日本消化器内視鏡学会雑誌
Online ISSN : 1884-5738
Print ISSN : 0387-1207
ISSN-L : 0387-1207
症例
貧血の原因となった小腸炎症性ポリープに対し局注併用cold snare polypectomyにより切除し得た1例
河野 直哉千葉 秀幸立川 準河合 恵美芦苅 圭一有本 純桑原 洋紀中岡 宙子後藤 亨坂本 穆彦
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2022 年 64 巻 1 号 p. 55-60

詳細
要旨

81歳女性.血便精査目的に当科紹介受診.鉄欠乏性貧血を認めたが,造影CTおよび上下部消化管内視鏡検査では出血源を同定できなかった.カプセル内視鏡にて回腸に出血を認めた.小腸内視鏡検査では回腸に8mm大の隆起性病変を認めたが,抗血小板薬内服中であったため経過観察とした.しかし,その後も緩徐に貧血の進行を認めたため,同ポリープが出血源と考え,局注併用cold snare polypectomy(CSP)を行った.病理組織所見は,炎症性ポリープであった.その後,1年半経過したが再出血なく貧血も改善している.良性の小腸ポリープに対して局注併用CSPが有用であった症例を経験した.

Ⅰ 緒  言

大腸ポリープに対する安全で簡便な治療法であるcold snare polypectomy(CSP)の有用性が報告されている 1が,小腸ポリープに対するCSPの報告は極めて稀である.今回,われわれは出血源となっていた炎症性ポリープに対して局注併用CSPにより治療し得た症例を経験したため若干の考察を加えて報告する.

Ⅱ 症  例

症例:81歳,女性.

主訴:血便.

現病歴:2016年7月頃より暗赤色便を時々自覚していたが,11月よりその頻度が増えたため近医を受診した.消化管出血の精査加療目的に当科を紹介され受診した.

既往歴:30歳 胃潰瘍,虫垂炎術後.

65歳 高血圧症,脂質異常症,気管支喘息.

80歳 腰部脊柱管狭窄症.

常用薬:ランソプラゾール,イコサペント酸エチル錠,ロサルタンカリウム・ヒドロクロロチアジド,リマプロストアルファデクス錠.

来院時臨床検査成績(Table 1):Hb 8.8g/dl,フェリチン7.7ng/mL,Fe 18µg/dl,TIBC 517µg/dlと鉄欠乏性貧血を認めた.

Table 1 

来院時臨床検査成績.

経過:来院時,造影CTを施行したが,明らかな出血源は同定されなかった.約2週間後に上下部消化管内視鏡検査を施行したが,明らかな出血性病変は指摘できなかった.患者と相談の結果,小腸精査の希望はなく経過観察の方針として,抗血小板薬は休薬とした.2017年1月,小球性貧血の進行を認めたため,2月にカプセル内視鏡(capsule endoscopy;CE)を施行した.全小腸を観察し,回腸に血液貯留を認めたが,明らかな出血源は同定されなかった.3月,小腸出血精査目的に,血性腸液により病変の視認がし易くなることを考慮して経口的にダブルバルーン内視鏡(double balloon enteroscopy;DBE)を施行したが,上部空腸に小ポリープを認めるのみであった.翌日,経肛門的にDBEを施行したところ,回腸に易出血性を呈する表面に薄い白苔を伴う8mm大のポリープを認めた(Figure 1).病変の生検では炎症性変化のみで,腫瘍性変化は認められなかった.

Figure 1 

初回小腸内視鏡所見.

回腸に8mm大のポリープを認めた.

同年4月,抗血小板薬を再開したところ,7月の血液検査では更に貧血の進行(Hb 7.7g/dl)を認め,抗血小板薬を再度中止して鉄剤を開始した.2018年1月には血便が再現したため,患者と相談のうえ小腸ポリープ切除の方針とした.

2018年3月,DBE(経肛門的)にて前回と同部位に発赤調の前回より10mmとわずかに増大したポリープ(Figure 2-a)を指摘された.貧血の原因と判断し,治療法は出血のリスクが低く,穿孔を回避し得るCSPを選択した.同ポリープに対して,生理食塩水3mlを局注(Figure 2-b)した後にSnareMaster Plus 15mm(Boston Scientific Corporation, Natick, USA)によりCSPを施行した(Figure 2-c,d).クリップ5個で縫縮して処置を終了した.病理組織学的所見は,間質に炎症細胞浸潤を伴う小血管に富んだ炎症性ポリープであった(Figure 3-a,b).

Figure 2 

2回目の小腸内視鏡所見.

a:10mm大のポリープ.

b:生理食塩水による局注.

c:スネアリング.

d:CSP標本.

