日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
Bevacizumab併用化学療法中に胃壁内膿瘍を認めた乳癌の1例
新庄 幸子 福原 研一朗島田 直
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2020 年 62 巻 10 号 p. 2274-2279

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要旨

80歳女性.転移性乳癌に対してBevacizumabとPaclitaxelによる化学療法を施行した.7クール後に白血球増多と炎症反応の上昇を認めた.CTで胃壁内に膿瘍を認め,内視鏡検査では胃粘膜が浮腫状に肥厚し,胃蜂窩織炎の像を呈していた.経皮的膿瘍ドレナージと抗生剤投与により膿瘍は消退し,炎症所見は軽快した.消化管膿瘍形成の発症頻度はまれであるが,Bevacizumabによる消化管関連の有害事象が報告されており,本症例はBevacizumabの関与が疑われた.病状を考慮した内視鏡下および経皮的膿瘍ドレナージと抗生剤投与は有効な治療法と考えられた.病態の解明のため,更なる症例の蓄積が望まれる.

Ⅰ 緒  言

Bevacizumab(ベバシズマブ;以下,BEVと略記)は,多くの悪性腫瘍で化学療法と併用され抗腫瘍効果が示されている.BEVの有害事象の一つに消化管障害があり,まれに穿孔や膿瘍形成を引き起こすことが指摘されている 1.今回,BEV併用化学療法中に胃壁内膿瘍を認めた乳癌の症例を経験したので,文献的考察を加えて報告する.

Ⅱ 症  例

患者:80歳,女性.

主訴:全身倦怠感,上腹部不快感.

現病歴:2017年8月に右乳房に5cmを超える皮膚浸潤と腫瘤自壊を伴う腫瘤を認め当科へ受診し,縦隔リンパ節転移をきたした乳癌と診断された.Stage Ⅳであり薬物治療を提案するも,先んじて生活の支障となる腫瘤からの出血や分泌物などの局所制御治療を希望され,同月に右乳房全摘および腋窩リンパ節郭清を施行した.病理組織検査所見は浸潤性乳管癌,6×5cm,ER score 3b,PgR score 3b,HER2陰性,pT4bpN3M1(LYM),Stage Ⅳであった.術後,同年10月より本人の了解のもとに全身化学療法を予定した.ホルモン陽性乳癌であったが,縦隔に多発リンパ節転移をきたしており,急性増悪が懸念されたため,BEV+Paclitaxel(パクリタキセル;以下,PTXと略記)による化学療法(BEV:10mg/kg(day1,15),PTX:90mg/m2(day1,8,15)/4weeks)を導入した.開始後,転移リンパ節径は縮小し,治療効果判定はPRと判断した.以降,倦怠感と貧血を認める他に全身状態には著変なく経過した.しかし7クール施行後(BEV開始211日目)に血液検査で白血球数15,900/μl,CRP 29.4mg/dlと著明な炎症反応の上昇と,胸部レントゲンで胸水を認め2018年5月精査加療目的に入院となった.

来院時身体所見:身長154cm,体重57.1kg.体温37℃,SpO2 96%,血圧154/79mmHg,脈拍88/min.呼吸音は両側で減弱していた.腹部は平坦,軟で圧痛,筋性防御は認めなかった.左前胸部に中心静脈ポートが造設されていた.右乳癌手術創に漿液腫を認めた.

既往歴:高血圧,脂質異常症,逆流性食道炎.

嗜好歴:飲酒なし,喫煙なし.

服薬歴:アムロジピン,ロサルタンカリウム,アトルバスタチン,エソメプラゾール.

来院時検査所見:WBC 15,900/μl,好中球92.6%,CRP 29.4mg/mlと炎症反応が上昇していた.Hb 11.3g/dl,Hct 34.9%と貧血を軽度認めた.Alb 2.5g/dlの低アルブミン血症を認めた(Table 1).

Table 1 

臨床検査成績.

経過:受診時に食欲減退と軽度の腹部不快感を認めたが,圧痛や反跳痛はなく化学療法による嘔気と判断した.白血球数が高値で左方移動をしており,細菌による不顕性肺炎や胸膜炎などを疑い,入院直後からCeftriaxone(CTRX)2g/dayを開始した.その後も38℃を超える発熱を認め,右乳房切除創の漿液腫や中心静脈ポートの感染の可能性を考え,入院5日目に漿液腫の穿刺ドレナージ,7日目にポート抜去術を施行した.しかし,穿刺排液とカテーテル先端からは細菌や真菌は認めず,発熱は持続した.7日目に胸腹部造影CTを施行し両側の胸水と胃壁の肥厚,また胃壁内に膿瘍形成を疑う低吸収域を認めた(Figure 1).低吸収域は胃壁内から左上腹部の腹壁内に連続していた.同日に胸水に対して胸腔ドレナージを施行したところ,白濁した膿性胸水が認められた.呼吸器感染疾患の可能性が疑われたが,CTで肺炎や胸膜肥厚像は認めず,胸水中のADAの上昇や,結核菌や非定型抗酸菌は検出されなかった.8日目に胃壁内と腹壁の膿瘍を疑う部位に,エコーガイド下に経皮的にチューブをそれぞれ1本ずつ挿入したところ,両方のチューブから胸水と同様の白濁膿性の排液を認めた.腹壁に留置したチューブからウログラフィンで造影すると,膿瘍は胸腔内と連続していた(Figure 2).胸部に感染源が認められないことから,胃壁の膿瘍が胸腔へ及んだと考えられた.留置した胃壁・腹壁内のチューブより連日洗浄ドレナージを施行した.14日目に施行した上部消化管内視鏡検査では,胃体上部に浮腫状の粘膜肥厚像とcushion sign陽性の粘膜下腫瘤様の隆起が認められた(Figure 3-a).発熱が持続するため胃壁内の膿瘍ドレナージが不良である可能性を考え,19日目に内視鏡下に針状高周波ナイフ(KD-1L-1,OLYMPUS)を用いて同部位を粘膜切開したが,明らかな排膿は認めなかった(Figure 3-b).チューブの排液や血液から繰り返し培養検査を施行するも,原因菌は検出されなかった.発熱と白血球増多が遷延したため,抗生剤をCTRXからカルバペネム系のDoripenem(DRPM)0.75g/day,Imipenem(IPM)1g/day,更にテトラサイクリン系のMinocycline(MINO)200mg/dayへ変更した.チューブからの洗浄ドレナージを継続して行い,徐々に膿瘍腔は縮小し,解熱と白血球数の正常化を認めた(Figure 4).46日目よりアロマターゼ阻害薬によるホルモン療法を開始し,経過に著変なく退院となった.1年が経過した現在,炎症の上昇や膿瘍の再燃なく経過している.

Figure 1 

造影CT所見.

a:両側胸水が認められた.

b:胃壁内から腹壁に連続する低吸収域を認め,膿瘍形成が疑われた(矢印).

c:低吸収域周囲の胃壁は一部気腫性変化を伴って肥厚していた(矢印).

Figure 2 

チューブ造影所見.

胃壁と腹壁の膿瘍部にチューブをそれぞれ留置した(胃壁内:①,腹壁内:②).

チューブ②よりウログラフィンを注入したところ,左胸腔内が造影された(矢印).

Figure 3 

上部消化管内視鏡検査所見.

a:胃体上部に浮腫状の粘膜隆起像を認めた.

b:膨隆部の粘膜切開を施行したが明らかな排膿は認められなかった.

Figure 4 

入院後経過.

ドレナージと抗生剤投与により,徐々に解熱と白血球数の正常化を認めた.

CTRX:ceftriaxoneセフトリアキソン,DRPM:doripenemドリペネム,IPM:imipenemイミペネム,MINO:minocyclineミノサイクリン.

Ⅲ 考  察

本症例はBEV併用化学療法中に胃壁内膿瘍を発症した転移性乳癌の症例である.BEVは血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor;以下VEGFと略記)を標的としたモノクローナル抗体で,腫瘍の血管新生を阻害し抗腫瘍効果を発揮する.比較的忍容性があり,多くの悪性腫瘍症例で病勢進行の抑制と予後の延長が認められている.一方でBEVにはその作用機序から微小血栓の形成や粘膜修復の阻害作用があり,消化管穿孔関連の有害事象(Gastrointestinal perforation events;以下,GIP eventsと略記)の発生が指摘されている 1.GIP eventsには穿孔,腹腔内膿瘍,瘻孔形成があげられ,頻度は1-2%と報告されている 2.2009年のHapaniらによるメタアナリシスでは,穿孔した場合の致命率は21.7%と高く 3,発症すれば全身状態に深刻な影響を与える危険性がある.

医学中央雑誌にて2007年1月から2019年9月までの期間で「Bevacizumab」,「胃壁内膿瘍」または「胃穿孔」をキーワードとして会議録を除いて検索したところ,胃に発症したBEV関連GIP eventsの報告は,2013年に森ら 4が報告した胃壁内膿瘍と,2016年に宮北ら 5が報告した胃穿孔の2症例のみであった(Table 2).検索しえたかぎり本症例を含めて3例であり,BEV関連GIP eventsの胃での発生は非常に珍しいといえる.BEVによる消化管穿孔の一因として腫瘍壊死部の穿孔が指摘されている 3),6.乳癌では時に胃壁内転移をきたすが,本症例では化学療法の約3カ月前(2017年7月)に上部消化管内視鏡検査を施行し,発赤・びらんなどの炎症性病変や胃壁内転移は認めなかった.他の2例についても胃に明らかな転移病巣は認められておらず,腫瘍壊死に起因したGIP eventsの可能性は低いと考えた.3例ともCT像では胃周囲の脂肪織濃度の上昇や壁肥厚があり,内視鏡像では粘膜面に潰瘍の形成はなく,胃粘膜の浮腫状肥厚を認め,胃蜂窩織炎(Phlegmonous Gastritis,以下PGと略記)の像を呈するという共通点を有していた.

Table 2 

BEV投与中に発生した胃での消化管穿孔関連障害の本邦報告例.

PGは粘膜下を主体とした非特異的化膿性炎症性疾患 7で,Konjetzny 8は成因により①胃炎や胃潰瘍,内視鏡治療などで生じた粘膜障害部より細菌が侵入して発症する原発性,②他臓器の感染,炎症が胃に及んで発症する続発性,③原因不明の特発性に分類している.病変部粘膜下に強い炎症性浮腫が生じ,胃壁の浮腫状肥厚,襞の発赤・腫大,時に粘膜下腫瘍様の隆起を呈することが特徴的な内視鏡所見である 9.病変部からの膿汁の有無が診断に有用で 10,森,宮北ら 4),5の2例では内視鏡像で膿汁が認められた.本症例は粘膜切開時に膿汁は認めなかったが,先に実施した経皮的ドレナージで膿汁は確認されており,既にドレナージが奏効し胃壁膿瘍内の膿汁量が減少していたためと考えた.PGの起因菌は口腔内常在菌のStreptococcus属が約70%を占めると報告されている 11),12.森ら 4と本症例の2例で細菌検査を施行するも原因菌は検出されなかったが,ドレナージ前から投与されていた抗生剤の影響が考えられた.

PGの危険因子には,暴飲暴食,アルコールの多飲や高齢による胃酸分泌能の低下,ステロイドなどの免疫抑制剤の使用が指摘されている 12.本症例を含む3例のうち2例は70歳以上の高齢者であり,化学療法による免疫抑制状態であったと考える.臨床像の把握には症例の蓄積が必要であるが,脆弱な粘膜防御機構下でのBEV投与が胃粘膜障害の発端となり,細菌の侵入をきたし,炎症が惹起された可能性が疑われた.また,本例で数年前より服用していたプロトンポンプ阻害薬には,胃酸殺菌能の低下により胃内の細菌叢を増加させる作用が指摘されており 13,PGの増悪要因となった可能性が考えられた.BEVを使用する際には患者背景を確認し,GIP eventsの可能性を念頭においた管理が必要である.

PGは1980年代までは致死率が高い疾患で,胃切除術の予後が最も良好であった 14.しかし近年ではEUSを用いて診断し,粘膜切開ドレナージを行った症例が報告され 15),16,保存的加療で治癒が望める疾患となってきている.EUSは,手術では捉えにくいPGによる粘膜下層の炎症の診断に優れ,かつ同時にドレナージが可能である 15),17.本症例は胃壁内膿瘍が胃体上部に存在し,腹壁膿瘍も形成していたので体表からのチューブ挿入を選択したが,EUS下のドレナージも考慮された症例と考える.重症例や増悪兆候があれば,時機を逸することなく手術を行うべきであるが,本症例のようなBEV投与中の担癌患者に対しても,内視鏡的ドレナージは低侵襲で有効な治療法であると考える.早期診断,適切な治療のために腫瘍内科・外科医と内視鏡医の病態に対する認識の共有と緊密な連携が重要である.

Ⅳ 結  語

BEV併用化学療法中に発症した胃壁内膿瘍の1例を経験した.BEVによる消化管有害事象の発生率は低いものの,重篤な病態となりうることを念頭におく必要がある.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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