2021 年 63 巻 5 号 p. 1106-1112
症例は69歳男性.慢性下痢の精査目的で下部消化管内視鏡検査を施行した.横行結腸に2型進行癌を認めたが,その口側にY字型の人工血管を疑う異物を認めた.大腸壁に穿通を疑う部位は見られなかったが,上部消化管内視鏡検査で十二指腸水平脚に周囲からの襞集中を伴う多結節状隆起を認めた.腹部造影CT検査では,以前に置換された腹部人工血管は消失し,腎動脈分枝部より遠位側の腹部大動脈は血栓閉塞していた.また,十二指腸水平脚は背側で虚脱した腹部大動脈と癒着していたことから,同部位から人工血管が腸管に迷入したと考えられた.大動脈十二指腸瘻より人工血管が完全に腸管内へ迷入したきわめて珍しい症例であり,ここに報告する.
腹部大動脈瘤術後に二次性大動脈腸管瘻を発生する頻度は0.36~1.6%とされ,比較的まれな疾患である.症状として消化管出血,腹痛,拍動性腫瘤があるが,ひとたび瘻孔が拡大し穿破をきたすと致死的な大出血に至る例が多い 1),2).今回,われわれは腹部大動脈瘤術後の二次性大動脈腸管瘻から,消化管出血のエピソードなく人工血管が腸管内に完全に迷入した1例を経験したので報告する.
患者:69歳男性.
主訴:慢性下痢.
家族歴:特記すべき事項なし.
既往歴:腹部大動脈瘤破裂(55歳時,Y字型グラフト置換術),腹壁瘢痕ヘルニア(66歳時,手術),高血圧,2型糖尿病にて内服加療中.
現病歴:高血圧,2型糖尿病に対して当院通院加療中であった.2018年7月中旬より3~4行/日の水様性下痢が出現し改善しないため,2018年8月30日に下部消化管内視鏡検査を施行.横行結腸に進行大腸癌と腸管内異物を認めた.これまでに消化管出血を疑う黒色便などは自覚していなかった.
初診時現症:身長164.6cm,体重68.8㎏,血圧91/62mmHg,脈拍101/分・整,体温36.2℃,腹部正中に手術痕あり,腹部に自発痛・圧痛なし,両側足背動脈の触知は微弱.
検査所見:CEAの軽度上昇(7.4ng/ml)を認める以外に異常所見は認めなかった.
下部消化管内視鏡検査(2018年8月30日):横行結腸脾彎曲部にほぼ全周性の2型進行癌を認めた(Figure 1-a).さらに,スコープを口側に進めると人工血管を疑う異物を認めた(Figure 1-b).鉗子にて牽引可能であったため腸管内より摘出したところ,縫合糸を伴うY字型の人工血管であった(Figure 1-c).改めて全大腸観察を行ったが,S状結腸の20mm大のⅠsポリープを筆頭に複数個のポリープは確認しえたが,大腸には人工血管の穿通を疑う部位はなく,迷入部位の特定には至らなかった.なお,S状結腸の20mm大のポリープは不整な表面構造を呈し,隆起中央部に相対的陥凹を形成した病変であり,粘膜下層深部に浸潤した0-Ⅰs型早期癌と考えられた.

a:横行結腸脾彎曲部にほぼ全周性の2型進行癌を認めた.
b:進行癌の口側に人工血管を疑う異物を認めた.
c:摘出した異物は縫合糸を伴うY字型の人工血管であった.
d:十二指腸水平脚に周囲からの襞集中を伴う多結節状隆起を認めた.
上部消化管内視鏡検査(2018年8月14日):食道,胃に明らかな異常所見は認めなかったが,十二指腸水平脚に周囲からの襞集中を伴う多結節状隆起を認めた(Figure 1-d).
腹部造影CT検査(2018年8月30日):腹腔内に遊離ガス像は認めなかった.腹部人工血管は消失しており,腎動脈分枝部より遠位側の腹部大動脈は血栓閉塞し虚脱していた(Figure 2-a).また,十二指腸水平脚は背側で虚脱した腹部大動脈と癒着していた(Figure 2-b).血栓閉塞した腹部大動脈周囲には側副血行路が発達し,両側外腸骨動脈,大腿動脈末梢側は内胸動脈や腹壁動脈などから血流が保たれていた(Figure 2-c).

