅰ~Ⅱ期)では外科的切除に加えて術後化学療法,放射線療法が行われ,多発広汎病変やⅡ期以上の症例ではCHOPもしくはR-CHOP療法等の多剤併用化学療法が行われている 7.一方,低悪性度胃MALTリンパ腫に対しては,Wotherspoonら 8によるH. pylori除菌療法後,胃MALTリンパ腫が消失したとの報告以降,その有効性の高さから除菌療法が積極的に行われている.胃外MALTリンパ腫でH. pylori除菌療法の治療効果は現時点では探索的な位置づけであるが,大腸病変に関して,1997年にMatsumotoら 9H. pylori陽性直腸MALTリンパ腫に対して除菌療法を行い縮小したと報告し,本邦を中心に大腸MALTリンパ腫の除菌療法による治療奏功例が散見されるようになった.さらに,甲状腺 10や十二指腸 11MALTリンパ腫に対しても,比較的早期のもので除菌療法が有効であった報告もあり,最も低侵襲な治療であることから,本症例もまず試みる価値があると考えた.また,Champylobacter jejuniなどのH. pylori感染以外の細菌やウイルスの持続感染がMALTリンパ腫発生に関与している報告 12や,自然消退例 13もあることから,現時点では感染を含めた何らかの慢性炎症の持続によりサイトカインが産生され,免疫反応の結果,粘膜関連リンパ組織が増殖し,MALTリンパ腫が発生する機序が考えられている.当症例では便培養でCampylobacter jejuniは検出されなかった.比較的早期の病変と考えられたこと,除菌療法で改善しない場合は外科的切除,放射線治療,全身化学療法等の治療が可能であることを十分に説明した上で,除菌療法を選択した.二次除菌後のCEでも他病変は指摘されず,寛解に至ったと判断した.本症例は,一次除菌失敗後の生検にて病変の残存を認め,二次除菌成功後にはMALTリンパ腫が病理学的に消退したという一連の経過から,H. pylori除菌療法が有効であった可能性が高いと考えている.しかし,自然消退やH. pylori以外の何らかの腸内細菌がMALTリンパ腫発生に関与した可能性は完全には否定できず,今後も症例の蓄積と機序の解明が必要であると考える.医学中央雑誌で1998年~2017年「小腸」,「MALTリンパ腫」で検索した限りでは,自験例を含め19例の報告があった(Table 2 14)~31.年齢は20歳~78歳(平均年齢59.5歳)で,男性12例,女性7例と男性がやや多かった.症状は腹痛,血便,腹部膨満が多く,無症状の症例もあった.病変部位は空腸7例,回腸12例であった.H. pylori陽性が確認されている症例は19例中5例であり,5例中2例が外科手術に加えて除菌療法を追加していた.消化管穿孔,イレウス等の緊急手術例も含め,外科手術のみが6例(31.5%),外科手術に化学療法を加えたものが8例(42.1%),外科手術に除菌療法を加えたものが2例(10.5%)であった.外科手術等の局所切除を行ったものは全体の80%以上を占めていたが,除菌療法後に寛解した例はなく,当症例報告は貴重であると考えた.

Table 2 

小腸原発MALTリンパ腫の報告例.

Ⅳ 結  語

H. pylori除菌療法後に寛解した回腸原発MALTリンパ腫の症例を経験した.小腸MALTリンパ腫に対する治療において,H. pylori除菌療法は選択肢の1つになり得ると思われた.

謝 辞

本稿を終えるに当たり,MALTリンパ腫の病理診断に関してご指導いただいた日本バプテスト教会中央検査部,中峯寛和先生に深謝いたします.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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