2022 年 64 巻 10 号 p. 2317-2322
2019年10月より約2年間,ブータン国立病院(Jigme Dorji Wangchuck National Referral Hospital)にて内視鏡勤務を経験した.コロナ禍と重なる期間ではあったが,上部消化管内視鏡約4,000例,大腸内視鏡約350例,ERCP約140件施行した.ブータンでは,Helicobacter pylori(H. pylori)感染率は70%を超え,若年者の陽性率も高く,悪性疾患のうち,死亡率の第一位は胃癌である.見つかる胃癌の多くは進行胃癌である.現在,国家プロジェクトとして,胃内視鏡検診が行われ,H. pylori除菌と早期胃癌発見に向けて進行中である.今回,発展途上の医療資源の少ない国で,上部消化管・大腸内視鏡やERCPはどのように行われているのかについて報告した.今後一人でも多く発展途上国の医療について関心を寄せる内視鏡医が生まれることを期待する.
Since October 2019, I worked for 2 years as an endoscopist at Jigme Dorji Wangchuck National Referral Hospital, located at Thimphu, Bhutan. Though this period overlapped the COVID-19 pandemic, I was involved in approximately 4,000 cases of upper gastrointestinal (GI) endoscopy, 350 cases of colonoscopy, and 140 cases of ERCP.
In Bhutan, the infection rate of Helicobacter pylori is higher than 70%, and even among young adults the rate is alarming. Gastric cancer is a malignant disease with the highest mortality and is mostly detected in advanced stages. Therefore, a national flagship project that takes aim at the eradication of H. pylori and early detection of gastric cancer has been recently created. Endoscopic health examinations named Endoscopy Camp are being conducted every weekend.
In this article, we showed how upper GI endoscopy, colonoscopy, and ERCP is developing in Bhutan, which still lacks sufficient medical resources.
We hope more Japanese endoscopists take an active interest in developing countriesʼ medical care.
2006年ブータンを個人旅行で訪れ,ブータンの人や自然に興味を持った.2019年4月,日本での定年退職を機会に,ブータン首都ティンプーの国立病院(Jigme Dorji Wangchuck National Referral Hospital:以下当院)院長に直接メールで就職希望を伝えたところ快諾を得,同年10月より内視鏡室で2年間の働く機会を得た.
約2年(2019年10月から2021年9月)の間に,上部内視鏡検査約4,000件,大腸内視鏡検査350件,内視鏡的逆行性膵胆管造影法(ERCP)は外科医Dr.Sonu Subbaと140件施行した.
2020年3月以降,COVID-19感染のため,内視鏡業務にも影響が出たが,国・保健省による迅速な患者隔離,積極的なPCR検査,ワクチン接種,2回の全国ロックダウン等が行われた.
この2年間のブータンの内視鏡事情について述べ,一人でも多くの内視鏡医に発展途上国での内視鏡医療に関心を持っていただければ幸いである.
ブータンは“幸せの国”“GNP(Gross National Product)よりGNH(Gross National Happiness)の国”で有名である.中国とインドに挟まれ,ヒマラヤ山脈の中に存在し(Figure 1),約80万人 1)が九州と同じ広さの中に住んでいる.当院のある首都ティンプーの海抜は約2,400メートルである.
ドチュラ峠からの景色.
当院より車で1時間,標高3,150メートルの峠からヒマラヤ山脈が一望できる.
2008年に,王政から立憲君主制国家と変わり,5年に一度国会議員選挙が行われている.
主な産業は農業で,水力発電と観光業が外貨獲得の手段である.工業製品は海外からの輸入に頼り,薬剤も伝統医学の薬剤以外は,すべて輸入品である.観光業はコロナ禍が始まって以来,完全に止まった.
大多数の国民は,チベット仏教を篤く信じ,多くの寺院,僧院があり(Figure 2),当院でも僧侶が数名職についている.新しい内視鏡の稼働初日には,僧侶による儀式が行われた(Figure 3).
メモリアルチョルテン.
当院にほぼ隣接する仏塔.COVID-19感染以前は大勢の人がお参りしていたが,2020年3月より閉鎖となった.
新機種内視鏡,稼働初日.
当院で勤務する僧により儀式が行われた.
医療・教育は基本的には無料であり,医療保険制度はない.病院は当院を頂点に全国20県に49カ所,公立診療所Primary Health Center(PHC)は186カ所ある.PHCには医師はおらず,処方可能なHealth Assistant(HA)が働いている 2).
