日本消化器内視鏡学会雑誌
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手技の解説
歯状線に接した下部直腸腫瘍に対するESDのコツ
二宮 悠樹 岡 志郎田中 信治
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2020 年 62 巻 3 号 p. 377-385

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要旨

歯状線に接した下部直腸腫瘍に対するESDは,①粘膜下層に静脈叢が発達している,②歯状線を境に扁平上皮領域には知覚神経が存在する,③狭い管腔により良好な視野が得られない,④痔核の存在などの理由で通常の大腸とは異なった背景がある.しかし,先端フードでの肛門側視野の展開,局所麻酔薬の使用,病変肛門側からの切開・剝離開始と,その際の浅い周辺粘膜切開と静脈叢の予防的止血などの手技の工夫により痔核の有無に関わらず安全に施行可能である.

Ⅰ はじめに

内視鏡的粘膜下層剝離術(endoscopic submucosal dissection;ESD)の有効性と安全性が認められ2012年4月に保険収載され,大腸腫瘍に対する内視鏡治療手技の選択肢が広がるとともに,大きさを問わず早期癌の完全一括切除が可能となった 1),2.また,大腸ESDの一般化が進む中で,2018年4月の診療報酬改定により,大腸ESDの保険適用は “最大径が2cm以上の早期癌,最大径が2cm未満のものであっても線維化を伴う早期癌,最大径が5mmから1cmまでの神経内分泌腫瘍” に改訂された.

一方,歯状線に接した下部直腸腫瘍に対するESDは,その局在を考慮した工夫が必要である.下部直腸腫瘍に対するESDの特殊性として,1)直腸粘膜下層には静脈叢(痔核を含む)が発達しているため術中・術後出血リスクが高いこと,2)歯状線を境に肛門側に存在する扁平上皮領域の知覚神経により治療中に痛みを伴い易いこと,3)肛門括約筋の近接による狭い管腔により展開した良好な視野が得にくいこと,4)痔核の存在などがあげられる.

本稿では歯状線に接した下部直腸腫瘍に対するESDのコツ,および当科の治療成績について解説する.

Ⅱ 歯状線に接した下部直腸腫瘍のESD適応

ESDの適応病変は,局在に関わらず内視鏡治療適応病変のうち一括切除が必要であるがEMRでは分割切除になる病変で,術前診断が早期大腸悪性腫瘍である.具体的には,スネアによる一括切除が困難なLST非顆粒型(non-granular type:LST-NG),特に偽陥凹型,VI型pit patternを呈する病変,粘膜下層軽度浸潤癌,大きな陥凹型腫瘍,癌が疑われる大きな隆起性病変,生検や病変の蠕動に起因する粘膜下層に線維化を伴う粘膜内腫瘍,潰瘍性大腸炎などの慢性炎症を背景としたsporadicな局在腫瘍,内視鏡的切除後の局所遺残早期癌などである 3.肛門管腫瘍や痔核合併例であっても上記の条件であれば原則ESDの適応である.ただし,高度線維化合併例やスコープ操作不良例などの場合には,施設や術者の技量を考慮した上で,経肛門的局所切除手術(transanal local resection:TAR)や経肛門的内視鏡下マイクロサージェリー(transanal endoscopic microsurgery:TEM)などの外科手術に委ねることも考慮すべきである 4.なお,TARは病変の直視下での病変範囲の視認性が不良なことが多く局所再発率は約20%と報告されている 5

Ⅲ 歯状線に接した下部直腸腫瘍に対するESDのコツ

歯状線に接した下部直腸腫瘍であっても,他の部位における大腸ESDと基本的手技は同様である 6)~8

1)当科におけるESDの基本手技

病変にかかる重力を考慮し体位変換を頻回に行うため,原則deep sedationは行わない.従来,われわれはwater jet機能付きの細径スコープ(PCF-Q260AZI,PCF-H290ZI;オリンパスメディカルシステム社)を使用していたが,最近では先端の短湾曲機構により病変へのアプローチ性が向上したESD用スコープ(PCF-H290TI;オリンパスメディカルシステム社) 9を使用している.高齢者で肛門括約筋が緩く送気しても管腔が保持できない際には適宜太めのスコープを使用する.粘膜下層への局注液は1:1の割合で0.4%ヒアルロン酸ナトリウム(ムコアップ;ボストンサイエンティフィック社)と10%グリセリン溶液(グリセオール;中外製薬)を混合し,1%塩酸リドカイン(100mg/10ml),少量のアドレナリンおよびインジゴカルミンを加えて使用している.高周波電源装置はESG-100,ESG-300(オリンパス社)あるいはVIO300D(ERBE社)を使用している.高周波電源装置の条件設定は,ESG-100では粘膜切開をパルスカットスローの25W,粘膜下層の剝離をフォーストコアグ2の25Wとしている.止血はコアグラスパー(オリンパスメディカルシステム社)を用いてソフトコアグ50Wを使用する.ESG-300では粘膜切開をパルスカットファーストの50W,effect2,粘膜下層の剝離をパワーコアグの30W,effect3としている.止血はソフトコアグ60W,effect3を使用する.VIO300Dでは粘膜切開をEndocut I のeffect3,切開時間2,切開間隔2,粘膜下層の剝離をswift coagのeffect4.5とし,止血はsoft coagのeffect6.5を使用している.視野の狭い肛門管では肛門括約筋の影響で展開した良好な視野が得にくいことが多いが,先端透明フード(STショートフード;富士フイルム社,先端フード;オリンパスメディカルシステム社)を装着することで術野を展開することが可能となる(Figure 1).われわれは粘膜切開・粘膜下層剝離にDualKnifeJ(オリンパスメディカルシステム社)を主として使用しており,筋層が正面視されるような場合には先端ナイフを収納したまま通電するneedle-inテクニックを用いる.粘膜切開は,局注で隆起した粘膜にDualKnifeJを軽く押し当てながら切開を進める.いきなり全周切開を行うと粘膜下層の局注液が漏出し膨瘤を維持できないため,部分的に切開を加えて剝離操作をある程度行った後に粘膜切開を追加していくことがポイントである.線維化などにより粘膜下層へのアプローチが困難な場合にはS-O clip(ゼオンメディカル社) 10や糸付きクリップなどのカウンタートラクションを使用することもある.大きな病変で局注後の膨隆が十分で粘膜下層に対して並行にアプローチできる場合にはスピードアップのためにITknife nano(オリンパスメディカルシステム社)が有用である.また,大きな病変やヒダにまたがる病変ではpocket creation methodが有用でわれわれも愛用している 11

Figure 1 

視野確保のための先端透明フード装着.

a:STショートフード使用例.肛門括約筋の影響で展開した良好な視野が得られない状況でも良好な術野が確保できる.

b:痔核上の病変であっても正確に粘膜切開が可能である.

2)歯状線に接した下部直腸腫瘍に対するESDの工夫

①局所麻酔薬の使用(Figure 2):歯状線を境に肛門側に存在する扁平上皮領域には知覚神経が存在するため,局注する前に疼痛予防目的で病変肛門側の扁平上皮に1%塩酸リドカインを数ml局注し扁平上皮を麻酔することが必要である 8.②病変肛門側からの切開・剝離開始(Figure 3):歯状線に接した下部直腸腫瘍は,病変口側から粘膜切開・剝離を開始すると病変が歯状線側に引き寄せられ肛門管内の術野の展開が難しくなるため,必ず病変肛門側から切開・剝離を開始する 8.③浅い周辺粘膜切開と静脈叢の予防的止血:歯状線に接する領域は粘膜下層に静脈叢が発達しており,他の部位と比較して剝離中の出血が多い.肛門側の周辺粘膜切開は静脈叢を傷つけないよう浅く置き,静脈叢を視認しながら止血操作をこまめに行う.その際,止血鉗子を軽く押し当てソフト凝固電流を通電するだけでうっ血した静脈は容易に収縮する 10.④痔核合併例への対処(Figure 4).痔核がある場合も周辺扁平上皮上を浅く切開し痔核のトリミングを行う.痔核は粘膜下層深層に存在するため,痔核を傷つけないように剝離層に注意しながら粘膜下層剝離を行う.局注部位も痔核に局注針が刺さらないように浅めの局注を心がけ出血回避に務める.痔核を十分に露出させた後に,止血鉗子で血管をしっかり把持し凝固止血する.一旦痔核から出血させると止血に難渋することもあるため,こまめな予防的止血が重要である.

Figure 2 

疼痛予防目的に局所麻酔薬の使用.

a:歯状線に接する病変肛門側に疼痛予防目的で1%塩酸リドカインを局注する.

b:ヒアルロン酸ナトリウム(ムコアップ)局注後の膨隆.疼痛は認めない.

Figure 3 

病変肛門側からの粘膜切開・剝離と静脈層の処理.

a:DualKnifeJにて病変肛門側より浅く周囲切開を行うと,粘膜下層に静脈叢を認める.

b:止血鉗子を軽く押し当てることでうっ血した静脈は収縮し出血を予防する.

c:病変肛門側から切開剝離し,病変が直腸内に引き寄せられた状況にすることで,口側からの術野確保が容易となる.

Figure 4 

痔核合併例に対するアプローチ.

a:肛門側の扁平上皮上から浅く周辺切開,トリミングを行う.

b:痔核を視認しながら,血管を傷つけないように慎重に粘膜下層剝離を行う.

c:露出させた痔核を止血鉗子で凝固止血する.

Ⅳ 当科における痔核の有無別にみた歯状線に接する直腸腫瘍の治療成績

2006年7月~2018年12月に当科にてESDを施行した歯状線に接する直腸病変67症例67病変(男性25例,平均年齢69歳,平均腫瘍径48mm,腺腫30病変,Tis癌26病変,T1癌11病変)を対象とし,痔核を有する群(痔核あり群)45例と痔核を有しない群(痔核なし群)22例に分けて治療成績を検討した.なお,臨床病理学的背景は両群間で差を認めなかった(Table 1).治療成績をTable 2に示す.組織学的完全一括切除率は,痔核あり群96%(43/45),痔核なし群95%(21/22)であり両群間で差を認めなかった.不完全切除の3病変はいずれもESD導入初期の症例で,高度線維化合併や治療時間が長時間に及びスネアを併用した分割切除例である.平均術時間は,痔核あり群133分,痔核なし群139分で,後出血率は,痔核あり群13%(6/45),痔核なし群14%(3/22)と各々両群間に差を認めなかった.穿孔例は認めなかった.術後肛門痛は,痔核あり群18%(8/45),痔核なし群23%(5/22)で両群間に差を認めず,疼痛の訴えが強い患者に対してはNSAIDs内服に加えてヒドロコルチゾン坐剤あるいはリドカイン坐剤を使用し,いずれも数日で保存的に改善した.肛門狭窄は,痔核なし群の亜全周性の1例に認めたが,内視鏡的バルーン拡張術と用指的ブジーにて保存的に改善した.ESD後の排便機能低下は1例も認めなかった.ESD後の予後は,T1b癌10例に対して追加手術4例,化学療法(UFT内服)1例,経過観察5例であり,手術を施行した1例でESD1年後に多発肝転移,多発肝転移のため原癌死したが,その他の症例では再発・原病死例はなく,局所遺残再発例は1例も認めていない(平均観察期間36カ月).

Table 1 

ESDを施行した歯状線に接する直腸腫瘍の臨床病理学特徴.

Table 2 

歯状線に接する直腸腫瘍に対するESD治療成績.

Ⅴ 症例提示

77歳女性.Ra〜Rbの歯状線に接する全周性のLST-G結節混在型を認め(Figure 5-a~d),ESDを施行した.STショートフードにて病変肛門側の視野を確保し(Figure 5-e),1%塩酸リドカインを局注後にヒアルロン酸ナトリウムを局注し,DualKnifeJにて病変肛門側より粘膜切開を開始した(Figure 5-f).肛門側の周辺切開は浅く置き,静脈叢を視認しながら止血操作を頻回に行った(Figure 5-g).粘膜下層に対して平行にアプローチできる場合にはスピードアップと止血効果増強の目的でITknife nanoを併用した(Figure 5-h).ある程度粘膜下層剝離を行った後,スコープを反転して口側から剝離を進めた(Figure 5-i).粘膜下層には線維化と痔核を認め(Figure 5-j),予防的に止血鉗子で止血を行いつつ剝離を進めた.病変を一括切除し,術中の偶発症は認めなかった(Figure 5-k).切除標本は120×100mmであった(Figure 5-l).病理組織所見はwell differentiated adenocarcinoma,pTis,Ly0,V0,HM0,VM0であった(Figure 5-m).本症例は,治療後より軽度の肛門部痛を認めたが,数日で保存的に軽快し狭窄症状は認めなかった.現在まで局所遺残再発は認めていない.

Figure 5 

痔核を有する歯状線に接するLST-G結節混在型病変に対するESDの実際.

a:通常内視鏡像.Rbに約100mm大のLST-G結節混在型病変を認めた.

b:肛門管の内視鏡像.痔核を認めた.

c:NBI拡大観察像.病変の中心部の粗大結節はJNET分類Type 2Bと診断した.

d:色素拡大観察像(クリスタルバイオレット染色).同部はVI型pit pattern(高度不整)と診断した.

e:STショートフードにて病変肛門側の視野を確保した.

f:1%塩酸リドカインを局注後にヒアルロン酸ナトリウム(ムコアップ)を局注し,DualKnifeJにて病変肛門側より粘膜切開を開始した.

g:肛門側の周辺粘膜切開は浅く置き,静脈叢を視認しながら止血操作をこまめに行った.

h:粘膜下層に対して並行にアプローチできる状況ではスピードアップと止血能増強目的でITknife nanoを用いた.

i:スコープ反転操作にて病変口側の粘膜切開を行った.

j:粘膜下層内の痔核を視認し止血鉗子にて凝固止血を行いながら,粘膜下剝離を進め,病変を一括切除した.術後疼痛,狭窄は認めなかった.

k:ESD後の潰瘍底.

l:ESD標本(120×100mm).

m:HEルーペ像(粗大結節部).

tub1,pTis,Ly0,V0,HM0,VM0で治癒切除であった.

Ⅵ おわりに

歯状線に接した下部直腸腫瘍に対するESDのコツを当科の治療成績も含めて解説した.大きさや周在性を含めた病変の臨床病理学的特徴,内視鏡医の技量,スコープ操作性,予測される所用時間,各施設の状況などに応じてESDの適応を設定し,適切な手技の工夫を行うことで,痔核の有無に関わらず安全に施行可能である.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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