日本消化器内視鏡学会雑誌
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総説
内視鏡診療における病理検体の扱いと病理診断の解釈
新井 冨生
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2021 年 63 巻 5 号 p. 1075-1086

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要旨

病理診断は検体採取の段階から始まるので,検体採取を担う内視鏡医は病理診断において重要な役割を果たしている.採取された生検検体は乾燥を避けて速やかに固定し,内視鏡治療された検体は適切に伸展して固定する.固定液は蛋白質発現や遺伝子変異の検索にも適した10%中性緩衝ホルマリンが推奨されている.内視鏡治療された検体は,壁深達度,組織型,浸潤様式,リンパ管侵襲,静脈侵襲,切除断端など各臓器に共通する項目を検討して,治療の完了や追加切除の適否を判定する.一方,ルゴール染色(食道),食道胃接合部判定,組織混在型(胃),簇出(大腸)など臓器特異的な取扱いや評価項目もある.最近普及しつつあるEUS-FNA法は検体採取や取扱いに多職種の協力が必要であり,正診率をあげるためには組織診断と細胞診の併用が有用である.内視鏡治療をさらに適切なものにするためには転移・再発リスクをより正確に予測できる因子が必要であり,臨床医と病理医の協力のもとさらなる検討が不可欠である.

Ⅰ はじめに

内視鏡技術の発達により,食道,胃,十二指腸,大腸の早期癌が内視鏡治療される症例が増加している.外科的治療前の診断目的のために内視鏡で観察し生検するという時代から,内視鏡を駆使して治療する時代になってきた.また,超音波内視鏡下穿刺吸引法(endoscopic ultrasound-guided fine needle aspiration, EUS-FNA)により今まで組織を採取しにくかった膵臓も生検の対象となってきた.さらに,微小な組織を採取して病理診断するとともに分子病理学的に解析し,個別化医療・ゲノム医療に寄与することも行われつつある.このような現状をふまえ,内視鏡診療における病理組織検体の取扱い方や病理診断の解釈に関して,内視鏡医が知っておくべき事項を病理医の立場から解説する.まず,一般的事項を総論的に述べた後,食道,食道胃接合部,胃,大腸の特性を考慮して各論的に説明する.さらに,最近普及しつつあるEUS-FNAの検体の取扱いについても簡単に解説する.

Ⅱ 病理組織検査の目的

消化管病変を病理組織学的に検索する目的は生検検体と内視鏡切除検体とで異なる.生検は診断目的で実施することが第一義的であり,腫瘍であれば良悪性の判定や組織型が,炎症性疾患であれば炎症の有無や程度・種類の診断が重要である.腫瘍は生検の病理診断結果をもとに治療戦略が立てられる.内視鏡切除された後は,腫瘍の組織型を診断するとともに,壁深達度,腫瘍径・広がり,脈管侵襲などを評価する.この病理検査の結果は追加切除の判定の根拠にも用いられるので,詳細で丁寧な検索が求められる.臨床医と病理医との間で認識のずれがあると診療方針に影響を与えるので,日頃から両者で共通認識を涵養しておくことが重要である.

Ⅲ 病理検査における臨床医・病理医の役割

1.臨床医の役割

病理診断の第一歩は検体の採取である.たとえ診断能力の優れた病理医がいたとしても,検体が適正に採取されなければ正確な診断は困難である.そのため,検体を採取する臨床医の役割はきわめて重要である.また,採取部位は病理組織診断するうえで必須の情報であり,病理検査を依頼する臨床医は簡単な臨床経過とともに採取部位の情報を病理医に伝える必要がある.また,臨床医がどのような臨床診断を考えているかも知りたい情報である.最近は電子カルテが広く普及し,病理医が詳しい病歴や内視鏡所見を電子カルテで容易に閲覧可能となったが,組織を採取した医師自身が観察した所見を申込書に記載すべきである.簡潔に記すのにそれほど時間を要しないと考える.

2.病理医の役割

病理検査室に提出された検体は,通常は数日で基本となるヘマトキシリン・エオジン(hematoxylin-eosin, HE)染色標本が作製され,病理医のもとへ届けられる.生検検体では病理医が実際に標本を手にするのはすべての標本作製過程が終了した段階であることが多いが,切除検体では病理医が切り出し作業をするので,組織標本を観察する前に病変の概要を把握する機会がある.しかし,病理医は検体が病理検査室に届けられた直後からその検体に関する責任を負う立場であり,場合によっては採取法や検査室に到着する以前の検体の状況に助言することもある.

3.病理診断の実際

病理医はどのようにして診断しているか紹介する.病理医はまず,患者の基本情報を確認した後,採取部位,内視鏡所見を参考にして組織像を弱拡大で観察する.内視鏡切除検体では,切出図と標本を対比しながら全体像を把握する,次に倍率をあげて鑑別にあげた診断が正しいか,他の病変の可能性はないかなどの質的な診断をしつつ,深達度,脈管侵襲などを評価して最終診断する.

一つ注意しなければならないのは,同じ組織像を示す標本であっても,採取部位や患者の背景の状況によって病理診断は異なる点である.例えば,顕微鏡で径数mm程度の胃底腺の組織を認識したとしよう.切歯から30cmの食道から採取された場合は異所性胃粘膜と診断するし,胃角部小彎から採取された場合は著変のみられない胃粘膜と診断する.したがって,採取部位,臨床経過は病理組織と同程度に重要である.病理医は組織形態を重視しているものの,疾患概念に当てはまるか否かを考えて診断している.

病理報告書の記載法については,基本的な記載様式が病理診断の教科書に記載されている 1),2.病理組織診断の書き方は各施設でそれぞれの方法が用いられているが,米国では標準化の動きがあり,推奨されているのは,①臓器(左右などを含む),②採取方法,③形態診断,を記載する書式である.例をあげるとStomach, biopsy:Well differentiated tubular adenocarcinoma, Group 5.本邦ではWell differentiated tubular adenocarcinoma of the stomach, Group 5, biopsyと記載する病理医も多い.所見欄には検体の肉眼所見や組織所見を詳細に記載する.コメント欄は必要に応じて診断上の問題点や治療への提言などを記載する.しかし,実際の記載に関しては病理医の考え方により多種多様である 3

Ⅳ 病理検体の取扱い

検体の取扱いは消化管の各臓器で共通する点が多いので,ここでまとめて解説する.

1.生検検体の取扱い

生検検体は採取後乾燥を避け,速やかに10%中性緩衝ホルマリン液で固定する 4),5.推奨される固定時間は6時間以上72時間以内である.固定液,固定時間は免疫組織化学,コンパニオン診断,遺伝子検査などに適するよう規定された条件である 6

2.内視鏡切除材料の取扱い

切除後は,口側・肛門側を明記した後,速やかに内視鏡観察所見における腫瘍径と矛盾しない程度に伸展固定して板に貼り付ける.この際,過伸展,粘膜面への接触に注意する.また,ピンによる病変の挫滅を避けるため,病変から離してピンを止める.病変断端と切除断端に距離がない部位でのピン止めは避ける 7.貼り付けた後は10%中性緩衝ホルマリン液で固定する.固定後の標本は流水で表面に付着した粘液,ごみを落とした後,スケールを添えて写真撮影を行い,標本の大きさ,腫瘍の大きさ(長径とそれに直交する短径),肉眼型などを記載する.

3.内視鏡切除検体の切り出し法

食道,胃,大腸のいずれにおいても,腫瘍と水平断端に最も近い部位が評価できるように割を入れるのが基本的な考え方である(Figure 1).病変が切除断端から十分離れていると考えられる場合は,標本からできるだけ多くの情報が得られるように標本の長軸と直交するように切り出す(Figure 1-a).一方,病変が切除断端に近接していると考えられる場合,食道癌では病変と切除断端の距離が最も近い部分に接線をおき,それに直交するように切り出す(Figure 1-b 8.胃と大腸ではここまで細かく規定されていないが,病変と切除断端が近接している部位を腸管軸に平行か直交する方向で割を入れる 4),5.いずれの検体でも,最初に入れた割にほぼ平行に2mm~3mmの間隔で全割し,粘膜筋板と上皮全層が観察できる割面を作製する 4),5),8.その際,診断に適した割面が病理組織標本に現れるようにするため,切り出しの幅は適宜微調整する.また,標本はパラフィン包埋後の薄切時に荒削りされるので,鏡検を希望する位置から0.5mm程度離して切り出す.