Figure 3 

病理組織学的所見.

回腸のポリープは間質に炎症性細胞浸潤がみられ,小血管の増生からなる炎症肉芽組織を形成していた.

a:ルーペ像.

b:HE染色弱拡大像.

術後経過:ポリープ切除後は,治療後3日目より抗血小板薬を再開したが貧血の出現なく1年半経過している(Figure 4).

Figure 4 

ヘモグロビン値の推移.

Ⅲ 考  察

小腸出血の原因として,血管性病変(40.4%),びらん・潰瘍などの炎症性病変(29.9%),腫瘍・ポリープ(22.2%),憩室(4.9%),その他の病変(2.6%)が挙げられる 2

小腸内視鏡ガイドラインによると,上下部消化管内視鏡で異常のない原因不明の消化管出血(obscure GI bleeding;OGIB)症例では,造影CT を行い小腸に病変がないかを調べる 3.異常が見つかれば,病変に近い経路からDBEを行うことが推奨されている.異常がなく,顕性出血が持続(ongoing overt OGIB)する場合,潜在性出血(occult OGIB)を認める場合は,CEが病変の同定に有用である.本症例は造影CTでは出血源が不明であったが,CEで活動性の小腸出血と診断できたため,DBEを施行した.回腸に炎症性ポリープを発見したが,サイズも小さく,その時点では出血源と断定できなかった.また,小腸ポリープの標準的内視鏡治療は確立されておらず十分なエビデンスがないこと,患者より治療についてインフォームド・コンセントを得られていなかったこと,後出血に対し緊急でDBEを施行できる環境にないことより,最初は経過観察とした.しかし,その後も血便と明らかな貧血の進行を認めたため,患者より同意を得て内視鏡切除の方針とした.

小腸良性腫瘍のうち粘膜病変で有症状例,悪性化の可能性のある病変が内視鏡治療の適応となる 4.本症例は,慢性的な貧血,血便の改善を期待して侵襲の少ない内視鏡治療を選択した.

小腸腫瘍に対するポリペクトミー/内視鏡的粘膜切除術(EMR)では,壁が薄いため穿孔のリスクが高いことに留意して,熱凝固が深部に及ばないように局注を行うこと,後出血予防として切除後潰瘍にクリッピングを行うことが推奨されてきた 5.本症例では,EMR時の通電による遅発性穿孔と後出血のリスクを考慮してCSPを選択した.

近年,CSPは大腸における小型ポリープに対する有用性が報告されており安全で簡便な治療法とされている 6.特に,抗血栓薬内服中であっても後出血が少ない安全な方法として広く普及しつつある手技である 7.CSPの長所として穿孔や後出血を来たしにくいこと,短所としてburning effectがないため遺残を来たしやすいことが挙げられる 8.そのため本症例では,ポリープの基部が小さく断端評価がしづらくなること,CSPにて切除できなかった場合にはEMRへ切り替えられることを想定して,基部が広がらないよう最小限の生理食塩水による局注を併用した.最近では,大腸において局注を併用したcold EMRの報告 9はあるが,局注の有無は完全切除率に影響を与えないとの報告 10もあり,その有用性については一定の見解が得られていない.今後更なる症例の蓄積による検討が必要である.

小腸ポリープに対するcold polypectomyについて,1983年から2018年までの医学中央雑誌にて「小腸ポリープ」,「cold polypectomy」をKey wordとして検索した結果,会議録を除く論文報告は小腸癌術後,空腸に3mmの無茎性ポリープが認められCSPを施行した1例のみであった 11.病理組織診断は,高度異形成管状腺癌であった.切除断端は不明瞭であったが,遺残再発なく経過したと報告されている.

本症例では,間質に炎症細胞浸潤と著しく小血管の増生が目立つ肉芽組織を認めた.鑑別として,炎症性ポリープ,膿原性肉芽腫 (pyogenic granuloma),過誤腫,血管腫が挙げられたが,炎症性腸疾患を基盤としない炎症細胞の出現を認めるポリープと定義される広義の炎症性ポリープと考えた 12.内視鏡的には周囲粘膜を含めて局注併用CSPを施行したが,病理所見上は病変がなだらかに周囲粘膜へ移行しており切除断端は不明瞭であった.

抗血小板薬を再開して貧血の出現なく経過している.

Ⅳ 結  語

今回,貧血と血便を契機に発見された炎症性ポリープに対し,局注併用CSPで安全に切除し得た1例を経験した.局注併用CSPが良性の小さな小腸ポリープに対しての1つの内視鏡治療選択肢となり得るか今後更なる検討が必要であると思われる.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
© 2022 一般社団法人 日本消化器内視鏡学会
feedback
Top