日本消化器内視鏡学会雑誌
Online ISSN : 1884-5738
Print ISSN : 0387-1207
ISSN-L : 0387-1207
症例
十二指腸憩室内乳頭に対して牽引クリップを用いて胆管ドレナージに成功した1例
大幸 英喜 早川 晃稲田 悠記冨田 学辻 宏和
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2020 年 62 巻 2 号 p. 165-172

詳細
要旨

症例は74歳,男性,心窩部痛を主訴に来院.傍十二指腸乳頭憩室による急性胆管炎と考え,胆管ドレナージ目的にERCPを施行した.十二指腸主乳頭(以下,乳頭)は憩室下縁右側に位置し,背側向きに開口していたため胆管挿管はできなかった.乳頭が憩室外で観察できたのは生検鉗子で牽引していた時のみであった.そこで牽引クリップで乳頭の肛門側をさらに肛門側に牽引することで憩室内から乳頭を引き出し正面視が可能となり,胆管挿管に引き続いて胆道ドレナージを施行し得た.傍乳頭憩室を有し,乳頭開口部が正面視できない症例では牽引クリップ法がERCP関連処置を可能にする1つの選択肢となると考えられた.

Ⅰ 緒  言

閉塞性黄疸や急性胆管炎に対して経乳頭的治療を目的とする胆管挿管の際に十二指腸主乳頭(以下乳頭)が憩室の内腔に開口し,挿管および造影が困難な例は少なくない.乳頭が目視できない例や背側を向いており正面視できない例では特に挿管が困難であり,様々な処置具を用いた手技の考案がなされてきた.われわれはこのような症例に対して,牽引クリップで粘膜を把持・牽引し,憩室内から乳頭を引き出して固定し,胆管に挿管する胆管造影手技を施行した.造影困難例に対して本法により十二指腸鏡を用いた通常の方法で造影が可能となり,処置も完遂でき,合併症も経験しなかった症例を経験したため報告する.

Ⅱ 症  例

患者:74歳,男性.

主訴:心窩部痛.

家族歴:特記すべきことなし.

既往歴:17歳腸捻転手術.60歳痔瘻手術.

現病歴:前立腺肥大症で近医に通院中であったが,肝機能障害の指摘はされたことがなかった.

夕食3時間後に心窩部痛を認め,市販の鎮痛剤を服用によっても疼痛は改善せず,当院救急外来を受診した.痛みは軽快したが,血液検査で肝機能障害を認めたため精査目的に翌朝,当科を受診した.肝機能障害のさらなる悪化がみられたため,入院とした.

入院時現症:身長172cm,体重74.1kg,血圧135/71mmHg,脈拍64回/分,体温36.6℃,眼瞼結膜に貧血なし,眼球結膜に黄染なし,表在リンパ節を触知せず,腹部正中に手術瘢痕を認めたが,上腹部に圧痛は認めなかった.

臨床検査成績:T-Bil 1.8mg/dl,D-Bil 0.5mg/dl,AST 630IU/l,ALT 367IU/l,ALP 333IU/l,γ-GT 352IU/lと肝胆道系酵素の上昇を認めた.炎症反応はWBC 6,700/μl,CRP 0.07mg/dlと正常値だった(Table 1).

Table 1 

入院時臨床検査成績.

入院時腹部US・単純CT:軽度の胆嚢腫大と壁肥厚を認めたが,肝内胆管拡張はなく,胆道結石や腫瘍性病変はみられなかった.CTでは傍乳頭憩室が認められた.

入院後の経過:傍乳頭憩室を要因としたLemmel症候群による急性胆管炎と診断し,同日,十二指腸内視鏡(JF-260V;オリンパス社製)を用いて緊急ERCPを試みた.乳頭は憩室下縁右側に位置し,背側向きに開口し,小帯の走行も確認できなかった(Figure 1-a).スコープのアングル操作やプッシュ操作での乳頭正面視は不可能で,湾曲型カテーテル(SwingTipTM,PR-233Q,オリンパス),パピロトーム(CleverCut 3VTM,オリンパス),0.025inchガイドワイヤー(VisiGlide 2TMアングル型,オリンパス)を用いたが,乳頭開口部にカテーテルやガイドワイヤーを挿入することはできなかった.カテーテルや生検鉗子での乳頭位置の牽引・矯正も行ったが,乳頭を正面視できたのは,生検鉗子で乳頭の肛門側をさらに肛門側へ牽引していた時のみで(Figure 1-b),牽引を継続しなければ乳頭は憩室内へ戻るため胆管造影と引き続く内視鏡的胆道ドレナージは行えなかった.肝内胆管の拡張は軽度であり,経皮経肝胆道ドレナージ(percutaneous transhepatic biliary drainage:PTBD)や超音波内視鏡ガイド下胆道ドレナージ(endoscopic ultrasonography-guided biliary drainage:EUS-BD)は困難と考えられた.

Figure 1 

十二指腸内視鏡検査.

a:十二指腸主乳頭は憩室下縁右側に背側向きに開口しており,確認できなかった.

b:乳頭開口部は生検鉗子で牽引した時のみ確認できた(矢印).胆管造影は不可能だった.

絶食,補液,抗生剤の投与を行った.腹痛はなく,入院第3病日には肝機能障害もT-Bil 1.0mg/dl,D-Bil 0.2mg/dl,AST 73IU/l,ALT 155IU/l,ALP 248IU/l,γ-GT 241IU/lと改善傾向を示した.炎症反応はWBC 3,800/μl,CRP 3.59mg/dlであった.一方,同日に施行したMRI/MRCPでは胆嚢腫大の増悪とpericholecystic high signalを認め,入院時に診断した急性胆管炎に加え,急性胆嚢炎の存在が示唆された.胆道内には明らかな病変はみられなかったが,肝内胆管の軽度拡張がみられ(Figure 2),遠位胆管は傍乳頭憩室に沿って2/3周にわたって屈曲し圧排されていた.傍乳頭憩室を要因としたLemmel症候群による胆汁うっ滞が持続しており,改めて胆道ドレナージの適応と判断した.

Figure 2 

腹部MRCP(第3病日).

遠位胆管の圧排を疑う信号低下がみられ(矢印),その上流の胆管拡張および胆嚢腫大・pericholecystic high signalがみられた.

再度の胆道ドレナージ施行に際しては,牽引クリップを用いて変位している乳頭の位置を矯正し,乳頭開口部へアプローチを図る“牽引クリップ法”を行う方針とした.牽引クリップ(S-O clip,ゼオンメディカル社製)は,粘膜を把持し,そのクリップの片足に取り付けてあるバネの対側ループ部を別のクリップで把持し,牽引したい方向に継続的に牽引し,ESDなど内視鏡処置の際に視野確保を容易にする処置具である 1

今回行った“牽引クリップ法”の具体的な方法を以下に記す.クリッピングを行う目的に直視鏡(GIF-H260;オリンパス)を使用し,まず,乳頭部の肛門側の粘膜にS-O clipを留置した(Figure 3-a).留置したS-O clipのループ部に通常クリップ(ゼオクリップ,ゼオンメディカル)をかけ,半回転ないし1回転を目安に回転させてループ部を保持し,S-O clipのバネを肛門側へ牽引しながら下十二指腸角に通常クリップを留置した.この操作により乳頭部を憩室外まで牽引・露出させることができた.次いで直視鏡を抜去して,十二指腸内視鏡を挿入し,ERCPを行った.このスコープの抜去,再挿入の際に腸管にトラクションがかかったことにより,乳頭が憩室内に戻ってしまっていた.この場合でも,牽引クリップによる牽引が有効であるため,造影カニューレで肛門側クリップを肛門側に押し込む(Figure 3-b)と乳頭が牽引されることにより正面視が可能となり,その視野が維持され,選択的胆管挿管を施行し得た(Figure 3-c).胆道造影では,総胆管内に結石や腫瘍はみられなかった.遠位胆管には傍乳頭憩室に一致した圧排像と不整像がみられた.憩室による胆管圧排以外に悪性疾患の除外診断が必要と考え胆汁細胞診を行ったが陰性であった(Figure 4-a).引き続き,7Fr×7cm胆道ステント(ゼオチューブ;ゼオンメディカル)を留置した(Figure 4-b).速やかに直視鏡に入れ替え,ステント留置後のクリップ装置の先端ハネ部を利用してS-O clip,ゼオクリップの締めリングの根本を挟むことで,締めリングがずれて比較的容易にクリップを粘膜より外すことが可能であった(Figure 5).

Figure 3 

内視鏡検査.

a:牽引クリップを乳頭(矢印)の肛門側に装着した.

b:造影カニューレで肛門側クリップを肛門側に押し込んだ.

c:牽引クリップ(矢印)によって粘膜を肛門側に牽引しつつ胆管挿管を行った.

Figure 4 

ERCP.

a:遠位胆管は十二指腸憩室(矢頭)に一致して圧排像を呈し,不整像もみられた(矢印).

b:7Fr×7cm胆道ステントを留置した.

Figure 5 

内視鏡検査.

クリップ装置を利用してクリップの締めリング(矢頭)の根本を挟み,締めリングをずらし,クリップを外した.(矢印)はS-O clipのバネ部.

ドレナージ実施後の血液生化学的検査はT-Bil 0.9mg/dl,AST 20IU/l,ALT 47IU/l,ALP 257IU/l,γ-GT 197IU/lと肝障害は改善し,合併症も認めず入院第15病日に胆道ステントを留置したまま退院した.退院後は腹痛の再発はなく,退院2カ月後に胆道ステント交換目的に再入院した.血液生化学的検査はAST 19IU/l,ALT 13IU/l,ALP 239IU/l,γ-GT 28IU/lと肝障害は正常化していた.乳頭の正面視は胆道ステントが留置された状態でかろうじて可能であった.ステント抜去で乳頭が憩室内へ戻ることが予測されたため,ガイドワイヤーをステントに通して留置,次にステント抜去,引き続いてintraductal ultrasonography(IDUS),擦過細胞診,ステント再挿入を行った.この時施行したIDUSにおいて遠位胆管の内側低エコー層に均一な全周性2~2.5mmの肥厚が認められたが凹凸不整はなく,同部位での擦過細胞診は陰性であった.初回入院時より5カ月経過後も症状再燃なく,肝機能は正常値を持続していた.追加の乳頭処置は患者が希望せず,慎重に経過観察中である.

Ⅲ 考  察

十二指腸憩室内乳頭によるLemmel症候群に対して,牽引クリップを用いて選択的胆管挿管に成功し,胆道ドレナージを施行し得た1例を報告した.Lemmel症候群は診断基準として確立したものはないが,一般に①主乳頭近傍の傍乳頭憩室を有し,②胆管炎,膵炎などの胆道・膵疾患のいずれかを合併し,③胆道結石を認めないものとされている 2.本例は①上部消化管内視鏡検査やCT,MRIにて傍乳頭憩室が指摘可能であり,②胆管炎および胆嚢炎を合併し,③US,CT,MRI,ERCPにて胆道結石はみられないことからLemmel症候群と診断した.十二指腸憩室の大部分は無症状で経過するものの,約10%で症状を認め,約1%は内視鏡的・外科的治療が必要になるとの報告もある 2.本例は現在経過観察中だが,再び胆汁うっ滞に基づく症状を来す可能性があり,その場合には再発予防および以後の胆道処置を容易にするため,内視鏡的乳頭括約筋切開術(EST)などの乳頭処置が考慮される 2.一方,ERCPでは遠位胆管に圧排像に加えて不整像を認め,胆管癌が鑑別診断となる.CT,MRIでは明らかな腫瘍性病変はみられず,胆汁吸引細胞診,IDUS,擦過細胞診でも悪性疾患を示す所見は得られていないが,今後も継続的な画像検査が必要である.なお,本例は初回胆道ドレナージ施行時にみられた乳頭部近傍の遠位胆管不整像に対してIDUSを施行しなかったことは反省すべき点であった.

傍乳頭憩室の頻度はERCP時の内視鏡所見から10~20%に認められ,ERCP施行の際,①乳頭を正面視できない,②乳頭周囲支持組織が脆弱であり挿管の際に乳頭が後退してしまう,などの理由から胆管挿管を困難にする要因の1つとされている 3.傍乳頭憩室に対するERCP 困難例においては,いくつかの対処法が報告されている 4.本例では,ESTナイフや湾曲型カテーテルを用いた挿管は不可能であり,乳頭部自体に対するアプローチが困難であることから,膵管ガイドワイヤー法やプレカット法,wire-guided cannulationの方法をとることもできなかった.この他に同一鉗子口から生検鉗子とカテーテルを挿入し胆管挿管を試みるtwo-devices-in-one-channel method 5や2つのカテーテルを用いて胆管挿管を試みるdouble-catheter method 6は,生検鉗子や2本目のカテーテルを用いて憩室近傍の十二指腸壁を押して乳頭を露出させるものだが,1つの鉗子口から2つのデバイスを操作しなければならず,技術的には高度なスコープ操作を必要とし,また大口径チャンネルを有する処置用十二指腸内視鏡が必要である.クリップ法 7は乳頭に隣接する憩室の縁の粘膜と下十二指腸壁の粘膜を挟んで短縮する方法で,同様に高度なスコープ操作の必要性や煩雑さがある.直視鏡に先端透明フードを装着し傍乳頭憩室のERCPを行った報告 8,憩室左側辺縁開口に対するERCPとしては,胃用側視型スコープを用いた報告もされている 9.それらの方法で困難な症例に対してはEUS-BDやランデヴー法,PTBDを行うことになるが,原らはEUS-BDは安全性が担保できる専用処置具がない現状では初回胆道ドレナージ法として安全に施行できる施設は限られると述べている 10.PTBDやEUS-BDは安全な穿刺のためにはある程度の胆管拡張が必要であり,場合により外瘻状態となる欠点がある.

本例では,背側に向いていた乳頭を牽引クリップで肛門側に牽引することで乳頭の正面視が可能となった.牽引クリップは,ESDなどで用いられ胃粘膜や大腸粘膜を任意の方向に継続的に牽引し,剝離面の視野確保を容易にする 1.今回,われわれは牽引クリップをERCPに応用した.医学中央雑誌で1964年から2019年6月までの期間において(「ERCP」or「十二指腸憩室」)and(「クリップ」or「牽引」or「トラクション」)のkeywordで,Pubmedで1966年から2019年6月までの期間において(“ERCP” or “duodenal diverticulum” or “periampullary diverticulum”)and(“clip” or “traction”)のkeywordを用いて検索したところ,傍十二指腸乳頭憩室を有する症例に牽引クリップを用いたInoueらの報告があった 11.Inoueらは胆管ステントを留置することに成功していたが,内視鏡的乳頭切開術追加に際してS-O clipを用いた.牽引が十二指腸壁対側に対してである点,クリップは残存するが高周波ナイフでループ部をカットしている点がわれわれと異なっていた.

S-O clipは比較的安価で,入手も容易である.装着したクリップは本例では肛門側に牽引しており,スコープやカテーテル操作に干渉することもなかった.今回は直視鏡を用いて牽引クリップを装着したが,十二指腸内視鏡下に装着した方が乳頭部を正面視するための位置調整には有利かもしれない.今回のように内視鏡を再挿入した時や処置時間が長くなった時に再び乳頭が憩室内に変位してしまう可能性がある.しかしその場合でも肛門側クリップをカニューレや鉗子などで肛門側に押し込んだり,肛門側クリップを外してさらに肛門側にクリップを装着し直したりすることで,牽引する方向や距離を変更することは可能である.牽引に際しては十二指腸粘膜損傷の可能性に注意が必要である.胆管処置後にはS-O clipは外すことも可能であり,処置後の精査や経過観察のためにMRIやCTなどの検査を行う時にも制限を来すことがなくなる.クリップを外す際には直視鏡を用いた方が容易であるが,スコープ再挿入が必要となる.

十二指腸憩室は固有筋層を欠く仮性憩室であり,加齢に伴い腸管壁の脆弱化が生じることにより圧出性憩室が生じる.一般に加齢に伴い憩室の発生頻度が増加し,大きさも増大する傾向にあることから 12今後,傍乳頭憩室を有する症例での膵胆道に対する経乳頭アプローチが必要となる症例は増加すると考えられる.傍乳頭憩室を有する症例では,特に胆管挿管は困難な場合があり,これまでに様々な手技が工夫されてきた.本例のような乳頭開口部が背側に向く症例において,牽引クリップを用いることにより乳頭の正面視や引き続く胆管挿管が容易になる可能性がある.

Ⅳ 結  語

十二指腸憩室内乳頭に対して牽引クリップを用いて胆管ドレナージに成功した1例を報告した.処置用十二指腸内視鏡を必要とせず施行可能な手技であり,十二指腸憩室内乳頭症例において本法がERCP関連処置完遂を可能にする1つの選択肢となると考えられた.

謝 辞

画像検査に助言いただいた黒部市民病院放射線科 米田賢二先生に感謝する.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
© 2020 一般社団法人 日本消化器内視鏡学会
feedback
Top