a:腹腔内に遊離ガス像は見られず,腎動脈分枝部より遠位側の腹部大動脈は血栓閉塞し虚脱していた.
b:十二指腸水平脚は背側で虚脱した腹部大動脈と癒着していた(矢印).
c:腹部大動脈周囲には側副血行路が発達していた.
腹部造影CT検査の経時的推移:(Figure 3に4年前,2年前,今回の腹部造影CT検査を示す.)4年前の時点で十二指腸水平脚と腹部大動脈に癒着が見られた.経時的に腹部大動脈の血栓化が進んでいたが,2年前の時点では両総腸骨動脈から末梢の血流は保たれていた(Figure 3-b).しかし,今回のCT検査(Figure 3-c)では両総腸骨動脈も血栓化しており,さらに,この2年間の間に十二指腸水平脚と癒着している部分の腹部大動脈の形状に変化が出現していた.

a:4年前の腹部造影CT.腹部大動脈と十二指腸水平脚に癒着が見られた(矢印).
b:2年前の腹部造影CT.水平脚との癒着部位(矢印).癒着部遠位側の大動脈に膨らみを認める(矢頭).
c:今回の腹部造影CT.2年前と比較し,癒着部遠位側の大動脈に形状変化が見られた(矢頭).水平脚との癒着部位(矢印).
以上の所見ならびに上部消化管内視鏡検査所見から,十二指腸水平脚で大動脈と瘻孔を形成し,人工血管が腸管内に迷入したものと考えられた.
臨床経過:横行結腸癌及びS状結腸癌に対して,左半結腸切除術が施行された.最終病理診断は,横行結腸癌:Tubular adenocarcinoma, type 2,pT3(SS),tub1>tub2,pPM0,pDM0,pRM0,pN0,S状結腸癌:Tubular adenocarcinoma, pT1b(SM;1.2mm),tub1>tub2,pPM0,pDM0,pRM0であった.なお,人工血管が脱落した腹部大動脈は腎動脈分岐部より遠位側は血栓閉塞していたが,側副血行路により下肢への血流が保たれていたことから,人工血管による血行再建術は行わず経過観察する方針となった.
大動脈腸管瘻は大動脈瘤形成あるいは感染・外傷・放射線照射が原因で大動脈と消化管が交通する一次性のものと,血行再建術後に生じる二次性のものに大別される.二次性のことが多く,血行再建術後例における発生頻度は0.36~1.6%とまれな合併症であるが,死亡率は13~70%と高く重篤な合併症と考えられる 1).発症時期は術後平均3~5年と報告され,自験例より早期に発症することが多いが,瘻孔形成部位は80%が十二指腸とされ,自験例と同様に水平脚が最も多い 2).
大動脈腸管瘻の発生機序としては,局所感染と機械的刺激の関与が推測されている.人工血管吻合部に感染を生じた場合,吻合部が哆開して仮性動脈瘤を形成し,これが腸管炎症を引き起こし瘻孔形成に至ると考えられている.一方,機械的刺激の場合,大動脈の拍動により人工血管吻合部に隣接する腸管に炎症が惹起され,癒着をきたし穿通を形成する.これにより,吻合部感染を生じ吻合部が哆開して瘻孔を形成する 2),3).自験例は,病歴上人工血管に感染を起こしたエピソードはなく,造影CT検査で以前より十二指腸との癒着が認められていたことから,機械的刺激による機序が考えられた.
大動脈腸管瘻の3主徴は消化管出血,腹痛,拍動性腫瘤とされているが,すべて揃うのは11~25%に過ぎない 1),4).特に,繰り返す一過性,少量のherald bleedingと呼ばれる消化管出血は本症の特徴とされ,約2/3の症例に見られる.Herald bleedingは致死的大出血の予兆とされ,24時間から1週間以内に約8割の症例が大出血をきたすとされている 2),5).
