日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
Epstein-Barr virus関連胃癌と一般型早期胃癌が併存した多発胃癌の1例
長谷川 綾平 名和 晋輔森 智子中島 俊和小島 真弓中澤 幸久西川 恵里
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2021 年 63 巻 4 号 p. 401-406

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要旨

EBV関連胃癌とEBV非関連の一般型早期胃癌との併存例を経験したので報告する.76歳男性.1カ月間ほど続く心窩部痛を主訴に当院を受診された.上部消化管内視鏡検査にて胃体上部小彎から後壁にかけて広範囲の3型腫瘍と胃前庭部前壁に0-Ⅱc病変を認めた.生検にて3型腫瘍からはリンパ球と形質細胞が高度浸潤した低分化腺癌を認め,0-Ⅱc病変からは一般型腺癌の診断が得られ胃全摘出術を施行した.両病変に対しEpstein-Barr virus encoded RNA in situ hybridization(EBER-ISH)を施行したところ,3型腫瘍はEBV陽性,0-Ⅱc病変はEBV陰性であった.多発胃癌においてEBV関連胃癌の存在率は単発胃癌よりも高く,その存在を念頭において診療にあたることが重要である.

Ⅰ 緒  言

特殊型胃癌に分類される胃リンパ球浸潤癌の多くは,Epstein-Barr virus(EBV)感染とも関係しており「EBV関連胃癌」と呼ばれ近年注目されている.今回われわれは,一般型早期胃癌との多発癌の形式をとったEBV関連胃癌の症例を経験したので,文献的考察を加えて報告する.

Ⅱ 症  例

患者:76歳,男性.

主訴:心窩部痛.

既往症:肺気腫(12年間),胃食道逆流症(5年間),進行前立腺癌(2年間:エンザルタミド(160mg/日),デガレリクス(80mg/4W)での内分泌療法を継続中).

内服薬:ランソプラゾール(15mg),エンザルタミド(160mg/日),タムスロシン(0.2mg),スピオルトレスピマット(60μg×2吸入).

生活歴:飲酒なし,喫煙20本/日(55年間,20歳~75歳).

家族歴:特になし.

現病歴:1カ月間ほど前から食事中,特に熱いものを摂取すると心窩部痛を生じるため当院を受診した.発熱なく下痢症状も認めていない.

来院時現症:身長171.9cm,体重63.1kg,BMI21.4.腹部所見で心窩部に軽度圧痛を認め,腫瘤病変は触知しなかった.

来院時血液検査所見:特記すべき異常値を認めず,腫瘍マーカーにおいてもCEA:4.4ng/ml,CA19-9:12.5U/mlと正常範囲内であった.

上部消化管内視鏡検査所見(Figure 1):胃粘膜には萎縮があり,胃体上部小彎から後壁にかけての3型腫瘍と胃前庭部前壁に0-Ⅱc病変を認めた.生検の結果,Helicobacter pyloriは陽性であり,3型腫瘍にてリンパ球と形質細胞が高度浸潤した低分化腺癌を認め,0-Ⅱc病変は一般型腺癌(tub2)の診断であった.

Figure 1 

上部消化管内視鏡写真.

a:胃体上部小彎から後壁にかけての3型腫瘍を認める.

b:胃前庭部前壁に0-Ⅱc病変を認める.

腹部造影CT所見(Figure 2):胃体上部に壁肥厚を認め,明らかな胃所属リンパ節の腫大や遠隔転移病巣は認めなかった.以上より,多発胃癌の診断にて胃全摘術を計画した.

Figure 2 

腹部造影CT画像.

胃体上部に壁肥厚を認め(矢印),明らかな胃所属リンパ節の腫大や遠隔転移病巣は認めなかった.

手術所見:上腹部正中切開で開腹.腹膜播種や腹水は認めなかったが胃腫瘍の膵体部浸潤が疑われ,膵脾合併切除での胃全摘術,D2リンパ節郭清,Roux-en-Y再建を施行した.

切除標本所見(Figure 3):胃体上部小彎に120×80mm大の3型腫瘍(A)と,前庭部前壁に11×11mm大の0-Ⅱc病変(B)を認めた.

Figure 3 

切除標本写真.

A:胃体上部小彎に120×80mm大の3型腫瘍を認める.

B:胃前庭部前壁に11×11mm大の0-Ⅱc病変を認める.

病理組織学的所見(Figure 4):病変Aはリンパ球と形質細胞が高度浸潤した低分化腺癌を認めた(Figure 4-a).腫瘍は漿膜表面に露出し胃と膵臓とは癒着していたが膵実質への腫瘍浸潤は認めなかった.病変Bは高分化管状腺癌と診断された(Figure 4-c).

Figure 4 

病理組織像.

a:リンパ球と形質細胞が高度浸潤した低分化なリンパ球浸潤癌を認めた(H.E染色×200).

b:EBER陽性の敷石状増生を認めた(EBER-ISH×100).

c:異型円柱上皮細胞が不整に増生する高分化腺癌を認めた(H.E染色×200).

d:EBERの発現は認められなかった(EBER-ISH×100).

両病変に対しEBV-encoded RNA ISH(EBER-ISH)を施行すると,病変AはEBER陽性の敷石状増生を認めたが(Figure 4-b),病変BにはEBER発現はみられなかった(Figure 4-d).最終診断は病変A:Carcinoma with lymphoid stroma, U, Less, Type3, pT4a(SE), Ly0, V1a, pPM0, pDM0, pN0(0/61), CY0, pStage ⅡB.病変B:Tubular adenocarcinoma, well differentiated, L, Ant, Type 0-Ⅱc, tub1>tub2, pT1a(M), Ly0, V0, pPM0, pDM0, pN0(0-61), CY0, pStage ⅠAであった.なお,術後の補助化学療法としてTS1内服療法を提示したが本患者は同意されなかった.

Ⅲ 考  察

EBV関連胃癌は,著明なリンパ球浸潤を背景にして充実性あるいは小胞巣状に増殖したリンパ球浸潤胃癌 1に多く認められ,特殊型胃癌に分類される.Matsunouら 2の報告により,リンパ球浸潤胃癌例の84.6%にEBV陽性例が認められたことから国内でも1990年頃からその存在が注目されるようになった 3.またEBV関連胃癌は1921年にMacCartyら 4により初めて報告され,予後良好な胃癌とされている 5.頻度は日本人胃癌の約4-7%であり 6),7,性別は男性に多く好発部位は胃噴門部・胃体部である.肉眼形態は早期癌では0-Ⅱc型が多く,進行癌においては2型が最も多いと報告されている 7.さらにEBV関連胃癌の組織像は低分化から中分化腺癌の特徴をとることが多く 8,その発生機序は癌化過程の早期にEBVが胃上皮細胞に感染し単クローン性に癌細胞を増殖させる可能性が示唆されている 9.また近年においては,activating transcription factor 3(ATF3)という転写因子がEBV感染による癌化に大きく関与しているという報告もされた 10.診断にはEBER(Epstein-Barr virus encoded RNAs)を標的としたISH(in situ hybridization)法が確実で簡便であり,すべての細胞核がEBV陽性となる 11

本症例のようなEBV関連胃癌の同時多発例について,われわれが医学中央雑誌にて「リンパ球浸潤胃癌」「EBV関連胃癌」「多発」を組み合わせたキーワードで検索(会議録を除く)を行ったところ,1995年から2018年の期間で12件の報告例を認めた(Table 1).症例はすべて男性であり,このうち多発病変すべてにEBV陽性を認めた症例は6例,他の組織と併存していたものが6例であった.併存例のうち2例 11),12は同一部位に独立して発生した2つ以上の腫瘍が近接して1つの腫瘍塊を形成するいわゆる衝突癌の形態 12をとっており,本症例のように隣接せずに同時多発発生したと思われるものは4例であった.またこの4例のうちAFP産生胃癌との併存例が1例 7,残りの3例 13),15),16が一般型腺癌との併存例であった.

Table 1 

EBV関連同時多発胃癌の報告例.

本症例の特徴として病変部は巨大な3型腫瘍を呈しているがリンパ節転移を認めていない.これに関してTokunagaら 18はEBV関連胃癌例において63.4%と半数以上の症例でリンパ節転移を認めなかったことを報告している.またYanagiら 19は2007年から2017年までの国内における1,067例の胃癌外科切除例において6.5%にあたる69例にEBV陽性を認めたとしているが,全多発胃癌60例を母集団とした場合にはEBV関連胃癌は16.7%にあたる10例とその高い存在率を指摘している.これらのことから本症例のようにリンパ節転移を認めない同時多発胃癌を認めた場合,EBV関連胃癌の存在を想起することも重要な観点と思われる.EBV関連胃癌は一般に予後良好とされるsubgroupであり,EBV関連胃癌を診断することは症例によってはその後の治療方針を左右する因子であることに留意して診療にあたる必要がある.

Ⅳ 結  語

EBV関連胃癌と一般型早期胃癌が併存した多発胃癌の症例を経験した.多発胃癌ではEBV関連胃癌が存在する可能性が高いことを念頭におくべきである.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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