日本消化器内視鏡学会雑誌
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手技の解説
IT knife nanoを用いた食道ESDのコツと実際
阿部 清一郎 小田 一郎斎藤 豊
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2020 年 62 巻 4 号 p. 490-496

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要旨

IT knife nanoは,食道・大腸の内視鏡的粘膜下層剝離術(endoscopic submucosal dissection:ESD)用のデバイスとして開発され,IT knife 2と比較して先端のセラミックチップが小さくなり,ブレードが短くなった.IT knife nanoはスペースの狭い食道においても粘膜下層への挿入が容易であり,筋層方向へのスパークを抑え穿孔を予防しつつスピーディな切開剝離操作が可能である.

当科では,C字型の粘膜切開を行った後にIT knife nanoのロングブレードを用い左壁側の粘膜下層を直視下に内側から外側に引き上げて粘膜下層剝離を行っている.その後全周切開を行った後に糸付きクリップを用いると,良好なトラクションが得られ粘膜下層の辺縁が明瞭に認識できるため,安全かつ短時間での粘膜下層剝離が可能となる.

デバイスの改善,手技の工夫によって食道ESDは安全に行われるようになってきた.しかし,線維化が強い症例は技術的に難しく穿孔のリスクが高いため,熟練医によってなされるべきである.

Ⅰ はじめに

内視鏡的粘膜下層剝離術(Endoscopic Submucosal Dissection:ESD)は,当初は早期胃癌に対して開発されたが,その後処置具の開発や治療技術の進歩に伴い食道表在癌にも応用され,2008年に保険収載された 1),2.食道ESDは部位や大きさにかかわらず一括切除を可能とし,外科手術と比較すると低侵襲,機能温存の点で優れた局所治療として認められているが,手技的難易度が高く熟練を要する治療法である.食道ESDに使用するデバイスは主にIT knife系と先端系に大別されるが,本稿では当院で施行しているIT knife nanoを用いた食道ESDの実際について述べる.

Ⅱ 当院における食道ESDの使用デバイス,高周波装置,鎮静

①IT knife nano

食道は管腔が狭いため,従来のIT knife 2では絶縁体セラミックチップを粘膜下層に潜り込ませることが困難であった.加えて食道は胃と比較して壁が薄いため,IT knife 2では3本ブレードのスパークが強く,筋層露出や穿孔を来しやすいことが問題点であった.

小野,斎藤,山口らは,上記の問題を改善するためにIT knife nano(KD-612,オリンパス株式会社)を開発した.IT knife nanoは,IT knife 2と比較して先端のセラミックチップが2.2mmから1.7mmと小さくなり,ブレードが4.0mmから3.5mmへと短くなったため,スペースの狭い食道内腔においても粘膜下層への挿入性が向上した.また,セラミックチップ裏のショートブレードは3本ブレードから小型の円形ブレードへと改良された.これらのナイフ形状の改善により,筋層方向へのスパークを抑え穿孔を予防しつつスピーディな切開剝離操作が可能となった(Figure 1 3

Figure 1 

IT knife nano.

しかし,先端セラミックチップは絶縁体であるため,前方方向への粘膜切開ができず,横方向の粘膜切開は操作に工夫が必要である.また,先端系デバイスと比較して電極面積が大きいため,瘢痕領域をシャープに剝離することはやや難しい.当科では手技の安全性を考慮して,主に横方向の粘膜切開や瘢痕領域の粘膜下層剝離に対して先端系デバイスであるDual knife J 1.5mm(KD-655,オリンパス株式会社)を併用している.

②使用スコープ,局注液,高周波装置

スコープは基本的に治療用上部消化管内視鏡であるGIF-Q260J(オリンパスメディカル社)を用い,頸部食道や内視鏡治療後の狭窄などスペースが狭い領域においては,適宜外径の細いGIF-Q260あるいはH290を選択している.先端フードはエラスティックタッチ(Sサイズ,トップ社)を使用し,局注液はムコアップ(Boston Scientific社)を生理食塩水(20万倍希釈:生食500ml+アドレナリン2.5ml+インジゴカルミン注20mg[1A:5ml])で半分に希釈して用いている.なお,患者の腹部膨満,穿孔時の縦隔気腫の軽減を目的として全例CO2送気を使用している 4.高周波装置はESG-100(オリンパスメディカル社)あるいはVIO300Dを使用しており,それらの設定はTable 1に示す.

Table 1 

食道ESDの高周波発生装置の設定.

③鎮静

食道ESDは胃ESDと比較して技術的難易度が高く対象臓器の管腔が薄いため,より安定した鎮静下で処置を行う必要がある.しかし,食道癌の患者は胃癌の患者と比較して大酒家が多く,ESDにおける麻酔管理が難しい症例が多い.当科ではプロポフォールを用いた非挿管静脈麻酔を行っており,食道ESDにおいても卵や大豆にアレルギーを有する患者を除く全例でプロポフォールを用いている.頸部食道癌症例や腫瘍径が大きく時間を要する症例,併存疾患のために臓器機能が低下している症例においては安全性を考慮して全身麻酔管理での食道ESDを行っている.

Ⅲ IT knife nanoを用いた食道ESDの手順 コツと注意点

①口側,肛門側の横方向粘膜切開

まず,ヨード撒布下にマーキングを行った後に病変の口側,肛門側にDual knife Jを用いて粘膜切開を行う(Figure 2-a,b).生理食塩水を局注して粘膜下隆起を確認した後に,1/2に希釈したムコアップを局注する.その際,送気を最小限にして一点に十分な局注を行い良好な粘膜下隆起を得ることが重要である.最初の粘膜切開時には確実に粘膜筋板を切離しておくように留意している.粘膜筋板は白色の線状組織として認識されるが,粘膜切開が浅く粘膜筋板が残ってしまうと,その後の切開深度の調節が難しくなる.特に肛門側の粘膜切開を確実に行っておくことは,後の切開・剝離の際に適切な深度を得るためのみならず,粘膜下層剝離の際のエンドポイントを設定するために非常に重要である(Figure 2-c,d).

Figure 2 

IT knife nanoとdual knifeを用いた粘膜切開(症例 70歳代男性 胸部中部食道右壁50mm大3/4周性 0-Ⅱc病変).

a:ヨード撒布像.

b:マーキング後.

c:dual knifeを用いた口側の粘膜切開.

d:dual knifeを用いた肛門側の粘膜切開.

e:IT knife nanoを用いた縦方向の粘膜切開.

f:縦切開終了後.

g:C字切開終了後.

②左側縦方向の粘膜切開

食道ESDは左側臥位で行うため,重力の影響で水や血液は左壁側に貯留しやすく,また剝離した領域は展開しづらい.一方で右側の切開,剝離した領域は重力により自然に展開する.食道ESDにおいては,安易に右壁側から粘膜切開・剝離を開始すると徐々に病変はより困難な左壁側にシフトするため,最後に左壁側を残すと終盤の粘膜下層剝離が非常に難渋する.視野確保が不十分なままで無理な内視鏡操作を行うと思わぬ穿孔にもつながりかねない.

従って,当科では縦方向の粘膜切開,粘膜下層剝離は必ず左壁側から行うようにしている.左壁側の病変においても,常に重力の方向を考慮して切除困難な方向に病変がシフトしないように心がけている.食道の粘膜層は薄く,かつIT knife nanoのロングブレードは根元よりも先端部の切開性能が高いため,食道ESDの粘膜切開では,胃ESDのようにロングブレード全体を粘膜側に強く押しつける必要はない.むしろ,適切な切開深度を得た後は,ナイフを軽く浮かせてロングブレードの手前1/3が見える程度で奥から手前に引き切りを行うことにより十分な粘膜切開が行える(Figure 2-e,f).また,口側の横方向の粘膜切開の際にはIT knife nanoを過度にひねると危険であるため,十分な追加局注を行ったうえで左右アングル4を併用しながらC字型の粘膜切開を終了させる(Figure 2-g).

③左側の粘膜下層剝離(口側〜左側)

C字型の粘膜切開の後に口側から左側の粘膜下層剝離を行う.前述の通り,左側は重力の影響で水が貯留しやすいため,この部分は先に剝離してできるだけ病変を右側にシフトさせておくことが後の処置を安全に行うためには非常に重要である.

食道の粘膜下層は疎で柔らかく,先端セラミックチップ裏の小型円形ブレードを直視下に粘膜下層に軽く押し当てて通電することにより,容易に剝離できる(Figure 3-a).さらに,IT knife nanoのロングブレードを粘膜下層にフックして直視下に内側から外側に向けて粘膜下層剝離を行う(Figure 3-b).この際,フックした粘膜下層を内腔則に引き上げながら剝離する.この操作はフックナイフによるアームカットに類似しており,穿孔を予防しつつスピーディな粘膜下層剝離を行うことができる.また,その際にそのままスコープを時計回りに回転するだけではなく,左右アングルも調節しつつスコープを押し進めながら剝離をすることにより縦方向の剝離も連続的に行える(Figure 3-c).上述した粘膜下層剝離は粘膜下層の辺縁,いわゆる「とっかかり」から中心に向かって剝離するIT knifeの基本操作とは異なるものではあるが,管腔の狭い食道でのESDを安全かつ効率的に行うためには非常に有用なテクニックである 5.この際,左壁側辺縁のみの粘膜下層剝離にこだわると肛門側に進むにつれて徐々にスペースが狭くなり視野確保が困難となるため,口側中央側の粘膜下層も剝離して左奥斜め方向の剝離を心がける.口側がある程度剝離できると,剝離済みスペースを利用して肛門側に潜り込むことがより容易となる(Figure 3-d).

Figure 3 

IT knife nanoを用いた粘膜下層剝離(Figure 2と同一症例).

a:IT knife nanoのセラミックチップ裏の円形ブレードを利用した粘膜下層剝離.

b:IT knife nanoを用いた内側から外側にかけての粘膜下層剝離.

c:ブレードの押しつけを利用した縦方向の剝離.

d:左肛門側の粘膜下層剝離.

e:病変裏側への糸付きクリップの留置.

f:糸付きクリップを用いたトラクション法.

g:剝離済みスペースからの粘膜下層剝離.

h:切除後潰瘍.ESD後に狭窄予防にトリアムシノロン100mgを局注した.

i:切除検体:SCC,50×46mm,T1a-MM,ly(+),v(-),HM0,VM0であった.今後追加治療を予定している.

なお,食道ESDにおいては,粘膜下層剝離が進むにつれて病変は重力の影響で左側,肛門側にシフトしやすい.このため,狭い管腔内で左側ならびに肛門側の処置を残してしまうと,剝離の終盤で粘膜下層やその剝離深度を認識することが極めて困難となる.筆者らはこの状況を回避するために,左壁側の粘膜下層剝離は可及的に肛門縁まで終え,その後に全周切開を行っている(Figure 3-d).

④中心部から右壁側の粘膜下層剝離

食道ESDにおいて狭い管腔内で適切なトラクションを得ることは安全な治療を行ううえで非常に有用である.当科では上述の③の処置と全周切開を終えた後に,糸付きクリップによるトラクション法を使用している.患者の体外でEZ clip(オリンパス株式会社)を装着した鉗子を鉗子孔よりスコープ先端より少し出してクリップの柄の間にデンタルフロスを結びつける.続いて糸付きクリップをスコープ内に引き入れてからスコープを食道に挿入し,糸付きクリップを検体口側につける.この際,検体表面の損傷を避けるため,クリップを横方向に展開して可能な限り病変の裏側にクリップをつけている(Figure 3-e).

糸付きクリップを留置してスコープを粘膜下層に潜り込ませた後にデンタルフロスを牽引すると,良好なトラクションが得られ粘膜下層の辺縁が明瞭に認識される 6.特にFigure 3-dに示す剝離が十分に行われていれば,牽引された粘膜下層の辺縁を視認できる(Figure 3-f).この段階まで処理ができると筋層の走行も十分に認識できるため,胃ESDにおけるIT knife 2同様にロングブレードを用いた効率の良い粘膜下層剝離が可能となる.IT knife nanoのセラミックチップの裏を牽引された粘膜下層辺縁に接触させ,セラミックチップを視認しつつブレードを直視下で筋層と平行(外側から内側)に動かすことにより,肛門側まで良好なトラクションを維持したまま切除を終了する(Figure 3-g~i).

Ⅳ 食道ESDを安全に行うための注意点

食道は管腔が狭いため,良好な視野を得るべく無意識に送気しがちになってしまう.送気をし過ぎると病変部が伸展してしまい,粘膜下層に潜りづらくなり直視下の内視鏡操作が困難となるだけではなく,粘膜層と粘膜下層が伸展して薄くなるため,穿孔のriskも高くなる.局注による粘膜下隆起を保ち,安全で確実な食道ESDを行うためには,送気量は通常の内視鏡観察時よりも少ない方が良い(Figure 2-g).また,良好な粘膜下隆起を維持するために,隆起した粘膜下層をアタッチメントやスコープで押しつけ過ぎないことも重要である.また,ナイフに炭化した組織が付着すると切開,凝固能が低下するため,適宜拭き取る必要がある 7

Ⅴ おわりに

食道ESDは胃ESDと比較すると手技的には難しいが,ストレートな管腔内の処置であるため,手技的なバリエーションは少ない.そのため,一度コツを掴むとその後の上達は早い.当科では上述の方法で胃ESD 50例以上の経験を有する若手医師がIT knife nanoを用いた食道ESDトレーニングを行っているが,施行時間83分,一括切除率100%,穿孔率2.8%で,検索可能例での完遂率は54%(30/56)であり,良好なラーニングカーブを実現している 8

IT nanoは食道ESDにおいては非常に有用なデバイスであり,上述の基本手技をマスターすることにより,穿孔を予防しつつスピーディな処置が可能である.また,全周性病変や広範な病変においてはトンネルを作成することも可能である 9.さらには,切除手順を工夫してトラクション法を利用することにより,さらなる安全性の向上,施行時間の短縮が期待できる.しかしながら,化学放射線療法後あるいはESD後の瘢痕近傍の病変など線維化が強い症例は技術的に難しく穿孔のリスクが高いため,熟練医によってなされるべきである.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:阿部清一郎,小田一郎,斎藤 豊(オリンパス株式会社)

文 献
 
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