日本消化器内視鏡学会雑誌
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総説
StageⅠ食道癌に対する内視鏡切除および選択的化学放射線療法
三梨 桂子
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2020 年 62 巻 11 号 p. 2931-2939

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要旨

本邦の食道癌の9割は扁平上皮癌であり,欧米と比しより早い病期で発見されている.Ⅰ期食道癌のうち,粘膜内癌には内視鏡的粘膜切除術(ER)が適応だが,粘膜下層浸潤癌や粘膜筋板までとどまっていてもリンパ管・静脈への浸潤がある場合はリンパ節転移の可能性があり,外科切除や化学放射線療法(CRT)が必要である.しかし,外科切除は食道切除および再建による大きな侵襲や合併症が無視できず,CRTでも外科切除に比し局所制御が不良であるとの問題点がある.食道表在癌に対して先に内視鏡切除を行い,病理組織学的診断に基づいてリンパ節転移の危険性を判断し,その後の追加治療(経過観察または選択的にCRTを追加する)を考慮する治療戦略は,臓器温存や個別化治療の点から有望と考えられ,後ろ向き解析や前向き臨床試験でその安全性と有効性が評価された.今後は追加CRTを行った症例での再発の危険因子の検討や,治療前内視鏡診断の精度向上などが課題である.

Ⅰ はじめに

本邦における食道がんの罹患数(全国推計値,2014年)は男性19,067人および女性3,643人,死亡数(2017年)は男性9,580人および女性1,988人であり,それぞれがん罹患および死亡全体の1%および4%を占める 1.組織型は扁平上皮癌が全体の9割を占め,喫煙・飲酒が危険因子である.本邦の食道癌全国登録(2012年) 2では,腫瘍の主占拠部位は頸部食道4.6%,胸部上部食道12.8%,胸部中部食道47.9%,胸部下部食道26.1%,食道胃接合部7.6%と胸部中部食道に好発する.また,発見時の臨床病期(TNM第7版)は,リンパ節転移を伴わない表在癌であるStageⅠAが28.8%,進行期のうち切除可能と判断されるStageⅠBからⅢBが42.7%,切除不能であるT4を含むStageⅢCとⅣ期で19.9%であり,アメリカなど欧米の比率(局所20%,領域30%,遠隔40%) 3),4と比べより早い病期で発見されている患者が多い.本項では臨床病期Ⅰ期の食道扁平上皮癌の治療について,ガイドラインや論文報告を元に記載し,内視鏡切除後に化学放射線療法を追加する治療選択について現在の報告と今後の展望について述べる.

Ⅱ StageⅠ食道癌に対する標準治療とその成績

食道癌の病期分類は国際基準であるTNM(UICC)分類と,本邦の癌取扱い規約による臨床病理分類があるが,リンパ節転移個数や領域リンパ節の診断で相違点がある.また,TNM第8版では,腺癌と扁平上皮癌とで臨床病期分類が異なっており,本項では食道癌取扱い規約(第11版)による病期分類およびTNM7版によるステージ分類を用いて記載する(Figure 123 5)~7

Figure 1 

UICC TNM分類第7版による食道癌の臨床病期分類.

Figure 2 

UICC TNM分類第8版による食道扁平上皮癌の臨床病期分類.

Figure 3 

食道癌取扱い規約第11版による食道癌の臨床病期分類.

食道癌取扱い規約による表在癌の壁深達度は,腫瘍の浸潤の深さによって,粘膜層T1aをEP(粘膜上皮にとどまる),LPM(粘膜固有層にとどまる),MM(粘膜筋板に浸潤する)に,粘膜下層T1bを3等分しSM1(粘膜下層の上3分の1まで),SM2(粘膜下層の中層3分の1まで),SM3(粘膜下層の下3分の1まで)と分類されている.粘膜下層の分類は外科切除標本によるもので,内視鏡的に切除された標本では,粘膜筋板から200μmまでがSM1,より深いものはSM2となり,SM3は定義されない.EPやLPMといった粘膜内癌は,過去の外科切除標本の検索よりリンパ節転移の頻度が低い 8ことがわかっており,局所治療である内視鏡的粘膜切除術(Endoscopic mucosal resection;EMR,ER)の絶対適応である.腫瘍が粘膜筋板に至るMMとSMに浸潤する癌は,深達度が進むにつれ10~40%の症例でリンパ節転移が認められ(Figure 4 9,リンパ節郭清を含む食道切除術が標準治療である.近年,食道表在癌に対する内視鏡切除または外科切除の報告で,腫瘍がMMやSM1までにとどまり脈管浸潤のない場合は,内視鏡切除後のリンパ節再発や,外科切除時の同時性リンパ節転移が少ないことが後ろ向き解析で示された 10),11.このような結果から,一次治療として内視鏡切除を行い,病理組織診断で深達度がMMまたはSM1まで,脈管(ly,v)侵襲なし,その他の転移リスクが低いと判断された場合は,追加治療を行わずに経過観察することも許容されてきている.2017年食道癌診療ガイドライン 12においては,内視鏡切除後pT1a-MMであった場合の追加治療は再発リスクの高い症例に対して行うべきであると述べられている.

Figure 4 

食道表在癌の壁深達度と外科切除の報告によるリンパ節転移頻度.

食道癌に対する外科手術は,食道亜全摘と領域リンパ節郭清,さらに胃や結腸を用いた再建術が必要であり,Ⅰ期であっても進行期と同じ術式である.食道癌は60-70歳代の比較的高齢者に好発し,食道切除および再建による身体的負担は大きい.Ⅰ期食道癌の外科手術での5年生存割合は70-80%と高い 11),13が,術後の反回神経麻痺や,解剖学的に胃管や再建消化管から消化液や食物など内容物が逆流しやすいことより誤嚥性肺炎を来しやすく,食道癌の再発がなくとも肺炎など他疾患で死亡する危険性も考えられる.

食道癌に対する化学放射線療法(chemoradio­therapy:CRT)は,かつては耐術能のない高度進行例に対する治療として考えられていた.進行癌においても治癒が得られる症例がいること 14),15,より早期の病変に対する効果も期待できること 16),17,外科切除に比し食道温存でき,合併症も少ないメリットがあると考えられることから,本邦で「臨床病期Ⅰ期(T1N0M0)食道癌に対する放射線と抗がん剤(CDDP/5-FU)同時併用療法の第Ⅱ相臨床試験(JCOG9708)」が多施設前向き研究として実施された(Figure 5 18.この結果,腫瘍の完全寛解(CR)87.5%,4年生存割合80.5%と良好な結果が示されたが,原発巣の遺残が3例(4%)局所再発が17例(24%)で認められ,これらは外科切除や内視鏡的治療の追加が必要であり,局所制御が外科切除に比し不良であると判断された.2006年からは,標準治療である外科切除術とのランダム化比較試験である「臨床病期Ⅰ(clinical-T1N0M0)食道癌に対する食道切除術と化学放射線療法同時併用療法(CDDP+5FU+RT)のランダム化比較試験(JCOG0502)」が開始され,2013年で379例の登録が終了した.2019年1月のアメリカ臨床腫瘍学会消化管癌シンポジウムで全生存の結果が報告され,残念ながらランダム化部分の症例集積が不良であり,primary endpointの全生存の比較は実施されなかったが,患者希望での治療選択である非ランダム化部分において,全生存期間におけるCRTの非劣性が示された(5年全生存割合外科切除86.5%,CRT85.5%,HR 1.05;95% CI 0.67-1.64[<1.78]) 19.これより,CRTはこの病期に対する治療選択のひとつであると考えられる.

Figure 5 

JCOG9708の照射範囲および化学放射線療法スケジュール.

放射線単独治療は,リンパ節転移を有さないEP・LPM癌に対しては根治を期待できるが,SM浸潤癌では化学療法を併用した場合と比べて死亡率が高く 20),21,根治を目標とする対象にはCRTが推奨される.

Ⅲ SM浸潤癌に対する内視鏡的治療と化学放射線療法の追加

食道癌診療ガイドライン(2017)では,食道がんに対する初回治療として,Stage0(T1a)には内視鏡治療が,StaegⅠ(T1b)には手術またはCRTが推奨されている(Figure 6).前述のように,粘膜内癌にはリンパ節転移が非常に少ないが,粘膜下層への浸潤を来した場合は領域リンパ節への転移が20~40%で認められるため,局所切除である内視鏡的治療は不十分と考えられ,外科切除またはCRTによる治療が勧められる.拡大内視鏡や特殊光観察,超音波内視鏡といった内視鏡機器の進歩により術前診断能は向上してきているが,特にMMからSM1までの浸潤に対しては,各種モダリティを用いても確実な診断は困難である.さらに,脈管(リンパ管,静脈)浸潤もリンパ節転移に関するリスク因子であるが 22)~24,これを術前に診断することはほぼ不可能である.そのため,術前診断の精度向上には限界があり,食道表在癌でリンパ節転移の可能性を評価する最良の方法は,切除後の病理組織診断といえる.

Figure 6 

cStage0,Ⅰ食道癌治療のアルゴリズム:食道癌診療ガイドライン(2017)より.

内視鏡治療手技の発展により,粘膜下層に浸潤した食道癌であっても,最深部がSM中層程度までにとどまる場合は原発巣を内視鏡で完全切除することは技術的に可能である.また,術前診断で粘膜下層浸潤と判断された場合には初期治療で食道切除やCRTが選択されることとなるが,切除後に粘膜癌と診断されることもあり 25,そのような症例には手術やCRTがover treatmentになる可能性がある.このような問題点から,内視鏡治療を先行させ,深達度,脈管侵襲の病理学的診断からリンパ節転移の危険性が高い対象に対してのみ追加治療を行うストラテジーが考えられた.前述の食道癌診療ガイドライン2017年版においては,内視鏡切除施行例における追加治療も示されており,切除標本の組織学的評価でpT1a-EP/LPMは経過観察,pT1a-MMは経過観察,手術またはCRTを,pT1b-SMはcStageI(T1b)と同様に手術またはCRTを推奨している(Figure 7).標準治療を踏まえると,内視鏡切除後に非治癒と判断された場合は外科切除を追加するべきであるが,前述のように食道切除は患者に対する負担が大きく,臓器温存の観点からも非外科的治療の開発が切望されている.

Figure 7 

内視鏡施行例に対するアルゴリズム:食道癌診療ガイドライン(2017)より改変.

内視鏡切除後にCRTを追加した検討は本邦から複数報告されている 26)~28.2004年の清水らの報告 26が最も早く,内視鏡治療(EMR)後の病理診断でMM-SM浅層の浸潤であり,追加の手術を拒否した対象16例にCRTを追加し,同時期に外科切除を行ったほぼ同じ進行度の39例とを比較している.最低1年以上の経過観察の結果,EMR+CRT群に局所再発や遠隔転移は認めず,5年生存割合の推定値はEMR+CRT群100%,手術群87.5%と,ほぼ同等の成績であった.川口ら 27は,内視鏡切除(ESD)後にSM癌または脈管侵襲を有するMM癌と診断されCRTを追加した16例と,根治的CRTを行った31例の表在癌について比較している.3年生存割合はESD-CRT群で90%,根治的CRT群で63.2%であり,局所再発および治療後の心嚢水はいずれもESD-CRT群で認めなかったが,根治的CRT群ではそれぞれ6例(19%),3例(9.7%)でみられた.ESD-CRT群はMMおよびSM症例に対して局所再発や心毒性を減少し,安全で有効であると結論している.吉水ら 28は,SM癌でER後にCRTを追加した21例と,根治的CRTを行った43例を比較した.局所再発は根治的CRTの26%でみられたが,ER-CRT群では認めなかった.5年無再発生存はER-CRT群が根治的CRT群より良好(85.1%,59.2%,p<0.05)だったが,全生存割合,疾患特異生存割合には差がなかった.ER-CRTは安全性と有効性のある治療ストラテジーであり,食道SM浸潤癌に対する新たな低侵襲治療として考慮しうると述べている.しかし,これらはいずれも後ろ向き,単施設の少数例の検討であり,結果の信頼性を高めるためには,臨床試験による検証が必要である.

私たちは多施設前向き研究として,「粘膜下層浸潤臨床病期Ⅰ期(T1N0M0)食道癌に対する内視鏡的粘膜切除術(EMR)と化学放射線併用治療の有効性に関する非ランダム化検証的試験(JCOG0508)」を行った(Figure 89 29.臨床的に粘膜下層への浸潤(SM1-SM2)が疑われるcT1N0M0食道癌を適格として登録し,登録後1カ月以内に内視鏡的粘膜切除術(EMRまたはESD)を行い,治療後の病理学的診断により追加治療を選択する.CRTが追加されることを考慮し,内視鏡切除が安全に実施でき,術後狭窄を来しづらいものを適格とし,病変の大きさは長径5cm以下,周在性2/3周以下とした.内視鏡的に完全切除され,粘膜癌(EP,LPM,MM)かつ脈管侵襲陰性であれば経過観察,完全切除で粘膜癌であるが脈管侵襲陽性,またはSM癌であった場合は予防的CRTを追加(主たる解析対象),深部断端陽性の不完全切除の場合は根治的CRTを追加した.2006年から2012年までに177例が登録され,1例がプロトコール治療開始前に同意撤回,6例でプロトコール治療が中止(予防的CRT群4例,根治的CRT群2例)され,最終的に74例が経過観察,83例で予防的CRTを追加,13例に根治的CRTを追加した.結果は,主たる解析対象である予防的CRT群の3年生存割合が90.7%(90%CI 84.0-94.7%),経過観察や根治的CRTを含めた全登録例での3年生存割合は92.6%(90%CI 88.5-95.2)と,いずれも信頼区間の下限が試験開始前に定めた閾値(80%)を上回り,外科切除に匹敵する成績が得られたと結論した.内視鏡治療による重篤な有害事象は認めなかったが,1例で食道狭窄(Grade3,0.6%)のため予防的CRTを追加できなかった.CRTによるG3以上の有害事象は,好中球減少22.9%,低ナトリウム血症7.3%,食道炎4.2%,食欲不振7.3%などであり,遅発性有害事象としての心毒性は2例(2.1%),肺臓炎1例(1%)と,先に報告された9,708の有害事象とほぼ同等かまたはそれより少ない結果であった.これは,放射線治療において照射線量を本邦における標準線量の60Gyから50.4Gy(領域リンパ節41.4Gy+ブースト9Gy)に変更し,原発巣が完全切除できた場合は,局所に対するブースト照射を減らしたことや,心毒性軽減を目的に中下部食道ではCTによる三次元治療計画を必須としたことなどが考えられた.追加治療を行えなかった症例も含めて15例(8.5%)で再発がみられ,リンパ節再発が11例,遠隔臓器転移が5例(重複あり)で,リンパ節転移のみだった7例に救済手術を行い,うち2例が生存していた.局所再発は3例(1.7%)と,JCOG9807の結果より明らかに低く,局所コントロールは良好であった.また,5年以上の追跡結果からは,静脈侵襲陽性,化学療法1コースのみ,pSM2かつ脈管浸潤陽性が再発の危険因子であることが示唆された 30

Figure 8 

JCOG0508の治療アルゴリズムおよび治療シェーマ.

Figure 9 

JCOG0508 登録症例flow diagram:文献28より.

本試験により,臨床的SM浸潤食道癌に対して,内視鏡切除と病理組織学的診断に基づいた追加治療(経過観察または選択的化学放射線療法)を行うという治療戦略全体の有効性が示された.しかし,この試験においては,外科手術例と直接の生存比較が行えていないこと,historical controlとした外科手術例はSM3の深達度例まで含まれているが,本試験では内視鏡切除可能なSM浅層までとなっていることが制約である.外科切除との生存割合を比較するためにはランダム化比較試験による検討が最も望ましい方法ではあるが,内視鏡切除+CRTと外科切除では患者に対する侵襲度が大きく異なり,同意取得が困難である.後者については,解析における閾値生存割合を過去の外科切除またはCRTの結果より高く設定し,また,予防的CRT群のみではなく,全登録例(臨床的診断に基づいた対象をすべて含める)における生存割合を確認することで結果の信頼度を高めている.

Ⅳ 今後の展望

後ろ向き検討の他,単群ではあるが前向きの試験の結果から,食道表在癌に対して内視鏡治療後の病理診断に基づいて追加治療を選択するという治療戦略が検証された.これにより,より多くの症例で食道温存や,リンパ節転移リスクに応じた個別化治療を行うことが可能となる.今後は,追加CRTを行った症例における再発の危険因子(静脈侵襲陽性やSM2かつ脈管浸潤陽性)について,外科切除例との予後比較をするなど,さらなる検討が必要と考える.また,日常診療においては特殊光や拡大内視鏡による観察が各施設で広く用いられており,術前診断の精度向上に基づく治療の振り分けも今後進められるべきである.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:三梨桂子(小野薬品工業株式会社,MSD株式会社,株式会社メディサイエンスプラニング,メルクセローノ株式会社,アステラス製薬株式会社)

文 献
 
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