2021 年 63 巻 8 号 p. 1489-1494
症例は68歳男性.天疱瘡にて皮膚科加療中に胆管狭窄に伴う肝機能障害を来し,当科紹介受診となった.精査・加療目的にてERCPならびに胆道ドレナージを施行し,内視鏡抜去時に胸部中部~下部食道に長軸に広がる食道粘膜下血腫を認めた.絶食などの保存的加療により食道粘膜下血腫は速やかに改善した.特発性食道粘膜下血腫の報告は散見されるが,これまでにERCP関連手技に伴う食道粘膜下血腫の報告は極めて稀である.出血素因や天疱瘡などの基礎疾患を有する症例では,ERCP関連偶発症の一つとして機械的刺激を軽減するような慎重で愛護的な内視鏡手技を施行する必要があると考え,文献的考察を加えて報告する.
ERCPは膵胆道系疾患の診断・治療において必要不可欠な手技であるが,特にERCP関連治療手技における偶発率は0.994%と内視鏡的治療手技の中で最も高率である 1).代表的な偶発症は急性膵炎,急性胆道炎,穿孔,出血であり,特にこれらの偶発症に留意する必要がある.
食道粘膜下血腫は機械的刺激や出血傾向のある基礎疾患を有する症例に発症する比較的稀な疾患であり,一般的には保存的治療で治癒する予後良好な疾患である.今回われわれは,天疱瘡を基礎疾患として有し,ERCPを契機に発症した食道粘膜下血腫の1例を経験したので文献的考察を加えて報告する.
患者:68歳,男性.
主訴:倦怠感,肝機能障害.
家族歴:特記すべき事項なし.
既往歴:天疱瘡,扁平上皮癌(原発不明),急性心不全,不整脈(アブレーションにて根治),脂質異常症.
内服薬:プレドニゾロン(27.5mg/day),フロセミド,ファモチジン,アトルバスタチンカルシウム水和物,酸化マグネシウム,スルファメトキサゾール・トリメトプリム製剤.
現病歴:天疱瘡にて加療中にリンパ節(腹腔内,傍大動脈,後腹膜)腫大を認め,後腹膜リンパ節に対するCTガイド下生検で扁平上皮癌と診断された.全身精査中に肝機能障害を来し,皮膚科より紹介受診となった.
初診時現症:身長165.8cm,体重57.0kg,体温35.9℃,血圧138/75mmHg.腹部は平坦・軟で圧痛を認めなかった.眼球結膜や皮膚に黄染を認めなかった.
初診時検査所見:AST 80U/L,ALT 67U/L,ALP 391U/L,γ-GTP 404U/Lと肝胆道系酵素の上昇を認めたが,T-Bil 0.9mg/dl,D-Bil 0.2mg/dlと黄疸は認めなかった.WBC 10,100/μl,CRP 7.76mg/dlと炎症反応上昇を認めた.TP 6.4g/dl,Alb 3.0g/dlと著明な栄養状態の悪化は認めなかった.腫瘍マーカーはCA19-9 131.7U/ml,シフラ 130.1ng/ml,可溶性IL-2R 1,350U/mlであった.
腹部造影CT/MRCP(Figure 1,2):遠位胆管狭窄と上流の胆道系拡張を認めた.狭窄部には造影効果を伴う胆管壁肥厚を認めた.広範なリンパ節腫大(腹腔内,傍大動脈,後腹膜)を認めた.
腹部造影CT検査.
a:遠位胆管に狭窄と造影効果を伴う壁肥厚を認めた(矢印).
b:腹腔内,傍大動脈,後腹膜に多発リンパ節腫大を認めた(矢印).
MRCP検査.
遠位胆管の狭窄と上流の胆道系拡張を認めた(矢印).