Figure 1 

内視鏡切除検体の切り出し法.

a:病変が切除断端と十分離れている場合は,長軸に直交するように切り出す.

b:病変と切除断端が近接している場合は,水平方向の断端を評価しやすいように割を入れ,それに平行に切り出す.矢印の切片では,できる限り真の断端面を観察できるように矢印の方向から標本を作製する.

c:2~3mmの幅で切り出すのは,垂直方向の断端(VM,矢印)を詳細に検討するためである.

d:水平方向の断端(HM,矢印)の評価は最も近接する部位で行う.

細かく切り出す理由は,壁深達度と切除断端を慎重に評価するためである.実際20mm大の腫瘍の壁深達度が大部分粘膜内であっても,ごく一部に粘膜下層に浸潤している場合があり,同部位での垂直方向の断端が評価できるようにする必要がある(Figure 1-c).仮に5mm間隔で切り出したなら,浸潤部が標本上に出現せず,壁深達度が過小評価される可能性がある.水平方向の断端は腫瘍が切除断端に最も近い部位の標本(Figure 1-d)を作製し,組織学的に確認する.

Ⅴ 臓器ごとの病理検体の取扱いと病理診断の解釈

1.食道(扁平上皮癌)

日本食道学会の食道癌全国登録の集計結果によると,本邦では食道癌の約90%は扁平上皮癌であり,食道癌の約15%が内視鏡切除されている 9.内視鏡治療の対象となる食道扁平上皮癌はルゴール染色が病変の分布を認識するのに役立つ.

1)食道癌ESD検体の取扱い

表在型食道扁平上皮癌はルゴールの不染帯を参考にして生検することが多い.基本的な検体の取扱いは総論で述べた通りである.内視鏡切除された食道扁平上皮癌は一晩固定し,写真撮影した後,切り出し前に流水で30分程度水洗し,0.1~0.5%の低濃度のルゴール液で時間をかけて染色する.こうすることにより,切り出し時に病変が不染帯として認識できる(Figure 2 8

Figure 2 

食道扁平上皮癌のESD検体.

a:固定後の肉眼像.

b:固定後,ルゴール染色した検体の肉眼像.

2)切り出し方法

内視鏡切除された食道癌検体は,基本的に前述した方法で切り出す 8.食道検体では,不染帯として描出される病変と標本との関係を後で対比できるようにしておく.

3)病理診断の解釈

扁平上皮内腫瘍(intraepithelial neoplasia, IEN)とpT1a-EPの扁平上皮癌との解釈は,本邦独自の考え方が反映されている 8),10),11.WHO分類では本邦のpT1a-EP癌(上皮内癌)は浸潤を認めないので癌とは診断されず,IENと診断される 12.IENの診断基準や臨床的対応に関して,臨床医と病理医があらかじめコンセンサスを得ておくとよい.

生検の採取部位の情報を病理検査依頼書に記載すると,病理医はそれを参考に診断しやすい.明らかな癌の場合は問題ないが,異型を認めるものの,腫瘍性か反応性か判断に迷う場合にatypical epitheliumと診断することがある.特に下部食道では炎症による影響を受けやすいので,消炎後再検するのも一つの方法である.

内視鏡切除標本の病理診断は,病型,組織型,壁深達度,浸潤増殖様式,リンパ管侵襲,静脈侵襲,水平方向断端,垂直方向断端の各項目を評価する 8.内視鏡切除標本の病理診断の大きな目的の一つは,追加治療の必要性を評価することにある.食道癌診療ガイドラインによると,内視鏡治療後の追加切除はpT1a-MM以深の深達度,脈管侵襲を総合して判断する 13.この中で壁深達度の診断はリンパ節転移の予測因子として重要である 11.壁深達度pT1a-EP,LPMの食道癌のリンパ節転移率はきわめて低く,大部分の症例で追加切除の必要はない.しかし,pT1a-LPMであってもINFcの浸潤様式で4個以下の癌細胞の癌包巣(droplet infiltrationあるいはbuddingと称される)が多数ある場合はリンパ節転移のリスクが考えられる(Figure 3 14)~17.また,リンパ管侵襲,静脈侵襲を示す癌も転移リスクが増加するので,これらを適正に評価する必要がある.HE染色標本のみではリンパ管を同定することが困難なことがあるので,リンパ管侵襲の評価にはD2-40免疫染色が推奨されている(Figure 4 8.一方,pT1a-MM癌の場合はリンパ節・他臓器転移の様式で再発の報告もあり 18,追加治療の要否は年齢,全身状態などにより総合的に判断する 13.壁深達度の判定で気を付ける点は,固有食道腺の導管に沿って癌が進展する場合,上皮内にある限りそれが粘膜筋板間や粘膜下層にあってもpT1a-EPと評価することである.

Figure 3 

pT1a-LPMの早期食道癌の浸潤様式.

粘膜固有層に浸潤する扁平上皮癌であるが,INFcの浸潤様式を示す.腫瘍細胞数が5個未満の胞巣(矢印)もみられる.

Figure 4 

深達度pT1a-LPMの早期食道扁平上皮癌のリンパ管侵襲像.

粘膜固有層でリンパ管侵襲を示す腫瘍(矢印)が認められる.D2-40免疫染色.核染色,ヘマトキシリン.

2.食道(腺癌)および食道胃接合部

食道腺癌あるいは食道胃接合部腺癌が漸増傾向にある 19.この部位の腫瘍も生検や内視鏡切除の対象となり,検体が病理に提出される.

1)ESD検体の取扱い

食道胃接合部の内視鏡切除検体では食道胃接合部の同定が重要である.外科的切除検体では管状の食道から嚢状の胃に移行する周径が変わる部位を食道胃接合部と判定できるが 8,ESD検体の場合はこの判定基準を用いることができない(Figure 5).さらに,扁平円柱上皮接合部(squamocolumnar junction, SCJ)が必ずしも食道胃接合部ではないので,他の組織学的指標に基づいて食道胃接合部を的確に同定する必要がある.

Figure 5 

食道胃接合部の内視鏡切除検体.

ルゴール染色陽性の重層扁平上皮を認めるが,squamocolumnar junctionは直線的でなく,腺上皮内に扁平上皮島が散在する.その肛門側に隆起性腫瘍を認める.食道胃接合部は肉眼的には同定困難である.

2)切り出し法

食道胃接合部癌あるいは食道腺癌の内視鏡切除検体を切り出す場合,腫瘍の断端のみならず,食道胃接合部の同定を意識した切り出しが求められる.腫瘍とSCJとの位置関係を考え,臨機応変に対応する.

3)病理診断の解釈

食道胃接合部診断のための組織学的指標(食道であることの指標)として,固有食道腺とその導管(Figure 6-a 20,扁平上皮島(Figure 6-b 21,粘膜筋板の二重化(Figure 6-c 22,柵状血管(Figure 6-d 23があげられる 24),25.食道胃接合部の診断に有用な組織学的所見の生検,内視鏡切除検体における出現率をTable 1に示す.内視鏡切除検体の代表的な1割面を病理組織学的に検討した結果,88%の症例にこれら4徴候のいずれか一つが見いだされるので 23,2~3mm間隔で全割して標本を作製した場合,ほぼ全例に複数個の所見が出現すると推定される.これらの指標から食道と同定できる領域と胃固有の領域(萎縮のみられない胃底腺粘膜)を判断し,食道胃接合部を決める(Figure 7 26

Figure 6 

食道胃接合部を同定する組織学的指標.

a:粘膜下層に固有食道腺(矢印)が認められ,周囲に拡張した導管(矢頭)が分布する.

b:扁平上皮島.円柱上皮に囲まれて扁平上皮島がみられる.この扁平上皮島の下方には固有食道腺の導管(矢印)が認められる.

c:粘膜筋板の二重化.食道本来の粘膜筋板(DMM)に加え,円柱上皮直下に新生した粘膜筋板(SMM)がみられる.

d:柵状血管.短径100μm以上の血管を粘膜固有層(SMMとDMMの間)に認める.Bar=200μm.

Table 1 

Barrett食道を示唆する組織学的所見の出現頻度*

Figure 7 

内視鏡切除検体における食道胃接合部の同定.

a:固定後ルゴール染色後,切り出しのための割を入れた肉眼像.

b:aの赤線部分のルーペ像.食道と同定する4徴候のうち最も肛門側に位置する部位までを食道とみなし,同部位を食道胃接合部と診断する.SCJ, squamocolumnar junction.

食道腺癌の一括切除率はほぼ100%であるものの,治癒切除は65%と比較的低率である 27.これは食道腺癌の側方断端および壁深達度を術前に正確に診断することが困難なためである.食道腺癌では,壁深達度に伴って組織学的異型度,リンパ管侵襲,静脈侵襲,リンパ節転移,再発の比率が増加することが報告されている 28)~33.内視鏡切除した後,追加切除した食道腺癌症例を検討した結果,リンパ節転移のリスク因子として,低分化腺癌の併存,腫瘍径20mm以上,脈管侵襲があげられる 34.したがって,少量でも低分化腺癌成分の併存を見逃さないこと,免疫組織化学や特殊染色を実施して脈管侵襲を慎重に検討することが重要である.また,欧米では食道胃接合部癌でも簇出の臨床的意義が評価されており 35,今後,本邦でも予後因子となりうるか否かの検討がなされるであろう.

食道腺癌あるいは食道胃接合部癌におけるSM1,SM2の鑑別は現行の食道癌取扱い規約,胃癌取扱い規約には明記されていない 4),8.しかし,国内の多施設共同研究によるとSM1は粘膜筋板下縁から500μm以内の粘膜下層と定義するのが適切であると報告されており 36,これは海外の基準(500μm)と同等なので妥当な基準と思われる.

3.胃

胃癌は他臓器に先駆けて内視鏡切除の対象となった疾患である.現行の治療ガイドラインは外科切除された早期胃癌のリンパ節転移率を詳細に調べた結果から導かれた 37),38.絶対適応は腫瘍径2cm以下の肉眼的粘膜内癌(cT1a),分化型癌,UL0を満たす病変とされているが,腫瘍径,組織型,潰瘍の有無により適応拡大病変,相対適応病変が定められており 38,患者の実情に合わせて適宜運用されている.

1)ESD検体の取扱い

基本的には総論で述べた通りである.詳細は胃癌取扱い規約にしたがう 4

2)病理診断の解釈

内視鏡切除検体を病理組織学的に検討した結果に基づいて,切除後の治療方針が決められる 38.壁深達度,組織型,腫瘍径,脈管侵襲,潰瘍の有無,切除断端が評価すべき項目である.この中で,壁深達度SM1の診断が難しいときがある.現在の胃癌取扱い規約第15版には粘膜下層への浸潤距離の測定法が記載されているが 4,これは大腸癌での規定を転用したものであり,胃癌独自のデータをもとにした測定法が求められる.また,早期胃癌の粘膜下浸潤率は胃上部に高いので 39),40,この部位の腫瘍を治療した場合には壁深達度に注意すべきである.

胃癌が好発する60歳以上の年齢群では早期癌の90%以上が分化型優位であるので 40,腫瘍が30mm以下の場合はESDの対象となりうる.組織混在型(Figure 8)の比率は年齢による差異は認められないが 40,組織混在型のうち,未分化型優位の早期癌は,腫瘍径,粘膜下浸潤,潰瘍瘢痕の評価が治療前に診断が困難であり,純粋な分化型に比べ追加切除の可能性が高い 41

Figure 8 

組織混在型の早期胃癌.

粘膜下層浸潤部では腺腔形成に乏しい低分化腺癌成分が併存する.

4.膵EUS-FNA

以前はERCP時に採取した膵液細胞診が膵癌の診断に用いられてきたが,EUS-FNAにより,膵腫瘍から組織を採取し,細胞学的および組織学的検査が実施できるようになってきた.この検体の処理,診断には内視鏡医,病理医,臨床検査技師,看護師など多職種の医療スタッフの協力のもと実施する必要がある.

1)膵EUS-FNA検体の取扱い

実際の採取に際して,陰圧をかけて吸引するのがよいのか,もしそうならばどの程度の陰圧をかけるべきか,回数はどの程度が適切かなどまだ十分なコンセンサスが得られていない.膵癌に対しては,最初に陰圧をかけない方が異型細胞を多く採取できる可能性が示されている 42.また,採取後の検体処理は,内視鏡室に臨床検査技師が出向き,採取したその場で細胞診用,組織診断用の検体を分別し(Figure 9),細胞診用の検体処理はその場で行うことが望ましい.病理組織診断用の検体は10%中性緩衝ホルマリン液で固定し,病理検査室に提出し通常の病理標本作製に備える.

Figure 9 

膵EUS-FNAにより採取した検体処理.

EUS-FNAで採取した検体を,赤いライトで照らして,細胞診用検体と組織検査用の検体を仕分ける.

2)病理診断の解釈

EUS-FNA検体は,細胞診のみ,組織診のみでは診断能に限界がある.しかし,両者を併用することで,感度,特異度,正診率ともに向上させることができる 43.EUS-FNA検体の組織診断は,免疫組織化学を実施できることから,神経内分泌細胞腫瘍,腺房細胞癌,充実性偽乳頭状腫瘍,IgG4関連疾患を含む自己免疫性膵炎などの鑑別が可能になった 44

5.大腸

大腸では腺癌とともに腺腫も内視鏡切除の対象となる.大腸癌に特異的な評価項目は粘膜下層への浸潤距離と簇出の評価であり 45,これらを評価可能な方法で適切に切り出すことが重要である.

1)検体の取扱い

基本的には総論で述べた通りである.標本の切り出しは大腸癌取扱い規約に則り行う 5

2)病理診断の解釈

粘膜浸潤とその距離,低分化腺癌・印環細胞癌・粘液癌成分,簇出,リンパ管侵襲・静脈侵襲,垂直・水平方向の断端の検索およびその記載は重要である 45

そもそも大腸粘膜内癌はリンパ節に転移しないとされる.実際,大腸粘膜層ではリンパ管は粘膜筋板からその直上に存在するのみであり,粘膜固有層の大部分には分布しない.粘膜固有層への浸潤を示す低分化腺癌の経過をみた研究 46,粘膜層内で脈管侵襲・簇出を示す腺癌を検討した研究 47ともに,リンパ節転移を示した症例は認められなかった.したがって,従来からの「大腸粘膜内癌はリンパ節転移しない」という学説はまだ受け入れられている.このために,海外では異型が強くても粘膜下層に浸潤しない大腸腫瘍は癌ではないと診断される.

しかし,いったん粘膜下層に浸潤するとリンパ節転移,他臓器転移のリスクが生じる.pT1大腸癌のリンパ節転移率は約16%とされるが,リンパ管侵襲,簇出,中分化・低分化成分が有意なリンパ節転移リスク因子である 48.簇出は癌細胞の個数が1個あるいは5個未満の癌細胞からなる胞巣(Figure 10)である.個数により,0~4個をGrade 1,5~9個をGrade 2,10個以上をGrade 3と定義した場合,Grade 2/3で粘膜下浸潤距離が1,000μm以上の場合のリンパ節転移は30.5%と比較的高率である 49.浸潤先進部で腺腔形成を示さない5個以上の癌細胞胞巣は低分化腺癌成分(Figure 11)の併存とみなされる.粘膜下層に1,000μm以上の浸潤を示すpT1大腸癌では,低分化腺癌成分は独立したリンパ節転移リスク因子であり,リンパ節転移の認められるpT1大腸癌の87.5%に低分化腺癌成分を認めたと報告されている 50

Figure 10 

癌発育先進部間質にみられる簇出.

間質に浸潤性に存在する単個または5個未満の構成細胞からなる癌胞巣(矢印)を簇出として評価する.

Figure 11 

大腸癌浸潤先進部にみられる低分化腺癌成分.

5個以上で腺腔形成に乏しい癌細胞集塊が多数みられる.

大腸癌治療ガイドラインには,切除断端陽性は追加切除を考慮すると記載されている 45.内視鏡切除検体の病理診断における側方断端と垂直断端の臨床的意義は異なる.側方断端陽性となる成分は腺腫あるいは粘膜内癌であることがほとんどであり,遺残・再発をきたしても患者の生命予後への影響はそれほど大きくない 51.一方,垂直断端陽性は断端に残された癌組織が浸潤癌成分であるので,転移・再発をより慎重に評価する必要がある 52.側方断端陽性症例では,断端に露出している腫瘍組織が腺腫か腺癌かにかかわらず,一定の頻度(5%程度)で遺残・再発が生じる 53.しかし,粘膜下層浸潤癌において,垂直断端までの距離が500μmを超える症例では再発の危険性が低く,安全な断端距離といえる 53),54

Ⅵ おわりに

内視鏡切除の対象となる早期癌(食道では表在癌の一部を含む)の取扱いと病理診断に関する項目について解説した.内視鏡治療後,外科的に追加切除となった症例の中にはリンパ節転移がみられない例が少なからず認められる.内視鏡切除検体をより適切に評価し,リンパ節転移をより正確に予測できる方法が求められる.そのためには内視鏡医と病理医の協力が不可欠である.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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