日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
横行結腸腸重積を契機に診断されたアニサキス症の1例
柵山 尚紀 高橋 琢哉牧野 有里香佐藤 剛永易 希一中谷 晃典渡部 智雄北島 政幸相羽 元彦
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2020 年 62 巻 11 号 p. 2953-2957

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要旨

症例は68歳,男性.突然発症の心窩部痛を主訴に前医へ救急搬送され,横行結腸の腸重積を診断され,当院へ転院搬送となった.身体所見では心窩部に軽度圧痛を認め,腹部造影CT検査を施行し,横行結腸を中心とした浮腫と腸重積を認めた.精査加療目的に,緊急下部消化管内視鏡下造影検査を施行し,粘膜の浮腫状変化を認めた.整復は不可能で,大腸癌等の悪性腫瘍の可能性も否定出来ず,腸閉塞予防及び精査加療目的に,緊急開腹手術を施行した.手術所見は,腸重積は容易に解除出来,腸管浮腫が腫瘤状に触知されたが,悪性腫瘍も否定出来ず,結腸部分切除術を施行した.摘出標本にアニサキス虫体を発見し,アニサキスが原因で腸管の局所浮腫が起こり,これが先進部となって腸重積・腸閉塞を来したと診断した.

Ⅰ 緒  言

アニサキスは鯖・烏賊に多く生息しており,生食で発症する胃アニサキス症は内視鏡で診断・治療が奏効する疾患となっている.しかし,結腸まで到達するアニサキスは少ないとされている.一方で,成人腸重積は,悪性腫瘍や炎症性腸疾患等の器質的疾患が原因となる.今回,われわれは結腸腸重積症で発症し,緊急手術を施行した横行結腸アニサキス症の症例を経験したので報告する.

Ⅱ 症  例

患者:68歳,男性.

主訴:心窩部痛.

既往歴:緑内障手術.

職業:寿司職人.

食事歴:鯖・烏賊等の発症1日前生食歴有.

現病歴:突然発症した強い心窩部痛を主訴に他院へ救急搬送された.他院で施行した腹部単純CT検査で横行結腸脾彎曲寄りの腸重積を診断され,当科転院搬送となった.

入院時身体所見:発熱はなく,心窩部を中心とした圧痛・反跳痛は軽度で筋性防御は認めなかった.下痢,下血,血便はなく,嘔気・嘔吐等の腸閉塞症状も認めなかった.

入院時血液・生化学所見:WBC 10,210/μL,Hb 14.3g/dl,AST 15U/l,ALT 10U/l,CRP 0.21mg/dl,CEA 5.2ng/ml,CA19-9 9.2U/mlで軽度の炎症所見があった.

腹部造影CT:当院で施行した腹部造影CT検査は横行結腸に浮腫と,結腸脾彎曲寄りにtarget signを認め,腸重積を診断した.重積した腸管の壁は浮腫状であったが,一部の壁は造影効果を伴った肥厚を認めており,大腸癌等の悪性腫瘍による腸重積も鑑別される所見であった(Figure 1).

Figure 1 

胸腹部造影CT所見.

浮腫上に肥厚した横行結腸にtarget signを認め,腸重積を診断した(矢印).

重積の右腸管壁は造影効果を伴う壁肥厚を認め,腫瘍性病変を疑う所見が得られた.

下部消化管内視鏡所見:大腸癌等悪性腫瘍の精査・腸重積の整復を目的に緊急透視下内視鏡検査を施行し,横行結腸の重積部位に粘膜のSMT様にも見える球状になった透過性を伴う浮腫状の粘膜を認めた.重積部位には観察範囲で悪性腫瘍は認めなかったため,生検は施行しなかった.肛門側腸管に腫瘍等は認めなかった(Figure 2).

Figure 2 

透視下内視鏡所見.

横行結腸にSMT様に見える球状になった粘膜に透過性を伴う浮腫性粘膜が認められた.

下部消化管内視鏡下造影検査所見:内視鏡下に造影検査を施行し,整復を試みたが不可能であり,口側腸管に造影剤・airの流出も認めなかった(Figure 3).

Figure 3 

透視下内視鏡下造影所見.

横行結腸に球状の浮腫性粘膜が認められ,内視鏡下に整復を試みるも不可能であり,造影剤は横行結腸から口側に流出しない.

手術所見:腸重積症を診断し,悪性腫瘍が原因であることも否定出来ず,腸閉塞症を併発する前に,緊急開腹手術を行う方針とした.開腹し,横行結腸腸重積部位を触診したところ,腸重積は容易に整復され,腸管の浮腫が顕著であり腫瘤状に触知したため,大腸癌等の悪性腫瘍も疑い,202ltを含むリンパ節郭清を含めた結腸部分切除術を施行した.摘出検体を調べたところ,アニサキス虫体を認めた.術後経過は良好で術後7日目に退院となった.現在,外来経過観察中であり,特に術後合併症や腹部症状等は認められていない(Figure 4).

Figure 4 

手術所見.

浮腫状の横行結腸を切除し検体からアニサキス虫体を発見した.

病理組織学的検査所見:アニサキスの頭部は結腸粘膜に局在し,周囲のcrypt上皮は壊死・炎症像を呈した.粘膜下層はフィブリン網沈着に出血・好中球の参加を伴う著しい滲出反応があり,同時に好酸球の著しい浸潤は粘膜から漿膜下層全層に達していた.粘膜下層の浮腫は著しく,結腸壁の80%以上の厚さを占めていた(Figure 5)

Figure 5 

病理所見.

a:アニサキス虫体は頭部が結腸粘膜に侵入しており,体部以下の固定標本となった.

b:結腸にアニサキス頭部が侵入している(矢印).

粘膜下層に著しい滲出反応があり,好酸球・肥満細胞浸潤が認められる.

Ⅲ 考  察

腸重積はそのほとんどが特発性で,小児に発症し,成人には5-10%程度と比較的に稀である.成人の原因として,小腸はポリープ・脂肪腫があり,大腸は悪性疾患が60%以上を占めるとされる 1.アニサキスによる腸重積症の発生機序については,何らかの原因で限局腸管の輪状筋に痙攣・浮腫が収縮し,隣接する弛緩腸管が収縮した腸管を覆っていくことで重積が完成する機序が説明されている 2.本症例のアニサキス感染部位の病理組織像は典型的な即時型過敏反応であった.職業が寿司職人であり,本人に自覚されたエピソードはなかったが,今回の発症に先行してアニサキスのアレルゲン感作があり,急激な腸管浮腫を伴って腸重積になったとも考えられた.

一方でアニサキスはそのほとんどが胃・腸に発生し,CTで粘膜の浮腫を認めており,結腸に発生した症例は飯野らによれば1962年から1990年までの11,989例の内16例と少数の報告しかない 3.しかし,近年になって内視鏡の性能・技術が上がったことにより,大腸における摘出件数は増加しており,加藤らは,71症例の大腸アニサキス症を集計し,その病変部位は,上行結腸が32例,横行結腸が19例,盲腸が7例と右側結腸に多いことを報告している 4.今回,医中誌・PubMedでアニサキス・結腸・腸重積をキーワードとして検索したところ,1994年9月から本症例を含めた2020年1月までの報告例は自験例を含めて9例あった(Table 1 1),5)~11.9例の内訳は男性7例・女性2例と男性に多く,右側結腸が6例と最も多く,横行結腸は自験例を含めて2例だった 7.左側結腸ではS状結腸に1例の症例のみ認めており,多くは右側結腸に虫体が存在する間に症状を発症し虫体が摘出されているものと考えられた.自験例を含め,5例に手術が施行されており,アニサキス虫体が回収されていた.

Table 1 

結腸腸重積を発症したアニサキス症.

注腸での整復成功の後に内視鏡を施行し,虫体を回収した症例は2例で,内視鏡下に整復して回収した症例は2例であった 5),6),10.本症例では,透視下内視鏡で腸重積を整復し原因を検索した上で悪性腫瘍であれば,経肛門腸閉塞管で腸管減圧を施行し,手術治療を施行予定とする方針であったが,透視下内視鏡検査所見では,腸管粘膜の浮腫による狭窄で,造影剤の口側腸管への流出も認めなかったことから腸閉塞となる可能性が高いと考えられた.また,CT画像の所見からは,重積の壁の造影効果を伴った壁肥厚の所見から,悪性腫瘍も否定出来ず,内視鏡下に重積の口側側を観察出来ず,大腸癌が診断出来ていない可能性も考慮し,精査治療目的に緊急手術を施行した.しかし,今回のケースでは職業柄,生食の可能性を十分に考慮出来たと考える.術中の腸重積の整復が容易に解除出来たことから,アニサキス症に伴う腸重積を鑑別診断に挙げれば,術中大腸内視鏡検査を施行し,アニサキスの虫体摘出を行う治療方針も考慮出来,リンパ節郭清を伴う腸管切除というovertreatmentを回避出来た可能性があると考えた.

成人の結腸腸重積症は稀ではあるが,アニサキスを契機に発症する腸重積のような,悪性疾患以外の原因もあることから,緊急手術となった場合でも,食事歴とCT等の画像所見から,腸重積解除後の大腸内視鏡検査等も考慮することが重要であると思われた.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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