日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
Helicobacter pylori未感染胃粘膜に生じた腸型分化型胃癌の質的診断にlight blue crestとwhite opaque substance陽性所見が有用であった1例
綿田 雅秀 上尾 哲也高橋 晴彦米増 博俊勝田 真琴秋山 英俊峯崎 大輔下森 雄太垣迫 陽子村上 和成
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2021 年 63 巻 10 号 p. 2192-2198

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要旨

症例は34歳男性.前庭部にびらん様の陥凹を伴う10mm大の隆起性病変を指摘されたが質的診断は困難であった.制酸薬投与後に再評価を行ったところ,narrow band imaging併用拡大観察で明瞭な腫瘍境界内に,不整な微小血管構築像と表面微細構造が確認された.部分的にlight blue crestおよび不整なwhite opaque substanceを認め,腸型分化型癌と診断し内視鏡的粘膜下層剝離術を行った.背景粘膜の内視鏡および組織所見に萎縮・腸上皮化生を認めず,血清H. pylori抗体,便中抗原も陰性であった.最終病理診断は,H. pylori未感染粘膜に発生した腸型分化型胃癌(粘膜内癌)であった.

Ⅰ 緒  言

近年Helicobacter pyloriH. pylori)未感染胃癌の症例報告が散見されるようになったが,その多くは未分化型癌(印環細胞癌),あるいは胃型粘液形質の分化型癌である 1.しかしその中で非常に稀ではあるが,腸型粘液形質を発現した早期の分化型癌の報告もある.今回,術前の狭帯域光観察(narrow band imaging:NBI)併用拡大観察下に腸型粘液形質発現の指標となるlight blue crest(LBC) 2および白色不透明物質(white opaque substance:WOS) 3を認め,腫瘍の腸型粘液形質発現までも診断し得たH. pylori未感染分化型胃癌を経験したので報告する.

Ⅱ 症  例

症例:34歳,男性.

既往歴:特記事項なし.

生活歴:喫煙20本/日を14年間.飲酒歴はなし.

現病歴および経過:20XX年10月に検診の胃X線造影検査異常の精査目的で上部消化管内視鏡検査を施行され,幽門前庭部の粘膜不整病変より生検でGroup 3と診断され当科へ紹介となる.

入院時現症:身長177cm,体重70kg.

入院時検査所見:特記すべき異常値なし,H. pylori血清抗体3.0U/ml未満,便中抗原陰性(過去にH. pyloriの除菌歴はなく,抗菌薬の長期内服歴もなし).

上部消化管内視鏡検査:背景粘膜に明らかな萎縮・腸上皮化生粘膜はなく,胃角小彎までregular arrangement of collecting venulesを確認でき,H. pylori未感染を示唆する所見であった.白色光通常観察にて前庭部後壁に発赤調の中心部にびらん様の陥凹を伴う10mm程度の隆起性病変を認めた(Figure 1-a).NBI併用拡大観察では,腫瘍としての境界がはっきりせず,滲出物の影響で陥凹面の観察は難しいこともあり,上皮性腫瘍か否かの質的診断が困難であった(Figure 1-b,c).胃酸によるびらんを生じている印象を受け,制酸薬(potassium-competitive acid blocker;P-CAB)を21日間投与し,再評価を行った.同病変は隆起がやや平坦化し,色調は褪色調に変化していた(Figure 2-a).NBI併用拡大観察では明瞭なdemarcation line(黄矢印)を認め,内部の微小血管構築像と表面微細構造は,共に形状は不均一で,分布は非対称性,配列は不規則であり,不整と判断した(Figure 2-b~d).背景粘膜に有意な所見はないものの,腫瘍の一部にLBCおよびirregular WOSが出現しており,腸型粘液形質発現の分化型胃癌を強く疑った(Figure 2-c,d).腫瘍径10mm大,深達度は粘膜内に留まる早期胃癌0-Ⅱa+Ⅱcと診断して内視鏡的胃粘膜下層切開剝離術にて一括切除した.

Figure 1 

初診時の上部内視鏡像.

a:通常観察像.前庭部後壁に発赤調の中心部にびらん様の陥凹を伴う10mm程度の隆起性病変を認める.

b-d:NBI観察像.腫瘍としての境界がはっきりせず,滲出物の影響で陥凹面の観察は難しいこともあり,上皮性腫瘍か否かの質的診断が困難である.LBC,WOSは指摘できていない(cはb内cʼ部の拡大,dはb内dʼ部の拡大).

Figure 2 

P-CAB投与後の上部内視鏡像.

a:通常観察像.病変は平坦化し,色調は褪色調に変化していた.

b-d:NBI観察像.明瞭な腫瘍境界(黄矢印)を認め(b),腫瘍の一部にirregular WOS(c),LBC(d)の出現(黄矢印)が確認できた(cはb内cʼ部の拡大,dはb内dʼ部の拡大).

病理組織標本:腫瘍径は9×9mmの高分化管状腺癌(粘膜内癌)であった(Figure 3-a,b).免疫組織学的染色にて腫瘍の粘液形質は,10%以上の腫瘍細胞に染色されたものを陽性と判断し 4,CD10,MUC2陽性,MUC5AC,MUC6陰性であり,完全腸型と診断した(Figure 3-c~f).腫瘍部で確認されるCD10および脂肪滴の存在を意味するadipophilinの発現は,NBI併用拡大観察で認められたLBCとWOS陽性所見に合致する結果であった(Figure 3-c,g).またupdated Sydney systemのvisual analogue scale 5に準じて,胃内の5点生検標本およびESD標本の腫瘍周囲背景粘膜を組織学的に検討した結果,萎縮・腸上皮化生といった組織学的胃炎の所見はなく,H. pylori未感染の背景粘膜と診断した.以上より最終診断はL,Ant,Type 0-Ⅱa+Ⅱc,9×9mm,tub1(intestinal type),pT1a(M),pUL0,Ly0,V0,pHM0,pVM0.H. pylori未感染粘膜に発生した完全腸型分化型胃癌であった.

Figure 3 

病理組織像.

粘膜内に高分化腺癌を認める(a:HE染色ルーペ像,b:HE染色100倍).

免疫組織学的染色にてCD10(c)とMUC2(d)は腫瘍細胞に陽性,MUC5AC(e)とMUC6(f)は陰性であり,完全腸型粘液形質を示す.腫瘍表層窩間部に脂肪滴の存在を意味するadipophilin(g)の発現を認める.

Ⅲ 考  察

胃上皮性腫瘍(腺腫,癌)の腫瘍粘液形質発現のうち腸型粘液形質を予測し得る内視鏡所見として,LBC 2とWOS 3があげられる.LBCは小腸の吸収上皮の刷子縁を示すものであり,胃では,H. pylori持続感染による腸上皮化生粘膜においてNBI拡大観察にて認識可能となる 2.LBCは腸型腺腫や一部の分化型癌でも確認されることがあるが,その場合は腫瘍上皮が小腸型に分化していることを意味する 6.一方WOSは,腸上皮化生粘膜や胃上皮性腫瘍における上皮に凝集した脂肪滴を見たものである 7),8.つまり,その上皮に脂肪吸収能力があることを示していると言える.また,上皮性腫瘍においてWOSが発現した場合は,その腫瘍が腸型の粘液形質を有し,組織学的に分化度の高いことが予測される 9.今回のH. pylori未感染胃癌はこのLBC,WOS両者の陽性所見を確認でき,腸型(小腸型)粘液形質発現の腫瘍であることが予測可能であった.

近年,H. pylori未感染胃粘膜からの腸型の分化型癌の報告が散見されるようになった.PubMedにて「Helicobacter pylori negative」「gastric adenocarcinoma」,医学中央雑誌(会議録を除く)にて「Helicobacter pylori陰性」「胃癌」をkey wordに1981年から2020年8月までの期間で検索を行ったところ,詳細な内視鏡所見と腫瘍粘液形質の検討がなされた症例のうち,腸型もしくは腸型優位の胃腸混合型を発現している分化型癌の報告は7例であった 10)~16.自験例を加え,8例でその特徴を検討した(Table 1).男女比は3:5で女性にやや多く,40歳代までの若年発症例が4人と半数を占めていた.発生部位が全例で前庭部であり,一つの特徴と考える.その理由についての言及は難しいが,解剖学的に前庭部に腫瘍が偏在する要因の一つとして胆汁酸暴露の関与が考えられている.H. pylori感染の有無に関わらず,胆汁酸により腸上皮化生や胃癌の発生が実験的に報告されており 17,自験例でも胆汁酸が発癌に関わった可能性を否定できないと考える.

Table 1 

H. pylori未感染胃粘膜に発生した腸型分化型胃癌の報告例.

腫瘍の深達度からは,全例が粘膜内癌の段階で発見されており,かつ組織型も高分化管状腺癌と診断されている.これは,H. pylori未感染状態の炎症および腸上皮化生が存在しない胃粘膜に,腸型粘液形質の分化型癌が突然発生していることを示しており,これまでの胃癌発生の仮説では説明しづらい.また,興味深いことに,全例で詳細なNBI観察を行われているが,自験例以外の症例では腸型粘液形質の指標とも言えるLBCおよびWOSは確認されていない.LBCおよびWOSが確認でき,腫瘍粘液形質発現の質的診断まで可能であった症例は,本例が初めてであり,貴重な症例と言える.

今回の症例でWOSの観察が可能になった理由として,P-CAB投与による胃酸環境の変化が強く影響していると考える.われわれはこれまで腸上皮化生粘膜や胃上皮性腫瘍におけるWOSの出現が胃内の酸環境に強く影響されていることを報告してきた 18)~20.特にH. pylori除菌成功後での胃酸分泌が回復した症例では,リパーゼが不活化し,WOSの正体である脂肪吸収がうまく行われないため,腸上皮化生粘膜や上皮性腫瘍(腺腫・分化型癌)においてWOS出現が難しいと考えられる.逆に胃酸環境を中和した環境を作ればリパーゼが活性化し,脂肪吸収が可能になることからWOSが出現しやすくなると考えている 18)~20.つまりWOS発現可能な特徴を有する上皮性腫瘍(腸型腺腫もしくは腸型形質を有する分化型癌)であっても,除菌後の強酸状態では,その腫瘍が持つ本来の特徴を表現できない可能性を考えている.本例においても初回観察時はWOSの出現は確認できず,酸によるびらんの可能性を疑いP-CAB投与を行ったことで,WOSが出現したと推測している.一方LBCについてはWOSほど明確ではないが,除菌後の腸型管状腺腫や低異型度腸型分化型胃癌において制酸薬を投与することで腫瘍内にLBCが観察可能になる症例を経験しており,やはり強酸下ではその発現に影響を与えると考えている 20),21

胃内酸環境の観点から考えても,H. pylori未感染の胃内酸環境は通常強酸状態であるため,H. pylori未感染胃から発生した分化型癌においても,特に腸型粘液形質を有する場合はその腫瘍が持つ本来の特徴(LBC,WOS出現を含む)を,強酸下では表現できていない可能性がある.特にH. pylori未感染状態で前庭部に単発のびらんを認める場合や,多発びらんの中で形態の異なるびらんを認める場合は,制酸薬投与後の再評価が質的診断向上につながる可能性がある.適切な腫瘍の質的診断のためにも,この現象に関しては今後の更なる検討が必要と考える.

Ⅳ 結  語

非常に稀なH. pylori未感染背景粘膜から発生した完全腸型粘液形質を有する分化型胃癌の1例を経験した.本症例において,LBCおよびWOS陽性所見が腫瘍の粘液形質診断に極めて有用であった.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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