日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
内視鏡下に整復し根治切除し得た盲腸癌による腸重積症の1例
岡田 拓真 青松 直撥武田 修身半田 康平久松 美友紀高柳 成徳廣岡 知臣
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2020 年 62 巻 8 号 p. 1487-1493

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要旨

内視鏡による整復を行い,待機的に定型的な腹腔鏡下手術を施行し得た盲腸癌による成人腸重積症の1例を経験したため報告する.症例は81歳,女性.来院3日前より上腹部痛を認め,精査にて盲腸癌による腸重積症と診断された.腹部造影CT検査で明らかな腸管の血流障害は認めず,緊急大腸内視鏡検査を施行し,送気により腸重積を整復した.生検で粘液癌の診断となり,待機的に腹腔鏡下回盲部切除術(D3郭清)を施行した.病理学的検査所見は盲腸癌,pT2(MP)N0M0,pStageⅠであった.術後経過は良好であり,術後20カ月現在無再発生存中である.大腸癌による腸重積症の術前整復に一定の見解はないが,整復することで正確な術前診断に基づく適切な手術が可能となる.

Ⅰ 緒  言

成人腸重積症は小児に比べ稀な疾患である 1),2.80-90%は器質的疾患を有し,中でも悪性腫瘍が原因となることが多い 3),4.急性腹症として術前診断が不明のまま緊急手術が施行されることも少なくはなく,術前や術中の整復に関しては統一された見解がないのが現状である.今回われわれは,大腸内視鏡下に整復し,待機的に腹腔鏡下回盲部切除術を施行し得た盲腸癌による成人腸重積症の1例を経験し良好な結果を得たので,若干の文献的考察を加えて報告する.

Ⅱ 症  例

患者:81歳,女性.

主訴:上腹部痛.

既往歴:高血圧,虫垂炎(30年程前に緊急開腹虫垂切除術を施行).

内服歴:アムロジピンベシル塩酸塩.

家族歴:特記すべきことなし.

現病歴:来院3日前より上腹部痛が出現し,その後症状が改善しないため,当院に受診された.生来毎日普通便を認めており,今回の経過中に便通異常は認めなかった.

来院時現症:身長143.5cm,体重47.3kg,BMI 23.0kg/m2,体温36.3℃,血圧143/58mmHg,脈拍71回/分,整.腹部は平坦,軟,上腹部に軽度圧痛を認めた.腫瘤は触知せず,腹膜刺激症状は認めなかった.

来院時血液検査所見:白血球数は9,000/μLであったが,CRPは1.37mg/dLと上昇し,軽度の炎症所見を認めた.腫瘍マーカーは,CEA 24.7ng/dL,CA19-9<2U/mlであった.

腹部造影CT検査:上行結腸内に回腸末端が引き込まれ,同心円状の多層構造を呈するmultiple concentric ring signを認めた(Figure 1-a).内部には先進部と考えられる盲腸に造影効果を伴う腫瘍性病変を認めた(Figure 1-b).腸管には明らかな造影不領域や血流障害を疑う所見は認めなかった.リンパ節転移や遠隔転移を疑う所見は認めなかった.

Figure 1 

腹部造影CT検査・下部消化管内視鏡検査.

a,b:上行結腸内にmultiple concentric ring signを認める(矢印).内部には造影効果を伴う腫瘍性病変を認める.

c:整復前は先進部に発赤した粘膜面を認める.

d:整復後は発赤した粘膜面の口側の盲腸に1型の腫瘤を認める.

以上より,盲腸癌による腸重積症を疑い,全身状態が良好であったため,緊急大腸内視鏡検査を施行した.

大腸内視鏡検査:グリセリン浣腸60mlで前処置を行った.先進部の盲腸に1型の腫瘤を認めた(Figure 1-c,d).二酸化炭素の送気及びスコープを口側に押し出すことにより,腸重積は容易に整復された.生検結果は粘液癌であり,盲腸癌の診断となった.

腸重積整復後に,腹部症状は消失した.その後,入院にて経過観察を行い,腹痛の再燃や全身状態の増悪は認めず,整復3日後に待機的に腹腔鏡手術を施行した.

手術所見:大腿水平砕石位とし,心窩部,左上腹部,両側下腹部にトロッカーを挿入し,5ポートで腹腔鏡手術を開始した.腸重積は整復された状態であり,吻合予定の腸管には炎症所見は認めなかった(Figure 2).定型的に腹腔鏡下回盲部切除術(D3)を施行した.手術時間は136分,出血量は少量であった.

Figure 2 

術中画像.

術中,腸重積は整復された状態であり,吻合予定の腸管には炎症所見を認めなかった.

切除標本所見:盲腸に27×22mm大の1型腫瘍を認めた(Figure 3-a).

Figure 3 

摘出標本・病理組織学的所見.

a:盲腸に27×22mm大の1型腫瘍を認めた.

b,c:腫瘍の大部分が印環細胞を含む粘液結節からなる粘液癌を認めた.

b:HE染色×20 c:HE染色×100

最終病理学的検査所見では,粘液癌(muc),pT2(MP),int,INFb,ly1,v1,pPM0,pDM0,pN0(0/28),pM0,pStageⅠと診断された.

病理組織学的所見:腫瘍の大部分は,印環細胞を含む粘液結節が占めていた.盲腸癌,粘液癌(muc),pT2(MP),int,INFb,ly1,v1,pPM0,pDM0,pN0(0/28),pM0,pStageⅠと診断された(Figure 3-b,c).

治療経過:術後経過は良好であり,術後11日目に退院となった.術後補助化学療法は行わず,術後20カ月現在,無再発生存中である.

Ⅲ 考  察

成人腸重積症は全腸重積症の5-10%を占め 1,小児に比べ比較的稀である.小児腸重積症は特発性が90%以上であるのに対して,成人腸重積症では,80%以上が器質的疾患を有しており大多数が悪性腫瘍である 3),4.大腸の腸重積症では悪性腫瘍が58-83.3%を占め,S状結腸(42.7%),盲腸(30.3%)に好発する 5),6.盲腸癌は全結腸癌の約3%程度と絶対数が少ないにもかかわらず腸重積症が好発する理由は,形状が盲端になっていること,回盲部は腸管蠕動が最も強い部位であること,盲腸の後腹膜固定不良(移動盲腸)や総腸間膜症の合併等が挙げられる.虫垂切除の既往があれば,手術時に盲腸を後腹膜から剝離することも多く,固定不良(移動盲腸)の誘引になる可能性がある 7),8.肉眼型は腫瘤型に多く,これは大腸癌の進展様式が早期から腸管が固定されがちな浸潤型よりも内腔に腫瘤を形成する腫瘤型の方が腸管壁の伸展性が保たれ,蠕動による影響を受けやすく,重積しやすいためだとされる 9),10.自験例は,虫垂炎術後であり,盲腸の可動性は良好であった.さらに肉眼型は1型の腫瘤型であり,壁浸潤により固定されにくい深達度MPであった.

腸重積の治療方針は多岐に渡り,Figure 4に当院での治療戦略を示す 11.腹膜刺激症状を有し絞扼や穿孔が疑われる場合,経過中に症状の増悪を認める場合,全身状態が不良な場合には,術前の整復を行うことなく緊急手術が必要である.それ以外の症例では大腸内視鏡検査や注腸造影X線検査を使用した整復を考慮すべきと考える.しかし,整復については現在のところ一定の見解がないのが現状である.整復することで腸管の切除範囲を最小限にし,適切な切除範囲やリンパ節範囲を把握することができる一方,non-touch isolationの原則より整復により血行性転移や腹膜播種のリスクが増加する可能性があること,腸管損傷・穿孔のリスクがあることから整復はすべきでないとの意見もある 2),8),12.回盲部の腸重積症の場合には虫垂粘液腫や腹膜偽粘液腫の可能性もあり,整復せずに切除する方が良いとの意見もある 13.現在整復の有無が予後に影響するとの報告はなく,今後のさらなる症例の蓄積が必要である.当院では,可能な限り血液検査や腹部造影CT検査で腸管血流の評価を行い,絞扼や穿孔の可能性が低く,腸管浮腫が著明でない場合は,大腸内視鏡による整復を先行し,待機的に手術を行う方針としている.術前に内視鏡的整復を行うことで,病変部の肉眼型や進行度といった質的診断が可能となる 14.さらに大腸癌の約10%で認めるとされる多発病変の検索にも有用で必要に応じた口側観察が可能となる 15.一方,高圧浣腸による整復は,質的診断や口側観察等の利点に乏しく,当院では内視鏡的整復後の術前までの期間に腸重積が再発した症例や患者希望症例に限って施行している.

Figure 4 

当院における腸重積症の治療戦略.

腸重積に対して内視鏡的整復が不可能であった症例に関しては報告が乏しく,内視鏡的整復の成功率は現状不明である.当院の検討では,2015年から2019年の間に経験した成人腸重積症14例のうち5例で内視鏡的整復が行われており,全例で整復可能であった.5例のうち1例は骨髄異形成症候群の髄外病変である盲腸腫瘍と診断され,化学療法が施行された.残り4例は大腸癌3例(横行結腸癌1例,盲腸癌1例,上行結腸癌1例),小腸炎症性ポリープ1例であり,待機的に腹腔鏡手術を行うことが可能であった.

医学中央雑誌において2002年から2018年まで,「腸重積」「大腸癌」「内視鏡」「整復」「手術」をキーワードに検索したところ(会議録除く),大腸癌において術前に内視鏡的整復を行い,待機的に腹腔鏡手術を施行した報告例は自験例を含め11例であった(Table 1).平均年齢は64歳,男性3例(27%)・女性8例(73%)であった.女性に多い理由としては,男性に比べて腸管や腸間膜が長いこと,腸管と後腹膜との結合性が緩いこと,妊娠や分娩の反復による支持組織の弛緩等が考えられる 23),24.部位は,盲腸癌7例(64%),上行結腸癌3例(27%),S状結腸癌1例(9%)であり,右側結腸癌10例のうち移動盲腸は5例(50%)に認め,虫垂切除の既往は自験例のみであった.主訴は腹痛や全身倦怠感等様々であったが,腹膜刺激症状は全例で認めなかった.腫瘍径の平均は48mm大であり,自験例の27mm大は最小であった.肉眼型分類では,0型2例(18%),1型7例(64%),2型1例(9%)であり,浸潤型は認めなかった.組織型では,高分化型腺癌4例(36%),中分化型腺癌3例(27%),粘液癌2例(18%)であった.壁深達度は,SS以浅が10例(91%)であり,9例(81%)がStageⅠ,Ⅱであった.整復は自験例と同様に全例送気による内視鏡的整復が行われ,症例10では多発病変の検索が行われていた.手術までの期間は3日-21日であり,自験例は最短で手術が施行されていた.症例7のように手術待機期間中に腸重積が再発したという報告も認めており 21,腸重積解除後の根治手術の時期については今後のさらなる症例の蓄積が必要である.

Table 1 

術前に内視鏡的整復を行い,待機的に腹腔鏡手術を施行した大腸癌の本邦報告例.

Ⅳ 結  語

今回われわれは,内視鏡下に整復し,待機的に腹腔鏡下回盲部切除術を施行し得た盲腸癌による成人腸重積症の1例を経験した.

なお,本論文の一部は第80回日本臨床外科学会総会(2018年11月,東京)にて発表した.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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