2022 年 64 巻 11 号 p. 2378-2384
症例は26歳,女性.腹痛,発熱を主訴に前医を受診.炎症反応上昇と胃粘膜下腫瘍様隆起を認めたため,当科紹介となった.造影CTでは胃幽門側に40mm大の周囲脂肪織濃度上昇を伴う囊胞性病変を認め,EGDでは胃前庭部に頂部に陥凹を有する粘膜下腫瘍様隆起を認めた.胃壁膿瘍を疑い,絶食,抗生剤治療を開始したが症状が持続したため,超音波内視鏡下ドレナージ術を施行した.穿刺吸引した内容液は膿性で膵酵素の異常高値を認め,胃異所性膵を原発に胃壁膿瘍を発生した稀な症例と考えられた.処置後は症状改善,退院後の造影CTでは囊胞性病変は消失し,粘膜下腫瘍様隆起も縮小しており,本症例では超音波内視鏡下ドレナージが有用であった.
A 26-year-old woman presented to a local clinic for abdominal pain and fever. She was referred to our hospital for treatment of a gastric submucosal tumor-like lesion, which was detected at the local clinic. Endoscopy revealed a submucosal tumor-like lesion with a depression at the apex in the gastric antrum. Contrast-enhanced CT revealed a cystic lesion (approximately 40mm) with increased density of surrounding fatty tissue, which was diagnosed as a gastric wall abscess. Abdominal pain and fever persisted despite conservative management using antibiotic therapy, and we performed endoscopic ultrasound-guided drainage. The aspirated fluid was purulent with abnormally high levels of pancreatic enzymes. These findings indicated a rare case of gastric wall abscess that originated from gastric ectopic pancreas. Symptoms improved with the treatment, and post-discharge contrast-enhanced CT revealed disappearance of the cystic lesion and partial reduction of the submucosal tumor-like lesion. This clinical course suggests that endoscopic ultrasound-guided drainage may be a safe and effective treatment for a gastric wall abscess that originated from the gastric ectopic pancreas.
胃壁膿瘍は,胃蜂窩織炎病変の一種に分類され,炎症が限局し胃壁に膿瘍形成を認めるものである.胃粘膜の直接障害による原発性,周囲,近接臓器からの炎症波及による続発性,原因となる特別な病変を認めない特発性に分類される 1).今回,胃異所性膵が原発と考えられる胃壁膿瘍に対して,超音波内視鏡下ドレナージ術が診断・治療に有用であった1例を経験したため文献的考察を加えて報告する.
患者:26歳,女性.
主訴:腹痛,発熱.
既往歴:てんかん 18歳時.
家族歴:特記事項なし.
内服歴:バルプロ酸ナトリウム.
生活歴:喫煙歴なし,飲酒歴なし.
現病歴:2019年12月上腹部痛を自覚.症状の改善を認めないため,その翌日に前医を受診した.血液検査で炎症反応の上昇を認め,造影CT,上部消化管内視鏡検査で胃粘膜下腫瘍様隆起を認めたため,精査加療目的にて同日当院紹介受診となった.
入院時現症:身長157cm,体重51.1kg,血圧101/62mmHg,脈拍85bpm,体温:38.0℃,呼吸回数:16回/min,SpO2:99%(room air).腹部は平坦,軟,心窩部に圧痛を認めたが,腹膜刺激徴候は認められなかった.
受診時検査結果(Table 1):末梢血および生化学でWBC 18,700/μl,Neut 88.6%,CRP 21.59mg/dlと炎症反応上昇を認めた.AMY 46U/L,Lipase 23IU/Lと膵酵素は基準値範囲内であった.また,血液培養は陰性であった.
受診時検査結果.
腹部超音波検査:胃前庭部に約40mm大のだるま型の腫瘤性病変を認めた.腹側は内部が無エコーな部分が多く囊胞性の病変であったが,背側は不均一な低エコーであり充実性であった.胃体部に径15mmの全周性壁肥厚を伴っていた.
腹部造影CT検査(Figure 1):胃前庭部前壁にダンベル型の内部低濃度で辺縁はリング状造影効果を伴う40mm大の腫瘤を認めた.また周囲胃壁肥厚,周囲脂肪織濃度上昇を伴っていた.
造影CT.
胃前庭部前壁に周囲胃壁肥厚とリング状造影効果を伴う40mm大の腫瘤を認めた.
a:axial.
b:coronal.
上部消化管内視鏡検査(Figure 2):胃前庭部前壁に弾性硬の粘膜下腫瘍様隆起を認めた.頂部に膿汁を伴うびらんを認め,近傍口側に腺管開口部様の陥凹を認めた.
初回上部消化管内視鏡像.
胃前庭部前壁に弾性硬の粘膜下腫瘍様隆起を認め,頂部には膿汁を伴うびらん(矢印),腺管開口部様の陥凹(矢頭)を認めた.
a:遠景.
b:近景.
経過:以上の検査所見より胃壁膿瘍と診断し,絶食,抗生物質セフェピム2g/日,補液加療とした.入院2日目も腹痛,発熱の症状の改善を認めなかったため,入院第3病日に超音波内視鏡下穿刺吸引(EUS-FNA)を施行した.コンベックス式超音波内視鏡(GF-UCT240,Olympus)を使用して病変を描出し,EUS-FNA針19G(Expect,Boston Scientific)にて穿刺,吸引後に膿瘍腔に6Fr 内瘻(Zimmon,Cook Medical),外瘻チューブ(Flexima,Boston Scientific)を留置した(Figure 3).膿瘍腔内吸引液は膿性であったが,培養結果は陰性であった.外瘻チューブ留置時の生化学ではAMY 80,900U/L,P-AMY 67,360U/L,Lipase 334,100IU/Lと膵酵素の異常高値を認めた.穿刺時の組織細胞診では明らかな悪性所見や異所性膵組織は検出されず,好中球主体の炎症細胞を認める膿瘍成分を認めた.ドレナージ施行後,腹痛,発熱は改善しドレナージ施行後第3日目に外瘻チューブを抜去し,5日目に退院となった.1カ月後の外来受診時に施行した上部消化管内視鏡検査では,内瘻チューブは自然脱落しており,粘膜下腫瘍様隆起は縮小し,頂部に腺管開口部様の陥凹を伴う小隆起に形態変化していた(Figure 4-a).同部位よりボーリング生検を施行したが異所性膵組織は検出されなかった.超音波内視鏡検査(EUS)では,粘膜下層を主座に導管と思われる低エコー領域を伴うモザイク様エコーの腫瘤として描出され,異所性膵に矛盾しない所見であった(Figure 4-b).造影CT検査では胃壁肥厚やリング状造影効果を伴う低濃度域は消失し,画像上指摘困難となっていた.
超音波内視鏡下ドレナージ.
a:胃前庭部前壁に約40mm大の内部不均一な低エコー病変を認めた(矢頭).
b:透視下にて膿瘍腔内に6Fr内瘻,外瘻チューブを留置した.
退院後1カ月後 画像所見.
a:内視鏡画像:粘膜下腫瘍様隆起は縮小し頂部に小陥凹を伴う小隆起に形態変化していた.
b:EUS:粘膜下層を主座に導管と思われる低エコー領域を伴うモザイク様エコーの腫瘤として描出された(矢頭).
本症例では,病理組織診断には至らなかったものの膿瘍腔内容液の膵酵素異常高値を認めたことや,腺管開口部を有する粘膜下腫瘍様の内視鏡所見およびEUS所見から,胃異所性膵に胃壁膿瘍を発生したと診断した.退院後24カ月の時点で再燃なく経過している.
胃壁膿瘍は,胃蜂窩織炎の一種に分類され,炎症が限局し胃壁に膿瘍形成を認めるものである.胃潰瘍,胃癌,魚骨,および生検等の内視鏡的処置などの胃粘膜の直接障害による原発性,心内膜炎,骨髄炎等からの血行性感染,胆囊炎,膵炎等の近接臓器からの炎症波及による続発性,胃や他臓器に特別な病変を認めない特発性に分類される 1).感染の起因菌としては,胃酸に抵抗性のあるStreptococcus属が多いが,続発性の場合は腸内細菌が認められることが多いとされる.及川らの国内17例の検討では,Streptococcus属が5例,腸内細菌属が5例であった 2).本症例では,培養は陰性であり起因菌は不明であったが,抗生剤投与後の検体採取の影響が考えられた.胃壁膿瘍の症例に関して,1983~2021年で検索し得た医学中央雑誌の報告(「胃壁膿瘍」「胃膿瘍」「胃粘膜下膿瘍」「胃壁内膿瘍」で検索,会議録を除く)は34例で,原発性が11例(異所性膵3例,内視鏡的処置後感染5例,術後感染1例,鶏骨穿通1例,gastritis cystica profunda 1例),続発性が11例(胆囊炎5例,胆管炎1例,肝膿瘍1例,大腸癌浸潤1例,感染性仮性膵囊胞1例,消化管穿孔1例,十二指腸癌浸潤1例),特発性が12例であり,胃異所性膵による胃壁膿瘍は比較的稀と考えられた.治療は,外科的切除14例,内視鏡的ドレナージ10例(穿刺吸引または内視鏡的切開5例,ステント留置5例),CTガイド下ドレナージ1例,抗菌薬加療のみが8例,無症状のため経過観察となった症例が1例であった.報告例の中には診断・治療にEUS-FNAが有用であった症例が散見された 3)~12).
異所性膵は,本来の膵組織から離れた部位に存在し,解剖学的にも支配血管から連続性を欠く膵組織と定義される.発生頻度は剖検例で0.5~13%とされ,男女比は2:1で男性に多いとされる 13),14).発生部位は異所性膵300例の報告では,胃31%,十二指腸31%,空腸21%,回腸9%,腸間膜3%,胆道4%,脾臓 0.7%と胃・十二指腸の発生が多い 15).また胃異所性膵65例の報告では,前庭部88%,体部12%と前庭部が好発部位である 14).本症例は,病理組織診断には至っていないものの膿瘍腔内液が膵酵素高値であったことや,腺管開口部を有する粘膜下腫瘍様の内視鏡所見から,胃異所性膵に合併した原発性の胃壁膿瘍であったと考えられた.胃異所性膵に発症する胃壁膿瘍形成の機序としては,胃異所性膵内での蛋白栓,膵石等による導管の閉塞が起こり,胃異所性膵内での膵炎が惹起されることや,胃粘膜下の炎症性変化が生じることによる機序が推測されている 16),17).このほかに胃壁膿瘍そのものの形成機序としては,H2受容体拮抗薬内服等による低酸環境から胃組織への細菌の侵入が起こり,膿瘍形成をきたすことが考えられている 18).同様の機序でプロトンポンプ阻害剤内服による低酸環境も一因として考えられるが,本症例ではそれらの内服歴は認めなかった.また異所性膵からの膵酵素の分泌が,低酸環境の一因となった可能性も考えられた.本症例は,他臓器の炎症疾患や悪性腫瘍を認めておらず,続発性は否定的であった.また異所性膵炎発症後に感染性膵仮性囊胞を形成した可能性もあるものの,発症前には膵炎を疑う臨床症状はなく,異所性膵に直接感染が起こり胃壁膿瘍をきたしたと考えられた.胃壁膿瘍形成をきたした胃異所性膵の報告は,医学中央雑誌およびPubMedでの1984~2021年で検索し得たもので7例を認めた 8),16),17),19)~22).Table 2に自験例を加えた8例をまとめた.年齢は20~40歳代と若年者が多く,8例中5例は女性であり,発生部位は前庭部,幽門部に多く認めた.胃異所性膵の膿瘍形成をきたした症例では,自験例も含め血清膵酵素の上昇を全例で認めなかった.本症例では,膿瘍内の膵酵素は異常高値であったが,異所性膵は解剖学的に支配血管から連続性を欠く膵組織であることや,炎症が胃壁局所であったことより血中に膵酵素が移行せず血清膵酵素上昇を認めなかったと考えられた.佐川らの報告では,胃異所性膵に膵炎をきたし外科的加療を行った14症例中に血清膵酵素上昇を伴っていた症例は4例に認めるのみで基準値の2倍以下にとどまっていた 23).これらの結果より,胃異所性膵が炎症・膿瘍形成をきたした症例でも,血清膵酵素上昇を伴うことは少ないと考えられ注意が必要である.治療法に関しては,本症例を含めた8例中2例が内視鏡的ドレナージを施行されていたが,術前に胃癌が疑われた症例や,膿瘍再燃例では胃切除を施行されていた.保存的加療のみで軽快しない場合には,待機的な外科的治療の検討も必要である.
胃異所性膵に膿瘍形成した報告例.
胃壁膿瘍に対する内視鏡的穿刺術後に内瘻,外瘻いずれのドレナージ経路を選択すべきかの比較検討はなされていないが,感染性膵仮性囊胞に対するドレナージについては,内瘻,外瘻の併用が有効とされている 24)~26).外瘻とした場合にはドレナージ効果を経時的に確認できるものの,経鼻的留置となり長期ドレナージには不向きである.一方で内瘻化の問題点としては経鼻的外瘻ドレナージと比較し閉塞や逸脱の評価ができないことがあげられるが,早期再燃予防を目的とした長期的なドレナージも可能であり有用性は高い.本症例では,内瘻,外瘻チューブを2本留置することでより良好なドレナージ効果が得られ早期退院が可能で,再燃なく経過良好であった.また外瘻チューブを留置したことで,膵酵素異常高値の診断と排液量や性状のモニタリングが可能であった.胃壁膿瘍を呈する症例において,本症例のように超音波内視鏡による精査・加療をすることで胃切除や再燃が回避可能な症例があると考えられ,適切な内視鏡ドレナージが低侵襲で有効な治療法となることが期待される.
胃異所性膵に発生した胃壁膿瘍に対して超音波内視鏡下ドレナージが診断・治療に有用であった1例を経験した.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし