日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
表層部に胃型粘液形質の低異型度分化型胃癌を伴った進行癌の1例
加納 佑一山本 英子内藤 岳人松原 浩服部 峻前多 松喜新井 義文大橋 信治浦野 文博
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2022 年 64 巻 4 号 p. 1005-1010

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要旨

症例は64歳女性.腹部症状に対して施行した上部消化管内視鏡検査にて胃穹隆部に基部に粘膜下腫瘍様隆起を伴う30mm大の発赤調の隆起性腫瘍性病変を認めた.進行胃癌の診断で胃全摘出術を施行し,病理組織学的評価で表層部に胃型粘液形質の低異型度分化型胃癌を伴う進行癌と診断した.本疾患はH. pylori未感染症例や除菌後症例で萎縮のない胃底腺領域に発生することが多い.また早期癌で発見されることが多く,一般的に予後は良好と考えられている.今回われわれは,先進部に低分化腺癌成分が混在し,特徴的な内視鏡形態を示した表層部に胃型粘液形質の低異型度分化型胃癌を伴う進行癌の症例を経験したため,内視鏡的特徴や病理学的特徴について文献的考察を加えて報告する.

Ⅰ 緒  言

胃型粘液形質を示す低異型度分化型胃癌は,H. pylori未感染症例や除菌後症例で萎縮のない胃底腺領域に発生することが多く,近年注目されている.本疾患は早期癌の報告が多く,早期癌で発見されれば数年形態に変化なく経過することが多いことから一般的に予後良好とされているが,今回われわれは稀な進行癌の症例を経験した.進行癌の内視鏡的特徴や病理学的特徴について文献的考察を加えて報告する.

Ⅱ 症  例

患者:64歳女性.

主訴:腹部不快感.

既往歴:高血圧,H. pylori除菌歴なし.

現病歴:過去に内視鏡検査を施行されたことはなかった.腹部不快感のため当院を受診した.

初診時血液検査:抗H. pylori IgG抗体は3.0U/ mL未満と陰性であった.CEAは6.0ng/mL,CA 19-9は272.3U/mLと上昇していた.

上部消化管内視鏡検査(Figure 1):胃穹隆部大彎後壁に発赤調の隆起性病変を認め,その基部には粘膜下腫瘍様隆起を伴っていた.発赤調隆起部は表面構造が比較的均一でびらんや潰瘍を認めなかったが,緊満感を伴っていた.粘膜下腫瘍様隆起部は立ち上がりなだらかで正常粘膜に覆われていた.木村・竹本分類C-2の胃粘膜萎縮を認めたが,病変の背景粘膜には萎縮を認めなかった.びまん性発赤や粘膜腫脹などを認めず,自然除菌後と考えられた.

Figure 1 

上部消化管内視鏡検査.

胃穹隆部大彎後壁に発赤調の隆起性病変を認め,その基部には粘膜下腫瘍様隆起を伴っていた.

狭帯域光観察(narrow band imaging;NBI)併用拡大内視鏡検査(Figure 2):発赤調隆起部の表面微細構造は,周囲の背景粘膜と比較して腺窩辺縁上皮(marginal crypt epithelium;MCE)の幅が広く,類円形~弧状の形態を呈していた.MCEの形状は不均一,分布は非対称,配列は不規則であり,irregular MS(microsurface) patternと判断した.微小血管構築像は個々の血管は不整なループ状を呈し,蛇行や口径不同,形状不均一を認めた.分布は非対称,配列も不規則であり,irregular MV(microvascular) patternと判断した.粘膜下腫瘍様隆起部は正常粘膜に覆われており,MS pattern,MV patternいずれもregularと判断した.発赤調の隆起に一致してDL(demarcation line)を認めたことから癌と診断した.

Figure 2 

NBI併用拡大内視鏡検査.

発赤調隆起部は,irregular MS pattern, irregular MV patternと判断した.

組織学的診断目的に発赤調隆起部から生検を行った.胃粘膜浅層主体の検体が採取されており,やや不規則な腺増生と間質の浮腫,軽度の炎症細胞浸潤を認めた.細胞異型に乏しく反応性の過形成と判断された.

超音波内視鏡検査(EUS)(Figure 3):胃穹隆部大彎後壁に30mmの低エコー腫瘤を認めた.発赤調隆起の内部は比較的均一な低エコーを呈し,一部に無エコー領域を認めた.第3層(粘膜下層)は境界不明瞭なやや低エコーな領域により肥厚し,側方にも進展していた.その深部では第4層(固有筋層)が胃内腔側に引きつれ,一部断裂する所見が認められ,病変は固有筋層まで及んでいると診断した.検索した範囲では胃周囲リンパ節の腫大は認めなかった.

Figure 3 

超音波内視鏡検査.

発赤調隆起の内部は比較的均一な低エコーを呈し,第3層(粘膜下層)はやや低エコーを呈し第4層(固有筋層)まで及んでいた.

胸腹部造影CT検査:胃穹隆部大彎後壁に造影効果を伴う壁肥厚を認めた.リンパ節の腫大は認めなかった.

以上より生検組織診断で癌の診断は得られなかったが,基部に粘膜下腫瘍様隆起を伴う1型進行胃癌(cT2(MP)N0M0,cStageⅠ)と臨床診断し,外科手術を行った.

術中所見:上腹部正中切開での開腹手術とした.胃穹隆部に30mm大の腫瘤を触れ,同部の漿膜は発赤し,引きつれを伴っていた.右噴門リンパ節の硬結を認め,迅速病理検査にてadenocarcinomaの転移と診断された.以上からリンパ節転移を伴う進行胃癌として,胃全摘術およびD2リンパ節郭清が施行された.

摘出標本病理組織学的所見(Figure 4):隆起を呈する腫瘍表層の粘膜部分には腺窩上皮様に分化した異型の乏しい細長い腺管の密な増殖がみられ,不整な分岐や拡張を示しており,低異型度分化型胃癌の像であった.粘膜筋板をこえて深部に浸潤する部では核異型が増した高円柱上皮からなる不整腺管の増殖に加えて腺管構造がくずれた低分化腺癌成分が混在しており漿膜まで及んでいた.癌巣周囲の正常粘膜は組織学的にも萎縮を認めなかった.免疫組織化学染色ではMUC6,MUC5ACが隆起を呈する腫瘍表層の粘膜部分の腺管に陽性で,pepsinogenⅠ,H/K-ATPaseは深部に浸潤する部も含め陰性であり,MUC2,CD10は陰性で胃型粘液形質を示した.低異型度分化型胃癌部においてKi-67 indexは29.3%で,細胞増殖能は低くなかった.漿膜下層では43.5%であった.

Figure 4 

病理組織学的所見.

a:摘出標本.胃穹隆部に隆起性病変を認めた.

b:摘出標本のルーペ像(HE染色).発赤調隆起部表層から漿膜まで腫瘍細胞を認めた.

c:bの黄枠部の拡大像(HE染色,×20).隆起を呈する腫瘍表層の粘膜部分には異型の乏しい細長い腺管の密な増殖がみられ,不整な分岐や拡張を示していた.

d:bの緑枠部の拡大像(HE染色,×20).粘膜筋板をこえて深部に浸潤する部では核異型が増した高円柱上皮からなる不整腺管の増殖がみられた.

e:bの青枠部の拡大像(HE染色,×20).漿膜下層では低分化腺癌成分が混在していた.

f:免疫組織化学染色(MUC5AC).隆起を呈する腫瘍表層の粘膜部分の腺管は広範に陽性を示した.

g:免疫組織化学染色(MUC6).隆起を呈する腫瘍表層の粘膜部分の腺管は広範に陽性を示した.

h:免疫組織化学染色(pepsinogenⅠ).腫瘍全域で陰性であった.

i:免疫組織化学染色(H/K-ATPase).腫瘍全域で陰性であった.

j:免疫組織化学染色(Ki-67).低異型度分化型胃癌部においてKi-67 indexは29.3%であった.

以上より,表層部に胃型粘液形質を示す低異型度分化型胃癌を伴った進行癌(pT4a(SE)N1M0,pStageⅢA)と診断した.術後8日目に退院しS-1での術後補助化学療法を施行していたが,6カ月後に画像所見上膵尾部背側のリンパ節転移をきたした.XELOX療法を施行したが,間質性肺炎を発症したため化学療法は中止とした.その後Trousseau症候群を発症し,術後16カ月後(抗癌剤最終投与から6カ月後)に永眠された.

Ⅲ 考  察

胃型粘液形質を示す低異型度分化型胃癌は,H. pylori未感染症例や除菌後症例で萎縮がない胃底腺領域に発生することが多く近年報告が増えている.1970年~2020年5月の期間で医学中央雑誌において「低異型度分化型胃癌」「超高分化型腺癌」「低異型度癌」「腺窩上皮型癌」「胃型腺腫由来癌」「胃底腺型胃癌」「胃底腺粘膜型胃癌」をキーワードに検索したところ,胃型粘液形質を示す低異型度分化型胃癌の早期癌は300例をこえる報告がみられたが,進行癌の報告は7例(Table 1 1)~5のみであった.

Table 1 

胃型粘液形質を示す低異型度分化型胃癌の進行癌.

その7例中1例で自験例と同様に表面構造が比較的保たれた隆起性腫瘍性病変の基部に粘膜下腫瘍様隆起を伴う特徴的な内視鏡形態を呈しており,また他4例で表面構造が比較的保たれた1型腫瘍を呈していた.低異型度分化型胃癌が進行すると,このような隆起を主体とする内視鏡形態を呈する可能性がある.進行癌7例(Table 1)全例で表面構造が比較的保たれており,進行癌であっても白色光における粘膜表層の内視鏡所見のみから癌と診断することは困難な場合もあると考えられる.自験例の内視鏡所見と病理組織学的所見とを対比させると腫瘍細胞が粘膜筋板をこえて浸潤した深部では分化型腺癌成分と低分化腺癌成分が混在していたが,発赤調隆起部の腫瘍表層部には低異型度分化型胃癌が認められたため,表面構造が比較的保たれた内視鏡所見を呈したものと考える.超音波内視鏡では腫瘍表層部は粘膜内の異型に乏しい腺管の密な増殖を反映して均一な低エコー像を呈し,深部においては低分化腺癌成分が混在していたため,表層部とは異なるやや低エコーな領域として描出されたと考える.表層部に低異型度分化型胃癌を伴った進行癌を支持する所見が得られていた.また,表層部の低エコー腫瘤内部の無エコー領域は粘膜内の拡張腺管を反映したものと考えられる.NBI併用拡大観察においては,胃型粘液形質を示す低異型度分化型胃癌の特徴として,早期癌の報告ではあるものの①周囲の背景粘膜と比べて病変のMCEの幅が広い,②VEC(vessels within epithelial circle) pattern(円形のMCEで囲まれた円形の窩間部上皮下の間質に血管が存在する円形上皮内血管パターン)陽性を呈する症例が多い,③irregular MV patternを呈しているの3点が挙げられている 6.自験例においても①③の所見を認めた.自験例は進行癌で,深部に浸潤する部では低分化腺癌成分が分化型腺癌成分に混在して増殖していたが粘膜表層を置換することなく,粘膜表層には低異型度分化型胃癌が残存していたため早期癌でみられるNBI併用拡大内視鏡の特徴的な所見を認めたと考える.低異型度分化型胃癌の生検組織診断は,粘膜表層の異型が軽微であるがゆえに困難なことも多いとされており 7)~12,生検を繰り返しても癌と診断がつくまでに3年を要した報告 13や6年を要した報告 5もみられる.進行癌であっても同様であり(Table 1),生検陰性時は再生検すること以上に内視鏡所見から本疾患を疑い臨床情報や画像所見を病理医と共有し,粘膜表層のわずかな異型を捉え癌と病理診断することが重要と考えられる.

また自験例が特徴的な内視鏡形態を呈した理由として,胃型粘液形質を示す低異型度分化型胃癌の分化度低下により腫瘍が浸潤傾向を強め,粘膜筋板をこえて粘膜下層以深に浸潤をきたす際,膨張性に発育し腫瘤を形成しつつ浸潤したために発赤調隆起部の基部に粘膜下腫瘍様隆起が形成されたと推察した.腫瘍が深部浸潤した際の分化度の変化に関して,自験例においては深部では低分化成分を認め,免疫染色像から形質転化も認めていた.粘膜下層以深に浸潤すると低分化もしくは高異型度に変化する可能性が高い 14とされ,実際に粘膜下層浸潤癌のうち粘膜下層において低分化成分を認めた報告もみられる 15),16.進行癌7例(Table 1)においては深部の病理組織学的所見に関して記載されていた2例のうち1例で自験例と同様に深部に低分化成分を認めていたが,もう1例では深部にも低異型度かつ高分化な癌を認め形質転化も認めていなかった.本腫瘍が深部浸潤した際の分化度の変化や形質転化に関して解明するためには,今後の更なる検討が必要である.

胃型粘液形質を示す低異型度分化型胃癌は,早期癌で発見されれば数年形態に変化なく経過することが多いことから一般的に予後良好とされているが,自験例のように進行癌として発見される症例もあることを認識しておく必要がある.表面構造が比較的保たれた隆起性腫瘍性病変の基部に粘膜下腫瘍様隆起を伴う所見がみられた場合は,表層部に胃型粘液形質の低異型度分化型胃癌を伴う進行癌である可能性がある.粘膜表層の異型が乏しいがゆえに進行癌であっても内視鏡診断,病理組織学的診断に苦慮する場合があることを理解しておくことが重要と考えられた.

Ⅳ 結  語

胃型粘液形質を示す低異型度分化型胃癌は,今後のH. pylori陰性時代において更に注目されると考えられる.今回われわれは稀な進行癌の症例を経験したため報告した.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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