2020 年 62 巻 8 号 p. 1467-1473
症例は60歳代,女性.下部消化管内視鏡検査で肛門管に発赤調の隆起性病変を認め,その近傍に淡発赤粘膜がみられた.Narrow-band imaging(NBI)併用拡大観察では隆起性病変と発赤粘膜ともに食道表在癌にみられる上皮乳頭内血管ループ(intra-epithelial papillary capillary loop:IPCL)に類似した微細血管を認めた.両病変ともに日本食道学会拡大内視鏡分類のType B1血管類似の所見であり,多発肛門管扁平上皮内癌と診断した.Endoscopic submucosal dissection(ESD)で一括切除を行い,病理所見は両病変ともに扁平上皮内癌であった.NBI併用拡大観察が診断に有用で多発肛門管扁平上皮内癌をESDで一括切除し得た1例を経験したので報告する.
肛門管扁平上皮癌は比較的まれな疾患で,特に粘膜内病変の内視鏡所見・内視鏡治療に関する報告は少ない 1),2).今回われわれは,narrow-band imaging(NBI)併用拡大内視鏡観察で多発肛門管扁平上皮内癌と診断し,内視鏡的粘膜下層剝離術(endoscopic submucosal dissection:ESD)で一括切除し得た1例を経験したので報告する.
患者:60歳代,女性.
主訴:特記すべきことなし.
既往歴:大腸腺腫(50歳代,内視鏡的粘膜切除術(endoscopic mucosal resection:EMR)).
家族歴:特記事項なし.
生活歴:飲酒歴なし.喫煙歴なし.
現病歴:20XX年12月に近医で大腸腺腫に対するEMR後の経過観察目的に下部消化管内視鏡検査を施行した.下部直腸に隆起性病変を認め生検で扁平上皮癌と診断されたため,精査加療目的に当科紹介となった.
入院時現症:身長164cm,体重55kg,血圧139/85mmHg,脈拍81回/分,腹部診察は特記事項なし.直腸肛門示指診察では,10時方向に柔らかな可動性良好な腫瘤を触知した.
入院時検査所見:血液生化学検査,腫瘍マーカーは基準範囲内であった.
下部消化管内視鏡所見:〈白色光観察〉肛門管の歯状線口側の10時方向に約25mm大の境界明瞭な発赤調の隆起性病変を認めた.その近傍に約10mmの淡い発赤粘膜を確認し副病変が疑われた(Figure 1).〈NBI併用拡大観察〉隆起部では,拡張・蛇行・口径不同・形状不均一を示す食道表在癌にみられるintra-epithelial papillary capillary loop(IPCL)に類似した微細血管を認めた(Figure 2).白色光観察で副病変が疑われた発赤粘膜は,brownish areaとして認識された(Figure 3).両病変ともに日本食道学会拡大内視鏡分類のType B1血管類似の像であった(Figure 2,4).また,隆起病変の側方に口径不同で不規則に分枝する異常血管網,brownish areaを認め0-Ⅱb側方伸展と診断した(Figure 5).
下部消化管内視鏡検査,白色光観察.
肛門管の歯状線口側の10時方向に約25mm大の境界明瞭な発赤調の隆起性病変を認めた.その近傍(b)に約10mmの淡い発赤粘膜を確認し副病変が疑われた.各枠により(a)~(c)のNarrow Band Imaging(NBI)併用拡大内視鏡像の位置を示した.
Figure 1のa□部のNBI併用拡大観察(強拡大).
主病変の隆起部では,拡張・蛇行・口径不同・形状不均一を示す微細血管がみられ,大部分で引き伸ばされて拡張していたがループは保たれていた.
Figure 1のb□部のNBI併用拡大観察(弱拡大).
白色光観察で副病変が疑われた発赤粘膜は,brownish area(黄色矢印)として認識された.
Figure 1のb□部のNBI併用拡大観察(強拡大).
Brownish areaの強拡大観察では,ループ状の微細血管を認め,日本食道学会拡大内視鏡分類のType B1血管に類似していた.
Figure 1のc□部のNBI併用拡大観察(弱拡大).
隆起病変の側方に口径不同で不規則に分枝する異常血管網,brownish areaを認め0-Ⅱb側方伸展と診断した.黄色矢印は0-Ⅱbと正常粘膜との境界.
診断:以上の内視鏡所見から,多発肛門管癌,病変径は25mmと10mm,深達度は日本食道学会拡大内視鏡分類に準じて上皮内癌と診断した.
治療:経肛門的切除術と比較してより正確に切除範囲を決定でき,低侵襲であるESDを選択した.硬膜外麻酔下にESDを施行し病変を一括切除した.治療時間は120分,切除標本径は66×23mmであった.
病理学的所見:病変は直腸粘膜と扁平上皮領域の境界部に存在していた.隆起(23×13mm)の両側に平坦な病変を認め,マッピング画像の赤線枠内の平坦病変(11×7mm)は隆起と連続しておらず副病変と診断した(Figure 6).隆起と平坦病変のいずれも粘膜内に限局する扁平上皮癌であり,平坦病変は食道癌のpT1a-EP相当であり,隆起はpT1a-LPMに相当する深達度と考えられた(Figure 7,8,9).また,隆起の内部には乳頭腫に類似した構造を呈した腫瘍と最表層まで規則的に走行する著明に拡張した血管を認めた(Figure 7).隆起の表層においても基底細胞に類似した腫瘍細胞と表層型の扁平上皮細胞が混在しており,しばしば角化を伴っていることから,尖圭コンジローマや疣贅状癌と鑑別され,扁平上皮癌と診断した.また,平坦病変では隆起病変とは異なり角化は認めなかった(Figure 8,9).最終病理診断は,1.ESD,P,Type 0-Ⅰs+Ⅱb,31×13mm,Squamous cell carcinoma,pTis,INFa,Ly0,V0,HM0,VM0,ER0.2.ESD,P,Type 0-Ⅱb,11×7mm,Squamous cell carcinoma,pTis,INFa,Ly0,V0,HM0,VM0,ER0であった.また,ヒトパピローマウイルス(human papilloma virus:HPV)の免疫染色で腫瘍細胞は陰性であった.
切除標本のマッピング.
黄線:扁平上皮癌.隆起(23×13mm)の両側に平坦な病変を認め,その内の赤枠内の病変(11×7mm)は隆起と連続しておらず副病変と診断した.
隆起病変の弱拡大像(HE染色,20倍).
隆起の内部には乳頭腫に類似した構造を呈した腫瘍と最表層まで規則的に走行する著明に拡張した血管を認めた.腫瘍細胞は粘膜内に限局していた.
隆起病変の強拡大像(HE染色,100倍).
隆起の表層では基底細胞に類似した腫瘍細胞と表層型の扁平上皮細胞が混在しており,しばしば角化を伴っていた.
副病変の強拡大像(HE染色,200倍).
腫瘍細胞は角化を伴わず,上皮内癌であった.
経過:粘膜内病変で脈管・リンパ管侵襲陰性かつ断端陰性であったため臨床的に治癒切除と判断し,追加治療は行わず経過観察の方針となった.治療後約1年10カ月経過しているが再発はなく,狭窄,失禁などの排便障害は認めていない.
外科的肛門管は,肉眼的には恥骨直腸筋付着部上縁から肛門縁まで,組織学的には直腸粘膜部,移行帯上皮部,扁平上皮部から成っている 3).自験例は,歯状線の口側に占居していたことから肛門管癌と診断した.肛門管癌の頻度は全大腸癌の0.7~1.8%とされている 4).組織学的には腺癌と粘液癌で66.8%を占めており,扁平上皮癌は14.7%と比較的まれな疾患である 5).肛門管扁平上皮癌は87.4%が進行癌で発見され,全肛門管扁平上皮癌の5年生存率は51.4%と予後は不良とされてきた 5).しかし,近年,大腸内視鏡検査の普及とともに早期癌の段階で発見される症例が増えている 6),7).直腸肛門管領域の扁平上皮癌に対するNBI併用拡大観察では,食道癌に類似した拡張・蛇行・口径不同・形状不均一を呈する微細血管を認めることがあり,日本食道学会拡大内視鏡分類が深達度診断や範囲診断に有用であるとの報告がある 8),9).自験例においても,白色光観察では副病変を癌と診断できなかったが,NBI併用拡大観察が質的診断に有用であった.両病変ともに食道癌類似のType B1相当の血管像が認められ,深達度診断への適用の可能性が示唆された.また,自験例ではヨード染色は行っていないが,食道扁平上皮癌の側方範囲診断においてはヨード染色が有用とされている.Uozumiらは肛門管扁平上皮癌の境界不明瞭な平坦病変においてもヨード染色が範囲診断に有用であったと報告している 7).
本邦における大腸癌治療ガイドライン 10)には,肛門管癌の治療方針に関して明確な記載はない.National Comprehensive Cancer Network(NCCN)肛門管扁平上皮癌ガイドライン 11)では,局所病変には化学放射線療法が推奨されているが,局所病変のうち,粘膜内病変(Tis)に対する治療法としては過侵襲である可能性がある.そのため,近年,本邦ではTisに対しては自験例のようにESDで低侵襲に治療される報告が増えてきている 12),13).「肛門管癌」,「扁平上皮癌」をキーワードとして医学中央雑誌で,「Anal canal」,「Squamous cell carcinoma」,「Endoscopic submucosal dissection」をキーワードとしてPubMedで検索したところ,肛門管扁平上皮癌で粘膜内癌の報告は,引用文献も含め,自験例を合わせると33例が該当した.発症時年齢は49~88歳であり,60歳以降(82%)の女性(85%)に多かった.肉眼型は0-Ⅱa(49%)が最多であり,平均18.9(5~35)mmであった(Table 1) 1),2),6),7),12)~36).以前は経肛門的局所切除術(trans anal resection;TAR)での治療が主流であったが,最近ではESDの報告が増えており,自験例を含めて19例を確認した.ESDは正確な切除範囲を決定でき,低侵襲であることから非常に有用である.また,正確な病理組織学的評価も可能であることから,他の消化管癌同様に,粘膜内病変かつ脈管・リンパ管侵襲陰性かつ断端陰性の条件を満たせば治癒の可能性が考えられる.しかしながら,肛門管癌の治療方針に関しては確立されたものがなく,粘膜内に限局した肛門管扁平上皮癌のリンパ節転移のリスクは明らかではない.術後の慎重な経過観察が必要と考えられる.今後の肛門管粘膜内癌の症例蓄積と検討が必要と考える.
本邦における肛門管扁平上皮内癌の治療報告例.
自験例のように多発病変と診断し,ESDで一括切除した報告は確認されなかった.内視鏡挿入時・抜去時の肛門管の観察,さらには反転操作での詳細な観察により正確な診断が可能であった.肛門扁平上皮癌の危険因子としては,human immunodeficiency virus(HIV)感染,免疫不全,HPV感染が示唆される婦人科疾患の既往,喫煙が挙げられる 37).自験例では危険因子は有さなかったが,特に有する患者については肛門管の観察の際にNBI観察を行い,brownish areaを視認すれば拡大観察を行い,日本食道学会拡大内視鏡分類を参考にして診断を行うことが望まれる.
今回われわれは,質的・範囲・深達度診断にNBI併用拡大観察が有用で,ESDで完全一括切除し得た多発肛門管扁平上皮内癌の1例を経験した.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし