2021 年 63 巻 2 号 p. 195-199
75歳男性,一過性脳虚血発作で入院経過観察中にS状結腸による左鼠径ヘルニア嵌頓を併発.大腸内視鏡施行しヘルニア嚢内のS状結腸内容を可及的に吸引減圧しヘルニア嚢は著明に縮小,用手的にS状結腸還納可能となり緊急手術を回避し後日待機的に根治術を施行し得た.鼠径ヘルニアの嵌頓は比較的実臨床で遭遇し得る疾患であり緊急手術の適応であるが,高齢者では様々な併存疾患による手術リスクが問題となり待機手術が望ましく有用な処置と思われ文献的考察を含め報告する.
鼠径ヘルニアは経年的に発症頻度が高くなり 1)~3)高齢化社会において実臨床で遭遇する機会は多いが時に嵌頓や絞扼により緊急手術に至る 2)~4).高齢者の緊急手術では様々な併存疾患がリスクとなり 5),6)適切な術前検査を経た待機手術が望ましい.今回われわれはS状結腸の鼠径ヘルニア嵌頓に対し大腸内視鏡的減圧術を施行し用手的に還納に成功,緊急手術を回避し待機手術を可能とし得た1例を経験した.貴重な症例と考えられ文献的考察を加えて報告する.
患者:75歳,男性.
主訴:左鼠径部から陰嚢の膨隆と左下腹痛.
既往歴:高血圧.
家族歴:特記すべきことなし.
生活歴:喫煙20本/日を20歳時から60歳過ぎ頃まで.飲酒は機会飲酒.
現病歴:意識消失にて搬送され一過性脳虚血発作診断にて入院加療となった.7病日目に左下腹痛を訴え前日まで認めなかった左鼠径部より陰嚢にかけた膨隆を認めた.
現症:身長153cm,体重42kg(BMI 17.9).Performance Status 2.意識清明.血圧153/85mmHg,脈拍84回/分.SpO2 93%(room air).体温36.8℃,腹部:平坦,軟で左下腹部に圧痛認めるも腹膜刺激兆候は認めなかった.腸雑音弱.表在リンパ節は触知せず.左鼠径部より陰嚢にかけた著明な腫脹を認め陰嚢は手拳大に達していた.
血液検査所見:WBC 14,100/μL,CRP 4.46mg/dLと炎症反応が高値である以外に特記すべき所見は認めなかった.
腹部CT検査所見:S状結腸がヘルニア内容で陰嚢まで達する左鼠径ヘルニア(Figure 1)を認めた.腹水は認めなかった.

腹部CT検査所見.
陰嚢内にヘルニア内容のS状結腸(矢印)を認める.
以上より,S状結腸脱出による左鼠径ヘルニア嵌頓と診断した.用手的に還納試みるも不可であった.原疾患による緊急手術リスクを鑑み外科待機のもと大腸内視鏡(CF-Q260AI;Olympus Optical Co, Tokyo, Japan)を用いヘルニア内容の吸引減圧を試みた.可及的に送気を控え水浸法で挿入し必要時は炭酸ガス送気を使用した.鼠径部のヘルニア門よりスコープの先端は体表より触知および透過光の併用で位置確認は可能であった.ヘルニア門の位置で便が貯留し(Figure 2)強洗浄,吸引と鉗子を用い可及的に吸引減圧を繰り返した.粘膜虚血所見の有無を確認しつつ慎重にスコープを進めヘルニア嚢先端の陰嚢よりさらにヘルニア門口側腸管までループ形成しないよう吸引減圧を施行した(Figure 3).左鼠径部から陰嚢にかけた腫脹は著明に縮小し直後のCT検査にて穿孔等異常は認めず(Figure 4)用手的還納も今回は容易に成功し得た(Figure 5).後日施行した全大腸内視鏡検査では虚血所見等認めなかった.上部消化管内視鏡検査では胃体下部後壁に深堀れ潰瘍を認めた.術前評価(呼吸器,循環器)および胃潰瘍軽快後に待機的に鼠径ヘルニア根治術を施行した.ヘルニア内容は腹水のみでS状結腸の脱出は認めなかった.術後は合併症なく経過,術後10日目にリハビリ病棟に転棟後退院した.

大腸内視鏡検査所見.
左ヘルニア門部より口側腸管は糞便で充満.

大腸内視鏡検査所見.
腸内容の吸引減圧を進める.ヘルニア門口側腸管(矢印).

腹部CT検査所見.
内視鏡的減圧術後ヘルニア内容のS状結腸(矢印)は縮小.

腹部CT検査所見.
S状結腸(矢印)は用手還納されている.
鼠径部ヘルニアは全世界で年間2千万件もの手術が行われ最も多く施行される手術の一つである 2),3).生涯罹患率が男性で27-43%,女性で3-6%と男性に多く 7)嵌頓の発生は年間0.3-3.0%程度と高くはないが高齢者と女性に多いとされる 3),7),8).治療の基本は手術であるが無症状や軽度な症状であれば経過観察も許容される.生活に困る程度の有症状例や絞扼の危険を有する嵌頓症例は原則として手術適応であり,とくに絞扼症例や急性に発症した有症状の嵌頓症例は緊急手術適応とされる 2)~4).ヘルニア手術の術死率は待機手術において0.2-0.5%であるが緊急手術では2.9-8.6%と上昇する 2),8)~11).またWeyheらの39論文57万症例のシステマティックレビューではヘルニア周術期合併症は2.9-8%で起こり,そのうち侵襲的加療を要する合併症(Clavien-Dindo分類Ⅲ以上)が22%に上る.関連する因子として①年齢(>65歳),②ASAスコア(米国麻酔学会術前状態分類:Ⅲ以上),③糖尿病,④喫煙,⑤緊急手術,⑥麻酔様式,⑦手術器材の充足度(男性のみ両側性)が指摘されている 5).本症例では高齢,ASAスコアⅢ,高度喫煙者であったことより緊急手術となると①②④⑤の4因子を有し術後の合併症が危惧される症例であった.
実臨床では急性に発症したヘルニアではまず絞扼が否定されれば用手的還納を試みる 12),13)が三重野は用手的還納を避ける条件として,①嵌頓後6時間以上経過したもの,②局所の皮膚の発赤・腫脹したもの,③局所の圧痛の著明なもの,④腹部単純X線で鏡面像を認めるもの,⑤USやCTで絞扼腸管が疑われたもの,⑥他院で整復が失敗したもの,⑦全身状態のよくないものとしている 13).本症例は症状と臨床所見,CT所見より明らかな絞扼は示唆されず整復を試みたが不可であった.緊急手術リスクを考慮し充分な同意のもと外科緊急手術待機下で大腸内視鏡によるヘルニア内容であるS状結腸の減圧を試みた.
現状では嵌頓ヘルニアにおいて緊急手術適応に関して超音波,CTはじめ様々なmodalityが報告されるも決定的なものはなく臨床所見と合わせ総合的に評価するしかない 14).
近年の本邦での嵌頓手術症例での報告では腸切除の割合は9-33%であり腸切除を必要としない場合が多い 15)~18).そのため嵌頓症例が本症例のように還納可能となればリスクの高い緊急手術を回避しより安全な待機手術が可能となる.すなわち心肺機能評価や手術リスクを下げる各種リハビリの施行および潜在的併存症の発見等につながり,より安全な待機手術が可能となりとくに高齢者には望ましいと思われる 6),19).在院日数の短縮にもつながり医療経済的にも望ましい 12),15).また高齢者においては鼠径ヘルニア内容が結腸の場合癌を併発している症例も報告が増えており 20),21)術前の内視鏡による評価が可能となる利点もある.本疾患では術前に上下部内視鏡検査の施行により胃潰瘍が見つかり治療により周術期の潜在リスクを下げることができた.
鼠径部ヘルニアの内容としては可動性に富む小腸が最多で次に大網が続きこれらが多数を占めその他に“uncommon content”として虫垂や卵管等が認められる 22)~24).結腸は稀であるが近年下部消化管内視鏡検査の普及に伴い検査を起因として発症する報告が散見される 25),26).またその内容特性より巨大な鼠径陰嚢ヘルニアとして報告が散見されるがほとんどが発症より長期間経過した非還納性ヘルニアであり待機手術となっている 27),28)が嵌頓症例では緊急手術となっていた 29).
大腸内視鏡的減圧術はOgilvie症候群(急性結腸偽閉塞症)に対する緊急処置として有用な手技であるが 30),31),非還納性例または本症例のように発症間もない嵌頓例での鼠径ヘルニアに対し大腸内視鏡減圧術を試みた報告に関しては,医学中央雑誌Webで「大腸内視鏡」「大腸内視鏡的減圧術」「鼠径ヘルニア」「嵌頓ヘルニア」(会議録を除く)およびPubMedで「colonoscopy」「colonoscopic decompression」「inguinal hernia」「incarcerated hernia」をキーワードに文献を検索し得る限り報告例はなく貴重な症例と思われた.本手技の特性のためヘルニア内容が結腸であることと絞扼所見を認めないという条件により適応症例は限局されるが緊急手術がリスクとなる高齢者には有意義と思われる.手技的には大腸ステント留置後の便塊等による再閉塞に対し通常行う内視鏡的洗浄や鉗子を用いた処置 32)の応用であり難易度は高くない.留意すべき点としては,緊急手術に移行可能な状況下で行うこと,症状と粘膜所見を確認しつつ慎重に行い疼痛の増悪,虚血所見が確認されたら即時に中止すること,終了時に臨床所見,CT等にて穿孔等の合併症の有無を確認することがあげられる.
安全に施行する工夫として浸水法で挿入し炭酸ガス送気を使用した.また本症例では緊急にて使用できなかったが可能であれば透視下での処置が腹腔内およびヘルニア嚢内のスコープ形状の確認が可能となり安全に施行するうえで有用と思われる.手技上の注意点としては内視鏡挿入時と抜去時にヘルニア嚢先端で結腸ループが形成されると抜去時ヘルニア門でスコープが嵌頓する危険があるため 25),26)ループ形成しないよう誘導することやループ形成した際には陰嚢内でループの孤を把持するPully techniqueが有用である 33).以上の点に留意したうえで施行されれば本手技は適応症例は限局されるものの,結腸が内容である嵌頓鼠径ヘルニアに対し緊急手術を回避し得る効果的な選択肢となり得ることが示唆された.
大腸内視鏡減圧術によりS状結腸嵌頓鼠径ヘルニアの緊急手術を回避し得た.高齢化とともに増える疾患であるが併存症を鑑み待機手術が望ましい.ヘルニア内容,施設状況により限定されるものの適応となる症例において本手技は有用と思われた.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし