日本消化器内視鏡学会雑誌
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手技の解説
大腸憩室出血における新たな責任憩室同定法―“step clipping”法―(動画付き)
青山 大輝 永田 信二
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電子付録

2020 年 62 巻 5 号 p. 572-578

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要旨

大腸憩室出血症例において,腹部造影CT検査における造影剤の血管外漏出像(extravasation)は次いで行われる内視鏡検査に有用な情報を提供するが,実際に内視鏡による責任憩室同定率は期待するほど高くない.それは,内視鏡検査ではCT検査ほどの客観的な位置把握が難しく,被疑部位を正確に探せていないことによる.“step clipping” 法は,クリップを用いてCT画像,内視鏡画像で共通に認識および対比可能な標識を作ることで内視鏡検査に正確な位置情報を付与する技術である.それにより出血源診断率の向上のみならず,内視鏡での探索範囲限定による検査時間の短縮が期待できる.

Ⅰ はじめに

高齢化に伴う併存疾患や服薬数の増加に伴い大腸憩室出血を診療する機会は明らかに増加している.大腸内視鏡検査は大腸憩室出血症例の診断に第一選択とされているが 1,間欠的な出血形式をとり,かつ多発する憩室の中から責任憩室を同定するには困難も伴う.内視鏡での責任憩室同定率向上のため,これまで様々な工夫がなされてきた.例えば,症状発現後に行う内視鏡検査のタイミングを早めたり,経口腸管洗浄剤を使用し内視鏡の視認性を高めたりするものである.また,造影CT検査と内視鏡検査を組み合わせる診断方法もあり,特に造影剤の血管外漏出像(extravasation)は憩室出血の診断や,具体的な出血部位の描出といった有益な情報を提供する.

Ⅱ 造影CT検査と内視鏡診断

下部消化管出血症例の診断系統に造影CT検査を組み込むことの有用性はすでに証明されており,特に造影剤の血管外漏出像(extravasation)を捉えることは消化管出血の確診的所見であり,出血部位を解剖学的に把握するのに大いに役立つ.実際にextravasation描出例での大腸内視鏡の出血源同定率は50.0〜68.3%で,非描出例の同定率20.2〜36.3%と比較して高い 2.そもそもextravasationのある大腸憩室出血症例では責任病変同定がほぼ全例でできそうなものであるが,実際には2/3程度の症例しか同定できていない現実がある.それには,大腸憩室出血特有の疾患特性と内視鏡検査の弱点が関与していると思われる.大腸憩室出血は間欠的な動脈出血の様式をとるため,たとえ造影CT検査時に出血があっても(Figure 1-a,b),内視鏡検査時に自然止血してしまうと責任病変を多数の憩室の中から同定することが難しい(Figure 1-c,d).さらに内視鏡検査では実際のCT検査ほどの正確で客観的な位置把握が難しいことが原因である.

Figure 1 

大腸憩室出血イメージ.

a:多発する憩室のうちのひとつから出血がみられる.

b:活動出血しているタイミングであれば造影CT画像でextravasationが描出される.

c:自然止血後.

d:自然止血後に内視鏡で多発する憩室の中から責任憩室を探すことは難しい.

Ⅲ “step clipping” 法の概念

大腸の形状にはかなり個人差があり,内視鏡的に絶対的な位置指標となるものは盲腸と直腸くらいである.例えば「上行結腸の中心」「S状結腸の中心」をすべての症例において内視鏡で正確に特定することは困難である.しかし,CT画像と内視鏡画像で共通に認識可能な目印(Figure 2-a,b)があれば内視鏡のそういう弱点を克服することができる.“step clipping”法 3は,マーキングクリップを用いて大腸に人為的な指標を作り出し,それにより内視鏡検査中の客観的な位置把握を可能にする方法である.

Figure 2 

自然止血後イメージ.

a:多発する憩室の中に人工的な目印.

b:その目印が内視鏡像に反映できればよい.

Ⅳ “step clipping” 法の適応

「造影CT検査にてextravasationが描出され,かつ大腸内視鏡検査時には自然止血している症例」が適応となる.造影CT画像にextravasationが描出されない症例にこの方法は適応できない.また,大腸内視鏡検査時に活動出血があれば直接止血術を行えばよいのでこの方法を使う必要がない.

Ⅴ “step clipping” 法の実際

ⅰ)当院で使用している器材

CT装置:64列マルチスライスCT Somatom Definition Flash(シーメンス社).

内視鏡:PCF-Q260AZI(オリンパス社),CO2送気.

アクセサリー:透明フードElastic touch(TOP社),ウォータージェット,マーキングクリップHX-610-090(オリンパス社).

経口腸管洗浄剤:モビプレップ(EAファーマ).

ⅱ)検査の流れ

当院で行っている “step clipping” 法の実際を示す.入院時に撮影した造影CT画像にextravasation(Figure 3-a,b)が認められた場合には,平日の日中に経口腸管洗浄剤による前処置を行った後に1回目の大腸内視鏡検査を施行する.内視鏡検査中に活動出血がなければ被疑部位を中心に5cm間隔でマーキングクリップを留置していく(Figure 4-a,b).留置する範囲は,内視鏡的に盲腸,肝彎曲部,脾彎曲部を参考にして決定していくが,肝彎曲や脾彎曲の形状は個人差があり,明確でない症例もある.留置するクリップ数は,確信度にもよるが当院では5~10個となることが多い.中央に位置するクリップを他と区別するためダブルクリップにしておくと後でわかりやすい.クリップ留置を行う際には大腸内の環境変化を少なくするため,憩室の検索行為は最小限に留める.クリップ留置後はすみやかにスコープを抜去し,2時間後に単純CT検査を施行する.これは大腸内のCO2が排出,体内吸収されるなどして大腸が元の状態に戻るために十分な時間と考えているからである.その単純CT画像で責任憩室(入院時の造影CT検査でextravasationがあった憩室,Figure 5-a)を同定する(Figure 5-b).その責任憩室と留置されたクリップとの位置関係を評価する.入院時の造影CT,クリップ留置後の単純CT画像は,ともに1mmスライスで評価することが重要である.多くの憩室は数mmサイズであるため,細かい分析には5mmスライスでは不十分である.必要に応じて矢状断や冠状断も追加し,責任憩室とクリップの位置関係を空間的に把握するよう努める.責任憩室までの辿り方としては,近傍の特徴的な構造物(便の詰まった憩室やサイズの大きな憩室など)を参考にする.このCT画像の対比評価こそが “step clipping” 法の真髄であり,その内容が後に行う内視鏡での責任憩室同定率や検査時間に大きく影響する.よって,CT画像の解析は可能であれば複数人で議論して結論を出すことが望ましい.その評価を元に2回目の大腸内視鏡検査を行い,留置されたクリップの位置関係を参考にして責任憩室を同定する.それは,「探す」というよりは「導かれる」といったニュアンスに近い.

Figure 3 

上行結腸憩室にみられるextravasation.

a:体軸断面(青矢印).

b:矢状断面(青矢印).

Figure 4 

step clipping法の実際.

a:被疑部位を中心にマーキングクリップを数個留置する.

b:マーキングクリップ留置後のイメージ(CTスカウト画像).

Figure 5 

step clipping法の実際(画像の対比).

a:内視鏡検査前の造影CT画像,extravasationを認める責任憩室が描出されている(青矢印).

b:マーキングクリップ留置後の単純CT画像,責任憩室(青矢印)は③クリップのやや肛門側,対側に位置することがわかる.

ⅲ)症例(電子動画 1

電子動画1

Figure 345で示されるように,造影CT画像で上行結腸に多発する憩室のひとつにextravasationが認められた.大腸内視鏡検査時に自然止血しており,上行結腸にマーキングクリップを7つ留置した(3番目をダブルクリップ).“step clipping”前後のCT画像比較にて,責任憩室は3番目のクリップのやや対側,肛門側にあると診断し,内視鏡で検索する範囲を事前に絞ることができた(Figure 6).2回目の大腸内視鏡検査にて,露出血管を伴う責任憩室をすみやかに同定した(Figure 7).検索時間は3分であった.1回目の大腸内視鏡検査でかかった時間は15分(挿入5分,クリップ留置8分)で,2回目の大腸内視鏡検査でかかった時間も15分(挿入5分,検索3分,治療7分)であり,比較的短時間のうちに決着した.

Figure 6 

内視鏡画像での被疑部位.

赤範囲のみを検索すればよいということになる.

Figure 7 

責任憩室.

憩室底部に露出血管が描出されている(青矢印).

Ⅵ “step clipping” 法の成績

当院では2017年6月以降,造影CT画像でextravasationを認めた大腸憩室出血症例には,内視鏡検査適応外症例を除きすべて “step clipping” 法を行っている.2019年12月まで31例に施行し,部位別には,上行結腸15例,横行結腸4例,下行結腸4例,S状結腸8例である.内視鏡による責任憩室同定率は94%(29/31),検索時間の中央値は5分(1-58分),総検査時間の中央値は33分(16-85分)である.

Ⅶ “step clipping” 法の運用

大腸憩室出血は救急疾患であるため入院のタイミングはコントロールできない.入院時の造影CT画像でextravasationを認めればこの方法が成立するので,入院が夜間休日であった場合には平日の日中までは保存的加療を行う.平日の朝に経口腸管洗浄剤で前処置を行う.12-13時に1回目の内視鏡検査でマーキングクリップ留置を行う.15時に単純CT検査を行い,その画像を評価した後に2回目の内視鏡検査で責任憩室同定を行う.

緊急内視鏡検査を積極的に行っている施設であれば,出血源の同定ができなかった場合に戦略的にマーキングクリップを留置して終了することで,ほぼ同じstrategyでの運用が可能と思われる.

Ⅷ “step clipping” 法の利点

入院のタイミングに関わらず,内視鏡検査はすべて平日の日中に待機的に行うことができる.施設の事情で緊急内視鏡検査が難しい場合でも,責任憩室同定の作業に活動出血を捕捉する必要が必ずしもなく,extravasationの画像さえあれば,数日後に内視鏡検査を行っても責任憩室同定が可能である.経口腸管洗浄剤による前処置をかけて行うので良好な内視鏡視野が得られる.また,内視鏡検査にX線透視装置を必要としない.責任憩室を探す行為は内視鏡ではなく,主にCT読影によるので,長時間の内視鏡検査に起因する患者の痛みの訴えや蠕動といった施行医にかかるストレスが少ない.自分のペースで事前に内視鏡の戦略を立てることができる.

内視鏡で責任憩室を探す時間,また総検査時間を短縮できる可能性がある.

Ⅸ “step clipping” 法の欠点

先にも述べたように,造影CT画像にextravasationが描出されない症例にこの方法は適応できない.また,内視鏡を2回挿入しなければならないという煩雑さがある.さらに,CT検査を2回行うため医療被曝の問題が無視できない.ただ,責任病変が適切に同定され治療されると,少なくとも入院中の再出血は抑制され,将来の再入院や輸血の必要性も減るのではないかと期待される.

Ⅹ おわりに

造影CT画像でextravasationがある症例に限定はされるが,救急疾患である大腸憩室出血において,待機的な内視鏡検査でも許容される可能性がある.“step clipping” 法の活用が,内視鏡施行医の負担軽減につながることを期待する.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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