日本消化器内視鏡学会雑誌
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ISSN-L : 0387-1207
手技の解説
内視鏡的手縫い縫合法
後藤 修 貝瀬 満岩切 勝彦
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2020 年 62 巻 7 号 p. 793-802

詳細
要旨

管腔内での確実な創閉鎖を目的として,手術で汎用されている外科用縫合糸を内視鏡用軟性持針器で運針し組織を縫合する内視鏡的手縫い縫合法が開発された.軟性鏡下に持針器で湾曲針を把持し,バーブ付き縫合糸を組織に通して連続縫合する本法は,より強固で信頼性のあるtissue apposition methodとして,内視鏡治療後出血予防をはじめ様々な場面で有用となる可能性を秘めている.本手技の確立,普及および適応拡大が期待される.

Ⅰ はじめに

軟性内視鏡の治療への応用は,1960年代の胃ポリペクトミーに端を発し,1980年代の内視鏡的粘膜切除術(endoscopic mucosal resection:EMR),1990年代後半の内視鏡的粘膜下層剝離術(endoscopic submucosal dissection:ESD)を経て,現在では低侵襲治療の代名詞として確固たる認知度を誇っている.単なる組織の破壊ではなく病変切除・回収を行って正確な病理情報を手にすることで,R0切除の判定が可能となり,外科的手術と遜色ない根治性を確保できるようになった.一方で,病変切除および再建が基本となる外科手術に照らしてみると,軟性内視鏡治療においては正確な病変切除はできるものの切除創の閉鎖など切除後の処置については未だ発展途上といわざるを得ない.例えば,胃ESD後の病変切除部は閉鎖されることなく腔内に開放されたまま,自然に瘢痕化するまで胃酸や食物への刺激にさらされ続けることになる.軟性内視鏡を管腔外に挿入し外科的処置を行うというコンセプトのもと2000年代に一世を風靡したnatural orifice transluminal endoscopic surgery(NOTES)も,やはり処置後の安全で確実な管腔閉鎖に関する課題が十分に解決できなかったことが一因で下火になった経緯がある.

今回紹介する内視鏡的手縫い縫合法(endoscopic hand-suturing:EHS)は,そのような背景のもと,現在の内視鏡治療をより安全・確実なものとするべく,また内視鏡治療の可能性をさらに拡大すべく,外科手術の基本である縫合手技を管腔内で行うことを目的として開発された.本稿では,新規内視鏡手技であるEHSの開発の経緯と手技の実際を,現時点で示されているエビデンスとともに紹介し,EHSの適応と今後の展望について触れることとする.

Ⅱ 手技開発の経緯

筆者が内視鏡下に粘膜を手縫い縫合しようと思い至ったのは腹腔鏡内視鏡合同手術(laparoscopic endoscopic cooperative surgery:LECS)がきっかけである.2008年にHikiらが提唱したLECS 1を,管腔を開放させずに行う手法として非穿孔式内視鏡的胃壁内反切除術(nonexposed endoscopic wall-inversion surgery:NEWS) 2)~4を外科医と共に考案し積極的に臨床導入していたさなか,病変切除後の粘膜を強固で確実性のある方法で閉鎖できないかと考えたのが発端である.NEWSにおいて,漿膜筋層は腹腔鏡下に手縫い縫合で閉鎖する一方,粘膜は内視鏡下にクリップを留置するのみで終了しており,想定される合併症として術後縫合不全を懸念する声が上がっていた.外科医の鮮やかな腹腔鏡下手縫い縫合を何度も目の当たりにするにつけ,同様の方法を管腔内で軟性鏡下に行うことができれば理想的な層々二層縫合が完成するのではと考えた.

2012年,まず机上にてブタ切除胃のESD後粘膜欠損部に対して,2チャンネルスコープの一方の鉗子孔より生検鉗子を出し,それをもう一方の鉗子孔から出した高周波スネアで固定したうえで,縫合針を生検鉗子で把持して縫合を試みた.結果,長時間を要したものの連続縫合が可能であり,バーブ付きの縫合糸を用いることで結紮を行うことなく組織を閉鎖できることが確認できた 5.しかし,生検鉗子は把持力が弱く任意に回転できないことから,把持力が強く回転性・追従性のよい専用の軟性持針器が必要と考えた.そこで,NEWS開発当時から交流のあったオリンパス株式会社の処置具開発担当者に打診したところ,NOTES開発時に全層縫合目的にthrough-the-scope型の内視鏡用持針器を試作した経緯があるとのことであった 6.そこで早速その持針器を借り,上記と同様の机上実験を試みたところ,生検鉗子使用時よりもはるかに短時間かつスムーズに連続縫合を行うことができた.その後,生体ブタにおける安全性,実行可能性評価を行い 7,軟性持針器の薬事認可を待って2015年より単施設での第一相臨床試験を開始するに至った 7

Ⅲ 必要物品

EHSに必要なデバイスは以下のとおりである.

・内視鏡用持針器

オリンパスメディカルシステムズ株式会社製のディスポーザブル持針器(E650007)は,「鉗子チャンネル経由で消化管内に挿入し,組織の縫合時に針などを把持すること」を目的としている(Figure 1-a).手元のラチェット付きスライダーを押し込むことで鉗子が開き,手前に引く(握る)ことで閉じる(Figure 1-b~d).反対側の鉗子受けの把持面に縫合針が接触した状態で鉗子を閉じることで縫合針を把持・固定する(Figure 1-e).ラチェット機能を備えてあるため鉗子が閉じた状態を維持することができる.ラチェット解除ボタンを押してスライダーを押し込むことで鉗子が再び開く.また,本体は特殊なコイルシースで構成されているため回転性および追従性が極めて良好であり,手元の回転操作と同様の速度と角度で先端の把持部が回転する.この動作は反転時でもほぼ変わらずに行うことができる.なお,EHSでは持針器の操作を主に介助者が行う.

Figure 1 

内視鏡用持針器.

a:全体像.回転性・追従性に優れたコイルシースを使用している.

b:手元の操作部.ラチェット機能を有したスライダーで把持部の開閉操作を行う.

c:先端の把持部.片開きとなっており,ラチェットを開放しスライダーを押し込むことで鉗子が開く.

d:スライダーを握ると鉗子が閉じ,ロックされる.

e:針を保持した状態.鉗子と鉗子受けの把持面(溝)で針が垂直に立つよう挟み込む.

腹腔鏡用持針器と同様,基本的には持針器の方向に直行する形で縫合針を把持する.また,湾曲針の尾側1/2~1/3付近を把持することで最もスムーズな運針が可能となる.

・バーブ付き縫合糸

V-Loc180クロージャ―デバイス(コヴィディエン社)は,逆戻り防止弁を糸の側面に2条有している外科用縫合糸である(Figure 2-a,b).ポリグリコネート(モノフィラメント)製の吸収糸が一般的であるが,非吸収糸も販売されている.針の形状,糸の太さと長さ,針の大きさ(曲率)によって様々なバリエーションがあるが,EHSでは軟らかい組織を縫合するため丸針が,狭い管腔内である程度糸の張力を利用しつつ取り回しを行うため糸は3-0・15cmが最適である.針の大きさに関しては,胃の場合はある程度大きめ(26mm,1/2周)が,その他の場合は小さめ(17mm,1/2周)が適切であるため,使用するV-LocはVLOCL0604もしくはVLOCL0804のいずれかとなる.

Figure 2 

バーブ付き縫合糸.

a:V-Loc180TM(コヴィディエン社).EHSでは3-0・15cmの丸針を使用する.針の大きさは主に2種類のいずれかを選択する.上が26mm(VLOCL0604),下が17mm(VLOCL0804).

b:逆戻り防止用のバーブが糸の両側に並んでいる.

・内視鏡用はさみ鉗子

縫合終了後,ディスポーザブル鋏鉗子(E650009;オリンパスメディカルシステムズ株式会社)を用いて余剰糸を切断する.先端にある片開きのカッターとカッター収納部との間で糸を挟み,手元のスライダーを引いて(握って)切断する(Figure 3-a,b).原理はループカッターと同様である.

Figure 3 

内視鏡用はさみ鉗子.

a:先端部.片開きのカッターとカッター収納部との間で糸を挟み込む.

b:手元の操作部.スライダーを握ることで糸を切断する.

Ⅳ 手技の実際

EHS自体は「軟性内視鏡を用いて組織を縫合する」という手技であることから,技術的な難易度や有効性の評価は今後の検討課題ではあるものの,基本的には様々な状況で適応可能であると考えられる.今回は現時点で本手技の適応が最も妥当と思われる胃ESD後粘膜欠損部(Figure 4-a)の閉鎖を例に挙げ,手技の詳細を述べる.

