2019 年 61 巻 9 号 p. 1636-1642
症例は59歳男性.人間ドックの上部内視鏡検査にて,切歯28cm〜37cmの中下部食道に境界不明瞭な全周性の斑状黒色調領域を指摘.生検にて悪性黒色腫と診断された.病変は広範な0-Ⅱb型であり,造影CT検査・PET検査にて転移を認めず,外科切除の意義は大きいと判断し,腹臥位胸腔鏡下食道亜全摘術+3領域リンパ節郭清を施行.病理組織学的検査所見にて,重層扁平上皮基底部に限局したメラニン沈着を伴う異型細胞を認めた.免疫染色にて,肉眼的黒色領域を超えて全周性に長形16.4cmの広範な異型メラノサイトの進展を認めた.リンパ節転移はなく,T1a-LPM N0M0;Stage 0と診断された.術後化学療法は施行しておらず,慎重に経過観察中であるが,術後約1年では再発は認めていない.深達度Mに留まり早期で切除しえた食道原発悪性黒色腫は非常に稀であり.若干の文献的考察を含め報告する.
食道原発悪性黒色腫は,全食道悪性腫瘍の約0.1〜0.2%と稀である 1).近年,化学療法や免疫療法も開発されてきているが,平均生存期間約10カ月と極めて予後不良とされている 2).今回われわれは,健診にて発見された表在型食道悪性黒色腫に対し,根治的手術しえた症例を経験したので,若干の文献的考察を含め報告する.
症例:59歳,男性.
主訴:特になし.
既往歴:アルコール性肝障害.
嗜好歴:飲酒;焼酎2合/日,アルコールによるフラッシング反応;なし,喫煙;なし.
現病歴:以前より2-3年毎に上部消化管内視鏡検査を施行されており,1年前も特に異常は認めなかった.今回初めて人間ドックの上部消化管内視鏡検査にて,胸部中下部食道に地図状黒色平坦病変を指摘.同部の生検にて悪性黒色腫と診断され精査加療のため当科紹介となる.
入院時現症:特記事項なし.
入院時検査所見:特記事項なし.CEA,CA19-9,SCC(squamous cell carcinoma associated antigen),AFP,STN(sialyl Tn antigen)は基準値下限以下であった.
上部消化管造影検査所見:平坦性病変のため描出困難であった.
上部消化管内視鏡検査所見:切歯28cm〜37cmの中下部食道に地図状で境界不明瞭な黒色0-Ⅱb型病変が全周性かつびまん性に広がっていた(Figure 1-a,b).ルゴール不染帯は認めなかった(Figure 1-c).内視鏡的には隆起部分は目立たず,狭帯域光観察(Narrow Band Imaging:NBI)併用拡大観察でも異常血管の増生や無血管野(avascular area:AVA)は認めなかったため,粘膜下層浸潤の可能性は低いと考えた(Figure 1-d).前医で下部食道の黒色部分の生検にて悪性黒色腫の診断は得ていたため,播種の危険性を考慮し他部位の生検は追加しなかった.手術加療時の切離ラインの目印として,内視鏡的黒色病変範囲の口側辺縁にマーキングクリップを置いた.
上部消化管内視鏡検査所見.
a:下部食道領域.地図状黒色0-Ⅱb型病変が全周性に分布している.
b:中部食道領域.黒色病変は点状に散見される.
c:中下部食道のルゴール染色.明らかな不染帯は認められない.
d:黒色範囲のNBI併用拡大観察.血管形態に明らかな異常は認められない.
PET-CT検査所見:明らかなリンパ節腫大や遠隔転移は認めなかった.
入院後経過:以上より,表在型食道原発悪性黒色腫(食道癌取扱い規約第11版に準ずるとMt-Lt,0-Ⅱb,T1aN0M0;Stage 0)と診断した.転移のない現段階では外科的切除の意義は大きいと判断し,腹臥位胸腔鏡下食道亜全摘術+3領域リンパ節郭清を施行した.
病理組織学的検査所見:中下部食道に広範囲に境界不明瞭な黒色範囲を認めた.範囲は全周性で,長径16.4cmに及んでいた(Figure 2).
切除標本マッピング像.
赤線の範囲にメラニンを含む異型細胞が分布していた.
(腫瘍範囲口側の淡黒色範囲は粘膜下層の出血であった).
HE染色では,メラニン沈着を認める異型細胞が重層扁平上皮基底部を中心に上皮内と上皮下間質に分布するjunctional activityを認めたが,粘膜筋板は超えていなかった(Figure 3).口側では,肉眼的な褐色範囲を超えてMelan A染色陽性細胞が上皮・間質境界部に沿って進展しており,口側断端距離は1.4cmであった(Figure 4).リンパ節転移は認めなかった.以上より,食道癌取扱い規約第11版に準ずると,m,ly-,v-,pPM0(1.4cm),pDM0,pRM0,pN0;Stage 0の食道原発悪性黒色腫と診断した.
病理組織学的検査所見(HE染色).
メラニン沈着を認める異型細胞が重層扁平上皮基底部を中心に上皮内と上皮下間質に分布するjunctional activityを認めた.
病理組織学的検査所見(Melan A染色).
Figure 2スライス#8の病変口側断端付近の拡大像を示す.基底部にMelan A陽性細胞の進展を認めた.
術後経過:術後合併症は認めず,第26病日に退院した.Stage 0であったことより術後補助化学療法は施行せず,3カ月毎の造影CT検査と,1年毎の上部消化管内視鏡検査による残存頸部食道の観察を計画し経過観察しているが,術後約1年では再発は認めていない.
食道原発悪性黒色腫の発症頻度は,全食道悪性腫瘍のうち0.1-0.2%と極めて稀とされる 1).76.2%が中下部食道に発生し,隆起型が多いため,嚥下困難(64.2%)や胸痛(9.3%)の精査にて発見されることがほとんどであり,無症状での発見率は7.3%と言われ 3),健診やドックでの発見は更に稀と考えられる.また,無症状症例のみをまとめた報告はないが,無症状発見例でも腫瘍が比較的大きな段階で発見されている例も多く,その理由として,腫瘍が軟らかい隆起型を示すことが多く腫瘍浸潤が軽度で壁進展が保たれるためとされており,腫瘍の大きさの割には早期に症状が出現しにくいとされる 4).
医学中央雑誌(医中誌)にて「食道悪性黒色腫」「検診」「健診」「ドック」をキーワードに検索したところ,調べえた限りでは自験例含め8例の報告のみであった(Table 1) 5)~11).全例男性であり,肉眼型は0-Ⅰや1型など隆起型が多く 5)~9),11),表面平坦型は自験例含め2例のみであった 10).角道らの1例のみ発見時に遠隔転移があり,手術不能となっているが 8),そのほかはほぼすべてSM浸潤までで留まっていた.本例は表面平坦型のM病変であり,その点においても非常に稀で幸運な症例であったと思われた.Kuwabaraら 12)が,深達度T1a症例10例のまとめを報告しているが,いずれもpolypoid様隆起を呈する病変であった.本例の様な無症状・ドック発見例で完全な表面平坦型病変は本邦初と思われた.
健診にて指摘された食道悪性黒色腫の本邦報告例.
確定診断は病理組織学的検査により行われ,食道原発悪性黒色腫は,①黒色腫の特徴的構造的を有し,②接触する上皮におけるメラノーシスの存在,③腫瘍細胞が上皮・間質境界部に沿って増殖している像(junctional activity)が認められる,という3点により診断される 13).生検は播種の危険性が危惧されるという意見もあったが 14),山口らによると生検施行の有無で5年生存率に差がなかったとされており 3),早期の確定診断のためには生検は行うべきとの意見が主流である.特に,免疫染色が診断に有用とされ,本例ではMelan A染色を用いた.Melan Aは,別名MART-1(Melanoma Antigen Recognized by T cells-1)とも呼ばれ,HLA-A2と結合し細胞傷害性T細胞(CTL)によって認識される黒色腫関連抗原の一つである.Ohsieら 15)によると,悪性黒色腫に対する陽性マーカーのうち,S-100(S100 calcium-binding protein)は感度97-100%・特異度75-87%と特異性に乏しく,HMB45(human melanoma black 45)は特異度100%だが感度が69-93%と感度で劣る.一方,Melan Aは感度75-92%,特異度95-100%であるとされ,最も診断精度が高いと思われる.
また,日常内視鏡診療において注意すべき点として,メラノーシスとの鑑別や範囲診断が問題になる.メラノーシスは,病理学的にはmelanocyteからmelanin顆粒の分配を受けて粘膜上皮細胞内にmelanin顆粒が増加したものとされ,存在する基底層の表層に上皮が存在するため内視鏡的に黒色が目立たない場合もある 16).一方の食道悪性黒色腫も約半数がメラニン色素を欠いている低色素性ないし無色素性悪性黒色腫とも言われ 13),やはり生検や病理組織免疫染色での診断に頼らざるを得ない.NBIが良悪性の鑑別の参考になるが,食道悪性黒色腫のNBI所見に関する詳細な報告はなく,高原ら 17)が直腸原発悪性黒色腫に対してNBI観察を行った報告があるのみである.それによると直腸悪性黒色腫のNBI所見は,pit様構造の消失,Corkscrew様異常血管の拡張・蛇行・口径不同・形状不均一とあるが,本例では同様の所見は観察されず,実際には内視鏡のみでの範囲診断は限界があると考えられる.また,深達度についても同様で,食道癌のNBI拡大観察では,AVAの大きさが深達度と相関するとされるが,本例では明らかなAVAも指摘できなかったため,粘膜下層浸潤は否定的と推測することしかできなかった.本例の口側の肉眼的褐色範囲以外の病変の範囲については,Melan A染色陽性細胞がjunctional activityを呈しながら広がっている像が確認できていることから,単なるメラノーシスは否定的と言えよう.既報では肉眼的褐色範囲と病理学的腫瘍範囲は一致している例が多く,本例のような無色素性腫瘍が口側のみに平坦に進展している報告はない.Melan A染色陽性細胞の範囲は,幸い定型的食道亜全摘術の切除範囲に含まれていたものの,このような病変に対する食道亜全摘術の場合には,断端を十分に確保して切除するよう努めるべきであるが,その上で顕微鏡的切離端陽性(R1)となる可能性につき十分な説明が必要と思われた.
食道悪性黒色腫の治療は,遠隔転移がなければ3領域リンパ節郭清を伴う食道切除術が原則であり,T1b以浅例の5年生存率は40.2%と言われ 3),SM浸潤までであれば再発なく比較的長期生存が期待できることが示唆される.しかし一方で,T1b例であっても術後早期に再発し急速な転帰を辿る例も散見され 12),18),手術侵襲を考慮すると適応は慎重であるべきと考える.近年では比較的早期に発見される例も増加し,術後5年生存率30.7%,1年生存74.1%と 3),予後は向上しつつあるが依然として不良である.粘膜内癌の状態で切除すれば,無再発生存期間中央値33カ月との報告があり 12),早期発見かつ完全切除が肝要である.無症状発見例であれば予後が良いかという点は未だ不明であり,深達度やリンパ節転移,遠隔転移の有無が予後を規定するとされている 3).今回検討した健診発見例では,8例中6例(75%)が1年以上生存してはいるが,長期生存とは言い難く,今後の更なる症例の蓄積と追加検討が望まれる.
術後のフォローアップについてであるが,食道悪性黒色腫の術後補助療法についての一定した見解は得られていないのが現状である.皮膚悪性黒色腫においては,平均生存期間はStage 0で74.5カ月,StageⅠで14.9カ月と,Stage 0とStage Ⅰで大きな乖離があり 19),Stage Ⅰでも14%の再発があるため 20),SM以深の症例については補助化学療法を施行するべきであると思われる.また近年,免疫チェックポイント阻害剤であるNivolumabが皮膚悪性黒色腫のガイドライン 21)の第一選択薬となり,近年の進行悪性黒色腫に対する第Ⅲ相試験(CheckMate 067試験)でも,Nivolumab単独療法で生存期間中央値36.9カ月と良好な結果が出ている 22).消化管悪性黒色腫に対してNivolumabを投与し奏効した症例はほとんどないが,Tokuharaら 23)は直腸悪性黒色腫術後の肝転移・骨転移例に対してNivolumab投与を行い,肝転移の縮小を確認し17カ月の無増悪生存期間を得ている.食道悪性黒色腫にも臨床使用され始めているが 24),Nivolumabの食道悪性黒色腫におけるまとまった治療成績の報告や明らかな奏効例の報告もなく,今後の症例の蓄積が待たれる.それに伴い,免疫チェックポイント阻害剤の臨床使用開始の前後で,予後データに変化が起きる可能性もある.本例ではStage 0でもあり術後補助化学療法は施行していないが,今後もし再発を指摘した際には,現段階ではNivolumabの効果を期待し第一選択とする方針である.
健診で発見され,深達度Mに留まり早期で切除しえた食道原発悪性黒色腫は非常に稀であり報告した.長期生存のためには精度の高い内視鏡検査による早期発見の重要性が示唆される.
本論文の要旨は第111回日本消化器内視鏡学会北陸支部例会において発表した.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし