日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
S状結腸軸捻転症に対する内視鏡的整復術を契機に発症した腸間膜血腫の1例
麻生 喜祥 橋本 佳和下位 洋史岡田 夢阿部 展次
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2020 年 62 巻 5 号 p. 563-569

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要旨

症例は82歳,男性.腹部膨満と腹痛のため前医を受診した.S状結腸軸捻転症と診断され,内視鏡的整復術が試みられたが,整復は困難で脱気のみで終了した.当院へ転院し,内視鏡的整復術を行い,捻転を解除し得た.整復後第5病日に腹部膨満と下腹部痛が出現し,CTでS状結腸から直腸に浮腫状の壁肥厚がみられ,この腸管に沿うように等吸収領域を呈する5cm大の腫瘤性病変を認めたため,腸間膜血腫と診断した.筋性防御があり開腹手術を施行したところ,直腸からS状結腸間膜内に血腫を認め,S状結腸切除と下行結腸人工肛門造設術を施行した.内視鏡的整復術後の腸間膜血腫形成例は極めて稀であるが,知っておくべき病態と考えられたので報告する.

Ⅰ 緒  言

腸間膜血腫は腸間膜内に出血を来し,腫瘤を形成する病態である.その原因は外傷や医原性,出血性素因,血管病変,特発性などとされている 1.今回われわれはS状結腸軸捻転症に対する内視鏡的整復術を契機に発症した腸間膜血腫形成例を経験した.本病態の報告例は極めて少なく,供覧に値すると考えられたので報告する.

Ⅱ 症  例

患者:82歳,男性.

主訴:腹部膨満,下腹部痛.

既往歴:認知症(ADL自立).

常用薬:ドネペジル塩酸塩(5)1T分1朝食後.

現病歴:数日前からの腹部膨満と下腹部痛で前医を受診し,腹部単純X線検査にてcoffee bean signがみられ(Figure 1),腹部骨盤部造影CT検査では結腸の拡張と捻転部のbeak sign(Figure 2)を認めたためS状結腸軸捻転症と診断された.内視鏡的に整復を試みたが,整復は困難でS状結腸内の消化管ガスを脱気して終了した.翌日に当院消化器内科へ転院し,内視鏡的整復術を施行した.捻転部のすぐ口側のS状結腸に発赤の散在を認めたが(Figure 3),内視鏡的に整復を行い,処置時間20分で円滑に終了した.その際,増強する腹痛などの訴えは無く,腹部膨満感の改善を認めた.整復後のX線検査ではcoffee bean signは消失し,消化管ガスは著明に減少した.しかし,整復後第5病日に突然の腹部膨満と下腹部痛が出現し,腹部骨盤部単純CT検査でS状結腸から直腸の間膜内に腫瘤性病変を認めたため(Figure 4),腸間膜血腫が疑われ,外科へ紹介された.

Figure 1 

腹部単純X線画像.

整復前.結腸は拡張し,coffee bean signを認めた.

Figure 2 

腹部骨盤部造影CT画像(整復前).

結腸の拡張と消化管ガスの貯留がみられた.捻転部のbeak sign(矢印)を認めた.

Figure 3 

大腸内視鏡写真.

捻転部口側.血行障害はないが,捻転部のすぐ口側のS状結腸に発赤の散在を認めた.

Figure 4 

腹部骨盤部CT画像(内視鏡的整復後第5病日).

S状結腸から直腸にかけて浮腫状の壁肥厚がみられ(矢頭),この腸管に沿って等吸収領域を示す5cm大の腫瘤性病変(矢印)がみられた.

現症:身長172cm,体重57.4kg,体温37.3℃,血圧125/78mmHg,脈拍88回/分.下腹部を中心に腹部膨満があり,圧痛と反跳痛および筋性防御を認めた.

臨床検査成績:血液生化学検査ではHb 9.6g/dLの貧血とPlt 13×104/μLの血小板減少およびWBC 9,600/μL,CRP 14.83mg/dLと炎症反応上昇とBUN 29.9mg/dL,Cr 1.39mg/dLの腎機能障害を認めた.

腹部骨盤部単純CT検査(内視鏡的整復後第5病日):S状結腸から直腸の壁は浮腫状に肥厚し,腸管に沿うように出血を疑う等吸収領域を示す5cm大の腫瘤性病変を認め(Figure 4),同部位の腸間膜血腫と診断した.

下腹部中心の膨満と腹膜刺激症状があり,腸管血流障害の合併も否定できないため,緊急手術の方針とした.

術式および手術所見:下腹部正中切開で開腹.暗血性の腹水を少量認めたが,腹腔内出血は認めなかった.直腸,S状結腸間膜内に広範な血腫を認め(Figure 5),直腸・S状結腸間膜内出血と診断した.S状結腸の腸間膜を切開し血腫を約1,000g除去したが,出血点は同定できなかったため,血腫を含めた結腸切除の方針とした.腹膜翻転部直上からS状結腸・下行結腸約45cmを切除し,下行結腸人工肛門造設術を施行した.術中出血量は血腫を含め1,640gであった.術中に赤血球濃厚液8単位と新鮮凍結血漿4単位を輸血した.

Figure 5 

術中写真.

S状結腸から直腸にかけて浮腫状に肥厚し,S状結腸間膜は出血により赤く色調変化していた.

切除標本肉眼所見:肛門側腸管の粘膜面は暗く色調変化していたが,腸管壊死は認めなかった.内視鏡的整復時に観察された発赤部はみられなかった.S状結腸間膜には広範な血腫が認められた(Figure 6-a).

Figure 6 

a:切除標本粘膜面.肛門側腸管は暗く色調変化していた(矢印).壊死は認めなかった.

b:切除標本病理組織像(色調の暗い肛門側腸管部,H. E.染色).粘膜下層以深に出血がみられるが(大枠),粘膜上皮は全体的に保たれている.出血は深部ほど高度で,結腸間膜内には血腫が形成されていた.

病理組織学的検査所見:色調の暗い肛門側腸管部では粘膜下層以深に出血がみられるが,粘膜上皮は全体的に保たれていた.出血は深部ほど高度で,結腸間膜内には血腫が形成されていた.血管閉塞や血栓塞栓症,高度の動脈硬化症は認めなかった(Figure 6-b).

術後経過:術後4日間の人工呼吸器装着を伴う集中管理を要したが次第に改善し,術後10日目には食事を開始した.リハビリテーションを行い,術後50日目に軽快退院した.

Ⅲ 考  察

S状結腸軸捻転症は腸間膜を軸としてS状結腸が捻じれ,回転することにより腸閉塞を来す疾患で,全腸閉塞症の原因の3~8%を占める 2

『消化器内視鏡ガイドライン第3版』 3によると,全身状態が安定したS状結腸軸捻転症では診断と治療を兼ねた緊急内視鏡検査が有用であると明記されている.しかし腸管穿孔や腸管壊死が疑われる場合や,全身状態の悪い症例においては,内視鏡的整復術は禁忌とされており,手術治療が第一選択とされる 3

一方,腸間膜出血とは,腸間膜を走行する血管や,近傍に存在する臓器,器官から,血球を含む全血成分が腸間膜内に逸脱した状態を指し,出血が腸間膜内にとどまり腫瘤を形成した状態は腸間膜血腫と称し,腹腔内に漏出した状態は腹腔内出血と表現される 4

腸間膜血腫の原因は,①外傷性,②医原性,③出血性素因,④血管病変,⑤特発性があげられる.頻度は外傷が最も多い 5.医原性では血管造影や手術操作によるものが多く報告されている.また,抗凝固療法中の患者では腸管の粘膜下層に出血が生じ,それが漿膜側に波及し,腸間膜内に出血を起こすと報告されている 6.出血性素因では血友病やRendu-Osler病などの血液疾患に伴う凝固能異常によるもの,あるいは腸間膜動脈瘤破裂によるものが報告されている 7),8

本邦の消化器内視鏡関連の偶発症全国調査 9において,大腸内視鏡検査の偶発症の頻度は0.01%であり,そのうち記載のあった内容では穿孔が最も多く,出血や裂傷,血圧低下,ショックなどがそれに続く.治療的内視鏡では偶発症の頻度は0.7%であり,そのうち腫瘍治療の場合が最も多く,ついでERCP関連の治療手技,止血治療とされる.しかし,S状結腸捻転解除に伴う記載はみられなかった.

大腸内視鏡による腹腔内出血は,腸間膜の過度の牽引による腸間膜損傷や,腹腔内癒着による過度の牽引により起こる.Slide-by, alpha-maneuver,およびS状結腸の直線化のような操作は大腸内視鏡において一般的ではあるが,場合により腸間膜の張力を増加させ,出血をもたらす可能性があるため注意を要するとされている 10.本症例は以前に開腹既往は無く,捻転時のCT検査では動脈瘤などの血管構造の異常はみられなかった.内視鏡的整復術は腸間膜を強く牽引した可能性は無く,円滑に行われた.整復後は禁食にて経過観察をしており,排便は整復後2日目までは軟便が2回ずつ出ており,整復後3日目からは1回ずつ出ていた.病理組織学像では通常虚血に弱いとされる粘膜上皮が保たれおり,血栓・塞栓・高度の動脈硬化は認めなかった.このため本症例において,想定される腸間膜血腫の発生機序としては,S状結腸軸捻転症による部分的な血管の損傷や脆弱化により,捻転の解除に伴う血流の再開に耐え切れなくなった血管が破綻して出血し,時間をかけて大きな血腫を形成したと考えられた.切除標本の粘膜面で色調変化の境界が明瞭であった原因としては,出血の範囲が色調変化境界部より肛門側では粘膜下層から結腸間膜までみられており,境界部から口側では漿膜下層以深のみであった.この壁内での出血の範囲に差があったことにより,切除標本粘膜面からは境界部として観察されたと考えられた.

捻転解除後の血腫報告例を医中誌およびPubMedで検索したが,見当たらなかった.大腸内視鏡検査あるいは処置後に腹腔内出血や血腫を発症した症例は医中誌およびPubMedで12例 10)~21であった(脾臓出血や処置による消化管出血を除く).これら12例と自験例を含む13例を集計すると(Table 1),性別は男性8例,女性4例,記載の無かったものが1例であった.平均年齢は62歳(20歳~84歳)で中年以降の発症が多く,40歳未満での発症例は1例のみであった.腹痛や腹部膨満感で発症することが多く,発症時期は検査中から翌日にかけてが多くを占めた.しかし検査より14日後に腹部膨満感が増強して発症したとの報告 11もあり,大腸内視鏡後には比較的長い期間,このような合併症が起こり得ることに留意すべきであろう.また,13例のうち腸間膜出血・血腫と診断された報告は7例(54%)であり,その好発部位は下行結腸からS状結腸周囲が6例(46%)と多くを占めた.13例に行われた治療をみてみると,開腹止血術6例,腸切除2例,腹腔鏡下止血術2例であり,手術を要した症例が多く,保存的加療は3例と少なかった.

Table 1 

大腸内視鏡検査あるいは処置後に腹腔内出血や血腫を発症した報告例(脾臓出血や処置による消化管出血を除く).

腸間膜血腫による腹痛の要因は,血腫形成による神経刺激や,血腫による腸閉塞,腸管麻痺に起因すると考えられる.腹部の腫瘤触知は腹痛発症の数日後に現れることが多い.嘔吐や便秘の他,腹腔内出血によりショックに至った症例も報告されている 22

腸間膜血腫の診断にはCTが用いられることが多い.自験例のCT検査では,S状結腸から直腸にかけて浮腫状の壁肥厚と,この腸管に沿う間膜内等吸収値を呈する腫瘤性病変が認められたため,腸間膜血腫と診断し得た.

腸間膜血腫の治療に関しては,進行が遅くて血腫が小さく,症状が軽い症例,腸管虚血が否定できる症例では内科的・放射線学的治療(経過観察やIVR 12),23など)も考慮され得る.一方,外科治療の適応は,症状が強い症例,腸管虚血が疑われる症例,急激に貧血が進行する症例,腸管の通過障害を伴う症例,腫瘍性病変との鑑別が困難な症例などとされる 1),23

本症例では内視鏡的整復術後数日間の無症状期間を経て,第5病日の有症状化の原因となる大きな腸間膜血腫を形成したものと考えられる.検査・処置にかかわらず,大腸内視鏡施行後の腹痛の原因として,このような遅発性に起こる稀な偶発症も考慮し,内視鏡施行後数日は注意深い観察を要し,腹部膨満や腹痛などの臨床症状がある場合には,本症も念頭に置いた積極的な血液生化学検査や画像診断を要することが示唆された.

Ⅳ 結  語

S状結腸軸捻転症に対する内視鏡的整復術後に発症した腸間膜血腫の1例を経験した.診断目的の大腸内視鏡検査や内視鏡的整復術後に発症する腸間膜血腫は稀な病態であるが,起こり得る続発病態として内視鏡医が知っておくべきものと考えられた.

本論文の要旨は第832回外科集談会(2014年3月8日)で発表した.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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