日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
Helicobacter pylori陽性胃MALTリンパ腫の除菌治療後に異時性のt(11;18)(q21;q21)転座陽性MALTリンパ腫を認めた1例
矢杉 賢吾竹中 龍太河合 大介柘野 浩史藤木 茂篤三宅 孝佳祇園 由佳吉野 正
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2021 年 63 巻 7 号 p. 1351-1357

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要旨

症例は70歳代女性.胃穹隆部,胃体中部に多発する褪色調陥凹型のHelicobacter pylori(以下,H. pylori)陽性t(11;18)(q21;q21)転座(以下,転座)陰性胃MALTリンパ腫を認め,H. pylori除菌療法を行い寛解が得られた.除菌治療から7年後の上部消化管内視鏡検査で,胃体中部前壁に新規の褪色調陥凹病変を認めた.新規病変は病理組織学的および遺伝学的解析によりH. pylori陰性転座陽性のMALTリンパ腫と診断され,放射線治療により寛解を得た.同一患者に形質の異なるMALTリンパ腫が異時性に発生した.そのような症例の報告はなく,本疾患の臨床病理学的および分子生物学的背景を理解する上できわめて重要な症例と考えられた.

Ⅰ 緒  言

胃MALTリンパ腫はその発生にHelicobacter pylori(以下,H. pylori)感染症による長期の抗原刺激が関与していることが知られており,限局期においてH. pylori陽性例では除菌療法の奏効率が60~90%に及び,その有効性が明らかになっている 1)~3.しかし,H. pylori陰性症例や染色体転座陽性症例では除菌治療無効症例が高率に認められることが判明している 4.田辺ら 5によるとH. pylori陰性症例では転座陽性症例が高率に認められ,H. pylori陰性症例では遺伝学的異常が発生に関与している可能性が示唆される.発生機序の異なるMALTリンパ腫が存在し,その臨床・病理学的特徴の違いが多数の報告により明らかになりつつあるが,その自然史については不明な点も多い.今回,除菌治療後フォロー中に新規病変を認め,臨床経過の検討や遺伝子学的解析により形質の異なるMALTリンパ腫が同一患者内に発生した貴重な症例を経験したので報告する.

Ⅱ 症  例

患者:70歳代女性.

主訴:自覚症状なし(胃病変精査目的に前医より紹介).

既往歴:子宮筋腫.

家族歴:特記事項なし.

アレルギー:抗菌薬(詳細不明).

現病歴:2011年6月に前医で定期健診目的で上部消化管内視鏡検査(以下,EGD)を施行した.その際,胃体上部大彎に褪色調の陥凹性病変を認め病理学的検査で胃MALTリンパ腫と診断された.同年7月に精査加療目的で紹介された.

検査所見:再検で行ったEGDでは,胃穹隆部に各30mm,20mm,胃体中部前壁に10mm大の境界不明瞭な褪色調の不整粘膜を認めた(Figure 1).NBI拡大観察では褪色調陥凹病変内の腺管構造は消失し,血管不整と拡張・増生像を呈していた.EUSでは病変部の2/5層に低エコー域を認め,3/5層には狭小化を認めなかった.各病変の生検組織のHE染色ではいずれも粘膜固有層に中型の異型リンパ球が腺管構造の破壊を伴ってシート状に増殖する,Lymphoepithelial lesion(LEL)を認めた(Figure 2-a).免疫染色ではCD20>CD3陽性細胞優位のリンパ球浸潤を認め,CD10,CyclinD1は陰性であった.以上の内視鏡所見,病理学的所見からMALTリンパ腫(Wotherspoon分類Grade 5)と診断した.腫瘍の病期診断目的でPET-CT検査や大腸内視鏡検査を施行すると,他臓器に病変を認めずLugano分類Stage Ⅰと診断した.H. pylori血清抗体検査は122U/ml,尿素呼気試験は>2.4‰以上でありH. pylori感染は陽性と判断した.胃体中部前壁の病変で行ったFISH法によるt(11;18)(q21;q21)染色体転座解析では,遺伝子の分断は認めなかった(Figure 2-b).

