【目的】腸管蠕動は大腸内視鏡検査の妨げとなるが,腸管蠕動抑制薬は有害事象引き起こしうる.本研究は,プラセボを対照として,リドカイン局所投与による腸管蠕動抑制効果を評価することを目的とした.
【方法】全国5箇所の専門医療機関で,大腸病変に対する内視鏡治療を要する128名の患者を登録し,大腸内視鏡検査中に2%リドカイン溶液20mlを局所投与する群(LID群64名)または生理食塩水20mlを局所投与する群(NS群64名)に,二重盲検下にランダム化割付けを行った.大腸内視鏡検査中,検査施行医は,割付けられた溶液を撒布チューブにより病変近傍に撒布し,その領域を3分間観察した.主要評価項目は,溶液投与後1,2,3分後での蠕動抑制効果とし,3段階(excellent,fair,poor)で評価した.副次評価項目は,リバウンド収縮および有害事象とした.すべての評価項目はリアルタイムで評価した.血清リドカイン濃度は32名で測定した(LID群16名,NS群16名).
【成績】2群間で患者背景に有意差はなかった.すべての時点において,excellentの割合はNS群よりもLID群で多く,2分後(p=0.02),3分後(p=0.02)で有意差を認めた.LID群では,excellentの割合は2分後で12.5%増加し,3分後でも維持されていた.リバウンド収縮はLID群では発生しなかったが,NS群では15.6%に生じた(p=0.001).LID群で有害事象はなかった.血中リドカイン濃度は,いずれも検出限界値以下であった.
【結論】リドカイン局所投与は大腸内視鏡検査中の腸管蠕動を抑制するための効果的かつ安全な方法である(UMIN000024733).
大腸の腸管蠕動は重要な生理的役割を果たしているが,大腸内視鏡検査・治療の妨げになることがある.腸管蠕動抑制薬は,盲腸到達時間 1)や検査中の苦痛 2),ポリープ検出率 3),腺腫検出率 4),5)を改善のために補助的に用いられてきた.ブチルスコポラミンやグルカゴンは筋注や静注で使用されるが,頻脈,口渇,散瞳,反応性低血糖といった有害事象を生じうる 6).ペパーミントオイルは,腸管内撒布により腸管蠕動を抑制する薬剤であり,筋注や静注で使用される蠕動抑制薬の代替え薬剤となりうる 7),8).しかし,腸管内撒布によるペパーミントオイルは,その効果持続時間が短く,しばしば撒布後のリバウンド収縮を生じるために一般的ではない 9).ペパーミントオイルを追加撒布してもリバウンド収縮を抑える効果はなく,ペパーミントオイルは広く用いられていない.このような背景から,効果持続時間が長くかつ有害事象のない腸管蠕動抑制薬が待望されてきた.
最近,われわれはリドカインの腸管内撒布による腸管蠕動抑制効果について報告した 9).リドカインは,神経組織および随意/不随意筋のNaチャネルをブロックすることで作用する局所麻酔薬および抗不整脈薬である.腸管内において,リドカインは,粘膜内の神経に対する作用を介して,腸管蠕動抑制効果を有すると考えられる.われわれが前回行った二重盲検臨床試験では,リドカイン局所投与が粘膜層の感覚神経によって媒介されるフィードバック機構を遮断することによって,大腸スコープの動きにより誘発される腸管蠕動を抑制することが示唆された.リドカインを撒布したほぼすべての患者で腸管蠕動の抑制が観察されたが,その効果はペパーミントよりも優れてはいなかった 9).また,リドカインの安全性と血中濃度については文献上,これまで検討されていない.
本研究では,大腸内視鏡検査中に腸管蠕動抑制のためにリドカインを局所撒布する有効性と安全性を評価することを目的とした.腸管蠕動抑制効果の程度を評価するために,その効果を通常の生理食塩水(プラセボ)と比較した.生理食塩水は,リドカインと同じ浸透圧を持つ,無色透明で無臭の液体である.また,新しい手法としてのリドカイン撒布の安全性,および局所投与後の血中リドカイン濃度の評価することも目的とした.
大腸内視鏡検査中のリドカイン局所撒布の腸管蠕動抑制効果を国内5箇所の専門医療機関で,生理食塩水と比較して評価するために,前向き二重盲検ランダム化比較試験を実施した(福島県立医科大学会津医療センター,大阪国立がんセンター,国立病院機構東京医療センター,小樽掖済会病院,仙台厚生病院).本研究は,5つの参加施設すべての倫理委員会により承認され,大学病院医療情報ネットワーク(UMIN000024733)に登録された.症例登録は,2016年11月から2017年3月までに行われた.本研究の報告は,CONSORT(Consolidated Standards of Reporting Trials)声明に準拠した.
参加者内視鏡切除予定の大腸病変を有する20歳から79歳までの患者で,インフォームドコンセントが得られた場合に登録に適格とした.除外基準には,リドカインに対する過敏症,炎症性腸疾患,既知の消化管運動機能障害,腸管洗浄度不良,妊娠および大腸切除術の既往を含めた.著者らが全参加者を登録したが,以前の臨床研究に参加した者はいなかった.
介入とランダム化大腸内視鏡検査前に適格患者をランダムに2群(LID群:2%リドカイン溶液20ml,NS群:生理食塩水20ml)のいずれかに割付け,局所撒布した.リドカイン溶液の濃度は,われわれの以前の研究結果から決定した 9).ランダム化は,患者も研究者もどちらの溶液を投与されているのか知ることのないように盲検化された.ランダム化割付けは,コンピュータで作成した乱数表を用い,病院単位で行った.二重盲検を担保するために,試験溶液は,薬剤師によってバイアル上に予め印刷された番号により識別された.割付けの機密性を保持するために,研究者は適格患者と判断した後に,割付け群ではなく,バイアル番号のみを知らされた.すべての内視鏡検査過程が完了するまで割付け結果を開示しなかった.
評価基準に関するコンセンサス腸管蠕動の内視鏡評価の基準は確立されていないため,研究参加登録前に,全著者によるコンセンサス会議を開催し,リドカインの腸管蠕動抑制効果のための簡便で実用的な評価基準に同意の上,暫定的な評価方法を提案した.最終的に,評価方法は全著者からのフィードバックを通じて,合意に達した.この評価基準では,管腔開口径に従い,腸管蠕動抑制効果スコアを客観的に評価した(Figure 1).
蠕動抑制効果スコアのシェーマ.
スコア1(excellent):管腔開口径≧最大直径の3分の2.
スコア2(fair):管腔開口径<最大直径の3分の2かつ口側が視認可能.
スコア3(poor):管腔が高度収縮し口側が視認不可.
最大直径は,内腔が完全に拡張した時の直径と定義する.
アスコルビン酸含有ポリエチレングリコール製剤(モビプレップⓇ)を用いて腸管前処置を行った後,ミダゾラム,ペチジン,ペンタゾシンやプロポフォールを用いた鎮静下で熟練内視鏡医(大腸内視鏡検査経験数1,000件以上)が大腸内視鏡検査を施行した.グルカゴンを含む抗コリン薬は投与しなかった.スコープ挿入時の潤滑剤にはリドカインを含有しないものを用いた.全例でCO2送気を使用した.腸管洗浄度は,Aronchick Bowel Preparation Scaleに従って,液体残渣を吸引した後に視認できる粘膜の程度により評価した.excellent(視認可能な粘膜>95%),good(90-95%),fair(80-90%),poor(<80%)とした 10).
前回の大腸内視鏡検査所見から関心病変を事前に選択した.盲腸到達後に残渣を吸引しながら関心病変を検索した.関心病変を確認後,割付けられた溶液20mlを,撒布チューブを用いて病変近傍(口側または肛門側のいずれか)に10cm長の範囲にのみ撒布した.完全に撒布した後(シリンジ内のエアクッションを使用して排出),観察を開始した.観察時間の最初の30秒間に,管腔内の空気を完全に吸引して,溶液ができるだけ広く粘膜に接触するようにした.撒布の30秒後に,腸管をCO2で拡張させた.撒布後1分,2分および3分後の腸管蠕動抑制効果を内視鏡施行医がリアルタイムで評価した(Figure 2).われわれの以前の研究 9)では,リドカイン撒布から腸管蠕動抑制効果が得られるまでの時間の中央値は43.5秒であった.薬理学的に,粘膜に対するリドカインの麻酔効果は30-45分である.したがって,リドカインの腸管蠕動抑制効果を評価するための時間を3分に設定した.また,研究参加登録の開始前に,全著者が研究手順と結果評価方法の動画(電子動画 1)を視聴した.
3分間の観察の流れ.
電子動画1
結果の測定主要評価項目は,腸管蠕動抑制効果(抑制効果スコア)とし,管腔開口径によって1から3のスケールで評価した.1(excellent)は蠕動なし,2(fair)は中等度の蠕動,3(poor)は強い蠕動とした(Figure 3-a~c).副次評価項目は,リバウンド収縮の有無,溶液撒布後の随伴症状の有無および有害事象の発生とした.リバウンド収縮は,抑制効果スコア1に達した後,溶液撒布後3分以内に出現した再収縮(抑制効果スコア2または3)と定義した.すべてをリアルタイムで評価し,各検査終了後に記録した.会津医療センターで登録された全32例では,血中リドカイン濃度を測定した.
蠕動抑制効果スコア.
a:スコア1,蠕動なし.
b:スコア2,中等度の蠕動.
c:スコア3,高度な蠕動.
前回の研究結果 9)を参考にサンプルサイズを計算した.蠕動抑制率がLID群で50%,NS群で25%であると推定した.危険率5%,検出率80%とし,カイ2乗検定で2群間で少なくとも25%の差を検出するには,各群58例が必要と計算された.割付け後の脱落率を10%と仮定し,各群64例とした.1施設あたり24例を割り振り,残る32例を会津医療センターに割り振った.
統計学的手法名義変数に関しては,頻度の均等性をカイ二乗検定で比較した.順位変数や非名義変数の場合は,スチューデントのt検定を用いて比較した.いずれのP値も両側検定とし,有意水準はp<0.05とした.解析には統計ソフトIntercooled Stata 13.0 for Windows(Stata Corp., College Station, TX, USA)を用いた.
2016年11月7日から2017年3月24日までに,137例が対象となった.9例が研究参加を拒否した(Figure 4).残りの128例が登録され,LID群(64名)またはNS群(64名)のいずれかに無作為に割付けられ,大腸内視鏡検査が施行された.参加同意後の撤回や腸管洗浄度不良による脱落例はなかった.
研究のフローチャート.
大腸内視鏡検査数1,000件以上の経験を有する22名の熟練内視鏡医によって全検査が施行され,全例で盲腸到達が可能であった.128例中104例で検査同日に内視鏡治療を施行し,28例で検査後に内視鏡治療を施行した.2群間で年齢,性別,BMI,鎮静剤の投与量,腸管洗浄度,撒布部位に有意差はなかった(Table 1).
患者と関心病変の特徴.
両群の各時点での抑制効果スコアを示す(Figure 5).NS群では,1分後と3分後の抑制効果スコアの変化はわずかであり,抑制効果スコア1(excellent)の割合はわずか4.7%増加した.LID群では,抑制効果スコア1(excellent)の割合は,1分後と比較して,2分後および3分後で12.5%増加したが,有意差はなかった.しかし,抑制効果スコア1(excellent)の割合は,NS群と比較して,LID群の2分後(p=0.02)と3分後(p=0.02)で有意に高かった(Figure 6).
各時点の抑制効果スコア.
LID:リドカイン,NS:生食.
各時点の抑制効果スコア1(excellent)の割合.
*2群間で有意差あり(P<0.05).
サブグループ解析はSupplementary Table 1(電子付録)に示した.部位や他の因子の抑制効果スコアに有意な影響はなかった.
副次評価項目リバウンド収縮は,LID群ではみられなかったが,NS群の10例で観察された(15.6%,10/64;p=0.001).大腸内視鏡検査中または検査後に溶液撒布に関連する随伴症状や有害事象はなかった.会津医療センターの32例(LID群16名およびNS群16名)で測定された血中リドカイン濃度は,いずれも検出限界値(0.9μg/ml)以下であった.偶発症は出血4例あり,いずれもNS群の内視鏡治療例であった.1例は術中,3例は術後1日目以降に発症し,いずれも内視鏡的に止血可能であった.
この多施設ランダム化二重盲検比較試験において,大腸内視鏡検査におけるリドカイン腸管内撒布が,生理食塩水(対照)と比較して,より効果的に腸管蠕動を抑制することが明確に示された.われわれは以前,リドカインの腸管蠕動抑制効果がペパーミントオイルと同様にあることを報告したが,われわれの知る限りでは,大腸内視鏡検査におけるリドカインの局所投与の有効性を示したのは本研究が初めてである 9).
これまでに,腸管蠕動抑制のための2つの局所撒布法が提案されている.2001年には,ペパーミントオイルの局所投与が大腸の蠕動を抑制することが報告されたが,これはランダム化試験ではなかった 8).2002年には,大腸内視鏡検査中の蠕動を抑制するための温水注入が報告された.6つのランダム化比較試験で,温水注入により鎮静や麻酔の必要性が減り,大腸内視鏡検査受診者の受容性を高めることが示された 11)~16).しかし,腸管蠕動効果を直接評価した研究は一つだけであり,温水と室温水との間で有意差を示すことはできなかった 12).
腸管蠕動の客観的評価は困難である.大腸内視鏡検査で最も一般的な2つの蠕動抑制剤,ブチルスコポラミンとグルカゴンでさえ,蠕動抑制効果は証明されていない 6).腸管蠕動の評価方法は確立されていないため,従来の研究では,腸管蠕動を評価する代わりに,盲腸到達率/時間,患者の苦痛度,ポリープ検出能といった代用マーカーを評価してきた.われわれは以前の研究において,内腔の全周が1/3以下になった場合を蠕動と定義したが,曖昧であり評価が難しかった 9).
本研究では,腸管蠕動の新しい評価基準を作成し評価に用いた.一見してわかる管腔の広がり具合によって,腸管蠕動抑制効果をスコア化した.これは,観察者間あるいは観察者内差異を最小限に抑え,蠕動抑制効果をより客観的に評価して,腸管蠕動に対する確固たるスコアリングシステムを作成することを目的とした.
NS群の約半数で予想外の蠕動抑制効果が観察されたが,抑制効果は撒布後1分でプラトーに達し,その後,減弱した.スコープの動きが大腸粘膜層の感覚神経を刺激することにより腸管蠕動が誘発されるため,撒布後30秒間は,蠕動を予防するためにスコープを操作しないプロトコールとした 9).室温水の注入により腸管蠕動を抑制することもあるが,抑制効果は持続しない 12).一方,リドカイン撒布による蠕動抑制効果は徐々に高まり,2分後でプラトーに達していた.さらに,リドカイン撒布後にリバウンド現象も一切生じなかったことからは,リドカインの抑制効果持続時間は対照群に比べてはるかに長いことを示している.
われわれの結果は,大腸のリドカイン局所投与の安全性も示している.リドカインの全身投与は,重篤な副作用,例えば,完全房室ブロックのような重度の不整脈を引き起こす可能性がある.鼻腔,気道および近位消化管の粘膜におけるリドカイン局所投与の極量は500mgとされるが,結腸直腸での極量は定まっていない.患者一人あたり合計400mgのリドカインを使用したが,血中リドカイン濃度の上昇や有害事象はなかった.薬理学的文献 17),18)によれば,リドカインは粘膜筋板を透過することができず,大腸での吸収は限られることから安全であり,リドカインの反復投与は許容されるのかもしれない.しかし,内視鏡切除後は,粘膜欠損部からリドカインが吸収される可能性もあるため,注意が必要である.
リドカインは血管拡張作用を有しており,理論上,治療後出血が懸念される.しかし,LID群で治療後出血はなく,実際には,対照群で高率に遅発性出血を認めた.リドカインは蠕動を抑制することにより,後出血の予防効果があるのかもしれない.
本研究にはいくつかのlimitationがある.第一に,治療内視鏡検査のみを対象とし,リドカインを大腸全体ではなく,大腸の比較的短い区域にしか撒布していなかった.大腸粘膜に吸収されにくい性質により,全大腸撒布が可能であり,さらなる検討が望まれる.第二に,蠕動評価のためのスコアリングシステムは著者らが開発したものであり,その妥当性は他の状況や他の評価者で検証されていない.観察者間と観察者内の一致性も評価しなかった.最後に,血中リドカイン濃度は,単施設でワンポイントだけの測定であった.血中リドカイン濃度の持続的なモニタリングによって,リドカイン局所投与の安全性をさらに担保できるだろう.
結論として,リドカイン局所投与は,大腸内視鏡検査中に腸管蠕動を抑制するための効果的かつ安全な方法である.上部消化管内視鏡検査,胆管内視鏡検査および小腸内視鏡検査などの他の内視鏡検査におけるリドカイン撒布の効果については,今後のさらなる検討が望まれる.
謝 辞
本研究にあたり,撒布溶液の作成を行っていただいた福島医大会津医療センター薬剤部 鈴木学先生,リドカインの薬理学的機序についてご教授いただいた自治医科大学分子薬理学部門 輿水崇鏡先生,研究デザインのアドバイスをいただいた自治医科大学外科 Alan K Lefor先生,事務サポートをしていただいた小林仁子様(元福島県立医科大学会津医療センター秘書)に感謝申し上げます.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし
補足資料
電子動画 1 研究手順に関する指導ビデオ.
Supplementary Table 1 患者と関心病変の特徴によるリドカイン群における抑制効果のサブグループ解析.