本症の診断には造影CT検査が有用である 6).一方,上部消化管内視鏡検査で大動脈腸管瘻を疑う所見として,十二指腸水平脚の凝血塊,管外性の拍動性腫瘤,動脈性出血などが報告されている 4),7),8).また,まれに上部消化管内視鏡検査で消化管内へ露出した人工血管が視認された症例も報告されている 9),10).しかし,上部消化管検査のみで診断に至るのは13~38%に過ぎない 11).自験例では,上述した内視鏡所見はいずれも確認されず,十二指腸水平脚に結節状隆起を伴った襞集中像を認めるのみであった.したがって,下部消化管内視鏡検査で逸脱した人工血管が確認されなければ,本症を疑うことは困難であった.
大動脈腸管瘻の治療は,出血及び感染局所の管理,感染した人工血管の除去,血行再建術が基本となる 1).また,手術は大動脈と腸管に分けて考えることが原則となる 12).大動脈に関しては人工血管再置換による解剖学的血行再建術の術後成績は良好とされている 13),14).腸管に関しては瘻孔の大きさや腹腔内汚染の程度を総合的に判断して,瘻孔部の単純閉鎖,瘻孔切除+縫合閉鎖,あるいは瘻孔部を含めた腸管切除のいずれかが選択される 15).また,腸管と人工血管が接触しないようにするため,しばしば付加される大網充填については有効であると報告されている 16),17).自験例の場合,診断時すでに腸管の瘻孔は閉鎖し腹腔内汚染を示唆する所見もなかったこと,大動脈に関しては側副血行路により下肢への血流が保たれていたことから,外科的治療は大腸癌に対してのみ行われた.
自験例は明らかな消化管出血のエピソードなく人工血管が腸管内に迷入するといった,特異な臨床経過を辿った.病歴を改めて聴取したところ,4年ほど前から間欠性跛行が出現していた.造影CT検査の経時的推移も加味すると,この頃から人工血管の血栓形成による下腿の血流障害が顕在化したものと推測された.さらに,2年前のCT検査では人工血管部分は完全に閉塞し,今回のCT検査では十二指腸水平脚と癒着している部分より遠位側の腹部大動脈の形状変化が明らかであったことから,この2年の間に人工血管が腸管内に迷入したものと考えられた.さらに,腹部大動脈の完全器質化後に大動脈腸管瘻から腸管内に迷入したため,消化管出血をきたさなかったものと推測した.横行結腸癌発生との時間的推移については定かではないが,少なくとも今回の発見契機に横行結腸の進行癌に伴う通過障害が関与したことは間違いないものと考えた.
2020年2月の時点で,PubMed及び医学中央雑誌で「大動脈腸管瘻/aortoenteric fistula」,「内視鏡」をキーワードに検索(会議録は除く)したところ,16例の報告を認めた.このうち,上部消化管内視鏡検査で消化管内に露出した人工血管を確認できた症例は2例存在した 9),10).1例は黒色便を契機に内視鏡検査を施行したところ,十二指腸水平脚に人工血管の一部露出が確認され,残る1例は大動脈-腸骨動脈バイパス術後の経過観察の腹部CT検査で,十二指腸水平脚への人工血管の一部迷入が確認されており,いずれも血行再建術を必要とした.そのほか,下大静脈の血行再建術に使用した人工血管が腸管内に完全に迷入した症例も1例存在したが 18),自験例のようにY字型の人工血管が完全脱落し腸管内に迷入した症例はなかった.なお,前述の人工血管が腸管内に迷入した症例では,人工血管が小腸内で閉塞起点となりイレウスを発症し,手術を余儀なくされていた 18).自験例は,小腸内で通過障害をきたすことなく横行結腸まで到達したものの,進行大腸癌があったため体外に排出されずに腸管内に残存したきわめて珍しい症例であった.大動脈腸管瘻はきわめて重篤な合併症であるが,自験例のように消化管出血の臨床徴候を伴わず人工血管が完全に腸管内に迷入した場合,体外への人工血管摘出を試みても問題ないと考える.ただし,人工血管による腸管損傷のリスクが考慮される場合,外科的処置も念頭に置き慎重に治療方針を決定する必要があろう.
二次性大動脈腸管瘻をきたし人工血管が腸管内へ迷入したと考えられた1例を報告した.
なお,本例の要旨は第114回日本消化器病学会九州支部例会において報告した.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし