症例は53歳の男性で歩行中に失神した.入院後に凝血塊を伴う血便があり,大腸内視鏡で横行結腸脾彎曲部に周囲に発赤を伴う径20mmの大きな粘膜下腫瘍様の隆起があった.腹部~骨盤造影CTで脾動脈瘤を伴う膵仮性囊胞が横行結腸を圧排していた.同日夜に,突然の腹痛と多量の血便があった.転院後のCTで腸管内への造影剤の漏出を認めたため,緊急手術が施行された.病理組織学的検査で脾動脈瘤を伴う膵仮性囊胞が結腸に穿通していた.過去の報告で膵仮性囊胞結腸瘻の典型像は瘻孔形成である.ただ,完全に瘻孔が形成されていない穿通例では,本症例のような拍動を伴わない粘膜下腫瘍様隆起を呈することがあり注意が必要と考える.
膵仮性囊胞は感染,消化管穿通・瘻孔形成,出血,消化管・胆管閉塞を合併することが知られている 1).消化管穿通・瘻孔形成は合併症の約5%にみられ,胃が最も多く,次いで十二指腸,結腸が報告されている 2).今回,脾動脈瘤を伴う膵仮性囊胞が横行結腸に穿通し,出血に伴う失神で救急搬送された1例を経験したので報告する.
患者:53歳,男性.
主訴:失神,顔面打撲.
既往歴:過敏性大腸症候群(52歳).
内服薬:ビフィズス菌製剤3g/day.
生活歴:20歳からビール500ml/日を33年.
現病歴:約1年前からときどき腹部の鈍痛があり,近医で過敏性大腸症候群と診断され通院していた.来院1週間前から血便があり,5日前にかかりつけ医を受診し,内痔核からの出血と診断された.その後も断続的に血便が続いていた.来院当日,バスを降りてしばらく歩いていたところ,意識消失後に転倒し救急搬送された.
来院時現症:身長176cm,体重65.4kg(BMI 21.1kg/m2).意識レベル Glasgow coma scale E4V5M6(15点),血圧142/97mmHg,脈拍77回/min,呼吸数24回/min,SpO2 99%(room air),体温36.6℃であった.転倒により左頬部に約3cmの挫創と右手背に擦過傷があった.腹部は平坦,軟で圧痛,腹膜刺激症状はなかった.直腸診で黒色便・血便はなかった.
搬送時検査所見:血液生化学・凝固機能検査(Table 1)で軽度の貧血Hb 12.9g/dl,D-dimer 3.8μg/mlの上昇があったが,BUN/Creの解離はなかった.腹部超音波検査では腹腔内の液体貯留はなく,心電図,心臓超音波検査,頭部CTでも異常はなかった.
臨床検査成績.
入院後経過:循環器内科を併診したが,心原性失神を積極的に疑う所見はなかった.直腸診で血便や黒色便はなかったが,血便のエピソードがあったため,上部消化管内視鏡検査を行った.十二指腸下行脚までの観察範囲内であきらかな出血源はなく,経過観察目的に入院した.入院後深夜に凝血塊を伴う血便が出現したが,循環動態は安定していた.第2病日に前処置を行い,大腸内視鏡検査を行った.前処置であきらかな血便はなく,内視鏡挿入時にも出血はなかった.引き抜き時の観察で横行結腸脾彎曲部に径20mmの発赤を伴う粘膜下腫瘍様の隆起(Figure 1-a,b)があった.隆起性病変に拍動や瘻孔はなく1カ所生検した.生検後は少量の出血があったがすぐに止血した.同日実施した腹部~骨盤造影CT検査(Figure 2-a,b)で膵尾部に直径28.3×16.6×24.7mmの脾動脈瘤を伴う膵仮性囊胞が横行結腸間膜に沿って脾彎曲部で横行結腸を圧迫していた.造影剤の血管外漏出は認めなかった.4年前に実施した腹部~骨盤造影CT検査では膵尾部,脾動脈に異常はなかった.第3病日に脾動脈塞栓術を予定した.第2病日深夜に腹痛と大量の凝血塊を伴う血便が出現し,高次医療機関に転送した.転院先で実施した腹部~骨盤造影CT(Figure 3-a,b)で造影剤の腸管内への漏出があった.同日緊急手術を行い,脾門部のやや中枢側に動脈瘤があり,膵尾部,横行結腸と癒着していた.膵尾部,横行結腸,脾動脈瘤を一塊にして切除した.病理組織学的検査では脾動脈瘤(10×12×4.5mm)を伴った膵仮性囊胞が結腸固有粘膜層を貫き結腸表面に穿通していた.
大腸内視鏡検査.
a:引き抜き時の観察で肛門縁から約40cmの脾彎曲部付近に径20mmの粘膜下腫瘍様の隆起性病変があった.
b:隆起性病変に拍動はなく,周囲に発赤を伴っていた.
初回腹部骨盤造影CT.
a:横断面にて膵尾部に28.3×16.6×24.7mmの脾動脈瘤(白矢印)を伴う仮性膵囊胞を認めた.
b:冠状断面にて仮性膵囊胞は横行結腸間膜に沿って広がり脾彎曲部で横行結腸を圧排していた(白矢印).
転院後腹部骨盤造影CT.
a:冠状断面にて脾動脈瘤から仮性膵囊胞内への造影剤の血管外漏出(白矢印)を認めた.
b:横断面にて仮性膵囊胞から横行結腸内への造影剤漏出を認めた(白矢印).
改めて第2病日に実施した腹部~骨盤造影CTを振り返ると,脾動脈瘤内のCT値は単純撮影時22.3HU,造影時38.3HUと若干の上昇があったが,動脈瘤からの出血を示唆する所見ではなかった.一方,脾動脈瘤は非常に大きく,周囲に血餅を伴っていた.
膵仮性囊胞結腸瘻は,囊胞内の膵酵素の活性化により炎症が惹起され,消化管壁の脆弱化や虚血がおこり瘻孔が形成される 1),3).ときに,膵仮性囊胞の炎症が周囲の血管に波及すると仮性動脈瘤を形成することが報告されている 4).このため稀ではあるが,脾動脈瘤を伴う膵仮性囊胞が結腸に瘻孔を形成し,消化管出血をきたす症例が報告されている 5)~7).いずれの症例でも仮性動脈瘤から多量の消化管出血をきたし,一過性意識消失,ショックとなっている.本症例でも,歩行中に誘因なく失神し,入院後に凝血塊を伴う血便が出現した.経過から脾動脈瘤を伴う膵仮性囊胞結腸瘻から一過性に出血し,失神をきたしたと考えた.
膵仮性囊胞結腸瘻についてPubmed/医学中央雑誌で“Pancreatic pseudocyst”,Fistula,Colon/膵仮性囊胞,結腸,瘻孔をキーワードに検索したところ,25例の報告があった.内訳は男性が22例(55±2.4歳),女性が3例(80±2.3歳)で男性に多かった.膵仮性囊胞結腸瘻をきたした部位として横行結腸13例,下行結腸12例であった.また,7例で脾動脈瘤を伴い,全例でショックを伴う消化管出血を合併していた.25例の中で17例に大腸内視鏡検査が行われ,3例は多量の出血・凝血塊のため出血点・瘻孔の同定ができなかった.残る14例に自験例の1例を加えた15例(Table 2)の内,8例では径14-50mmの瘻孔を形成し,5例では粘膜の発赤・浮腫・狭窄があったが,瘻孔は確認できなかった.この他2例で拍動のない粘膜下腫瘍様隆起性病変があり,内視鏡で同定可能な瘻孔はなかった.内視鏡所見の特徴のまとめとして,結腸への瘻孔形成が典型像ではあるが,完全に瘻孔が形成されていない穿通例では粘膜下腫瘍様隆起を呈する症例もあった.
膵仮性囊胞結腸瘻に対する内視鏡施行例.
本症例でも,横行結腸脾彎曲部に径20mmと大きな拍動を伴わない粘膜下腫瘍様の隆起があり,過去の報告と類似していた.25例の中で11例に病理組織学的検査が実施され,内視鏡検査や手術時に瘻孔が同定できなかった全例で周囲に炎症細胞浸潤を伴う穿通があった.
本症例でも内視鏡検査であきらかな瘻孔はなかったが,病理組織学的検査で穿通があり,この穿通部分から間歇的な消化管出血があったと考えた.過去の報告から,瘻孔形成が膵仮性囊胞結腸穿通の典型像と考えられる.しかし,完全に瘻孔が形成されていない穿通症例では,本症例のような拍動を伴わない粘膜下腫瘍様隆起を呈することがあると考えた.
下部消化管出血の80-85%は自然に止血する 8).一方,上部消化管出血でも10-15%が初期症状として血便をきたし,出血量が多いとショックに陥る危険がある 9).原因不明の消化管出血に対しては出血源検索に造影CTを行うことが推奨されている 10).本症例では,初診時に上部消化管検査,直腸診に異常がなく,血便の訴えを内痔核からの出血と判断した.このため,腹部~骨盤造影CT検査を実施する機会を逸したことが大きな反省点である.
更に,腹部造影CTを再検討したところ,脾動脈瘤は周囲に血餅を伴っていることから切迫破裂を疑うべきであり,迅速に脾動脈塞栓術を行うべきだったと考える.
脾動脈瘤を伴う膵仮性膵囊胞が横行結腸に穿通し,出血に伴う失神で救急搬送された1例を経験した.横行結腸から下行結腸脾彎曲部の隆起を伴わない潰瘍あるいは瘻孔に加え,本症例の様な拍動を伴わない粘膜下腫瘍様隆起では膵仮性囊胞結腸瘻も鑑別にいれた診療を行うべきと考える.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし