日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
保存的加療で回復した門脈ガスを伴った気腫性胃炎の1例
益田 啓志朝山 直樹 野村 理紗竹内 友香理竹元 裕紀鴫田 賢次郎青山 大輝福本 晃向井 伸一永田 信二
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2020 年 62 巻 11 号 p. 2946-2952

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要旨

症例は75歳男性.頸髄損傷のため入院となった.嚥下困難にて胃管を挿入し,経管栄養を行っていたが,第22病日に嘔吐が出現し,翌日胃管より血性排液を認めた.造影CT検査で胃壁内気腫像及び門脈ガス像を認め,上部消化管内視鏡検査(EGD)で粘膜の発赤及び皺襞の腫大,びらんを認めたが,粘膜壊死像は認めなかった.胃液培養からガス産生菌であるKlebsiella pneumoniaeが検出された.気腫性胃炎と診断し保存的加療を行った.第28病日に再検した造影CT検査では,門脈ガス像及び胃壁内気腫像は消失し,第34病日に再検したEGDでは,所見の改善を認めた.今回,われわれは保存的加療で軽快した門脈ガス像を伴った気腫性胃炎の1例を経験したので報告する.

Ⅰ 緒  言

胃壁内気腫症は稀な病態である 1.一般に消化管の壁内気腫は消化管壊死を示唆する重要な所見であり,胃壁内の気腫像もその一つとされ,胃粘膜壊死が疑われる場合は緊急手術を要することが多い 2.また,門脈ガス血症も腸管虚血や壊死などの際に認めることが多く,予後不良の病態とされているが 3,近年腸管壊死を伴わず保存的治療が可能であった症例も散見する 4.今回,われわれは頸髄損傷に伴う嚥下障害に対して胃管留置後に,門脈ガス血症を伴う胃壁内気腫症を発症し,保存的加療のみで軽快した1例を経験したので,文献的考察を加え報告する.

Ⅱ 症  例

患者:75歳,男性.

主訴:嘔吐.

家族歴:特記事項なし.

既往歴:パーキンソン病.

生活歴:飲酒;焼酎2合/day,喫煙;なし.

現病歴:路上を歩行中に転倒し当院救急搬送後,頸髄損傷の診断で20XX年2月整形外科へ入院となった.嚥下困難のため,第6病日に胃管挿入後,経管栄養が開始された.第12病日に急性胆嚢炎を併発し,経皮経肝的胆嚢ドレナージ術(Percutaneous transhepatic gallbladder drainage:PTGBD)を施行した.その後炎症反応は改善したが,第22病日に嘔吐が出現し,第23病日胃管より血性排液を認めたため,造影CT検査を施行した.胃壁内の気腫像と門脈ガス像を認め当科紹介となった.

入院時現症:身長167cm,体重64.8kg,意識清明,体温36.8℃,血圧92/68mmHg,脈拍数77回/分.腹部は平坦,軟であり,自発痛,圧痛を認めなかった.

臨床検査成績:入院第23病日.

白血球数19,000/μl,CRP 10.7mg/dlと炎症反応の上昇あり.Hb 14.6g/dlと貧血はないが,BUN 29mg/dl,Cre 0.76mg/dl とBUN/Cre比が上昇し,Alb 2.3g/dlと低栄養を認めた.

入院後経過:胃壁の虚血所見を確認するため,第23病日に上部消化管内視鏡検査を施行した.大部分の粘膜が浮腫状で発赤を伴っており,皺襞の腫大とびらんを認め,CTで胃壁内気腫像を認めた胃体部〜底部の粘膜には白色調変化を認めたが,胃壁の暗赤色調変化,粘膜出血,粘膜脱落,暗緑色の黒苔付着などの粘膜壊死像 5)~8は認めなかった.明らかな潰瘍や粘膜裂傷所見を認めなかった(Figure 1).胃液培養からガス産生菌であるKlebsiella pneumoniaeが検出された.気腫性胃炎と診断し,胃管を抜去し,カルバペネム系抗菌薬(MEPM 3g/day)投与に加えてPPI(Proton pump inhibitor,オメプラゾール40mg/day),TPN(Total parenteral nutrition,中心静脈栄養)による加療を開始した.症状は増悪なく経過し第26病日に炎症反応は陰性化した.第28病日に再検した腹部造影CT検査では,門脈ガス及び胃壁内気腫像は消失し(Figure 2-a,b),第34病日に再検した上部消化管内視鏡検査では,粘膜壊死像は認めず,所見の改善を認めた(Figure 2-c,d).その後,外科転科し第48病日に胃瘻造設,胆嚢摘出術施行後,第84病日にリハビリ目的に転院となった.

Figure 1 

診断時画像所見:入院第23病日.

a:腹部造影CT検査では胃体部〜胃底部にかけて斑点状の壁内気腫像を認めた(矢印)が,明らかな壁の造影不良像は認めなかった.

b:門脈ガス像を認めた(矢頭).

c:上部消化管内視鏡検査.胃体部見下ろし像.粘膜は浮腫状で発赤を伴っており,皺襞の腫大と白苔を伴ったびらんを認めた.

d:胃底部見上げ像.浮腫状の粘膜と白苔を伴ったびらんを認めたが,粘膜壊死像を認めなかった.明らかな潰瘍や粘膜裂傷所見を認めなかった.

Figure 2 

治療後の画像所見:入院第23病日.

a,b:腹部造影CT検査(入院第28病日).

  門脈ガス及び胃壁内気腫像はいずれも消失した.

c,d:上部消化管内視鏡検査(入院第34病日).

c:通常観察.胃体部見下ろし像.粘膜の浮腫状変化,びらんの改善を認めた.

d:通常観察.胃底部見上げ像.粘膜の浮腫状変化,びらんの改善を認めた.

Ⅲ 考  察

胃壁内に気腫を生じる病態は1889年にFraenkelによって初めて報告されて以降 9,報告例は散見されるが稀な病態であり,明確な定義がなされていないのが現状である 1.胃壁内にガスを認める場合には,その病態から胃壁内気腫症と気腫性胃炎に大別される 2.胃壁内気腫症はその病因によりさらに3つに分類される.①内視鏡や胃管による胃粘膜の損傷に伴いガスが流入して起こる障害性(Traumatic type),②悪性腫瘍・潰瘍・胃軸捻転・先天性十二指腸狭窄などによる胃幽門側の通過障害により著明な胃拡張により胃内圧が上昇し,微小循環障害が起こる閉塞性(Obstructive type),③肺気腫やbullaの破裂によりガスが胃壁内へ流入する肺性(Pulmonary type)である 10),11.一方,気腫性胃炎は大腸菌などの腸内細菌やガス産生菌などの細菌感染により発症し,胃の蜂窩織炎(phlegmonous gastritis)の一種で胃壁内に気腫を生じる胃壁内感染症である.臨床像は,突然の激烈な心窩部痛と高熱,嘔気,血性嘔吐など急激な発症を特徴とし,ショック状態に陥ることも多い 4.背景や要因としては腐食性薬剤の内服,アルコールの常習飲酒,糖尿病,低免疫状態をきたす疾患,免疫抑制剤の投与などが挙げられている 12.起炎菌は連鎖球菌や大腸菌,口腔内常在嫌気性菌などがあり,胃粘膜生検や胃液培養によって診断される 4.2000年以前の報告例の集計では致死率が59.4%,2000年以降に限っても致死率が33.3%に及ぶと報告されている重篤な病態である 13),14.これまでの報告の中には胃壁内気腫症から気腫性胃炎に連続的に移行する症例もあり 15,いずれの病態による場合であっても,胃壁内環流障害をきたし,造影CT検査で造影不良域を認める場合や,上部消化管内視鏡検査で胃壁の暗赤色調変化,粘膜出血,粘膜脱落,暗緑色の黒苔付着などの粘膜壊死を疑う所見 5)~8があれば緊急手術が必要となる.

門脈ガス血症は肝内外の門脈にガスを認める病態であり,1995年にWolfeらによって初めて報告された 3.腸管壊死などの重篤な疾患を合併することが多く,予後不良な徴候とされてきた.原因として,Liebmanらは腸管粘膜損傷や腸管拡張,ガス産生菌感染の関与を上げている 16.胃壁内の気腫に伴った門脈ガス像の病因としては2つの機序が報告されている.①急激な胃拡張に伴う胃内圧の上昇で粘膜が障害され,同部位から胃内ガスが胃壁から門脈に侵入する,②ガス産生菌が胃の壊死組織で増殖して,その産生ガスが門脈血流に侵入する 17機序である.一方で,気腫性胃炎に伴う門脈ガスは必ずしも腸管虚血の所見でなく予後に関与しないという報告もある 18),19

自験例はパーキンソン病が既往にあり,頸髄損傷による嚥下障害のため胃管挿入を行ったが,胆嚢炎を併発したために長期臥床及び低栄養状態が長期化した.低栄養状態により免疫力が低下し,持続する胃管の機械的刺激による胃粘膜傷害が加わったことで,気腫性胃炎(Traumatic type)を発症したと推察される.また,桒田らは経管栄養中の急な嘔吐により胃内圧が上昇したため生じた胃壁内気腫症を報告しており 20,経管栄養自体や,嘔吐症状が胃内圧を上昇させた可能性も考えられる.胃液培養からはガス産生菌であるKlebsiella pneumoniaeが検出されたため,起炎菌であると考えられた.感染経路については,免疫力低下が引き金となり口腔内や腸管内の常在菌であるKlebsiella pneumoniaeが胃粘膜損傷部位に感染し発症した可能性と,感染胆汁の逆流が発症に関与した可能性が考えられた.穿孔性壊死性胆嚢炎の炎症波及により発症した門脈ガス血症を伴った胃粘膜病変は報告されているが 21,自験例は胆嚢炎に対してPTGBD施行後のため炎症反応は低下していた.そのため,胆嚢炎と気腫性胃炎との直接的な関与は低いと考えるが,PTGBD施行時の胆汁培養からもKlebsiella pneumoniaeが検出されており,感染胆汁の胃内への逆流の関与も示唆される.

また,門脈ガス血症に関しては,気腫性胃炎により生じたガスが経静脈的に門脈内へ移行した機序と,Klebsiella pneumoniaeの産生ガスが門脈内に移行した機序のいずれの可能性も考えられる.PTGBDは肝右葉を介して留置されているが,ガス像は肝左葉の辺縁腹側を中心に樹枝状に分布しており,CT画像からpneumobiliaではなく,門脈ガス血症と診断した.

「胃壁内気腫・気腫性胃炎・胃蜂窩織炎・門脈ガス血症・胃壊死」をキーワードに医学中央雑誌で1990~2018年まで検索したところ,会議録を除き34例の報告例を検索し得た.自験例を含めた35例をTable 1にまとめた.CTは33例(94%)で施行され,29例(83%)で門脈ガス血症を認めた.症状は腹痛が21例(60%),嘔気・嘔吐が20例(57%)であった.治療に関しては25例(71%)が保存的に加療され,粘膜壊死を認めた7例(20%)を含む,10例(29%)に手術が施行された.転帰に関しては死亡例が2例(6%)であった 2),4),18)~46

Table 1 

胃壁内気腫症及び気腫性胃炎の本邦報告例(1990~2018年).

自験例のように胃管チューブ留置後に発生した報告例は7例(20%)であり(Table 2),全例で広域抗生剤やPPI,TPNの投与による保存的加療が選択されていた.自験例を含めた5例は気腫性胃炎の病態を呈しており,胃管の粘膜への機械的刺激が気腫性胃炎の発症の誘引となったと考えられた.

Table 2 

胃管留置後に発症した胃壁内気腫症及び気腫性胃炎の本邦報告例(1990~2018年).

治療前後で上部消化管内視鏡検査を施行した報告例は12例であった.初回の上部消化管内視鏡検査が24時間以内に施行された報告例は8例(67%)であり,治療後内視鏡再検までの平均日数は11日であった.内視鏡所見は発赤7例(58%),浮腫,皺襞腫大7例(58%),潰瘍7例(58%),びらん5例(42%)などが多く,内視鏡病変範囲とCTの気腫範囲が一致した報告例は6例(50%)のみであった.粘膜壊死の報告例はなく,全例で広域抗生剤やPPI,TPNの投与による保存的加療が選択され,全例で内視鏡所見の改善を認めた.内視鏡検査による偶発症は1例も報告されていない.

治療法における問題点は手術適応の決定にある.CT所見や血液検査,上部消化管内視鏡検査で胃粘膜壊死が強く疑われる場合は緊急手術の適応であるが 2),22,自験例のように胃壁内気腫を認めるものの他に壊死を示唆する所見に乏しい場合は手術適応の判断に苦慮する.胃壁内気腫症の原因が気腫性胃炎の場合は,壊死境界が不鮮明なため再建縫合部の破綻が懸念され,その急性期において手術は推奨されないとされる意見もあり 23,粘膜壊死の有無の判断が重要となってくる.そのため,粘膜壊死の有無の判断にはCT所見に加え,上部消化管内視鏡検査所見が重要となる.画像診断の技術の向上により,胃粘膜壊死所見の正確な診断が可能になったことで,保存的加療が選択される症例が増加していると考えられるが,保存的に治療を開始した場合でも,上部消化管内視鏡所見で胃粘膜壊死へと進行するようであれば,手術を検討すべきであると考えられる.

自験例は,造影CT検査及び上部消化管内視鏡検査の所見から胃粘膜壊死には至っていないと診断し,保存的加療を行い軽快した.画像検査所見により詳細な経過観察が可能であった1例であった.

Ⅳ 結  語

保存的加療で軽快した門脈ガスを伴った気腫性胃炎の1例を経験したため,文献的考察を加え報告した.

謝 辞

自験例において入院中ともに加療いただきました広島大学病院玉理太覚先生に深謝いたします.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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