日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
リンパ管侵襲陽性であった粘液癌を含む胃粘膜内癌の1例
山口 典高 中原 征則島越 洋美氣賀澤 斉史松本 康史澤井 良之今井 康陽大橋 寛嗣
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2020 年 62 巻 11 号 p. 2940-2945

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要旨

症例は66歳男性.十二指腸潰瘍の経過観察目的で行った上部消化管内視鏡検査で,胃前庭部小彎に10mm大の0-Ⅱa病変を認めた.生検結果がGroup 4で中分化型管状腺癌が疑われ,ESDを施行した.病理組織型所見は粘膜内癌で粘液癌を含む管状腺癌であったが,粘膜内のリンパ管に侵襲を認めた.追加外科手術が必要と考えられたが,経過観察を希望され,術後1年の経過で再発を認めていない.管状腺癌に粘液癌を伴った粘膜内癌でリンパ管侵襲陽性の稀な1例を経験したので報告する.

Ⅰ 緒  言

胃癌治療ガイドライン 1および胃癌に対するESD/EMRガイドライン 2では,肉眼的粘膜癌で,分化型癌と判断される病変はリンパ節転移の可能性が極めて低く,内視鏡治療の絶対適応病変とされている.一方,胃粘膜内癌でリンパ管侵襲を伴う報告は少なく,リンパ管浸潤を伴う症例ではリンパ節転移を認めることが多いが粘液癌を含む報告はない 3)~12.今回われわれは内視鏡的粘膜下層剝離術(Endoscopic Submucosal Dissection:ESD)を行い,管状腺癌に粘液癌を伴った粘膜内癌で,リンパ管侵襲を認めた稀な1例を経験したので報告する.

Ⅱ 症  例

患者:66歳,男性.

主訴:黒色便.

既往歴:65歳心不全(降圧薬,利尿薬で加療中),65歳糖尿病(無投薬で経過観察中),脂肪肝(発症時期不明,無投薬で経過観察中).

家族歴:特記事項なし.

現病歴:2017年6月に黒色便と貧血の精査目的で上部消化管内視鏡検査を行ったところ,出血性十二指腸潰瘍を認めたため内視鏡的止血治療やプロトンポンプ阻害薬の投与にて加療を行った.2017年7月に十二指腸潰瘍の治癒確認目的で上部消化管内視鏡検査を行ったところ,胃前庭部小彎に10mm大の0-Ⅱa病変を認めた.生検結果がGroup 4で中分化型管状腺癌が疑われ,ESD目的で当院に入院となった.

入院時現症:身長162.1cm,体重65.5kg.脈拍数70回/分,血圧96/63mmHg.腹部に異常所見を認めなかった.

入院時血液生化学検査:Hb 11.7g/dLと軽度の貧血は認めたが,腫瘍マーカーは正常範囲内であった(Table 1).

Table 1 

臨床検査成績.

上部消化管内視鏡検査:胃前庭部小彎に10mm大の小隆起性病変を認めた(Figure 1-a,b).Narrow-band imaging拡大像(Figure 1-c)では,demarcation line内側の病変部はregular microvascular pattern plus irregular microsurface patternを呈しており,0-Ⅱa型の早期癌が強く疑われた.生検結果はGroup 4,中分化管状腺癌(tub2)の疑いであった.また,通常白色光観察では大小不同の粗大結節や表面にびらん,発赤などの粘膜下層への浸潤を疑う所見は認めなかった(Figure 1-a,b).患者と家族に十分なインフォームド・コンセントを行い,ESDを施行した.

Figure 1 

上部消化管内視鏡検査.

前庭部小彎に10mm大の0-Ⅱa病変を認めた(a:通常光,b:インジゴカルミン散布,c:Narrow Band Imaging拡大像).

切除標本肉眼所見:Figure 2にホルマリン固定後の標本を示す.低い隆起の大きさ12mmの0-Ⅱa病変で,13分割切片にて検索した.

Figure 2 

切除標本のシェーマ(ホルマリン固定後).

丈の低い大きさ12mmの0-Ⅱa病変であった.6-10切片に腫瘍を認め,リンパ管侵襲(ly)は緑色丸印の部位に認め,黄色線の管状腺癌(tub)に粘液癌(muc)の成分を認めた(赤色線).

 病理組織学的所見:管状腺管を形成し増殖する,粘液癌を含む腫瘍を認めた.腫瘍は粘膜内から粘膜筋板内にかけて増殖していたが,明らかに粘膜筋板を超えての増殖像は認めなかった(Figure 3-a,b).リンパ管侵襲を疑わせる部分を含み,D2-40免疫染色を行ったところリンパ管侵襲陽性であった(Figure 4-a,b).静脈侵襲像は認めなかった.水平断端,垂直断端ともに陰性で,最終診断はL,Less,28×25mm,Type0-Ⅱa,13×12mm,tub1=tub2>muc,p T1a(M),pUL0,Ly1,V0,pHM0,pVM0であった.粘膜内癌であったがリンパ管侵襲陽性であったためリンパ節転移のリスクについて十分なインフォームド・コンセントを行い,今後転移や再発した場合に救済できない可能性もあるため追加外科手術を勧めたが,経過観察を希望された.術後6カ月毎に上部消化管内視鏡検査とCT検査による経過観察を行っているが,術後1年の時点で局所再発や転移,腫瘍マーカーの上昇は認めていない.

Figure 3 

病理組織所見.

a:HE染色(ルーペ像).腫瘍は粘膜内から粘膜筋板内にかけて増殖していたが,明らかに粘膜筋板を超えての増殖像は認めなかった.

b:HE染色(×40).管状腺管を形成し増殖する,粘液癌を含む腫瘍を認めた.

Figure 4 

病理組織所見.

a:リンパ管内に2カ所腫瘍栓を認め,リンパ管侵襲が疑われた(矢印)(HE×40倍).

b:D2-40免疫染色を行い,リンパ管侵襲陽性であることを確認した(矢印)(D2-40染色×40倍).

Ⅲ 考  察

「胃癌治療ガイドライン」第5版 1では,肉眼的粘膜内癌(cT1a),分化型癌,ULOと判断される病変と3cm以下の肉眼的粘膜内癌(cT1a),分化型癌,UL1と判断される病変はリンパ節転移の危険性が1%未満と推定され,内視鏡切除の絶対適応病変とされている.医学中央雑誌にて,1983年から2017年までの期間で「胃」,「粘膜内癌」,「リンパ管侵襲」をキーワードとして検索したところ,10報の報告があった 3)~12.そのうち適応病変で詳細が確認できた14例と自験例を含めた15例をTable 2に示す.外科的切除標本でリンパ節転移の有無を確認できた症例は10例で,うち5例でリンパ節への転移を認めた.よって分化型癌優位の粘膜内癌であっても,リンパ管侵襲を認めた場合は,リンパ節郭清を含めた追加外科手術を考慮すべきであると考える.森島ら 9の報告によると粘膜筋板への腫瘍の浸潤はリンパ節転移の危険因子となる可能性があると報告しており,Fujitaら 12は組織混在型の場合はリンパ管侵襲の頻度が高いと報告している.今回の症例も粘膜筋板に腫瘍を認め,粘液癌の成分を含んでいたためリンパ管侵襲のリスクが高かったと考える.組織型の検討では未分化型癌成分や乳頭腺癌成分が含まれた症例はあるが,本症例のように粘液癌成分が含まれた報告はない.渋谷らの報告 13では,リンパ節転移率は非粘液癌と比較し粘液癌で有意に高く,深達度が進んでいるものが多いとされており,粘液癌成分を含む粘膜内癌はリンパ節転移のリスク因子となる可能性がある.藤田らの報告 12ではリンパ管侵襲がある症例は胃型形質が多いとされているが,本症例ではMuc-2陽性,Muc-5AC陰性,Muc-6陰性であり腸型形質と考えられた.

Table 2 

胃粘膜内癌でリンパ管侵襲陽性の報告例.

内視鏡治療に際しては,絶対適応病変であっても本例のように粘膜内癌でも脈管侵襲を来す場合があり,脈管侵襲の検索を含めた正確な病理学的診断が必要であると考える.本症例は,術後1年の経過で再発を見ていないが,今後も慎重な経過観察が必要と考えられた.

Ⅳ 結  論

リンパ管侵襲陽性の12mm大の管状腺癌に粘液癌を伴った粘膜内癌の稀な1例を経験した.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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