日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
経過中に形態変化を来したcap polyposisの1例
伊藤 亮 田中 秀憲神保 祐介髙田 良平池田 敦史堂垣 美樹菅 もも子畑中 宏史木崎 智彦脇 信也
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2021 年 63 巻 7 号 p. 1371-1378

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要旨

症例は60歳男性.2週間ほど続く粘血下痢便を主訴に来院.大腸内視鏡検査(CS)で,粘液の付着した地図状発赤を直腸に認めた.非特異的な腸炎として経過をみていたが4カ月後に症状が増悪した.CSの再検で,発赤はS状結腸まで広がり,直腸の発赤部は平盤状に隆起していた.隆起の形態から非典型像を呈するcap polyposis(CP)が鑑別にあがり,病理所見にも矛盾はなくCPと診断した.Helicobacter pylori菌陽性のため除菌治療を行ったところ,症状・内視鏡像は改善した.CPは病期により非典型的な内視鏡像を呈し診断に苦慮するが,形態の変化に注目することで診断が可能となることがある.

Ⅰ 緒  言

Cap polyposis(CP)は,1985年にWilliamsらによって提唱された大腸の炎症性疾患である 1.典型例ではS状結腸から直腸にポリポーシスを呈するが,全結腸に丈の低い隆起や平坦な発赤を生じる非典型例もあり注意を要する 2.今回われわれは,初回検査時には診断に至らなかったが,症状増悪時に平坦発赤領域が隆起型へ変化したことでCPと診断できた症例を経験した.平坦発赤はCPの初期病変と考えられており,CPの進展の過程を確認できたことが興味深い.

Ⅱ 症  例

症例:60歳男性.

主訴:粘血便,下痢,腹痛.

既往歴:発作性心房細動.

内服歴:ベラパミル,ビソプロロール,ピルシカイニド,ワルファリン.

現病歴:以前より軟便気味ではあったが,2019年5月中旬より粘血下痢便が1日4-5回となり,便意を催した際に下腹部中心の痛みも自覚するようになったため,精査加療目的で5月下旬に当院を紹介受診された.

初診時現症:身長169cm,体重72kg,体温36.2℃,脈拍63/min整,血圧109/43mmHg,SpO2 98%,眼瞼結膜蒼白なし.腹部平坦・軟で下腹部に圧痛あり.

臨床検査成績(Table 1):貧血はなく,アルブミン値も正常であった.抗核抗体,MPO-ANCA,PR3-ANCAは陰性,C7-HRPも陰性であった.

Table 1 

臨床検査成績.

第1回大腸内視鏡(CS)所見(2019年5月):横行結腸からS状結腸に,粘液付着したびらん性病変を10数箇所に認め,一部はたこいぼ胃炎様の疣状を呈していた.直腸には粘液付着した地図状発赤が多発しており,介在粘膜は浮腫状であった(Figure 1-a).

Figure 1 

初回大腸内視鏡検査.

a:直腸に粘液の付着を伴う地図状発赤が多発しており,介在粘膜は浮腫状であった.

b:病理組織所見(HE×100):好中球を含んだ滲出物の付着と,陰窩の過形成を認めた.

c:病理組織所見(HE×400):表層には好中球を含む炎症細胞浸潤が著明であり,肉芽を形成していた.

病理組織所見(Figure 1-b,c):直腸発赤部からの生検組織では,表層に好中球を主体とした炎症細胞の浸潤と陰窩の過形成を認めるが,アミロイドやスピロヘータの沈着はなく,非乾酪性肉芽腫やアメーバ原虫は認めなかった.アメーバは粘液検鏡も陰性で,便培養,粘膜組織培養,Clostridium difficile抗原・毒素も陰性であった.陰窩膿瘍を認め,潰瘍性大腸炎(Ulcerative colitis;UC)も鑑別にあがったが,陰窩のねじれや杯細胞減少など特徴的所見に乏しく,病変に連続性がないことから否定的であった.内服は自己中止されており薬剤性も否定的であり,原因不詳のまま整腸剤の内服で経過をみることとなったが,症状は軽減と増悪を繰り返しながら持続していた.

9月になって下痢,粘血便の回数が再度1日4- 5回まで増加し,体重も約3kg減少するなど症状安定しないため,UC疑診でメサラジン3,000mgの内服を開始した.内服開始2週間後くらいから下痢の回数が増加し,1日40回以上となった.メサラジン不耐が疑われたが発熱はなく,炎症所見も乏しかった.内服を中止したところ下痢の回数は20回程度までは減少したが,症状が続くためCS再検した.

第2回CS所見(2019年9月):横行結腸から下行結腸のびらん性病変に変化はなかったが,地図状発赤はS状結腸まで広がっていた.直腸発赤の一部は,半月ひだ上で丈の低い隆起を伴い平盤状となっていた(Figure 2-a,b).隆起の部位と形態から非典型像を呈するCPが鑑別にあがった.

Figure 2 

第2回大腸内視鏡検査.

a:Rbの半月ひだ上に平盤状の隆起性病変を認める.

b:同部位は空気を抜くと,芋虫状に隆起する.

c:病理組織所見(caldesmon染色×100):陰窩の過形成と,粘膜筋板から粘膜内への平滑筋線維束の伸びだしを認める.

病理組織所見(Figure 2-c):直腸隆起発赤部からの生検組織では,炎症細胞の浸潤と陰窩の過形成や内腔血管の拡大に加え線維筋症を軽度認めCPに矛盾しない所見であった.

胃粘膜組織培養でHelicobacter pylori菌(H. pylori)陽性であったため,CPの診断的治療目的でHP除菌(ボノプラザン40mg+アモキシシリン1,500mg+クラリスロマイシン400mg/日×7日間)を10月初旬より開始し,内服終了5週間後の尿素呼気試験が0.3‰であり除菌成功と判定した.除菌開始2週で排便回数は6-7回に減少し,7週目には1日1回の普通便となり,腹痛も改善した.

第3回目CS所見(2020年1月):直腸の隆起性病変は消失し,血管透見が確認できるようになり(Figure 3),横行結腸からS状結腸にかけてのびらん・発赤も消失していた.

Figure 3 

第3回大腸内視鏡検査.

直腸の発赤,隆起性病変は消失し,白色調であった粘膜面は血管透見が確認できるようになった.

Ⅲ 考  察

CPは比較的まれな大腸の炎症性疾患であり,病変の表面が線維性膿性滲出物を伴う肉芽組織で帽子(cap)状に覆われるのを特徴としている 2),3.発症年齢は平均46.7(7~79)歳で,女性に多い(約3倍).症状は粘血便,下痢,下腹部痛などで,しばしば蛋白漏出による低蛋白血症を呈する(77.8 %)が,CRPは上昇しない(77.8%) 4),5.本症例では,粘血下痢便,腹痛などの症状を有したが,炎症反応上昇はなく,低蛋白血症も認めなかった.CPは症状発現から診断まで6カ月~4年と長期化する傾向にあるが 6,本症例では診断までの期間が比較的短く,症状が軽減している時期もあったため低蛋白血症に至らなかったと考えられる.内視鏡所見は,①直腸からS状結腸にかけて存在し,②広基性隆起性病変が半月ひだの頂部を中心に散在性にみられる,③多量の粘液が付着し,洗浄すると強い発赤がみられる,④介在粘膜はほぼ正常で連続性がない,などが特徴である 2.しかし非典型例では,病変範囲はS状結腸より口側に広がり 4),5,形態は平盤状,たこいぼ状などの丈の低い隆起や,平坦な地図状発赤を示す 2.本症例では,S状結腸より口側に散在するびらん性病変と,直腸の地図状発赤が初期像であったが,4カ月後の症状増悪時には,直腸病変の一部が平盤状~芋虫状の隆起性病変に変化していた.CPは病勢により,隆起の高さや,発赤・粘液付着の程度が変化する傾向があり,最初から広基性ポリープの形態をとるのではなく,平坦な発赤所見が発症初期像と考えられている 4.しかし初期像からの形態変化が観察された報告は少なく,「cap-polyposis」をkey wordに1985年以降の医学中央雑誌で検索したところ,平坦型から隆起型への変化が内視鏡写真で確認された症例は引用されている海外文献を含め6例であった(Table 2 4),7)~11.S状結腸から直腸にかけての浮腫と斑状・地図状発赤などが初期像で,2~20カ月後の症状増悪時に低い隆起状となっており,典型像である広基性・芋虫状の多発ポリープへと進展した症例もあった.

Table 2 

平坦型から隆起型へ形態変化したcap polyposisの報告例(自験例を含む).

Chinenらは,CPの主原因は粘膜面の炎症で,機械的刺激が加わることで筋線維の量が増加し,ポリープが増大すると考察しており 12,病理組織学的にも,初期像は粘膜表層性かつ限局性の慢性活動性炎症細胞の浸潤であり 3,肉芽の増生とともに陰窩の延長と軽度の線維筋症が生じ隆起を形成する 2という機序が推定されている.自験例においても,初回生検組織では粘膜表層の炎症細胞浸潤が主体であったが,2回目の生検組織には粘膜筋板から粘膜内に伸び出す線維筋症を認めており,直腸病変の隆起は病悩期間の長期化や,排便回数の増加などの機械的刺激に伴う変化と考えられた.mucosal prolapse syndrome(MPS)にも線維筋症が生じるが,CPに比べて高度であり,また炎症細胞の浸潤が軽度な傾向がある点で鑑別できる 13.本症例では,初回の生検組織からは確定診断に至らなかったが,振り返って検討すると,膿性滲出物や,炎症性肉芽組織が表層に存在しており,CPの特徴を有していた.S状結腸より口側のびらん性病変も病理所見は同様であり,一連の病変と考えられた.病勢により粘液の付着状況が変化し,capが証明できないこともあるため 14,臨床経過,内視鏡像などを総合して診断することが求められる.

CPの粘膜面に生じる炎症の原因は明確でないが,感染症や免疫応答異常などの関与が推測されており,様々な治療が試みられている.Metronidazole(MNZ)とステロイド注腸の奏効率が約3割とやや高く,Infliximabも4例中2例で有効であったが,5アミノサリチル酸はほぼ全例で無効であるなど 15,確立した治療法はなかった.2002年にOiyaらがH. pylori除菌で治癒したCP症例を初めて報告して以来 16H. pylori感染とCPの関連性が注目されるようになった.2002年6月以降で「cap-polyposis」をkey wordにPubMedと医学中央雑誌(会議録は除く)で検索したところ,H. pylori感染の有無が判明しているCP症例は27例(陽性19例,陰性8例)報告されていた(Table 3 5),6),11),15)~34.陽性例19例中16例に除菌治療が施行されており,除菌成功例15例(1次除菌13例,2次除菌2例)は全例で症状・内視鏡像が改善していた.1次除菌失敗時に残存していた病変も2次除菌成功後には改善しており 23),29H. pyloriの存在はCPと強い関係性がある.しかし病変局所にH. pylori菌体が検出された報告はなく,H. pyloriの持続感染に対する全身免疫応答により生じた種々のサイトカインが,粘膜表層の炎症に影響を及ぼす機序が推測されている 17.本症例もH. pylori除菌後に症状・内視鏡所見が共に改善しており,H. pyloriの持続感染が病態に影響していた可能性は高い.しかし,除菌治療によりH. pylori以外の細菌が駆除された可能性や 17,腸内細菌叢に影響を及ぼし,腸管免疫応答に変化が生じた可能性も機序として考えられる 33H. pylori陰性CP症例8例中2例でH. pylori除菌治療が施行されており 28),33,1例は除菌治療(アモキシシリン+MNZ)後にCPの寛解が得られていた.治療前と6カ月後で腸内細菌叢が変化しており,dysbiosisによる宿主-細菌相互関係の障害がCPの原因になりうると考察されている 33.本症例ではdysbiosisの要因とされる抗生剤や制酸剤の服用歴はなかったが,食習慣や加齢などからもdysbiosisは生じるため,それがCPの原因となり,H. pylori除菌治療により長期的に腸内細菌叢が変化することで,改善した可能性も考えられた.CP治療前後の腸内細菌叢の変化は今後重要な検討項目となると思われる.

Table 3 

HP感染の有無が記載されたcap polyposisの報告例(2002年から2019年;自験例を含む).

Ⅳ 結  語

平坦型から隆起型への形態の変化から診断に至った非典型的な内視鏡像を呈するCP症例を経験した.CPの原因や機序はまだ明確ではなく,それらを明らかにするためにも,非典型的な像を呈する病変を認識し,症例を拾い上げることが重要である.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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