日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
経口上部消化管内視鏡時に披裂軟骨脱臼による嗄声を生じた1例
魚住 健志 住吉 徹哉山梨 香菜藤井 亮爾皆川 武慶岡川 泰庵原 秀之平山 眞章近藤 仁
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2020 年 62 巻 10 号 p. 2269-2273

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要旨

72歳男性.心窩部痛の原因精査目的に経口上部消化管内視鏡検査を施行した.検査終了直後より嗄声が出現し,検査後4日経っても症状の改善を認めなかったため当院耳鼻咽喉科外来を受診した.発声時に高度な嗄声を認め,喉頭内視鏡検査では左披裂軟骨声帯突起の内側前方への偏位,左声帯長の短縮,声帯の弛緩を認めた.また,発声時には声門間隙を認め,最長発声持続時間は3秒と著明に低下していた.頸部CTでは異常所見を認めず,経口上部消化管内視鏡検査時に発生した左披裂軟骨前方脱臼と診断し,全身麻酔下での非観血的整復術により嗄声は改善した.本偶発症は熟練した内視鏡医でも起こしうる偶発症であり,発症した際は速やかな対応が望ましいと考えられた.

Ⅰ 緒  言

“消化器内視鏡関連の偶発症に関する第6回全国調査報告” によると観察のみの経口上部消化管内視鏡検査における偶発症の発生率は鎮静に関するものを除くと0.005%と非常に低く,さらにはその80%以上を出血,裂創および穿孔が占めており,その他の偶発症の頻度は非常に低い.また,披裂軟骨脱臼は稀な疾患とされており,誘因として気管挿管や外傷に伴うもの,特発性の報告が見られるものの上部消化管内視鏡検査での報告は検索した範囲内では2例を認めるのみであった.

今回,われわれは経口上部消化管内視鏡検査時に披裂軟骨脱臼による嗄声を生じた1例を経験したため,若干の文献的考察を含めて報告する.

Ⅱ 症  例

症例:72歳男性.

主訴:嗄声.

既往歴:喉頭外傷の既往なし.

20歳 肺結核,37歳 胆石胆嚢摘出術.

生活歴:飲酒歴なし,喫煙20本/day×30年.

家族歴:特記事項なし.

現病歴:20XX年7月19日,心窩部不快感の精査目的に当院で経口上部消化管内視鏡検査を施行した.検査者は10年目の消化器病専門医および消化器内視鏡専門医の資格を有する熟練した医師であった.咽頭麻酔はキシロカインスプレー,鎮痙剤はグルカゴン1mg,鎮静はジアゼパム5mgとペンタゾシン15mg,内視鏡はEG-590WR2(富士フイルム社製,先端部外径9.6mm,軟性部外径9.3mm)を使用し,左側臥位で通常通り検査を施行した.なお,検査中は反射や体動などを認めなかったものの,H. pylori現感染胃であり粘液の洗浄を行い,また複数箇所の生検を行ったため,検査には10分29秒を要した.検査終了直後より嗄声が出現し,検査後4日経っても症状の改善を認めず,7月22日に原因精査目的に当院耳鼻咽喉科にコンサルトした.

初診時所見:視診上は頭頸部に明らかな異常なく,発声時に高度な嗄声を認めた.

喉頭内視鏡所見:左披裂軟骨声帯突起は内側前方に偏位しており,左声帯長の短縮ならびに声帯の弛緩を認めた(Figure 1-a~c).発声時に声門間隙を認め,最長発声持続時間(MPT)は3秒と著明に低下していた.

Figure 1 

a~c:喉頭内視鏡所見.上部消化管内視鏡像と同一とするために上下左右反転して提示.

a:左披裂軟骨声帯突起は前方内側に突出している(黄矢印).披裂軟骨脱臼の際には黄矢印で示す方向に外力が加わることで脱臼を生じる.

b:左声帯は短縮し弛緩している.

c:発声時に左側への声帯の変位を認める.

d:7年後の上部消化管内視鏡検査時には左披裂軟骨声帯突起の位置は正常化していた.

頸部CT:異常所見なし.

明らかな誘因に伴って発生した嗄声であり,また頸部CTで反回神経麻痺の原因となる異常所見を認めなかったことから上部消化管内視鏡検査により発生した左披裂軟骨前方脱臼と診断した.

その後の経過:7月22日,局所麻酔下バルーン引き抜き法による非観血的整復術を以下の手順で施行した.まず両鼻腔および喉頭に4%キシロカインで表面麻酔を行った後,右鼻腔よりファイバースコープを,左鼻腔より14Frバルーンカテーテルを挿入した.カテーテル先端を声門に挿入し声帯の高さでバルーンを拡張させながら引き抜く操作を繰り返した.しかしながら,手技施行後も嗄声は改善せず,翌日にも同様の手技を行ったが整復は得られなかった.

その後,しばらくの間経過観察となったが自然回復の兆しなく,8月8日に全身麻酔下での非観血的整復術を施行した.声帯後方操作用の直達鏡を使用し,綿球を把持した鉗子で披裂軟骨を後外側へ圧迫した.術直後にはMPT9秒と改善を認めたものの,術翌日には6秒,術後6日目には3秒まで低下した.

難治性に経過したために札幌医科大学附属病院耳鼻咽喉科にコンサルトし,8月30日に全身麻酔下での整復術を同様の手技で再度施行した.術後MPTは8秒まで改善し,喉頭内視鏡上も声帯の運動は正常化した.その後は問題なく経過し現在も他疾患にて継続中である.披裂軟骨脱臼発症から7年後に行った上部消化管内視鏡では左披裂軟骨声帯突起の位置は正常であり,声帯の弛緩も認めなかった(Figure 1-d).

Ⅲ 考  察

“消化器内視鏡関連の偶発症に関する第6回全国調査報告” によると2008年より2012年の5年間における消化器内視鏡関連の総検査数は17,087,111件と過去最高を更新しており,検査件数は著しく増加している.消化器関連の偶発症は,12,548件(0.073%)であり頻度は低いものの検査数の増加により偶発症の発生数も増加を示している 1

観察のみの経口上部消化管内視鏡検査10,299,643件に対して偶発症は550件(0.005%)が報告されており,偶発症の内容が確認できた469件中384件(81.8%)を出血,裂創,穿孔が占めていた 1.その他の偶発症は非常に稀であり,少数例ながら多彩な報告がされているものの披裂軟骨脱臼の報告は見られなかった(Table 1).披裂軟骨脱臼は上部消化管内視鏡検査における偶発症としては非常に稀であり,医学中央雑誌で「披裂軟骨脱臼 上部消化管内視鏡検査」およびpubmedで “arytenoid dislocation”,“gastrointestinal endoscopy” を検索したところ2例の報告を認めるのみであった 2),3

Table 1 

上部消化管内視鏡検査(経口)における偶発症(文献より引用).

披裂軟骨脱臼は気管挿管や外傷などを誘因に嗄声や嚥下時痛,咽頭痛を主訴として発症することが多いが,特発性の報告も見られる 4)~6.ただし気管挿管の偶発症としての発生頻度も低くSzigetiらによると0.023%と報告されている 7

気管挿管における披裂軟骨脱臼には前方脱臼および後方脱臼の両方が報告されている 8.前方脱臼が生じる機序は食道への誤挿管や喉頭鏡を深くかけることなどにより前方への外力がかかることが原因とされている 8),9.また,後方脱臼はカフの脱気が不十分な状態で後方への外力が働くことが原因とされている 8),9Figure 2-a,b).経口上部消化管内視鏡に伴い発症した左披裂軟骨脱臼の過去2例の報告では,1例は挿入の際に視野確保が十分でなかったことが原因とされている一方で,1例は問題なく咽頭通過したにもかかわらず披裂軟骨脱臼が生じていた 2),3.本症例でも経験豊富な消化器内科医が検査を施行し咽頭通過も問題なく行われていたにもかかわらず披裂軟骨脱臼を発症した.通常の上部消化管内視鏡検査では咽頭通過の際に左下咽頭後壁に添わせるようにスコープを進め左下咽頭腔を通過する.その際,左輪状披裂関節に前方(Figure 1-a黄色矢印方向)への負荷がかかることにより左披裂軟骨前方脱臼が発生すると考えられ(Figure 2-c),披裂軟骨脱臼の予防のためには前方への外力をかけないように愛護的に操作することが重要である.一方で,咽頭通過の際はアングル操作やトルク操作を要することや,本症例では認められなかったものの,症例によっては挿入時の咽頭反射や咳嗽などが強く咽頭の運動が惹起されることなどが影響し披裂軟骨に予期せぬ外力がかかることがあるため,熟練した内視鏡医でも起こしうる偶発症であると考えられた.

Figure 2 

a:正常の甲状軟骨,輪状軟骨,披裂軟骨の位置関係.

b:気管挿管の際,カフの脱気不良により後方脱臼が生じる.

c:上部消化管内視鏡検査時,左披裂軟骨に前方への外力が加わることで前方脱臼が生じる.

披裂軟骨脱臼の治療について,Quickらは受傷後2~4週間では自然回復例があり,4週間程度の経過観察は妥当としているものの,受傷後8週間以上経過すると関節周囲に瘢痕形成などの不可逆的な変化が起きる可能性を指摘している 10.なお,発症から5カ月後に非観血的整復術を施行し改善を得られた症例 11もあるが,披裂軟骨脱臼の成因の多くは気管挿管をはじめとする医原性であることや,経過とともに不可逆的変化をきたす可能性があることから,早期診断および早期治療介入が重要と考えられる.

披裂軟骨脱臼の非観血的整復法は通常,無挿管NLA麻酔もしくは経口挿管による全身麻酔のもと直達喉頭鏡を挿入して整復術を施行する.しかし,近年,少数例の報告ではあるものの低侵襲で外来でも行える整復法として局所麻酔ファイバースコープ下整復術が報告されている 12.局所麻酔ファイバースコープ下整復術の利点としては,①手技が簡便で外来で行える点,②全身麻酔導入に際してリスクのある症例や頸椎疾患により頸部後屈が難しく直達喉頭鏡を挿入できない症例に対しても施行可能な点,③複数回の施行が可能である点,④特殊な機材を必要としない点などが挙げられる.阿部らの報告した5例の検討では全例局所麻酔ファイバースコープ下整復術を2回以内で良好な整復を得られており,少なくとも2回までの整復術は問題ないと報告している 12.本症例においても低侵襲な治療として,局所麻酔ファイバースコープ下整復術を選択したが,2回の局所麻酔ファイバースコープ整復術では整復を得られず,根治性の観点から全身麻酔下の非観血的整復術を選択し,症状を改善しえた.

Ⅳ 結  語

経口上部消化管内視鏡検査における非常に稀な偶発症である左披裂軟骨前方脱臼を経験した.

愛護的な操作を心掛ける以外には予防する手段はなく,同偶発症を発症した際には速やかに対処することが大切である.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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