日本消化器内視鏡学会雑誌
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消化器内視鏡診療におけるCOVID-19(Coronavirus disease 2019)蔓延の影響―JED(Japan Endoscopy Database)プロジェクトデータからの解析―
田中 聖人
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2022 年 64 巻 4 号 p. 1033-1038

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要旨

Coronavirus disease 2019の感染拡大は消化器内視鏡診療をはじめとするわが国の医療に大きな影響を及ぼした.今回Japan Endoscopy Databaseに提供されたデータを解析し,その影響を検討した.消化管内視鏡診療は2020年4月の最初の感染拡大により大きな影響を受け,消化管内視鏡診療件数は半減するほどの影響を被っていた.特に上下部消化管内視鏡検査と大腸内視鏡治療への影響が非常に大きかった.一方緊急症例や癌診療が多くを占めるERCP関連手技は比較的影響が少なかったといえる.しかしながら2020年5月からは,感染拡大の影響から回復し,2020年12月まで,前年と同様の診療件数近くまで回復基調にあった.その後いわゆる第三波が2020年年末から2021年初頭にかけて,次に2021年5月には第四波が,そして2021年8月ごろから第五波と呼ばれる大きな感染者数の増加がみられたが,内視鏡診療件数は2020年5月ほどの極端な減少はみられていない.

感染拡大という社会的影響は主に病変発見を目的とする検査で大きな影響を受けたものの,内視鏡診療を行う医療関係者の努力や国民の感染対策に関する意識の向上やワクチン接種が広がってきたことにより速やかに原状回復したと考えられる.今後2021年の消化器内視鏡診療への影響に関しても見守ってゆく必要がある.

Ⅰ 緒  言

COVID-19(coronavirus disease 2019)(以下,COVID-19)と世界保健機関(WHO:World Health Organaization)により定められた新型コロナウイルス感染症は2020年1月15日に,日本国内で初めて検知された.2020年1月14日に管轄保健所で行政検査が行われた症例であり,1月15日夜に確定診断がなされた.その後WHOに対して1月16日未明に報告されている 1),2.当初クルーズ船内の集団発生や流行地域からの帰国事業などがなされ国をあげて対応が行われた.その後感染の拡大があり何度かの緊急事態宣言もなされ,本稿を記載している2021年10月下旬になりようやく感染が落ち着きをみせている.

この間医療機関を取り巻く環境は大きく変化し,わが国における消化器内視鏡診療の状況も大きく影響を受けることとなった.日本消化器内視鏡学会では2020年3月25日に消化器内視鏡診療を受診する患者の防護,ならびに消化器内視鏡診療に従事する内視鏡医を含めた内視鏡診療に関わる医療従事者に対する防護を目的として提言を発出している 3

本稿ではCOVID-19が消化器内視鏡診療に及ぼした影響をJED(Japan Endoscopy Database)データを用いて解析したものを提示する.あくまで施設数が限定されたものではあるが,COVID-19の感染が拡大している状況下での環境を整理するためにも広く供覧することとした.

Ⅱ 対象および方法

わが国において,いわゆる第一波と呼ばれるCOVID-19の感染拡大がみられた2020年4月から5月の時期を含み,2019年との同月比較を5カ月以上行うことができた209施設のデータを用いて解析を行った.JEDデータは半期に一度の提供をお願いしているため,時節をリアルタイムに反映することは困難であるが,2021年9月末までのデータをもって対象とした.

209施設の大まかな内訳は,日本消化器内視鏡学会指導施設あるいは指導連携施設であり,大学病院14施設,公立病院42施設,公的病院40施設,その他の総合病院104施設,健診センター2施設クリニック7施設である.

なお,時系列比較にあたって,施設ごとに母数となる総検査数が大きく異なるため,各施設における年間の検査総数から月ごとの平均検査件数を算出し,これを100%として,月ごとの推移を数値化し推移をみることとした.

検査手技と治療手技の判別に関しては,提供されたデータの検査種別から判断したものをまとめ,検査種別から判断ができない施設のデータに関しては処置項目の内容を精査し,整理を行った.治療手技の多くは腫瘍治療関連手技であるが,狭窄拡張術や胃瘻造設術も含まれる.

次に2019年1月から当該期間を含む2020年12月までのデータ提供のあった38施設に関しては,2019年の内視鏡診療総件数と2020年の件数を比較した.

Ⅲ 結  果

【COVID-19感染症による社会的影響】

まず2020年以降の社会的背景を公表されているデータから確認した.Figure 1は厚生労働省から提供されているCOVID-19に対するポリメラーゼ連鎖反応(PCR)陽性者数の時系列数と入院を要する状態となった患者数を合わせてプロットしたもの 1,に緊急事態宣言など社会状況を加えたものである.赤字ならびに赤の折れ線は日本全国の入院が必要となったCOVID-19患者数を,青い折れ線はCOVID-19に対するPCR検査の陽性者数である.

Figure 1 

COVID-19入院者数と,PCR陽性者数の推移.

厚生労働省が開示している厚生労働省新型ウイルス感染症オープンデータから,COVID-19によって入院となった患者数と,PCR検査の陽性者数をグラフ化したものである.そこにいわゆる第一波から第五波のピークと政府から発出された緊急事態宣言の時期をプロットした.

【JEDデータを用いた分析】

①2020年~2021年データ

JEDプロジェクトにデータ提供のあったもののうち,2020年1月から2021年9月までの消化器内視鏡検査件数の推移をグラフ化したものをFigure 2に示す.2020年7月の件数を100として視認しやすいように表したグラフである.

Figure 2 

2020年1月からの検査数割合(全施設数平均・検査種別ごと).

2020年1月から2020年12月までのJEDデータの提供があり,通年の情報が得られた209施設の検査数を各施設の2020年7月を100として推移をみたものである.2020年5月が減少のピークとなっている.

2020年4月から消化器内視鏡診療件数は減少傾向となり,5月には平均して月間平均検査件数の7割程度まで落ち込んでいる.6月にはCOVID-19感染が始まる以前の状態まで回復し,7月からは多くの施設で回復基調となっている.しかしながら,第三波と呼ばれる2020年末,そして第四波といわれる2021年5月前後では全体件数が減少している.とはいえ,2020年5月ほどの激減ではない.また最大の感染者数を記録した第五波である2021年8月も検査件数としてはあまり影響を受けていなかったのが分かる.

また,内視鏡的逆行性膵胆管造影法(ERCP)関連手技に関しては,消化管内視鏡診療ほどの影響を受けていないことが分かる.

次に,同期間の検査・治療別の推移を示したものをFigure 3に提示する.こちらもFigure 2と同様に2020年7月の件数を100としている.

Figure 3 

2020年1月からの検査数割合(全施設数平均・検査/治療ごと).

消化管内視鏡検査と消化管内視鏡治療に分けてグラフ化したものである.大腸内視鏡は検査・治療ともに減少しており,上部消化管内視鏡検査も減少している.一方上部消化管内視鏡治療件数は減少幅が少ない.

上部消化管内視鏡では治療件数の低下は大きくないが,検査件数は大きく減少している.大腸内視鏡では検査,治療ともに大きく落ち込んでいる.第三波と呼ばれる2020年末から2021年初頭,そして第四波といわれる2021年5月前後では全体件数が減少している.とはいえ,2020年5月ほどの激減ではない.検査種別でも特段の特徴はなく,一様に減少している.第五波である2021年8月以降はあまり影響を受けていなかったと思われる.全体的に下部の検査,治療は2020年7月以降は件数が回復している.ERCP関連手技に関しては,軽度の増減はあるものの,全期間を通じてCOVID-19による影響があまりみられない.

②3年弱の推移データ

次に2019年1月から2020年12月までの二年間の通年のデータを提供いただいた38施設に関して,2020年における月ごとの内視鏡診療総件数を,2019年の同月の件数で除したものをFigure 4にあげた.これをみると前年比で検査数が半数になっていることが分かる.そして施設によっては2割程度まで落ち込んだ施設があることがみて取れる.38施設という非常に限られた数での検討であるため,解析には限界があるものの,比較的長期にわたるデータとして重要であると考え付け加えた.

Figure 4 

2019年と2020年の検査数割合(施設別).

2019年1月から2020年12月までの二年間通年の情報が得られた38施設を対象としたグラフであり2019年の総検査件数から月間の施設ごとの平均検査件数を算出し,2019年の平均検査件数を1とした場合の推移を表したものである.折れ線グラフは施設ごとの状況を示したものであり,影響の最も大きい施設では前年比20%の検査数となり,80%もの検査が減少した施設がある.

Ⅳ 考  察

日本消化器内視鏡学会から消化器内視鏡診療を受診する患者の防護,ならびに消化器内視鏡診療に従事する内視鏡医を含めた内視鏡診療に関わる医療従事者に対する防護を目的として提言が発出された 3.2020年3月25日時点の段階では,受診行動の抑制もあったとは考えられるが,不要不急の内視鏡診療を抑制するような提言が行われたことが,影響したと思われる.その後感染状況の変化に応じた提言が随時なされている 3.これらの変化に加えて各施設が感染対策の対応に追われたことが,消化器内視鏡診療件数に大きな影響を及ぼしたと考えられる.2020年4月からの時期は,各施設において,感染対策に必要な個人防護具(Personal Protective Equipment:PPE)の流通に少なからず支障が生じていた時期であり,PPEの確保に奔走しなければならない時期であったこともわが国の消化器内視鏡診療に影響を及ぼす要因の一つとなった.

さらに興味深いのは,Figure 1で示したいわゆる第二波のピークとなった2020年8月は大きな内視鏡診療件数の低下はみられず,11月からまた感染者数が増加したにも関わらず,12月段階では5月時点のような大幅な減少がみられていない点があげられる.内視鏡受診行動の抑制や,施設側の診療抑制に加えて,不要・不急という表現で検診/健診の手控えが生じたことがみて取れる.この時期も癌診療にあたってはできる限りの感染対策のもと,多くの医師によって上部消化管内視鏡治療が行われていたと考えてよいであろう.ERCP関連手技は,受診行動や診療抑制にあまり影響を受けない,緊急症例や癌診療の中で行われるものが多く,いわゆるコロナ禍の中でもERCP関連手技が広く行われていたというのは興味深いものといえる.

2021年5月の第四波では全体的に2割程度の減少がみられた.2020年12月から2021年1月にかけての第三波が落ち着くとすぐにまた感染者数が増加したことが,受診抑制をきたしたことと,ワクチンの接種がどのように広がってゆくかが不透明であったことも,検査数の抑制に働く結果となったのかもしれない.第五波は2021年10月下旬現在収束に向かっており,COVID-19の新規感染患者数も大幅に減少に向かっている.第五波は感染者数,入院患者数,重症患者数ともに過去最大の流行であったが,今回の解析では2021年5月よりも影響が少なくなっており,それぞれの施設で感染対策をとった上での内視鏡診療が積極的に行われていることが示唆される.海外でも内視鏡診療はCOVID-19から大きな影響を受けているとの報告がある.わが国ではいままで述べた通り,2020年5月の大規模な減少や2021年初頭,2021年5月に軽度の減少をみたものの,堅調に検査件数が維持された結果は興味深い.一方で消化器内視鏡の検査件数の低下によって,進行癌の発生が増加傾向であるという報告が国内外からなされており 4)~7,今後はJEDデータを用いて,内視鏡的診断名を踏まえての検討が必要になると思われる.

Ⅴ おわりに

COVID-19感染症の流行と内視鏡診療の件数推移をJEDデータから解析したものを作成した.このような全国的な傾向をとらえられたのは,ひとえにJEDプロジェクトにご協力いただいた施設,会員の先生方のご尽力によるものと考えている.今回はJEDデータの集積時期のタイムラグから2021年9月までの解析としたが,今後データ集積は堅調に進行してくると思われるため,今後も分析を引き続き行い報告する予定である.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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