Figure 4 

内視鏡的手縫い縫合法の実際.

a:胃角部小彎前壁のESD後粘膜欠損部.

b:縫合糸の準備.尾部のループに針を通しておく.

c:針に近い糸部を把持してオーバーチューブ内を通過させる.

d:8mm以上のバイトを確保して針先を刺入し,持針器の回転操作とスコープのアングル・トルク操作で針先を粘膜下層深層より出す.続いて対側辺縁の粘膜下層深層より刺入し,8mm以上バイトを確保して針先を管腔内に刺出させる.

e:ある程度緩めに運針を進めたのち,たわんだ糸を把持して手繰って組織を閉鎖する.

f:把持鉗子を用いると縫合動作が容易になる.

g:縫合後,糸の余剰部を切断する.

h:糸の部分を把持してスコープを抜去する.

i:縫合後.

①準備と縫合糸挿入

あらかじめオーバーチューブを留置しておく.スコープ先端にストレートタイプの透明アタッチメントが装着されていることを確認する.縫合糸に関しては,最初の一針を縫合してから尾部のループに針を通すことでロックし,連続縫合を開始することになるが,尾部のループが小さく技術的に挿通が難しいと想定される場合は,あらかじめ尾部のループに針を通し,やや大きめのループを作っておくとよい(Figure 4-b).

体外で持針器を鉗子孔に通し,把持部をスコープ先端から出す.把持部を開き,縫合針の尾部より5mm程度尾側の糸部を把持する.針そのものを把持すると,挿入の際食道を損傷する可能性があるため,必ず糸の部分を把持し,針そのものが自由に動くことおよび針が内視鏡側にシフトした際にも内視鏡やアタッチメントと干渉しないことを確認する.この状態であれば,外的な圧迫があっても針の先端や尾部方向への力がかからないため,安全に挿入可能となる.

持針器を突出させた状態で針全体を内視鏡で確認しながら,スコープごと愛護的に挿入する.オーバーチューブ内で針がスタックしないよう,スコープを引く動作は極力避け,針の先端と尾部および持針器先端の位置に細心の注意を払いながらゆっくりと通過させる(Figure 4-c).食道内では十分に送気を行い,管腔をできるだけ広げながらスコープを進めていく.食道胃接合部では,針先が進行方向を向いていれば針先を,逆方向を向いていれば持針器先端を管腔の中心に位置させるようにアングルを調整し,そのままゆっくりと進めれば安全に胃内に挿入できる.通過時に針先が反転するようであれば,持針器を鉗子孔から伸ばして先端を胃内に進めることで針が尾部から胃内に入る.その後,持針器を開いて針を胃に落とし,持針器で手前の糸の部分を適宜持ち直しながら進め,糸の尾部まで完全に胃内に入れる.

②縫合

スムーズな運針を実現するには,縫合針を適切な位置と角度で確実に把持することが不可欠である.針を胃内の安定する位置に移動させたのち,開いた持針器先端で針の尾側1/2-1/3を垂直に把持する.その際,針を軽く把持した状態でダウンアングルをかけ,針全体を下に軽く押し付けるようにしながら鉗子を閉じると,針が垂直に立ちやすくなる.EHS手技において,この「針の適切な把持」が最も重要かつ難しい動作であり,呼吸性変動や心拍動などで針が常に動いている状況では把持に難渋することがしばしばであることから,運針時に把持する場所を変える際はできるだけ針をフリーな状態にせず,針が組織に刺入している状態で掴みなおすよう心がける.

胃ESD後粘膜欠損部の縫合においては8mm以上のバイトを確保するようにする.すなわち,粘膜断端の8mm以上外側より針先端を刺入する(Figure 4-d).そのまま固有筋層直上を滑らせるような感覚で,先端を粘膜下層深層から出す.刺入時の方向は概ね7時程度とし,刺入速度に合わせて徐々に針先を上げるように手元で持針器を回転させつつ,アングルおよびトルク操作で常に針先端に推進力が伝わるように調整しながら組織を貫く.十分に針先が管腔内に突出したところで静かに持針器を開いて針を離す.針の胴部が十分に露出していない場合は,尾部を把持して後押しするか,先端部を把持して引き抜く.この際,上述のように針を完全に抜いてしまうと,把持しなおす際に針がフリーな状態にせざるを得ず,適切な位置を把持するのに時間を要することになるため,完全に引き抜かないように注意する.針が組織を貫通したところで,針の胴部(尾部より1/3付近)を把持し,持針器の回転操作と内視鏡操作の協調運動で引き抜く.そのまま持針器を鉗子孔から伸ばすか内視鏡自体を動かして糸をある程度手繰り寄せ,反対側の粘膜を縫合する.今度は粘膜辺縁の粘膜下層深層より刺入し,同様に筋層直上が針を滑る感覚で進め,先端が粘膜端から8mm以上外側に出るように深度と距離を調整しながら,持針器の回転操作および内視鏡のアングル操作で針先を管腔内に出す.針を再び持ち直して引き抜く際は,上記と同様できるだけ針の一部が組織に刺入されている状態で行うようにする.

一針目は縫合糸尾部のループに針を通し,糸を手繰り寄せてロックする.二針目以降は,概ね5mm程度のピッチで連続縫合しつつ,糸を引いて組織を締めてゆく.バーブ付き縫合糸は進行方向(針の付いている方向)には糸を引くことができるが逆方向には戻らないので,糸を手繰って組織を締めてしまえば縫合部が緩むことがない.一針縫うごとに糸を手繰って創部を閉鎖していってもよいが,粘膜同士が寄りすぎてしまうと針先で適切な刺入深度を狙いにくくなることがあるため,数針程度緩めに縫合したのち,奥側から適宜糸を手繰って閉鎖していく方法も有用である(Figure 4-e).ESD後切除部周囲の粘膜下層には局注液がまだ残っているが,後にそれが抜けると縫合部が緩む可能性があるため,糸が切れない程度に比較的強めにテンションをかけて確実に組織同士を寄せることが重要である.

粘膜両端が近接している場合は粘膜両側を1回の刺入操作で縫合することも可能である.さらに,2チャンネルスコープ(GIF-2TQ260M;オリンパスメディカルシステムズ株式会社)を用いてもう一つの鉗子孔からラバー付き把持鉗子(FG-21L-1:オリンパスメディカルシステムズ株式会社)を出し,針の受け渡しや糸の手繰り寄せを行うのも非常に有効であり,縫合時間の短縮も期待できる(Figure 4-f).

連続縫合にて組織が閉鎖されたところで,最後に運針方向と逆方向に一針縫合し,糸の逆戻りとそれによる組織の緩みを確実に予防する.糸を5mm程度残し,余剰部をはさみ鉗子で切断する(Figure 4-g).今まで施行してきた探索的臨床研究 7),8の際には糸の断端と組織とを挟むようにクリップを留置していたが,上記の方法でしっかりと最後のロックが完了できれば,クリップの留置は不要であると思われる.

③針の回収

切断された糸の部分を持針器もしくは把持鉗子で把持し,内視鏡とともに愛護的に抜去し経口的に回収する(Figure 4-h).挿入時同様,針本体を把持することは避け,必ずオーバーチューブを使用する.粘膜切除部が完全に閉鎖され,出血のないことを確認して手技を終了する(Figure 4-i).

Ⅴ 部位による難易度の違いとコツ

ESDなど他の治療手技と同様,胃ESD後のEHSにおいても,部位により難易度が異なる.以下,部位別の特徴とコツを述べる.

①胃体部

体中下部の大彎~後壁は縫合部を6時方向に位置させやすく,管腔も広いため良好な視野が得られ,縫合が最も容易な部位である.順方向にて肛門側より縫合を開始し,口側に連続縫合を行う.縫合面が常に水平方向に位置するため正確な運針が期待できる.呼吸性変動が目立つ場合は適宜脱気を行い,胃と周辺臓器との接触を少なくすることでその影響を最小限にすることができる.

前壁の縫合面は内視鏡に対して垂直に対峙しやすいため,針が適切な角度で刺入しにくい場合がある.縫合部をなるべく水平にするよう空気量を調整するか,反転での縫合を行う.

小彎は基本的に反転での操作となる.縫合面を見上げた状態で口側辺縁から縫合を開始し,肛門側に進める.しかし,上部ではアングルの制限により十分な視野が確保できないか,できたとしても運針が困難となる可能性がある.その場合は順方向にてトルク操作で縫合部を6時方向に移動させて縫合するか,12時方向に位置させたまま内視鏡視野の上方で縫合する(オーバーヘッド法).粘膜辺縁の口側の位置にもよるが,肛門側から口側まで縫い上げていくか,口側から縫合を開始し,反転操作が可能となったところで,見上げ操作で残りの部分を続けて縫合する.その場合,順方向操作と反転操作とで針の刺出入の方向が反対になることに留意する.すなわち,順方向で時計回りの方向に運針した場合,反転操作では反時計回りの方向で運針を継続することになる.

②前庭部

ESDでは最も難易度の低い部位であるが,EHSでは状況が異なる.大彎および前後壁であれば容易であるが,小彎においては内視鏡を押し込んで反転しても縫合面が正面視となるため,針の刺入が極めて困難となる.したがって,脱気にてできるだけ胃角部を鈍にし,オーバーヘッド法で肛門側から口側に縫い上げていかざるを得ない.

さらに,前庭部は幽門に近づくにつれて管腔が狭くなるうえ,肛門側の粘膜辺縁が正面視となるため,幽門に近い病変の場合,最初の一針が極めて難しく,その後もしばらく狭い術野での運針を余儀なくされる.曲率半径の小さい針を用いることで縫合しやすくなるが,この場合針が短い分バイトも短くなりがちになるため,針の尾部寄りを把持し,持針器先端を刺入部に深く押し込むようにして針先端を刺出させる.

③胃角部・穹窿部

大彎を除く胃角部および穹窿部に形成された切除創は複雑な曲面で構成されるため,EHSにおける最高難度部位と考えられる.縫合中に必ず切除面が正面視となる場面があり,粘膜辺縁を前後方向に貫くように針を進めなくてはならず,また縫合が進むにつれて縫合部と内視鏡との位置関係が刻々と変化するため,その都度最適な刺入角度となるよう視野を構成しなくてはならない.上記の理由から,EHSの安全性と実行可能性を評価した最初の臨床試験 7はこの部位に該当する症例を除外して行った経緯がある.しかし,臨床経験を積むことで胃角部病変は縫合可能となるであろうと期待できる.また,穹窿部はESD後潰瘍の収縮率が極めて高いうえ,粘膜がルーズであり縫合部に働く離開力が弱いと考えられることから,通常よりも短いバイトや長いピッチで荒く縫合したとしても縫合が維持される可能性があり,難しいながらも縫合閉鎖を試みる価値はあると思われる.今後の症例集積が待たれる.

④噴門部・幽門部

噴門や幽門にかかる病変をESDで切除した後の潰瘍面は生理的狭窄部をまたいで形成されることになり,針の取り回しができないことから,EHSでの縫合閉鎖はほぼ不可能と考えられる.また,噴門や幽門の近傍で縫合閉鎖を試みた場合術後狭窄が危惧されることから,少なくとも現時点ではEHSの適応としないほうがよいと思われる.

Ⅵ これまでのエビデンス

本手技は,まず2012年に机上実験でその実行可能性と有効性を検討した 5.食用ブタの切除胃を用いて,直径2cm大の粘膜欠損部を計24箇所作成し,生検鉗子で縫合針を把持して施行したEHS群,専用の持針器を用いたEHS群,留置スネアとクリップで縫縮する群,クリップで閉鎖する群(内視鏡的に困難であるため,胃を開いて直接クリッピング)の4群間で完遂率,施行時間,縫合部の強度を比較した.EHSは全12箇所で完遂,3針での平均施行時間は19.7分,縫合自体に要した時間は平均13.6分であり,持針器を用いた群は優位に短時間で縫合が可能であった(生検鉗子群16.4分,持針器群10.3分).また,縫合強度に関しては,他の2つの縫縮群と比較しEHS群で有意に大きいことが示された.本実験を踏まえ,持針器を用いたEHSに絞って評価を続けることとした.

次に,生体での実行可能性と安全性を検討するため,生体ブタを用いた生存実験を施行した7).ミニブタ6頭に対して各1箇所ずつ3cm大の胃ESD後粘膜欠損部作成しEHSを施行,1週間後に内視鏡観察を行い,縫合の維持率を検討することとした.結果,平均縫合時間3針25分で全例有害事象なくEHSを完遂し,その後の経過も良好であったものの,術後の内視鏡観察において,まず前半3頭全例で1週間後に縫合部が離開していた.そこで後半3例は観察期間を短縮して経過を追ったところ,縫合後4日目で全例離開していることが明らかとなった.既報においてもブタを用いた胃ESD後縫合の維持率が極めて低いことが示されていたことから,縫合における動物実験においてブタを用いた場合,手技の実行可能性や安全性は評価できるものの,経時的評価に関してはモデルとして不適切であると考えた.

上記実験を経て,薬事法にて届出認可された2015年,臨床における実行可能性と安全性を検証すべく,内視鏡医学研究振興財団からの研究助成のもと単施設前向き探索的試験を開始した 7.抗血栓薬非服用者8例を対象とし,3cm以下の病変に対してESDを施行した後の粘膜欠損部に対してEHSを施行した.結果,平均縫合時間7針20分で手技を全例で完遂,術後出血を含む有害事象もなく経過も良好であった.しかし,やはり前半4例で1週間後の内視鏡観察において全例とも縫合部が離開していた.そこで,5例目以降はバイトをより長くするよう留意して縫合を行った結果,後半4例では1週間後および4週間後とも離開なく縫合が維持されていることが確認できた.縫合時の動画を参照し,前半4例と後半4例とでバイトの平均長を比較したところ,前半4.8mm,後半7.6mmと有意に後半症例で水平方向に深く縫合針を刺入できていることが明らかとなった.

そこでいよいよ2017年より,EHSの有用性評価を検証する単アーム臨床研究を単施設で開始した.対象を抗血栓薬服用者に限定し,3cm以下の胃腫瘍に対して抗血栓薬を継続したままESDとEHSを行い,術後出血割合を主要評価項目として設定した.本試験はすでに症例集積が終了し,現在データを解析中である.最終結果報告が待たれる.

一方で,EHSによる縫合閉鎖が単にESD後潰瘍における管腔内刺激への暴露を回避するだけでなく,創傷治癒そのものに寄与しているかどうかを明らかにするための動物実験を施行した 9.生体ブタの胃に作成したESD後潰瘍12箇所を縫合群と非縫合群に分け,組織の経時的変化を検証した結果,縫合群で有意に粘膜上皮および粘膜筋板の早期癒合を認め,有意に血管新生と線維芽細胞の増生が早期に改善していた.すなわち,EHSがESD後潰瘍面の保護作用を有するだけでなく,組織学的にもESD後潰瘍の治癒促進に影響を与えていることを実証した.

以上の研究は筆者が在籍していた慶應義塾大学医学部腫瘍センター低侵襲療法研究開発部門にて遂行した.その後,2018年より日本医科大学付属病院消化器・肝臓内科へ異動,文部科学省科学研究費の助成を得て,日本医科大学を主幹とする3施設30例での前向き探索的臨床試験を開始した 8.多施設共同研究にすることで施行医の人数を増やし,対象を抗血栓薬服用者と非服用者で各15例とすることで,本手技の普及性を検討することとした.結果,EHS完遂率は97%,術後3日目における縫合維持率は83%であった.EHSの有害事象は縫合針の刺入部位からの動脈出血を認めた1例(3%)のみであり,内視鏡的に容易に止血された.なお,抗血栓薬服用者は全例とも休薬をせずに手技を施行された.術後出血は3例(10%)に認めたが,抗血栓薬服用中の縫合非完遂例,同じく抗血栓薬服用中の縫合部離開例,および残胃症例であった.したがって,術後胃を除くEHS完遂・縫合維持24症例における術後出血率は0%であった.以上より,外科的侵襲のない通常胃に対して,離開のないようにしっかりとEHSを行うことができれば,抗血栓薬を継続して周術期血栓塞栓症を回避しつつESD後出血も予防できる可能性が示唆された.

Ⅶ EHSの適応拡大と今後の展望

胃ESD後EHSの術後出血予防効果に関しては,現在抗血栓薬服用者に限定した多施設共同研究を計画している.良好な結果が得られれば,本手技を胃ESD後の追加処置として手技料の追加ができるよう保険加算申請を検討することとしている.一方,抗血栓薬を服用していない術後出血低リスク患者に対しても,本手技を行うことで入院期間の短縮が期待できる.実際,上記多施設共同研究 8においては,抗血栓薬非服用者はESD+EHS翌日から流動食ではなく全粥食を提供されており,特記すべき有害事象を認めなかった.したがって,将来的には術後出血低リスク群に対してESD後翌日退院,あるいは日帰りESDが実現できる可能性があり,次なる課題として検討中である.

他臓器ESD後のEHSの適応においては,国立がん研究センター中央病院が大腸ESD後EHSの第一相試験をすでに完了し,成果報告をしている 10.胃と異なり大腸は管腔が狭く持針器の取り回しが難しいうえ,屈曲部が多いため深部大腸への縫合針のデリバリーに細心の注意を払う必要があるが,大腸EHSにおいては,術後出血予防効果はもちろんのこと,遅発性穿孔の予防にも期待が持てることから,安全で確実な手技の早期確立が望まれる.今後,多施設共同研究として有効性を評価する第二相試験が計画されている.

EHSは外科的縫合と同等の手技を軟性鏡下に行えることから,昭和大学江東豊洲病院では内視鏡的筋層切開術(Peroral endoscopic myotomy:POEM)に引き続いて行う逆流性食道炎予防目的の内視鏡的噴門形成術 11にEHSを応用している.これは,食道の前壁側に粘膜下トンネルを作成してPOEMを行ったのち,内視鏡を管腔外に進め,腹腔内で胃穹窿部前壁側にEHSで縫合糸をかけ,管腔内に引き寄せることでDor手術と同じような噴門形成を内視鏡的に行うというものである.極めて斬新かつ先進的な手技であることは疑いようもなく,NOTES成功例の一つともいえる.

さらに,EHSによるフレキシブルな組織牽引作用を利用し,EHSをESDにおけるトラクション法として応用することも可能である.病変の辺縁と,病変の対側にあたる胃壁をそれぞれ一針ずつ縫合し,針側の糸を引くことにより,滑車の要領で病変が吊り上がる.粘膜下層剝離が進み,牽引している糸がたわんでも,針側の糸を手繰ることで常に病変に十分なトラクションがかかることになる(flexible traction method) 12.実臨床での有効性の検証が待たれる.

一方,手技の均てん化を目指す試みはEHS開発当初より継続して行われている.最大の問題点は技術的難度の高さとそれに伴う手技時間の長さである.完成された内視鏡的縫合機器として米国で開発されすでに商品化されているOverStitchTMは,内視鏡スコープに装着するタイプのデバイスであり,装填された専用の縫合糸を手元のグリップを操作することでミシンのように一針ずつ連続縫合で進め,最後に糸を引いて締め上げストッパーで固定し,組織閉鎖を完成させるものであり 13,要求される内視鏡技術はそれほど高くなく,操作法をマスターすれば短時間で手技を終えることができる.EHSに比しややclumsyなイメージは否めず,精緻な縫合は期待できないが,習熟するのはより容易であろうと思われる.EHSにおいてはESDが短時間で問題なく行える程度の内視鏡技術は最低限必要であるが,それでもなおlearning curveはより緩やかなものであろうと推測される.よりスピーディな縫合を実現するための解決策の一つとして,「外科医の左手」に相当するEHS専用把持鉗子の開発が挙げられる.既述のように,2チャンネルスコープにてもう一つの鉗子孔からラバー付き把持鉗子を用いて針の受け渡しや糸の手繰り寄せを補佐することで,より正確で短時間の縫合が可能であるが,EHSに特化したデザインの把持鉗子を用いることでさらにストレスのない縫合が実現できると考えられ,今後の開発が期待される.

Ⅷ おわりに

「外科医のように内視鏡医も自由自在に縫合できたら」という願いのもと,EHSを発案し,動物実験を経て臨床導入へとこぎつけた.鋭利な異物である縫合針を臨床で初めて経口的に挿入したときの緊張感は相当なものであったが,そのときこそまさに新たな内視鏡治療の世界に足を踏み入れた瞬間だったのかもしれない.手技の確立への道のりは遠く険しいが,縫合糸と持針器を用いた組織の縫合は外科治療における長い歴史の中で培われた基本的かつ正当な手法であり,アプローチの違いはあるにせよ,きっとEHSにおいても信頼性のある結果をもたらしてくれるであろう.本手技の普及と適応拡大を願っている.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:後藤 修(オリンパス株式会社(内視鏡用持針器,内視鏡用はさみ鉗子,写真の無償提供))

文 献
 
© 2020 一般社団法人 日本消化器内視鏡学会
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