経過:ERCP前に施行したスクリーニング目的の上部消化管内視鏡検査では逆流性食道炎(改訂ロサンゼルス分類Grade M)を認めるのみで,天疱瘡に伴う食道病変や腫瘍性病変は認めなかった(Figure 3).胆管狭窄に対する精査・加療目的にて皮膚科入院の第12病日にERCPを施行し,CT/MRCP同様に遠位胆管狭窄を認め(Figure 4-a),内視鏡的乳頭括約筋切開術,胆管生検を行った.多発リンパ節腫大やリンパ節生検で扁平上皮癌を認めていたことから,臨床的に手術適応はないと判断し,遠位胆管狭窄に対して自己拡張型フルカバー付き金属ステント(10×70mm)留置を引き続いて行った(Figure 4-b).十二指腸内視鏡抜去時に食道内に大量の凝血塊を認めたため,直視内視鏡に切り替えて観察を行い,胸部中部~下部食道にかけて長径約80mmの食道壁の長軸方向に広がる内腔に突出する赤紫色~暗赤色の表面平滑な粘膜下腫瘤を認め,食道粘膜下血腫と診断した(Figure 5).紐様構造物は認めなかった.絶食管理とプロトンポンプ阻害薬による加療を行い,第19病日(ERCP7日後)の上部消化管内視鏡検査では血腫の存在した部位に一致して浅い潰瘍を認め,かつ潰瘍に連続して血腫の表面を覆っていた粘膜が剝離したと思われる白色粘膜が潰瘍を跨ぐ形でmucosal bridge様に形成されており,食道粘膜下血腫の改善を認めた(Figure 6).また,胆管生検では悪性所見を認めず,リンパ節腫大による遠位胆管狭窄と考えられた.
上部消化管内視鏡検査(ERCP前).
天疱瘡に伴う食道病変や腫瘍性病変は認めず,逆流性食道炎(改訂ロサンゼルス分類Grade M)を認めるのみであった.
ERCP.
a:遠位胆管の狭窄を認めた.
b:10×70mmの金属ステントを留置した.
上部消化管内視鏡検査(ERCP直後).
胸部中部~下部食道にかけて長径約80mmの食道壁の長軸方向に広がり内腔に突出する赤紫色~暗赤色の表面平滑な粘膜下腫瘤を認めた.
上部消化管内視鏡検査(ERCP7日後).
胸部中部~下部食道にかけての食道粘膜下血腫は改善を認めた.
食道粘膜下血腫は1957年にWilliamsが特発性食道粘膜下剝離(spontaneous submucosal dissection of the oesophagus)として報告したものが最初であり 2),食道粘膜下層の血管が破綻し血腫を形成する病態である.Williamsの報告以降は同様の論文が,submucosal dissection of the esophagus 3),intramural hematoma 4),esophageal apoplexy 5)等,種々の名称で報告されている.成因により外傷性と特発性に分類され,前者は外傷,異物誤飲,内視鏡手技等の医療行為による機械的損傷が原因であり,後者は食事や嘔吐等の食道内圧上昇に伴う損傷や基礎疾患に伴う病態(血液透析や抗血栓療法等)が誘因となる 6).近年は心肺蘇生処置後 7)や薬剤による食道粘膜下血腫の報告もある 8).
食道粘膜下血腫の発生部位は,山田らが超音波内視鏡検査による観察で粘膜下層に形成されることを報告し 9),木下らは食道粘膜下血腫の発生機序として食道内圧上昇に伴い粘膜下層に“ずれ”が生じ,食道粘膜下層はその他の消化管粘膜より疎であるために生じる“ずれ”が大きいことが血腫の原因と推察されるとしている 10).
臨床症状は胸痛・嚥下障害・吐血が3徴であり 11),上原らは食道粘膜下血腫の主訴は嘔血が19例(86.3%)と最も多く,その他に胸痛(36.3%),嘔吐(27.3%),心窩部痛(22.7%),嚥下困難(13.6%)などが認められたと報告している 12).
食道粘膜下血腫の検査所見は,内視鏡検査では銭谷,松井らは食道壁の長軸方向に広がり内腔に突出する赤紫色~暗赤色の表面平滑な粘膜下腫瘤として観察されると報告し 13),14),本症例でもそれらに矛盾しない所見であったため,食道粘膜下血腫と診断し,保存的加療を選択した.食道造影では表面平滑な陰影欠損として描出され,血腫が破綻すれば,縦軸方向に食道と並行した造影剤の貯留(double barreled esophagus)を認めることもある 15)とされているが,近年は内視鏡検査にて容易に診断可能と思われる.
治療は本症例と同様に,絶食,粘膜保護剤投与等による保存的療法で治癒することが多く,一般的に予後は良好な疾患である 13).また本邦報告例67例中再発例は1例のみであった 16).血腫は粘膜下までの浅い病変のため,血腫が破綻しても比較的浅い潰瘍を形成して治癒するとされ 13),多くは発症後1週間から3週間で自覚症状が改善し,内視鏡所見でも血腫の消失を認める.また,血腫の破裂により吐血で発症した場合でも,大量吐血によりショックに至った症例の報告はなく,後遺症を残さず治癒するため,外科的治療は行うべきではないとされている 17).
当院ではERCP関連手技は鎮静下で施行し,本症例でのERCP施行中の嘔吐反射はなかったため,本症例はERCPによる内視鏡の機械的刺激が誘因となった外傷性食道粘膜下血腫と診断し,既報に矛盾しない良好な経過であった.
ERCP以外の内視鏡の機械的刺激が誘因となる代表的なものは食道静脈瘤に対する硬化療法(endoscopic injection sclerotherapy:EIS)であり,今村らが食道粘膜下血腫の原因としてEISは比較的高頻度であると報告している 18).ERCPに使用する十二指腸内視鏡はSide View Scopeであり,かつ内視鏡径も太いため,内視鏡先端が食道粘膜に機械的刺激を与える可能性は直視鏡に比べて高いと想像されるが,「ERCP」「食道粘膜下血腫」のキーワードで医学中央雑誌にて検索したところ,本邦での症例報告はなかった.海外ではERCPによる稀な偶発症として食道壁内血腫の症例報告があり,本症例と同様に保存的加療で軽快している 19).
自己免疫性水疱性疾患には表皮内水疱症(天疱瘡群)と表皮下水疱症(類天疱瘡群)があり,天疱瘡群は尋常性天疱瘡と落葉状天疱瘡に大別される 20).落葉状天疱瘡では粘膜病変を認めないのに対し,尋常性天疱瘡ではしばしば食道粘膜にびらん等の病変を伴う 21)~23)が,本症例ではスクリーニング目的の上部消化管内視鏡検査において天疱瘡に伴う食道病変や食道癌の合併を認めなかった.また,尋常性天疱瘡では健常皮膚部を摩擦することで水疱が発生するニコルスキー現象が陽性となり,これまでに食道生検によるニコルスキー現象 21),24)が報告されている.水疱性類天疱瘡ではニコルスキー現象を認めない.ニコルスキー現象は上部食道に多く認められる傾向にある 21)が,本症例では中部~下部食道に認められたことから,側視鏡による機械的刺激によってニコルスキー現象が生じ,食道粘膜下血腫を来したと考えられた.側視鏡ではリアルタイムにニコルスキー現象を観察・診断することは困難であるため,内視鏡抜去時に血腫が観察できたものと推察された.天疱瘡症例に対して内視鏡検査を施行する際には食道粘膜に機械的刺激を与えないように慎重な内視鏡操作を行うべきであり,特にERCPを施行する際には,食道粘膜に対する機械的刺激を最小限に抑えるために,①食道内での吸引を避ける,②手技時間を短くする,③プッシュ操作を多用しないなどの注意が必要である.また,ERCP終了後は乳頭部周囲の観察だけではなく,内視鏡抜去の際に胃内の空気を減圧しつつ短時間で胃内と食道の観察を行うことも重要である.
食道粘膜下血腫は一般的には予後良好な疾患であるが,高齢化に伴い脳・心血管疾患が増え,抗血栓療法が行われている症例も増加している.本疾患(食道粘膜下血腫)は保存的療法で治癒することが多いことから,内視鏡等による食道粘膜下血腫の適切な診断により手術を含めた侵襲治療を避けるようにするとともに,基礎疾患を有する症例に対し必要な内視鏡手技を行う際にはより慎重に施行するべきである.
ERCPを契機に食道粘膜下血腫を来した症例を経験した.特に出血素因や天疱瘡などの基礎疾患を有する症例では,機械的刺激を軽減するような愛護的で慎重な内視鏡手技の施行が望まれる.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし