2022 年 64 巻 12 号 p. 2533-2543
【目的】消化管内視鏡検査(Gastrointestinal endoscopy:GIE)は,多くの疾患の早期発見および治療に有用であるが,GIEはコロナウイルス病2019(COVID-19)大流行期における高リスク処置と考えられている.本研究は,医療スタッフが曝露される唾液,胃液および腸液における重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)陽性割合を明らかにすることを目的とした.
【方法】本研究は単一施設における横断研究であり,2020年6月1日から7月31日まで,横浜市立大学附属病院でGIEを受けた患者を対象とした.すべての研究参加者は3mlの唾液を提出した.上部GIEの場合,10mlの胃液を内視鏡を通して採取し,下部GIEの場合,10mlの腸液を内視鏡を介して採取した.主要評価項目は唾液,胃液および腸液中のSARS-CoV-2の陽性率とした.また,SARS-CoV-2の血清特異的抗体や患者の背景情報についても検討した.
【結果】合計783検体(上部GIE:560および下部GIE:223)を分析した.唾液検体のPCRでは,全例が陰性であった.一方で,消化管液検体においては2.0%(16/783)がSARS-CoV-2陽性であった.PCR陽性症例とPCR陰性症例の間では,年齢,性別,内視鏡検査の目的,投薬,抗体検査陽性率に有意差は認めなかった.
【結論】無症候性の患者において,唾液中に検出可能なウイルスを持たない患者であっても,消化管にSARS-CoV-2を有していた.内視鏡検査の医療スタッフは処置を行う際に感染に留意する必要がある.本研究はUMIN 000040587として登録されている.
Objectives: Gastrointestinal endoscopy (GIE) is useful for the early detection and treatment of many diseases; however, GIE is considered a high-risk procedure in the coronavirus disease 2019 (COVID-19) pandemic era. This study aimed to explore the rate of severe acute respiratory syndrome coronavirus 2 (SARS-CoV-2) positivity in saliva and gastrointestinal fluids to which endoscopy medical staff are exposed.
Methods: The study was a single-center cross-sectional study. From June 1 to July 31, 2020, all patients who underwent GIE at Yokohama City University Hospital were registered. All patients provided 3 mL of saliva. For upper GIE, 10 mL of gastric fluid was collected through the endoscope. For lower GIE, 10 mL of intestinal fluid was collected through the endoscope. The primary outcome was the positive rate of SARS-CoV-2 in saliva and gastrointestinal fluids. We also analyzed serum-specific antibodies for SARS-CoV-2 and patientsʼ background information.
Results: A total of 783 samples (560 upper GIE and 223 lower GIE samples) were analyzed. Polymerase chain reaction (PCR) on saliva samples did not show any positive results in either upper or lower GIE samples. However, 2.0% (16/783) of gastrointestinal fluid samples tested positive for SARS-CoV-2. No significant differences in age, sex, purpose of endoscopy, medication, or rate of antibody test positivity were found between PCR positive and PCR negative cases.
Conclusions: Asymptomatic patients, even those with no detectable virus in their saliva, had SARS-CoV-2 in their gastrointestinal tract. Endoscopy medical staff should be aware of infection when performing procedures. The study was registered as UMIN000040587.
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックは,現在,世界中の医療,経済システムが直面している人類の最大の課題の一つである 1)~3).COVID-19は,重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)によって引き起こされ,2,700万人以上に感染し,これまでに0.80万人以上が死亡した 4).コロナウイルス感染の基本経路は飛沫,飛沫核および接触感染であり,SARS-CoV-2の主な感染経路は同じであると考えられている 5).COVID-19は非常に伝染性が高く,イタリアではすべての感染者の20%が医療従事者であった.このような病院内でのCOVID-19の発生を防ぐために,使い捨て個人用保護具(Personal protective equipment:PPE)の適切な使用が推奨されている 6).また,不必要な診療や検査を可能な限り延期することも医療システムを守るために重要と考えられている.
消化管内視鏡検査(Gastrointestinal endoscopy:GIE)は,消化器(Gastro intestinal:GI)がんの早期発見と治療,器質的疾患の精査およびGI出血などの救急症例に有用である.しかし,上部GIE(食道胃道二指腸内視鏡検査[EGD])は,患者の咳嗽を誘発する可能性があり,医療従事者に飛沫,飛沫核感染のリスクがある 7).さらに,COVID-19の感染者は,治癒後にも便中にウイルスを排泄する可能性が示唆されおり 8),下部GIE(大腸内視鏡検査[CS])で感染する潜在的なリスクもある.このため,COVID-19と診断されたまたは臨床的に疑われる患者はGIEにおいて感染拡大リスクが高いと考えられ,GIEは緊急時にのみ推奨される.さらに,臨床的にCOVID-19が疑われない患者(GIEにおける低リスク患者)においても,軽症COVID-19患者はしばしば無症候性であるが無症候性の患者でさえも感染性であることから,EGD,CSおよび内視鏡的超音波検査(EUS)を含む非緊急GIE処置の延期を考慮すべきと考えられている 9),10).しかし,低リスク患者とPPEを装着した検査者間の実際の感染リスクは確立されていない.その上,非緊急内視鏡検査や内視鏡的健診の長期中断は,診断遅延や疾患の進行の発見遅延など,患者の重大な不利益を引き起こす可能性がある.したがって,適切なトリアージと信頼性の高い感染対策を用いて,内視鏡健診を含むGIEの再開を検討する必要がある.
本邦では,2020年9月1日時点で67,595人がCOVID-19と診断され,1,295人が死亡した 11).そのような中で本邦では,2020年4月7日から5月25日まで,COVID-19による非常事態宣言が発令された.横浜市立大学附属病院(YCU)は,人口920万人と日本で2番目に人口の多い神奈川県横浜市にある三次医療機関である.この非常事態宣言期間に,われわれは非緊急GIEを延期した.非常事態が解除された後,当院では検査前トリアージおよびN-95マスクを含むPPE装着下にGIEを再開した.同時に,COVID-19流行期にGIEを行う際には,GIEの安全性を評価し,内視鏡センター内で働く医療従事者の適切な感染予防対策を確立する必要があると思われた.
本研究では,内視鏡検査提供者が曝露される可能性のある唾液,胃液および腸液におけるSARS-CoV-2陽性率を調査することとした.
本研究は,YCU病院で内視鏡検査を受けるCOVID-19の低リスク患者において,唾液,胃液および腸液におけるSARS-CoV-2陽性の有病率を評価するための単一施設横断研究である.2020年6月1日から7月31日まで,YCU病院でGIEを受けた患者が登録された.
倫理的承認と研究登録本研究は2020年5月17日にYCU病院の研究倫理審査委員会によって承認された(承認番号:B2005000054).本研究に参加したすべての患者から研究への参加に関する書面による同意が得られた.本研究は,UMIN 000040587として大学病院医療情報ネットワーク臨床試験レジストリに登録されている.
研究参加者医療提供者への感染リスクを減らすために,GIEを受けた患者は簡単な健康状態の評価とアンケートを受けた.患者は,COVID-19高リスクまたは低リスク患者のいずれかに分類された.(1)COVID-19を確認した患者,(2)2週間以内にCOVID-19患者または疑わしい患者との接触歴を有した患者,(3)発熱(>37.5℃),呼吸困難,重度の倦怠感などのCOVID-19関連症状がある患者,(4)明らかな原因のない味覚と嗅覚異常がある患者,(5)明らかな原因なしに4~5日間続く下痢などのGI症状を有する患者.これらの患者は高リスク患者として分類され,残りの患者は低リスク患者として分類された.
本研究の適格基準は以下の通りである:(1)低リスク患者,(2)非緊急GIE症例,(3)外来患者,(4)研究参加に関する書面による同意が得られた患者.
除外基準は以下の通りである:(1)高リスク患者(高リスク患者はGIEの目的と緊急性を評価され,処置が非緊急事態と判断された場合は延期された),(2)緊急症例(緊急時はインフォームド・コンセントを得ることが困難であった),(3)入院患者(当院は入院前に全症例に対するCOVID-19スクリーニングを実施し,患者の検体は既にリアルタイムの逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)を受けていた),(4)研究に参加する意思がない患者.
研究参加者について,年齢,性別,内視鏡検査の目的,内服薬などの患者背景は診療録を元に収集した.
内視鏡検査と検体収集EGDおよびEUSを含む上部GIEの場合,患者は処置の前に少なくとも検査前12時間の絶食とした.上部GIEの前に,患者は3mlの唾液を提出し,消泡剤なしで十分な鎮静を行った.内視鏡は食道を経由しすぐに胃内に挿入され,10mlの胃液を吸引採取した.引き続き,GIE術者は通常の手順を行った.CSなどの下部GIEの場合,検査準備は処置の1日前に開始された.各患者は低残渣食を摂取し,処置の前の夕方に5mgの経口ピコスルファートナトリウムを摂取した.処置の日に,各患者は,1,500mlのポリエチレングリコール(Polyethylene glycol:PEG)を内服した.処置の前に,患者は3mlの唾液を提出し,十分な鎮静を受けた.内視鏡を回盲部まで挿入した後,内視鏡より10mlの腸液を採取した.次いで,GIE術者は通常の手順を行った.採取した唾液,胃液および腸液は分析まで−80℃で保存した.追加の血液サンプリングを受けることに同意した患者は,5mlの血液を採取した.採取した血液を血清から分離し,分析まで−80℃で保存した.
評価項目主要評価項目は,唾液,胃液および腸液中のSARS-CoV-2の陽性率とした.岩崎らは唾液と鼻咽頭サンプル間のウイルス検出の一致率が97.4%に達したと報告している 12).鼻咽頭からの検体採取は侵襲的であるため,この報告を参考に唾液を検討することとした.また,SARS-CoV-2に対する血清特異的抗体の解析も施行した.さらに,年齢,性別,GIEの目的,内服薬などの患者背景を評価した(COVID-19のリスクがあると報告されている薬剤についての評価も行った).
SARS-CoV-2 RNAの検出とSARS-CoV-2抗体の血清学的検査SARS-CoV-2ゲノムRNAの検出は,国立感染症研究所が提供する病原体2019-nCoV Ver.2.6 13)の検出マニュアルに従って実施された.方法の詳細,プリマー配列および血清学的検査の方法 14),15)はText S1(電子付録)およびTable S1(電子付録)に示した.血清学的検査は,酵素結合免疫吸着測定法を実施し,血漿中の抗SARS-CoV-2抗体を検出および定量した.ヌクレオキャプシドタンパク質(Nucleo capsid protein:NP)とスパイクタンパク質の受容体結合ドメイン(Spike protein:SP)を抗原(100ng/well)として使用した.血清学的試験では,COVID-19抗体陽性は,NP試験で1.139より大きく,SPテストでは0.277より大きい場合とし,本研究では,NP試験またはSP試験のいずれかで陽性の場合を,抗体検査陽性と定義した.
統計解析結果は,カテゴリデータでは頻度(パーセンテージ)で,定量的データでは平均で示した.カテゴリデータは,カイ二乗検定を用いて評価した.一方で連続データはマン・ホイットニーU検定またはstudent-t検定を使用して比較した.p<0.05を統計的に有意であると定義した.すべての統計分析は,JMP 15ソフトウェア(SASインスティテュート社,キャリー,米国)を使用した.
調査期間中(2020年6月1日~7月31日),神奈川県で新たに診断されたCOVID-19患者数は1,116人であり,7月の最終週のCOVID-19の罹患率は0.46(1日10万人あたり)であった 16).この期間,合計1,343症例がGIEを受ける予定だったが,これらのうち31症例は個人的な理由でキャンセルし,8症例はCOVID-19の高リスクと判断されたため延期された.このため合計1,304症例の患者が当院の内視鏡センターでGIEを受けた.このうち512症例の患者は適格基準を満たさなかったため除外された.除外の理由は以下の通りである:327症例は入院症例,59症例は緊急内視鏡症例,126症例は研究参加の同意が得られなかったためであった.残りの792症例(EGD:518症例,EUS:49症例,CS:225症例)は,研究に参加することに同意し,検体を提供した.EGDを受けたうち7症例では,検体は得られないか,不適切であった.また,CSを受けたうち2症例では検体は得られなかった.最終的に783検体(EGD:511検体,EUS:49検体,CS:223検体)が評価された(Figure 1).

本研究のフローチャート.
2020年6月1日から7月31日までの間に,合計1,343症例が当院でGIEを受ける予定だった.このうち合計1,304人の患者が実際に私たちの内視鏡センターでGIEを受けた.512人の患者は,適格基準を満たさないため除外され,残りの792症例(EGD:518症例,EUS:49症例,CS:225症例)は研究参加に同意し,検体を提供した.この中から最終的に,合計783検体(EGD:511検体,EUS:49検体,CS:223検体)が解析された.
患者の臨床的特徴をTable 1に示す.平均年齢は69.2±11.6歳,485症例(61.9%)が男性であった.GIEの理由は,スクリーニングまたはフォローアップが84.9%(685/783),病変の精査目的が13.3%(104/783),治療目的が1.7%(13/783)であった.患者の合計34.9%(273/783)は,プロトンポンプ阻害剤(Proton pump inhibitor:PPI)またはボノプラザン(カリウム競合性酸拮抗薬)を含む胃酸抑制薬を内服しており,患者の28.3%(222/ 783)がアンジオテンシン変換酵素(Angiotensin-converting enzyme:ACE)阻害剤またはアンジオテンシン受容体拮抗薬(Angiotensin receptor blocker:ARB)を投与されていた.研究参加者はいずれもCOVID-19関連の症状やCOVID-19感染患者との接触歴は認めなかった.

患者の臨床的特徴.
唾液中のSARS-CoV-2のRT-PCR検査は,EGD,EUS,およびCSを受けた患者の全例で陰性であった.一方で驚くべきことに,上部GI検体の2.3%(13/560)が陽性であり,EGDに限定すると2.5%(13/511)が陽性であった(Table 2).また,CS検体の1.3%(3/223)も陽性であった.すべての陽性患者のCt値は33~35の間であった.すべてのRT-PCRにおいて,ネガティブコントロールは増幅されず,50コピーのポジティブコントロールは32-33のCt値を示した(Table S2(電子付録)).これらの結果は,一定数の患者において,唾液中にウイルスRNAを有しない無症候性患者でさえも,消化管にSARS-CoV-2を有していることを示している.

SARS-CoV-2についてのRT-PCR検査.
研究期間中,患者の55.2%(432/783)(GS:271症例,EUS:45症例,CS:116症例)は追加の抗体検査のための血液検査を行うことに同意した.合計17人の患者(3.9%)(GS:12症例(4.4%),CS:5症例(4.3%))が血清特異的抗体検査で陽性と判断された(Table 3).EUSを受けた患者には血清特異的抗体検査の陽性は認めなかった(Table S3(電子付録)).血清学的抗体検査で陽性を示した患者のうち,1人の患者だけがRT-PCRによってGI液中のSARS-CoV-2で陽性であった.

COVID-19に対する血清抗体検査.
採取した唾液,胃液および腸液は分析まで−80℃で保存し,研究期間後に分析を行った.したがって,陽性であった患者は,COVID-19に対する治療を受けなかった.しかし,これらの患者はGIEの後2~4週間追跡され,追跡期間中にCOVID-19に関連する症状は示さなかった.
SARS-CoV-2 RT-PCR陽性者の内視鏡所見胃液のRT-PCR陽性を示した13症例の内視鏡的所見は以下のようであった.10症例では萎縮性胃炎が指摘されていたが,それらは治癒しており,2症例では正常と判断され,1症例では残存胃炎と診断された.いずれの症例でも,胃内に感染が疑われる発赤,浮腫,糜爛または潰瘍は認めなかった.咽頭にも特徴的な所見は認めなかった.
腸液中のRT-PCR陽性者の3症例において,いずれも大腸炎は認めなかった.
SARS-CoV-2 RT-PCR陽性症例と陰性症例の比較いずれかの消化液検体で陽性を示した患者と,すべて陰性であった患者を比較した(Table 4).SARS-CoV-2 RT-PCR陽性患者と陰性患者の間には,年齢,性別,内視鏡検査の目的,または投薬(PPIおよびACE阻害剤またはARB)に有意差は認めなかった.前述のように,SARS-CoV-2はいずれの患者でも唾液中で検出されなかったが,SARS-CoV-2は胃液および腸液中で検出された(p<0.001).RT-PCRによって消化液検体で陽性であった患者のうち血清抗体でも陽性であった患者は1人であり,RT-PCR陰性群における抗体陽性患者の割合と変わらなかった.

SARS-CoV-2 RT-PCR陽性症例と陰性症例の比較.
研究期間中,内視鏡センターの医療スタッフは,内視鏡術者(n=22),看護師(n=7),受付(n=3),清掃スタッフ(n=6)において,発熱などの健康上の問題は認めなかった.
本研究では,COVID-19の低リスクと判断された783症例のGI検体において,胃液検体の2.5%と腸液検体の1.3%がRT-PCRでSARS-CoV-2陽性であったことを示した.血清学的には,患者の3.9%が血清特異的抗体検査で陽性を示した.しかし,GI液のRT-PCR試験と血清学的検査との間に関係は認めなかった.さらに,PPIおよびACE阻害剤またはARBの使用は,GI液中のRT-PCR陽性患者と陰性患者との間で差を認めなかった.
SARS-CoV-2は,COVID-19陽性患者の消化管から検出され,痰や唾液から検出されなくなった後でもしばらくの間,患者の便よりウイルスが検出されると報告されている 17).しかし,これらの報告はCOVID-19陽性の患者からのものである.本研究では,COVID-19の低リスクであり,唾液中にSARS-CoV-2が存在しない患者を対象とした.そのような中で,患者の約2%で胃液または腸液のSARS-CoV-2 RT-PCRが陽性であった.これは,COVID-19流行地域では,一定の割合で,無症候性の個人でさえ,ウイルスを消化管に有している可能性があることを示唆している.さらに,われわれの結果は,SARS-CoV-2が下部消化管だけでなく,上部消化管にも存在しうることを示している.パンデミックの状況では,内視鏡検査を行う予定のすべての患者においてSARS-CoV-2 RT-PCR検査が勧められるかもしれない.
本研究参加者はいずれもCOVID-19関連症状の既往がないため,RT-PCR陽性患者がどの時点で感染したのかは不明である.WHOの現在の定義によれば,患者が無症候性であってもPCRが陽性であれば,患者は感染者として扱われる 18).その意味で,消化管液のみで陽性であったこれらの患者はCOVID-19に感染していると考えることができる.以前の報告によると,SARS-CoV-2は患者がCOVID-19から回復した後もしばらくの間便中に検出される.一方で,唾液,喀痰,咽頭スワブはCOVID-19の発症から1週間以内のSARS-CoV-2を検出できることが報告されており,時間が経つにつれて検出率は低下する.しかし,SARS-CoV-2が消化管液中でどの程度の期間検出され,感染性があるかどうかは不明である.海外の報告では,トイレの配管を通じて,排泄物から発生するエアロゾルによる建物内の感染例が報告されている 19).一方でわれわれの知る限りでは,現在までに内視鏡手技による感染例は報告がない.われわれは,GIEの後2~4週間,医療スタッフと患者をフォローアップしたが,研究期間中にCOVID-19に関連する症状を呈した者はいなかった.消化管液中のSARS-CoV-2の同定は新しい発見であるが,ウイルスが消化管液中に残る期間とその感染性に関するデータは限られている.消化管内のSARS-CoV-2の特性および臨床的意義を明らかにするためにさらなる研究が必要である.
われわれはSARS-CoV-2抗体に関する過去の検討で,抗体が感染後約1週間後から検出され,3週間後にはほぼ全例で陽性反応を示し,その後は徐々に陽性率が減少することを報告した 14).本研究では,3.9%の患者がSARS-CoV-2について血清学的に陽性であった.しかし,消化管液のPCRで陽性反応を示した患者では1人のみが血清抗体検査で陽性であった.さらに,血清抗体検査でSARS-CoV-2の陽性であった残りの16症例は,消化管液のRT-PCRでは陰性であった.これらの結果から感染時期を検討すると,消化管液のPCRが陽性だった患者はSARS-CoV-2への曝露から3週間以内であった可能性がある.曝露期間が3週間以内のため,患者の抗体は上昇しなかったと考えられる.第二の可能性は,消化管内のウイルス量が非常に少量であったため抗体価が上昇しなかった可能性である.第三に,抗体検査陽性で消化管液のRT-PCR陰性の患者は,試験前に長い時間ウイルスにさらされていた可能性がある.
以前の研究では,PPIの使用は COVID-19感染の危険因子であり,この効果は用量依存性であることが報告されている 20).これは,胃酸がCOVID-19患者のGI感染の障壁であり,PPIにより胃酸分泌を抑制すると感染のリスクが高まる可能性があることを示唆していた.しかし,本研究の結果からは消化管におけるPPI使用とSARS-CoV-2検出との関係は認めなかった.PPI使用とCOVID-19感染との関係を明らかにするためには,さらなる検討が必要である.
SARS-CoV-2は,ACE2受容体を介して細胞に侵入することが報告されている 21),22).さらに,ACE阻害剤/ARBの使用は,げっ歯類モデルにおけるGI管におけるACE2の発現を増加させる 23).このためわれわれはACE阻害剤/ARBとCOVID-19の関係も分析したが,ACE阻害剤/ARBの使用とCOVID-19検出との間には関係は認めなかった.欧州心臓病学会と欧州高血圧学会は,ACE阻害剤/ARBを含む従来の降圧治療を継続すべきであるという声明(国際高血圧学会の支援を受けた)を発表しており 24)~26),われわれの知見はこれらの方向性と一致する.
われわれの研究には,いくつかの制限がある.まず,本研究は単一施設での経験に基づいている.私たちの病院は横浜にある三次医療機関である.したがって,私たちの病院の患者は多くの併存疾患を持ち,患者の偏りが存在する可能性がある.しかし,この研究は多数の患者で行われており,したがって,結果は信頼できると考えられる.第二に,この研究は,わずか2カ月を調査期間とする横断研究である.この間にSARS-CoV-2の陽性率は絶えず変化している.具体的には,日本では6月にCOVID-19と診断された新規感染者数は少なかったが,7月には増加した.したがってわれわれは,地域の感染率を念頭に置く必要がある.第三に,この研究は,サンプルサイズの厳密な計算に基づいていない.しかし,COVID-19は新興感染症であり,本研究開始時点でのデータは限られていた.そのため,サンプルサイズの正確な計算は困難であった.第四に,医療提供者は,RT-PCR検査を受けていない.当院は常時マスクの装着を基本としており,医療従事者に対する定期的なRT-PCR検査を行っていない.その上,内視鏡術者および看護師は,処置中にN-95マスクを用いて完全なPPE下に処置を行った.このように,内視鏡スタッフが十分な感染予防を行うことで,内視鏡検査は安全に行える可能性があると考えられる.最後に,RT-PCRおよび抗体検査には,偽陽性および偽陰性が含まれることがある.最近のメタ分析では,SARS-CoV-2のRT-PCR試験では,感度は89.1%(95%CI 84.0-92.7%),特異度は98.9%(95%CI 98.0-99.4%)であった 27).しかし,本研究では,研究対象者がさらなる検査を受けなかったため,RT-PCRの真の正確性は不明である.これらの制限にもかかわらず,一定の割合で,無症候性の個人でさえ,SARS-CoV-2を消化管に有している可能性があることは明らかである.そのため,消化管液のRT-PCR陽性期間およびSARS-CoV-2の感染性について,さらなる検討が必要である.
われわれは,無症候性患者であって,唾液中にウイルスを有しない患者でさえ,約2.0%が消化管においてSARS-CoV-2が陽性であったことを報告した.このため内視鏡検査スタッフは,処置を行う際に感染のリスクを認識する必要がある.また,COVID-19流行期では,無症候性であっても,便を扱う際やトイレを使用する場合は注意が必要である.COVID-19の感染と消化管内のSARS-CoV-2の存在との関係を明らかにするためにはさらなる研究が必要である.
謝 辞
本研究をサポートして下さったすべてのスタッフ,研究参加者および御家族に感謝いたします.また,日本内視鏡研究推進財団(JFE)の助成支援に感謝します.
各著者の論文に対する貢献:SMとKAは,筆頭著者として同等に貢献した.THは研究を計画し,研究デザインを設計した.KA,TT,TK,HK,KN,およびIWは患者募集と検体収集を行った.SM,AK,SKはデータ管理を行った.YYとARは血清学的分析を行った.TY,SM,ANは,試験およびデータ収集の実施を監督した.すべての著者は,本論文の修正に実質的に貢献した.THは本論文全体に責任を負う.
研究資金:日本内視鏡研究推進財団からの研究助成金を授受した.われわれは,研究助成機関が本研究の計画,データ収集,分析,解釈および執筆に対し影響がないことを明記する.
データアクセス:本研究中に使用および分析されたデータセットは,合理的な要求に応じて利用可能である.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし
補足資料
Text S1 Detection of SARS-Co-V-2 genomic RNA and serological tests for SARS-CoV-2 antibodies.
Table S1 Sequences of the primers.
Table S2 Ct value of RT-PCR positive case.
Table S3 Serological antibody test results in positive case.
本論文はDigestive Endoscopy(2022)34, 96-104に掲載された「Severe acute respiratory syndrome coronavirus 2 prevalence in saliva and gastric and intestinal fluid in patients undergoing gastrointestinal endoscopy in coronavirus disease 2019 endemic areas: Prospective cross-sectional study in Japan」の第2出版物(Second Publication)であり,Digestive Endoscopy誌の編集委員会の許可を得ている.