Figure 1 

2011年7月の内視鏡画像.

胃体中部に20mm大の内部に一部出血を伴う境界不明瞭な褪色調の不整粘膜を認めた(黄矢印).その他,穹窿部に30mm,20mm大の同様の褪色調病変を認めた.

Figure 2 

胃体中部前壁の初回病変部生検組織,FISH法による転座解析.

a:Hematoxylin Eosin染色,中拡大.中型異型リンパ球が増殖し,腺管構造の破壊を伴いシート状に増殖するLELを認める(黄矢印).

b:FISH法による解析画像.赤色の5ʼ MALT1プローブと,緑色の3ʼ MALT1プローブのシグナルが近接し,黄色のpseudo-colorシグナルが2個検出され,染色体の分断を認めない.

治療経過:初期治療として除菌治療を選択し,ラベプラゾール20mg/日,アモキシシリン1,500 mg/日,クラリスロマイシン800mg/日を7日間投与した.除菌治療2カ月後に尿素呼気試験で陰性化を確認し,除菌成功と判断した.除菌治療3カ月後,6カ月後の内視鏡時では,病変部は治療前と同様,不明瞭な褪色域として確認できたが,病変内部の発赤や出血は認めなかった.生検でいずれもリンパ球と腺組織が脱落した空隙様の粘膜固有層(Empty lamina propria)を認め,MALTリンパ腫は寛解(complete histological response,GERA分類) 6と診断した.その後は6カ月~1年毎にEGDを行い,毎回病理学的検査で寛解を確認していた.しかし,治療後7年目に施行したEGDで胃体中部前壁の瘢痕の大彎側に各5mmの周囲の発赤を伴う新規の褪色調病変を2病変認識した(Figure 3).EUSでは2/5層深部に限局した低エコー領域を示した.病理学的検査では初回治療後瘢痕は寛解を得られていた一方,新規病変部でLELを認めた(Figure 4-a).免疫染色ではCD20>CD3陽性細胞優位のリンパ球浸潤を認め,CD10,CyclinD1は陰性でありMALTリンパ腫(Wotherspoon分類Grade 5)と診断した.H. pylori血清抗体検査は4.8U/mL,尿素呼気試験は0.4‰と陰性であり,H. pylori除菌後再発なしと判断した.また,新規病変に対して行ったFISH法によるt(11;18)染色体転座検査では,前回の結果とは異なり36/100細胞で染色体の分断を認めた(Figure 4-b).以上の検査結果から,当初は初回病変の再発と思われた病変は,全くの別病変として新規に出現したと考えた.また,初回病変のサンプルエラーによる偽陰性病変であった可能性を考慮し検討を行った.内視鏡画像を後方視的に確認すると,新規病変は2013年から認識しえ,徐々に増大していた.その間,初回病変は肉眼的・病理学変化を認めず寛解が維持されていた(Figure 5).また,PCR法による免疫グロブリン重鎖(IgH)遺伝子の再構成を初回病変と新規病変で行うと,両病変で増幅された抗原のピークが異なり,腫瘍の抗原性が異なる腫瘍であることが証明された.以上から,新規病変が初回病変の再発とするには臨床経過と遺伝子学的解析結果に矛盾が生じ,抗原性が異なる胃MALTリンパ腫が異時性に同一患者に発生したと考えられた.

Figure 3 

治療後7年目,2018年8月に行った内視鏡画像.

胃体中部前壁の治療後瘢痕(黄矢印)の大彎側に各5mm大の周囲に発赤を伴う新規病変を2病変認めた(青矢印).

Figure 4 

新規病変の生検組織.

a:Hematoxylin Eosin染色,中拡大.前回同様に中型の異型リンパ球の粘膜浸潤とLELを認める(黄矢印).

b:FISH法による解析画像.染色体の分断により,赤色と緑色のシグナルが独立して観察される.

Figure 5 

a:2013年8月,除菌治療後の内視鏡画像.この時点でわずかに初回病変の大彎側に褪色域を認めていた(初回病変:黄矢印,新規病変:青矢印).

b:2015年8月.

c:2017年8月.新規の病変は継時的に増大している.

d:2018年8月.この際に新規病変として認識した.この間,除菌治療を行った初回病変は肉眼的,病理学的に寛解を維持していた.

新規病変の治療方針を決定するためPET-CT検査を行うと,左前頸部リンパ節にSUVmax 2.27程度の集積を認めた.同部へのリンパ腫の転移を疑いリンパ節生検を行ったが,肉芽腫性の炎症のみでリンパ腫は認めず転移は否定的であった.その他,全身に異常集積を認めず新規病変は胃に限局した腫瘍と判断した.二次治療として放射線治療(RT)を選択し,2018年11月から計30Gy/20 fr照射した.照射終了直後に施行したEGDでは,新規病変辺縁の発赤部は消失し瘢痕化していた.また,病理組織学的にも寛解と診断した.現在,RT後1年経過したが無再発生存中である.

Ⅲ 考  察

胃MALTリンパ腫は胃に発生する粘膜関連リンパ組織の辺縁帯B細胞由来の低悪性度リンパ腫である.胃原発悪性腫瘍の中では約1~6%程度と比較的頻度の低い腫瘍であるが,胃原発リンパ腫の約40~50%を占め,びまん性大細胞型リンパ腫(DLBCL)に並びリンパ腫としては高頻度の腫瘍である.

Hussellら 7は胃MALTリンパ腫発生の要因としてH. pyloriに対するT細胞の抗原刺激を介してB細胞系腫瘍であるMALTリンパ腫の増殖が刺激されることを報告した.その後,様々な施設からの報告で除菌療法の有効性が報告され,約60~90%で寛解を得られることが判明した 8.現在本邦を含め欧米の治療ガイドラインにおいても胃MALTリンパ腫に対する一次治療として除菌治療が推奨されている 1),9),10

H. pylori陽性慢性胃炎に対する除菌治療が普及している一方で,H. pylori陰性または除菌治療抵抗性胃MALTリンパ腫の存在が知られている.除菌治療に対する反応性の予測因子としてH. pylori保菌状態,t(11;18)(q21;q21)転座の有無,H. pylori抗体や特定のHLAハプロタイプ(HLA-DQA1*0103-DQB1*0601)との相関性などが報告されている 3),11)~14.特に,t(11;18)(q21;q21)転座はMALTリンパ腫の約15~24%に認め,そのほとんどが除菌治療に抵抗性であることから,除菌無効の予測因子として重視されている 15)~17

一般的に,除菌治療反応性のH. pylori陽性MALTリンパ腫は慢性胃炎を背景とするため,固有線の萎縮や腸上皮化成が目立ち,病変の主座は粘膜内にとどまることが多い.一方,転座陽性MALTリンパ腫の病理では萎縮は目立たず,粘膜下層への浸潤傾向が強い.また,転座陽性MALTリンパ腫はcobble stoneや粘膜下腫瘍様など隆起性病変が多いと報告される 8.自験例における初回病変は,背景に慢性胃炎を有し,粘膜内に限局した病変であったこと,染色体転座を有さないことから除菌治療反応性として矛盾しない病変であった.一方,新規病変は除菌治療後で背景粘膜に活動性炎症はなく,染色体転座を有していたが,一般的な臨床的特徴とは一致せず,初回同様の褪色調陥凹性病変として認めた.また,EUSでも粘膜下層への浸潤傾向はなく,粘膜内に限局していた.ただ,胃MALTリンパ腫は基本的に無症状で偶発的に発見されるため,一般的特徴はある程度発育した病変の特徴と考えられる.定期観察で比較的早期に発見されたことは臨床的特徴が目立たなかった一つの理由と考えられた.

中村ら 11は,除菌治療により寛解を得られた症例において約3%に再発を認めたと報告しており,一定数の頻度で再発は発生すると考えられる.しかし,これまでPubmedまたは医中誌(1983~2019年,「MALTリンパ腫」・「t(11;18)(q21;q21)染色体転座」「再発または異時性多発」をキーワードに検索)で検索しうる限り,同一患者に形質の異なるMALTリンパ腫として認めた報告はない.今回のように抗原性が異なる病変が同一患者に併存した理由については,1)H. pylori陽性MALTが染色体転座を新規に獲得し増殖した2)異時性または同時性に二種類のMALTリンパ腫が併存していた可能性が考慮された.H. pylori陽性転座陰性MALTリンパ腫はDLBCLへの悪性転化を来す症例が存在することが知られ,中村ら 18は,6.5年の追跡において2.1%の症例で形質転化を認めたと報告した.このような胃MALTリンパ腫併存DLBCLでは両成分のIgH領域のクローンが一致しており,遺伝学的にはp53異常やDNAメチル化が高悪性度転化に関連があるとされる 19.本症例では,初回病変と再発病変の抗原性の一致があるかPCRによる免疫グロブリン重鎖(IgH)遺伝子の再構成を行い解析した.結果は両者の抗原性のピークは一致せず,新規病変は初回病変の再発ではないと証明された.また,後方視的に内視鏡画像を確認すると,初回病変は全く変化を認めず,生検でも寛解を維持していたが,新規病変のみが継時的に増大していた.以上から,染色体転座の獲得した初回病変である可能性よりも,異時性に異なる抗原性の病変が併存していた稀な症例であった可能性が高いと考える.

MALTリンパ腫は二次性癌のリスク因子であることが知られている.胃MALTリンパ腫を前向きに経過観察した報告2編では,一般人口に対し固形癌,血液腫瘍のリスクが高い(2.9~8.7倍,5.5~18倍)と報告している 20),21.本症例は,病変が初期から併存していたのか,異時性に転座陽性MALTも発症したのかは不明である.しかし,本症例のように異なる機序で発生するMALTリンパ腫を同一患者で有したのは,MALTリンパ種の二次性癌発症ポテンシャルに裏打ちされた結果と思われる.MALTリンパ腫は再発だけでなく新規病変も念頭に置いた計画的なフォローを行う必要があると考えられる.

胃MALTリンパ腫に対する治療方針は確立しつつあるが,除菌治療無効病変に対する二次治療についてはまだ一定の見解は得られていない.EGILSガイドライン2010では,限局期胃MALTリンパ腫に対する二次治療として,RT(30 Gy)と化学療法の寛解率に差がないとされているが,実際の寛解率においてはRTで97.3%,化学療法では85%と差があることが報告されている 10.RTは無再発率も77~89%と良好で出血,二次癌などの有害事象も稀 22とされ,米国NCCNでは3~6カ月の除菌後経過観察で除菌が得られたにも拘わらず病変が残存する場合にはRTによる二次治療の検討を推奨している 9.また転座陽性MALTリンパ腫はDLBCLへの転化は稀であり,病変の進行も緩徐であるとの報告もある.ただ,今回の症例は後方視的に病変が増大傾向であったことから,経過観察の対象ではなく積極的治療の方針としてRTを行うことは妥当と考えた.二次治療後にCR至った後も,MALTリンパ腫の二次癌発生リスクを念頭に置き,定期的なフォローが必要であると思われる.

Ⅳ 結  語

7年にわたる臨床経過の検討と遺伝子学的解析により,形質の異なる胃MALTリンパ腫の異時性の併存を同一患者で認めた稀な症例を経験した.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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