日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
10年間の内視鏡像の変化を追えた胃底腺型胃癌の1例
岩井 聡始 沢井 正佳岩田 臣弘小泉 有利榎本 壮秀大谷 絵美堀内 葉月明石 陽介森安 博人松本 昌美
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2019 年 61 巻 8 号 p. 1547-1553

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要旨

70歳男性.10年前の上部消化管内視鏡検査で胃体上部小彎に7mm大の褪色調粘膜下腫瘍様隆起を指摘された.以降の定期的な内視鏡検査ではサイズ,形態に変化はなかったが,10年目の内視鏡時に9mm大への増大と陥凹形成を認めた.陥凹部の生検で胃底腺型胃癌と診断し,生検1カ月後の精査内視鏡検査では,陥凹部のNarrow band imaging(NBI)拡大観察でirregular microsurface(MS)and microvascular(MV)patternを認めた.診断的治療として内視鏡的粘膜下層剝離術を施行,病理組織像では,腫瘍は粘膜深層主体に発育し,陥凹部で粘膜表層へ伸展・露出しており,一部粘膜下層へ微小浸潤していた.胃底腺型胃癌の長期経過における内視鏡像の変化やNBI拡大所見を検討した報告は少なく,貴重な症例と考える.

Ⅰ 緒  言

Helicobacter pyloriH. pylori)陰性胃癌のひとつとして胃底腺型胃癌(主細胞優位型)が提唱され 1),2,近年報告例が増加している.現在は疫学的に稀な胃癌とされているが,H. pylori除菌の普及と感染率の低下に伴い,今後相対的に増加すると予想される.胃底腺型胃癌の臨床病理学的特徴は,従来の胃癌と大きく異なり,そのひとつに非常に緩徐かつ特徴的な発育進展様式が挙げられる 2.今回,われわれは胃底腺型胃癌の同一病変について10年3カ月に及ぶ自然経過を内視鏡的に観察しえた1症例を経験した.経過中にみられた形態変化や拡大内視鏡所見など,胃底腺型胃癌の自然史を考える上で示唆に富む症例と考え,文献的考察を加えて報告する.

Ⅱ 症  例

患者:70歳,男性.

主訴:なし.

既往歴:高血圧,前立腺癌術後.

家族歴:胃癌の家族歴なし.

現病歴:2006年8月に体重減少の原因精査のため当院で上部消化管内視鏡検査を受け,胃体上部小彎に7mm大で褪色調を示す粘膜下腫瘍様隆起を指摘された.胃粘膜に萎縮性変化は認められなかった.以降も定期的に上部消化管内視鏡検査を受けていたが,同病変のサイズや形態に変化はみられなかった.2012年4月の観察時に同病変より生検を行ったが,腫瘍性所見は指摘されなかった.2016年11月の上部消化管内視鏡検査で同病変は9mm大へ若干増大し,中央部に陥凹形成を認めた.陥凹部から生検を行ったところ,胃底腺型胃癌の診断であった.2016年12月に拡大画像強調観察や超音波内視鏡による深達度診断などの精査を行った上で,診断的治療として内視鏡的粘膜下層剝離術(Endoscopic submucosal dissection:ESD)を行う方針となり2017年2月に入院となった.

現症:身長167cm.体重63kg.体温36.4℃.脈拍88/分,整.血圧136/70mmHg.眼瞼結膜に貧血なく,眼球結膜に黄染なし.表在リンパ節を触知しない.胸部および腹部に異常所見を認めず.

血液生化学的検査所見:CEA 3.81ng/mlで基準値内,血清抗H. pylori-IgG抗体は3U/ml未満で陰性であった.

上部消化管内視鏡検査所見

(2006年8月;初回指摘時):胃体上部小彎に7mm大の褪色調粘膜下腫瘍様隆起を認めた.背景胃粘膜にはregular arrangement of collecting venules(RAC)がみられ,萎縮や腸上皮化生を伴っておらず,H. pylori未感染胃と考えられた(Figure 1).

Figure 1 

10年3カ月前の上部消化管内視鏡像.

今回と同様,胃体上部小彎に7mm大の粘膜下腫瘍を認めた.

(2014年4月;1回目生検より2年後):初回指摘時と比較して病変の肉眼的変化はみられなかった.初回の生検から2年経過しているが,陥凹は認めなかった.

(2016年11月;2回目生検時):同病変は9mm大に増大し,頂部にわずかな陥凹を認めた.陥凹部より生検を行い,胃底腺型胃癌と診断した(Figure 2).

Figure 2 

胃細径内視鏡所見.

Linked color imaging(LCI)観察.

病変は9mm大に増大し,頂部にわずかな陥凹を認める.

陥凹部からの生検により胃底腺型胃癌と診断.

(2016年12月;ESD術前精査内視鏡):2回目の生検より1カ月後であるが,生検の影響か,陥凹部は前回より明瞭であった.Narrow band imaging(NBI)併用拡大観察では,陥凹部およびその周囲は表面構造が不均一で微小血管も不規則であり,拡張や蛇行など不整なnetworkを形成していた(Figure 3-a,b).また,非陥凹部のNBI拡大観察では,スリット状の腺開口部様変化や腺窩の開大など萎縮粘膜に類似した変化を認めた.

Figure 3 

胃内視鏡所見.

a:通常内視鏡像.胃体上部小彎に9mm大の粘膜下腫瘍様隆起を認め,頂部には陥凹を認めた.

b:NBI拡大内視鏡像.陥凹部の表面構造は不均一で,不規則な微小血管が拡張,蛇行など不整なnetworkを形成していた.

生検組織病理所見:胃底腺主細胞に類似の腺管細胞からなる不規則腺管構造を認めた.核は不整な円形~類円形で軽度に腫大し,不規則に配列していた.胃底腺型胃癌を疑う像であったため,確定診断のために免疫染色を追加した.

免疫組織学的所見:胃型マーカーはMUC5ACが陰性,MUC6はびまん性に陽性を示した.胃底腺主細胞マーカーであるpepsinogen-Ⅰがびまん性に陽性であり,壁細胞マーカーであるH/K-ATPaseは散在性に陽性であった.以上の所見より胃底腺型胃癌(主細胞優位型)と診断した.

超音波内視鏡所見:病変の主座は粘膜層と思われる第2層であり,粘膜下層に相当する第3層はほぼ保持されていたが,一部で連続性が不明瞭と思われる部分もあり,粘膜下層浅層への浸潤が否定しきれなかった(Figure 2).

胸腹部造影CT所見:胃病変については視認できず.遠隔転移やリンパ節転移は指摘できなかった.

以上より,胃底腺型胃癌 cT1N0M0 StageⅠAと診断した.超音波内視鏡所見からは外科的切除も考慮されうる病変と考えられたが,既報を踏まえ,十分なインフォームドコンセントのもと,生検後77日目に診断的治療としてESDを行った.

切除標本の病理学的所見:切除標本の大きさは18mm×26mmで,中央部に5mm×9mmの隆起性病変を認めた.病変中央部に陥凹を認めた(Figure 4).病理組織像では,粘膜表層は非腫瘍性の腺窩上皮で覆われていたが,粘膜中層から深層にかけて不規則な異型腺管の増生を認め,腫瘍細胞は主細胞に類似した好塩基性細胞であった(Figure 5-a).水平断端は陰性であったが,一部粘膜下層に微小浸潤しており,深達度はpT1b1(SM1,100μm)であった.脈管浸潤およびリンパ管浸潤は認めなかった.免疫染色はMUC6が陽性(Figure 5-b)で,MUC5ACとMUC2は陰性,Pepsinogen-Ⅰはびまん性に陽性(Figure 5-c),H/K-ATPaseは散在性に陽性(Figure 5-d)であった.表層の一部で非腫瘍部と腫瘍部の混在がみられ,表層への腫瘍の露出と考えられた.以上の所見より胃底腺型胃癌(主細胞優位型)と診断し,最終診断はU,Less,Type 0-Ⅱa,5mm×9mm,tub1(fundic gland type),pT1b1(SM1,100μm),UL(-),ly(-),v(-),pHM0,pVM0(100μm),適応拡大治癒切除 3であった.患者本人との相談の結果,追加手術を希望されず経過観察の方針となった.

Figure 4 

切除標本肉眼所見.

切除標本の大きさは18mm×26mmで,中央部に5mm×9mmの隆起性病変を認めた.

病変中央部に陥凹を認めた.

Figure 5 

病理組織学的所見.

a:切片⑤のHE弱拡大像.

b:切片⑤のMUC6染色(×20).粘膜深層より平皿様に腫瘍が発育進展し,陥凹部で表面に露出している.

c:Pepsinogen-Ⅰ染色:びまん性に陽性.

d:H/K-ATPase染色:散在性に陽性.

Ⅲ 考  察

胃底腺型胃癌(主細胞優位型)は2010年にUeyama,Yaoら 2が提唱し,近年の報告数の増加とともに,その臨床病理学的特徴が明らかにされつつある.とくに発育進展様式は特徴的であり,粘膜深層から発生して中央部では全層性に,辺縁部では粘膜深層を水平方向に発育する.腫瘍表面は健常な腺窩上皮で被覆され,一見すると粘膜下腫瘍様の肉眼像を呈する.また,発育が非常に緩徐ながら,粘膜下層への浸潤を早期の段階でも生じやすい.これらの性質は,胃底腺型胃癌の発生母地である胃底腺主細胞の性質に由来すると考えられている 4.一般的には低悪性度で予後良好な腫瘍との見方が強いが,脈管侵襲を伴う高異型度症例 5や進行胃底腺型胃癌例 6が報告されるなど,高悪性度へ変化する可能性が示唆されており,疾患としての位置付けをどうすべきかが課題である.胃底腺型胃癌の自然史における悪性所見の出現時期や機序を明らかにするためには,自験例のように偶発的ながら長期間に及ぶ経過観察がなされた症例の蓄積・検討が必要である.

自験例における内視鏡像の変化を後方視的に検討したところ,10年3カ月前の上部消化管内視鏡像において,今回切除した胃底腺型胃癌と同一病変と思われる隆起性病変を認めた.粘膜下腫瘍様の形態は今回とほぼ同様であったが,サイズはやや小さく,中央の陥凹はみられなかった.4年8カ月前の上部消化管内視鏡検査で生検が行われていたが,2年7カ月前の上部消化管内視鏡像は,陥凹を含め初回検査時と比較して形態的な変化は認められず,生検の既往による表層の腺窩上皮の欠損は,再生し修復されたと考えられた.今回,陥凹が出現するまでに行われた生検はこの1回のみであり,生検の既往が陥凹形成に影響した可能性は低いと考える.また,低用量アスピリンや非ステロイド性抗炎症薬など,胃粘膜傷害を生じやすい薬剤の使用歴もなかった.NBI拡大所見とESD切除標本との対比を病理組織像(陥凹部は生検の影響と周囲表層粘膜の変性・脱落により評価困難であっため,陥凹部から1切片肛門側での病理組織での検討を行った)をもとに検討したところ,MUC6陽性の腫瘍が周囲粘膜表層下から平皿様に表層中央部へ伸展していた.陥凹近傍に相当する腫瘍中央部では,表層腺窩上皮内に非腫瘍部と腫瘍部が混在しており,粘膜深層から発生した腫瘍が表層へ伸展し露出しているようであった.これらの腫瘍露出部は,肉眼像における陥凹部およびその周囲に相当すると考えられ,この部位の病理組織像では上皮細胞基底膜直下から100μm程度までにCD31免疫染色で認識される不整な微小血管が散見され(Figure 6),表層から100μm内での腫瘍血管がirregular MV patternとして観察されたと考えられた.一方,陥凹部周辺の拡大像では,病理組織学的に粘膜の萎縮性変化がないにもかかわらず,胃底腺粘膜特有の円形開口部が消失し,萎縮粘膜に類似した管状模様が観察された.このような萎縮粘膜類似の拡大像は,癌細胞への置換により正常な胃底腺が消失した場合に観察される所見であり 7,胃底腺型胃癌の拡大内視鏡観察においては診断の一助となりうる.自験例では,10年間にわたり腫瘍のサイズや形態にほとんど変化がみられず,低異型度な腫瘍細胞であったことより,悪性度は低く,緩徐に粘膜深部から表層へ伸展発育していく性質を有しているのではないかと思われる.

Figure 6 

病理組織学的所見.

切片⑤のCD31染色所見(×100).不整血管は上皮細胞基底膜直下から100μm程度までに散見される.

医学中央雑誌およびPubMedにおいて“胃底腺型胃癌” “gastric adenocarcinoma of fundic gland type”をキーワードに検索(検索期間:2010年1月~2017年11月)を行ったところ,40篇の報告,207症例214病変を認めたが,長期経過に関する報告は少なく 8)~10,10年以上に限ればSatoら 9による12年間の経過観察の報告1例のみであった.これらの報告において,自験例のように腫瘍の粘膜表層への露出を示唆する所見は認められなかった.また,胃底腺型胃癌のNBI拡大所見に関する検討は本邦においては藤澤ら 11の報告などがある.Miyazawaら 12は2007年~2015年に報告された症例46例のReviewにおいて,NBI拡大所見の評価が7例 13)~15で行われ,うち3例 13),15でirregular MS/MV patternが認められたと報告している.胃底腺型胃癌にみられる拡大内視鏡所見のひとつに樹枝状の拡張血管が報告されているが,これは粘膜深層に存在する腫瘍による集合静脈の圧排により生じる所見 16であり,表層を健常な腺窩上皮で被覆された胃底腺型胃癌の腫瘍血管そのものを内視鏡的に捉えることは,自験例のように腫瘍の露出を伴わない限り困難と考えられる.上山ら 17は拡大観察にてirregular MV patternを観察しえた症例に関して,胃底腺主細胞のみならず腺窩上皮細胞への分化傾向をも伴う胃底腺粘膜型胃癌であったと報告している.自験例では腫瘍はMUC5AC陰性であり,胃底腺粘膜型胃癌と診断することは困難であるが,胃底腺型胃癌が自然史の中で腺窩上皮への分化傾向を獲得することで,後天的に悪性度の高い腫瘍へと変化していく可能性は考えうる.

Ⅳ 結  語

自験例は長期間にわたる胃底腺型胃癌の自然経過を観察しえた症例であった.その発育進展様式は現在報告されている特徴に概ね合致していたが,腫瘍が表層へ露出し,NBI拡大観察にてirregular MV patternが観察されるなど,胃底腺型胃癌の自然史を検討する上で貴重な症例と考えられた.

本論文の要旨は第99回日本消化器内視鏡学会近畿支部例会(2017年11月18日)において発表した.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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