CTscanが稼働しているのは,当院(全国紹介病院:National Referral Hospital)と2カ所の地域紹介病院(Regional Referral Hospital)の計3病院だけである.
全国の医師数は376名 2).人口10万人に対して約50名(日本は約258名 3),オーストリアは約520名 4))と世界の中では非常に少ない.
ブータンにはまだ医師を養成する医学部はなく(計画中),すべてのブータン人医師は,外国の大学で医学教育を受け医師となる.インド,バングラデシュ,スリランカの大学出身医師が多い.
外国の大学を卒業後は,ブータンで働くことが義務で,帰国後1年間はインターンとして働き,その後公務員試験に合格して初めて医師として認められる.最初は地方で数年間仕事をしてから,再びレジデントとして当院に戻ってくる.その後4年間研修を積んで,専門医となる.
レジデントは,病棟,外来,ICUの患者を担当し,毎朝,新入院患者の紹介を行い,午後には,症例報告,文献紹介,テーマ別発表など多忙である.2020年春からは,COVID-19病棟も業務の一つである.
当院は,ブータンの医療・医学教育の中心で,診療科13,ベッド数381床,医師91名,総スタッフ1,530名で運営されている(Figure 4).隣接の大学Khesar Gyalpo University of Medical Science of Bhutan(KGUMSB)には,3学部があり,専門医,看護師,公衆衛生専門家,伝統医学医師の養成を行っている.学校教育は小学生から英語で行われており,医学教育,検討会,研修会などは,すべて英語で行われている.
当院正門.
第三代国王を記念する国立病院.一次から三次までの救急患者も受け入れている.
平均寿命は約72歳(男72歳,女74歳) 1)で,罹患率では感染性疾患が減少傾向にあるとはいえ,依然約36%を占め,結核,ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染等への対策が課題となっている 2).過去10年間の死因の第一位はアルコール性肝疾患 2)である.
悪性疾患のうち死亡率一位は胃癌 2)で,Helicobacter pylori(H. pylori)の感染率は72.2 5)~73.4% 6),29歳以下の若年者でも80% 6)と非常に高い.またH. pyloriの株はCagA(cytotoxin-associated gene A)を持つ東アジア型が大半で,なかでもより強い毒性を持つ型が半数を占めていると報告されている 7).そのため,現在,国家プロジェクトとして,胃癌の早期発見とH. pylori感染の有無を調べるための内視鏡検診が行われ,当院からも毎週末,地方に医師・看護師が派遣されている.受診者全員に迅速ウレアーゼ検査を行い,陽性者は原則全員除菌治療が行われる.
ブータン全国で内視鏡検査が可能な施設は8カ所ある.当院で内視鏡を行っているのは,私以外には,内科医1名,外科医6名.内視鏡室は2室で,PENTAX EPK-i7010が2台とOLYMPUS CLV-190が1台稼働している(Figure 5).内視鏡洗浄はすべて手洗いで,患者は全員検査前にウイルスマーカー(HIV抗体,B型肝炎ウイルス(HBs抗原),C型肝炎ウイルス(HCV抗体))を測定し,感染者は検査日の最後に回り,検査後,内視鏡はグルタールアルデヒドで消毒される.
上部消化管内視鏡検査中.
スクラブ,術衣,エプロン(リユース)を身につけ,顔にはフェイスマスクとフェイスシールドを着用する.
医療資源が乏しいため,生検鉗子,ガイドワイヤー,スネア,乳頭切開用ナイフ,拡張用バルーンなどは原則再使用されている.
上部消化管内視鏡は,週3日,1日の症例は2人の内視鏡医で約30~40名.鎮静はなしで,消泡剤,鎮痙剤の使用もしない.リドカインスプレーは,在庫が切れると無麻酔となる.
色素内視鏡は行っていない.
ほとんどの症例に迅速ウレアーゼ試験を行い,陽性者は,三剤併用治療(プロトンポンプ阻害薬+アモキシシリン+クラリスロマイシン)14日間投与を行う.以前は,メトロニダゾールが使用されていたようであるが,耐性株の増加によりクラリスロマイシンに代わったとのことである.二次除菌は定まっていない.除菌判定は尿素呼気試験で行われている.
大腸内視鏡は,週1日6名の予約で,原則ペチジン・ミダゾラムでの鎮静鎮痛を行い,酸素飽和度を測定しながら行う.前処置は,検査前3日間の食事制限と,ポリエチレングリコールを2リットルの水で溶解したものを前日夜に内服しているが,他の緩下剤の併用がないためか前処置は不十分と思われ,現在改良を検討中である.腺腫発見率(Adenoma Detection Rate:ADR)は約33%であった.
ERCPは週1日4名予約で,透視室がないため,内視鏡室に置いた移動式透視台を使用するが,内視鏡室には放射線防護壁はない.国内唯一のMRIは当院にあり,ERCP前にMR胆管膵管撮影(Magnetic Resonance Cholangiopancreatography:MRCP)は可能である.ERCP用物品は十分とは言えないが,コロナ禍で流通が不良となったこともあり,新規物品の購入はより困難となっている.
吐下血例,急性閉塞性化膿性胆管炎例などの緊急例は24時間対応を行う.
治療内視鏡内訳は,(Table 1)に示す.
治療内視鏡の件数.
アルコール性肝硬変による食道静脈瘤患者が多いため,内視鏡的食道静脈瘤結紮術(Endoscopic Variceal Ligation:EVL)が最も多かった.EVLは外来患者であっても,破裂リスクの高い静脈瘤が見つかると,同日に施行し,入院はせず帰宅し,1カ月後の経過観察となる.
内視鏡的粘膜下層剝離術,静脈瘤硬化療法,胃・十二指腸・大腸ステント留置術,超音波内視鏡検査は,今後の課題となっている.
当院での治療が不可能な場合,インド・ゴルカタの病院に紹介する.
内視鏡記録は,当初記録装置がないため個人のスマートフォンやデジタルカメラでモニターを直接撮影していた.また外来カルテは患者個人が所有するので,手書きの内視鏡所見を複写なしで患者に手渡していた.もしも,患者が,自分の記録を失えば,前回の所見を確認することは不可能であった.
しかし,2021年2月,1台の機種で記録装置と繋がり,院内で画像や所見の保存が可能となり,経過観察や病変検討が容易となった.
所見記載では,食道静脈瘤は米国肝臓学会議(American Association for the Study of Liver Diseases:AASLD)分類が使用されている.日本胃癌学会・大腸癌研究会による胃癌・大腸癌分類は普及していなかった.生検結果はグループ分類ではなく,本邦での粘膜内癌は,高度異形成と報告される.
COVID-19感染が始まって以来,患者は内視鏡検査前迅速抗原検査が,病院職員は2週間毎PCR検査が必須となった.
ロックダウン中は緊急内視鏡のみとなり,呼び出された内視鏡スタッフは院内に入る前に抗原迅速試験で陰性確認が必要となった.服装もディスポーザブルの防御服や,ゴーグル,フェイスシールドを追加着用した.
現在ブータンの医療,特に胃癌の診断・治療を支援する団体は,日本のNPO:胃癌を撲滅する会Zero Helicobacter-related IGAN(以下HIGAN:)と,ドイツのSaving And Improve Lives(以下SAIL)の二団体である.HIGANは,2021年2月にパロ県ダワカ村で日本と同じABC検診を行い,対象約1,130名に対して,H. pylori陽性者には全員除菌を,かつC,D群全員,40歳以上のB群には内視鏡検査を行い,5名の胃癌患者(うち早期胃癌3例)を発見した 8).また,早期胃癌発見技術を養う研修や情報提供・e-learning 9)も行っている.
SAILは,内視鏡検査後H. pylori陽性者への除菌治療と,その後の経過観察を呼気試験にて行うプロジェクトを実行中である.
大学では,大分大学からH. pylori関連胃癌対策 6),7)が進行中であり,今後もJICA(Japan International Cooperation Agency)と共同でのプロジェクトが予定されている.
京都大学からは,COVID-19感染前には,定期的な医療団の派遣があり,内視鏡医の派遣も行われていた 10).
また九州大学からは,ネットを利用しての研修会などが行われている.
ブータンで勤務した2年間で知り得たこの国の医療と内視鏡事情について述べた.ちょうどコロナ禍と重なる期間となった.
発展途上国の医療に関心がある内視鏡医に少しでも参考になれば幸いである.
稿を終えるに当たり,咽頭麻酔なしの胃内視鏡検査を受けた多くの患者,私に当院での勤務の機会を与えてくれたLhab Dorji前院長,私の拙い英語にもかかわらず検査・治療を支えてくれた内視鏡室スタッフと,当地での症例についてご教示頂いた,千葉大学消化器内科加藤順先生に深謝いたします.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし