日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
カプセル内視鏡により腸閉塞をきたしたNSAIDs起因性急性小腸潰瘍の1例
荒井 吉則 小川 まい子遠藤 大輔菅原 一朗中田 達也安藤 理孝有廣 誠二穂苅 厚史加藤 正之猿田 雅之
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2021 年 63 巻 4 号 p. 415-422

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要旨

67歳,女性.齲歯によりイブプロフェンを服用し4日後に貧血をきたした.上下部消化管内視鏡検査で異常所見は無く,病歴や画像検査で腸管狭窄所見を認めなかったため小腸カプセル内視鏡検査(CE)を施行した.遠位回腸に潰瘍を伴う狭窄を認めカプセルは停滞し2日後に腸閉塞を発症した.イレウス管を挿入し2日後にカプセルは狭窄部を通過し腸閉塞は軽快した.イブプロフェン中止後のバルーン内視鏡所見にて潰瘍は治癒しておりNSAIDs起因性小腸潰瘍と診断した.NSAIDsは短期間の投与でも急性に浮腫性狭窄をきたすことがあり,NSAIDs服用症例に対するCEの適応については服用期間に関わらず慎重に判断すべきである.

Ⅰ 緒  言

カプセル内視鏡検査(Capsule endoscopy, CE)は安全性が高く,低侵襲に消化管の評価ができる内視鏡機器である.本邦では2007年10月にPillCamTM SB(コヴィディエンジャパン),2008年10月にはEndoCapsule(オリンパス)が「上部消化管及び下部消化管の検査を行っても原因不明の消化管出血」に対して保険収載された.その後2012年に消化管の開通性を評価するための崩壊性カプセル,PillCamTMパテンシーカプセル(Patency capsule, PC)(コヴィディエンジャパン)が開発され,PillCamTM SB3カプセル(コヴィディエンジャパン)が「小腸疾患が既知または疑われる患者」に適応拡大された 1.小腸疾患の増加に伴いCEが普及しているが,CE特有の偶発症の1つは滞留である.カプセルが滞留した場合には,1)バルーン内視鏡による回収,2)内視鏡による回収が不可能な場合は外科的手術による摘出になることを患者に予め説明し同意を得る必要がある 2.NSAIDs起因性小腸病変による狭窄はNSAIDs服用期間が比較的長期に及ぶ症例に認めることが知られている 3),4.特に膜様狭窄は,NSAIDs長期服用に伴うUL-Ⅱまでの潰瘍瘢痕であるためカプセルが滞留した際にもバルーン拡張術による回収が可能である 5)~7.一方でNSAIDsの短期投与によって狭窄をきたした報告は極めてまれである.今回われわれは,CEにより腸閉塞をきたしたNSAIDs起因性急性小腸潰瘍症例を経験したので報告する.

Ⅱ 症  例

症例:67歳,女性.

主訴:動悸,息切れ.

既往歴:高血圧,脂質異常症.腹部手術歴無し.

現病歴:齲歯による歯科治療を受け抗生剤(セフジトレンピボキシル),鎮痛剤(イブプロフェン)を投与された.同薬剤内服の4日後より動悸,息切れを自覚するようになり近医を受診した.貧血(Hb 7.8g/dl)を指摘され当院に紹介,入院となった.

内服薬:アムロジピン(5)1T/1X,ベザフィブラート徐放錠(200)1T/1X,酸化マグネシウム(250)3T/3X.入院4日前よりセフジトレンピボキシル(100)3T/3X,イブプロフェン(100)6T/3Xを服用.

入院時現症:血圧143/87mmHg,脈拍97/分,体温36.6度,眼瞼結膜は蒼白で眼球結膜に黄染は認めず.腹部は平坦・軟で圧痛は認めず.

直腸診・肛門鏡所見:便は茶色であり,黒色便や鮮血便は認めず.肛門病変を認めず.

臨床検査成績:Hb 6.8g/dlであり貧血を認めたがその他には特記すべき異常所見を認めず.

上部・下部消化管内視鏡検査所見:上部・下部消化管ともに貧血の原因となり得る器質的疾患を認めず.

腹部単純レントゲン検査所見:小腸ガスやニボーは認めず.

腹部単純CT検査所見(Figure 1):腸管の壁肥厚や腸管拡張所見を認めず.

Figure 1 

腹部単純CT検査所見(入院時).

消化管の壁肥厚や腸管拡張所見を認めず.

入院後経過:病歴よりNSAIDs起因性小腸潰瘍に伴う貧血が疑われたためイブプロフェンを中止した.腹痛や腹部膨満感,嘔気,便通異常を認めず,腹部単純CT検査にて腸管狭窄を示唆する所見を認めなかったことよりCE(PillCamTM SB3カプセル(コヴィディエンジャパン))を施行した.遠位回腸に潰瘍性病変とそれに伴う狭窄を認め,カプセルが同部位に停滞し狭窄部を通過せずバッテリー切れとなった(Figure 2).CEの前日まで食事摂取をしていたが,カプセルが停滞したためその後は絶食で経過観察を行った.CEの2日後に腹痛,嘔気が出現し腹部単純レントゲン検査所見で骨盤内小腸にカプセルが描出され小腸ガスとニボーを認めた(Figure 3).腹部単純CT検査所見で遠位回腸にカプセルが存在し同部位より口側の腸管拡張所見を認め,腸管狭窄とカプセル停滞に伴う腸閉塞と診断した(Figure 4).同日にイレウス管を挿入し保存的加療を行った.イレウス管挿入2日後(CE施行4日後)の腹部単純レントゲン検査所見にて小腸ガスとニボーは消失しカプセルは下行結腸に存在しており狭窄部を通過したと判断した(Figure 5).イレウス管を抜去し食事を開始し経過良好なため退院となった(Figure 6).カプセルの狭窄部通過後に速やかに腹部症状が消失し画像上も腸閉塞が改善していることからCEが腸閉塞の原因であったと考えられた.

Figure 2 

小腸カプセル内視鏡検査所見(NSAIDs服用9日後).

遠位回腸に潰瘍性病変と狭窄を認めカプセルは通過しなかった.

Figure 3 

腹部単純レントゲン検査所見(CE施行2日後).

骨盤内小腸にカプセルが描出され,小腸ガスとニボーを認める.

Figure 4 

腹部単純CT検査所見(CE施行2日後).

冠状断.遠位回腸に軽度の壁肥厚を認めカプセルが停滞している.

Figure 5 

腹部単純レントゲン検査所見(CE施行4日後).

下行結腸にカプセルが描出されている.イレウス管が留置されている.

Figure 6 

臨床経過.

退院後経過:CE施行6週間後に経肛門的シングルバルーン小腸内視鏡検査を施行した(Figure 7-a).回盲弁から20cm口側の回腸に潰瘍性病変を認めた.狭窄は改善しており,ファイバーの通過は容易であった.病理組織学的所見は上皮細胞のアポトーシスや好酸球浸潤を認めず非特異的炎症所見であり,悪性所見は認められなかった.CE施行18週間後には潰瘍は治癒し瘢痕化しており薬剤性小腸潰瘍と診断した(Figure 7-b).

Figure 7 

経肛門的小腸鏡検査所見.

a:CE施行6週間後.回盲弁から20cm口側の回腸に潰瘍性病変を認める.観察時に出血は認めず,狭窄は改善しておりファイバーの通過は容易であった.

b:CE施行18週間後.潰瘍は治癒し瘢痕化している.

Ⅲ 考  察

CEの特徴的な偶発症は滞留であり,発生頻度は1-2%程度と報告されている 8)~10.本邦の小腸内視鏡診療ガイドラインではCEの前に狭窄の評価を行うよう推奨されている 1.狭窄を示唆する症状(腹痛,嘔気・嘔吐,腹部膨満,便秘,排ガスの消失など)の有無,薬剤服用歴,腹部手術歴,放射線治療歴,肛門病変の有無などの病歴聴取が狭窄性病変の予測に有用であり,狭窄が疑われる場合は画像診断やPCによる消化管開通性検査の結果からCE施行の適応を慎重に判断するとされている 11),12.本症例においてCE施行前のCTで腸管狭窄所見を認めなかった理由は不明であるが,NSIADs服用後に貧血をきたしていることから薬剤性小腸潰瘍を念頭にPCを検討すべきであった.PCの溶解時間には個人差があるが,嚥下後30~33時間で溶解し始め,100~200時間で完全に溶解するとされる.本症例はCE施行2日後に腸閉塞を発症していることから,事前にPCをしていれば,その排泄遅延から小腸狭窄を疑いCEを回避した可能性がある.

CEによる腸閉塞15例の報告をまとめた(医学中央雑誌:キーワード「カプセル内視鏡,腸閉塞」,PubMed:キーワード「capsule endoscopy,bowel obstruction」,ともに2005年~2020年で検索)(Table 1 13)~24.15例中11例(73.3%)が5日以内に腸閉塞を発症していた.11例(73.3%)が外科的手術を施行され6例が穿孔をきたしていた.カプセルが自然排泄した報告は自験例を含め2例(13.3%)と低率であった.診断はクローン病が5例(33.3%)と最も多く,NSAIDs起因性小腸潰瘍は自験例を除くと1例のみであった.当該症例 20は,NSAIDsを開始した翌月に黒色便,貧血をきたしCEを施行され,小腸の多発性輪状潰瘍・狭窄によりカプセルが停滞し腸閉塞をきたしていた.複数の輪状狭窄に対しバルーン拡張術を施行しカプセルを回収し軽快している.

Table 1 

CEによる腸閉塞報告例.

NSAIDsによる小腸病変は多彩であり粘膜発赤,びらん,潰瘍等が高頻度で起こる.潰瘍の形態も小円形潰瘍や輪状潰瘍,打ち抜き潰瘍,縦走潰瘍など様々である 7),25),26.一般にNSAIDs内服期間は長いものが多いが,短期間投与でも高率に小腸粘膜障害を引き起こす 25),27),28.健常人を対象としたNSAIDs短期投与による介入試験が複数報告されている(Table 2 27)~33.NSAIDs投与前後にCEを施行し小腸の新規病変につき検討されている.NSAIDs短期投与後に,6.4~80%の頻度で小腸にびらん・潰瘍が出現していたが,潰瘍の形態はいずれもびらん様の浅い潰瘍や小潰瘍であった.Maidenらが,回腸に浅く広い潰瘍を形成した症例のCE所見を1例提示しているが狭窄は認めなかった 27.小腸内の血液貯留所見を1.8~14%に認めたがいずれもごく少量であり貧血をきたした症例は認めなかった.全症例でCEによる滞留や腸閉塞を認めなかった.

Table 2 

NSAIDs短期投与によるCEでの小腸病変報告例(介入試験のまとめ).

自験例はNSAIDs服用4日後に急性小腸潰瘍を発症し浮腫性狭窄のためカプセルが停滞し腸閉塞をきたした.腸閉塞発症2日後に狭窄が解除されカプセルが自然排泄されたものの,NSAIDs短期投与でも急性の浮腫性狭窄をきたす症例があり,NSAIDs服用症例に対するCEの適応については慎重に判断する必要があることを再認識した.

Ⅳ 結  語

NSAIDs短期投与により急性小腸潰瘍を発症し,浮腫性狭窄をきたした1例を報告した.NSAIDs服用者に対するCEの適応はその服用期間に関わらず狭窄の可能性を念頭に置き慎重に判断されるべきである.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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