奈良県は過半数の市町村が内視鏡検診実施医療機関(検診機関)を持たないため,市町村は県内すべての検診機関と委託可能とし,2017年度から内視鏡検診を導入した.市町村に対し内視鏡検診実施状況について調査を行い実施体制の問題点を明らかにした.2018年度に80%の市町村が内視鏡検診を導入していたが,その45%が検診機関を自治体内に持たず他の市町村の検診機関に委託していた.2017年度内視鏡検診の受診者数は胃X線検診の7%で胃がん発見率は0.52%と胃X線より高値であった.内視鏡検診導入に支障となった点についてのアンケート調査で,4割の自治体が「ダブルチェック体制」,6割の自治体が「検診機関が少ない」と回答し,検診機関がない自治体の6割が「検診機関が地理的に遠い」と回答した.2018年度は2割の検診機関が複数の市町村を担当し,2つの公立病院は9市町村を担当していた.地域格差の解消を目指し検診機関の拡充と体制の効率化など改善が必要である.
「有効性評価に基づく胃がん検診ガイドライン」2014年度版 1)では,任意型および対策型胃がん内視鏡検診の実施が推奨された.これを受けて2016年に厚生労働省「がん予防重点健康教育およびがん検診実施のための指針」が改正され,対策型胃がん検診において胃X線検診とともに胃内視鏡検診も実施可能になった.対策型検診は,精度管理,検査手順,安全管理などについて一定の基準を定めた標準化されたものでなければならない 2),3).「対策型検診のための胃内視鏡検診マニュアル」では「重篤な偶発症に迅速かつ適切に対応できる体制の整備ができないうちは実施すべきではない.」との条件が付記されている 3).現在,全国的に対策型胃がん検診に内視鏡検査の導入が進められているが,多くの自治体では検診体制構築,精度管理,検査医の確保など様々な問題が提起されている.
奈良県では2017年度から対策型胃がん検診に内視鏡検査を導入した.当県は,小規模自治体がほとんどであるため,内視鏡検診導入にあたり県主導で実施要領を策定し実施体制を整備した.また,導入前の調査において,県下39市町村中22市町村(56%)で実施要領の要件を満たす医療機関がないことが判明したため,市町村は県内すべての検診実施医療機関(検診機関)に内視鏡検診を委託できることとした.県内の市町村に対し調査を行い,当県における対策型胃がん内視鏡検診実施体制の問題点を明らかにした.
まず,県内の市町村に対し2017年度,2018年度の対策型胃内視鏡検診の実施状況を調査した.次に,内視鏡検診導入に際し支障となった事項についてアンケート調査を行った.質問項目は「実施要領に定めた検査医の要件」,「実施要領に定めた施設の要件」,「ダブルチェック」,「画像評価体制」の精度管理に関する4項目,「検診機関が少ない」,「検診機関が地理的に遠い」の実施体制に関する2項目の計6項目で内視鏡検診導入の支障になったかを質問した.39市町村中回答が得られた38市町村のうち,検診機関が自治体内にある16市町村と,自治体内にない22市町村に分けて検討した.なお,当県の実施要領に定めた検査医および検診機関の要件,ダブルチェックおよび画像評価体制についてはFigure 1に示す.次に,2018年度内視鏡検診におけるダブルチェック運用体制を地区医師会別に調査し,検診機関別に担当市町村数を調査した.
奈良県胃がん内視鏡検診実施要領抜粋.
本研究は奈良県立医科大学医の倫理審査委員会において承認されたものである.
県下39市町村中23市町村が2017年度に,8市町村が2018年度に内視鏡検診を導入しており,県内31市町村(80%)で内視鏡検診が実施されていた.そのうち14市町村(45%)は自治体内に検診機関がないため,近隣の市町村の検診機関に委託していた.2017年度対策型胃がん検診において受診者数は胃内視鏡検診は2,100名で胃X線検診の7%程度であった.胃内視鏡検診の胃がん発見率および早期がん率は胃X線検診と比較して高値であった(Table 1).
2017年度対策型胃がん検診結果.
市町村に対するアンケート調査において,内視鏡導入の際に支障になった点が「検査医の要件」と回答した市町村は,検診機関がある市町村に比べて検診機関がない市町村の方が多かった.検診機関の有無に関わらず約4割の市町村が「ダブルチェック」が支障となったと回答し精度管理の項目で最も多かった(Table 2).実施体制では,検診機関の有無に関わらず6割の市町村が「検診機関が少ない」ことが支障になったと回答した.さらに,検診機関がない22市町村のうち13市町村(59%)が「検診機関が地理的に遠い」ことが支障になったと回答した(Table 3).Table 4は奈良県の二次保健医療圏別の人口密度を示すが,地域格差が著明で南和地域が最も低かった.南和地域の検診機関は南和地域の北部にある1施設のみであり,「検診機関が地理的に遠い」と回答した市町村は南和地域に集中していた(Figure 2).
精度管理における内視鏡検診導入に支障となった事項.
内視鏡検診導入に支障となった実施体制.
奈良県二次保健医療圏別人口.
検診機関が地理的に遠いと回答した市町村は人口密度が低い南和地域に集中している.
ダブルチェックの運用は,10地区医師会のうち3医師会では日本内視鏡学会専門医が複数勤務している検診機関のみが検診に従事していたため,自施設内で実施していた.4医師会では医師会主導で,3医師会では市町村主導で実施していた.2018年度に県に登録された検査医数は124名であったが,検診を実施した医師数は97名のみであった.また,44施設が検診を実施しており,そのうち10施設が複数の市町村を担当していた.その内訳は,2施設が9市町村,1施設が7市町村,5施設が3市町村,2施設が2市町村の検診を行っていた.そのうち6施設は公的病院であり,9市町村の検診を実施した2施設はいずれも公立病院であった.
奈良県では2018年度までに約8割の市町村が内視鏡検診を導入していた.これは,導入前に行った調査で実施要領の要件に合致する検診機関がない市町村が過半数あり,検診機関が偏在していたことから,県で検診実施医療機関を取りまとめ,市町村は県内すべての検診機関に委託可能としたことによると考えられる.
内視鏡検診の精度管理においてダブルチェック体制が導入の支障となったと回答した市町村が最も多かった.ダブルチェックは,検査医の見逃した所見を拾い上げ,生検の妥当性を評価することなどで検査の精度の向上を目的としている.ダブルチェックにより病変の見逃しや不要な生検が回避できることからその有効性について報告されている 4),5).しかし,ダブルチェックの実施には,二次読影医の確保,画像の提出や保存方法など体制整備が困難なことが多い.奈良県の実施要領では「二次読影医の要件は日本消化器内視鏡学会専門医に限る」としている.内視鏡検診導入前の2016年の調査では奈良県医師会会員の中で日本消化器内視鏡学会専門医は107名であった.現在のところすべての専門医が二次読影に従事していない.これは,日常の診療に加えて検診業務を行わなければならず,業務の負担となることが原因と考えられる.また,3医師会では,自施設内で二次読影が可能な検診機関のみが検診を実施していた.これは他施設での二次読影体制の整備はハードルが高いことが要因であると考えられる.したがって,二次読影医の人員確保と他施設二次読影を容易にする体制を整備する必要がある.ひとつの解決策としてクラウド等を利用した遠隔二次読影が挙げられる.これにより画像のやり取りや保存など事務的処理が容易となり,県内全域からの画像が検査当日に入手可能で,二次読影医は時間的余裕を持って業務の合間に随時読影できるようになるため,二次読影が効率的に運用できるのではないかと考えられる.
市町村の約6割が「検診機関が少ない」ことが内視鏡検診の導入に支障をきたしたと回答した.さらに,検診機関が自治体内にない市町村の6割が,「検診機関が地理的に遠いこと」が支障と回答しており,検診機関数と地理的な事情が精度管理に関する項目よりも支障になっていることが判明した.特に人口密度が低い南和地域においては,住民は遠方の検診機関への受診を強いられるため,受診率に影響することが危惧される.検査医,二次読影医や検診機関を増やすために要件を緩和することも考えられるが,検診精度の低下が危惧され,検診の質の担保を考慮すると要件の変更は容易にはできない.
対策型胃がん検診に内視鏡検査を先進的に実施している自治体の報告では,内視鏡検診導入後は内視鏡検診受診者数が年々増加したと報告している 4),6)~8)ことから,当県においても今後受診者の増加が予想される.複数の市町村の内視鏡検診を担当していた検診機関は自施設内で二次読影を実施しており,その6割が公的病院であった.自施設内で二次読影が完結する公的病院は自治体が最も委託しやすい医療機関であると考えられ,検診機関の中に検査数の偏りが生じるのではないかと思われる.したがって,今後益々地域医療に携わる公的病院の負担が増えることが危惧される.
濱島らは,内視鏡検診の普及のためにはその処理能力の確保が必要であるとし,人口が30万人以上の都市では内視鏡検診が5%増加すると約半数の都市では対応可能であるが,人口30万人未満の都市では16.7%しか対応できないと推定している 9).当県においても,自治体内に検診機関がなく検診機関が地理的に遠い市町村は人口密度の低い地域にある小規模の自治体がほとんどであったことから,地域格差解消を目指した全県的な取り組みが必要である.奈良県の検査医登録数124名に対して2018年度の検診実施医師数は97名であり登録医全員が検査を実施していなかった.そこで,県と医師会が連携しすべての登録医が偏りなく検診に従事し,検査医が不足している地域に検査医を派遣するなどの体制を構築し調整するのが良いと考えられる.さらに,県内全域で遠隔二次読影など効率的な二次読影体制を構築できれば,特定の検診機関に検査が偏ることなく,検査医や検診機関の拡充が可能になるのではないかと考えられる.
当県では県主導で対策型胃内視鏡検診の体制整備を行ったため,ほとんどの市町村で内視鏡検診を導入できたが,今後内視鏡検診受診者が増加することが予想され,地域格差解消を目指し検査機関の拡充と二次読影体制の効率化などの改善が必要である.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし