日本消化器内視鏡学会雑誌
Online ISSN : 1884-5738
Print ISSN : 0387-1207
ISSN-L : 0387-1207
原著
急性出血性直腸潰瘍における難治性および予後に関する因子の臨床的検討
水野 裕介山田 智則
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2022 年 64 巻 4 号 p. 983-991

詳細
要旨

【目的】急性出血性直腸潰瘍(Acute Hemorrhagic Rectal Ulcer;以下AHRU)の臨床的・内視鏡的特徴,および難治性や致死的な経過をたどる因子を明らかにする.

【方法】AHRUを発症した44例を対象とし,1)患者背景,2)内視鏡所見および止血処置,3)一次止血処置後の再出血例,4)死亡例についてデータを収集し解析した.

【結果】1)75歳以上の高齢者,Performance Status 3以上の発症が多い傾向にあった.基礎疾患として,心血管疾患,脳神経疾患,整形外科疾患が多くを占めた.2)内視鏡観察時に半数以上で出血像を認め,クリップ法による止血術が最多であり,一次止血は良好な成績であった.3)一次止血後の再出血リスク因子として,ステロイド薬使用が検出された.4)AHRUを発症した患者の入院中死亡リスク因子として,透析が検出された.

【結論】AHRUにおける内視鏡的止血後の再出血と入院死亡のリスク因子は,それぞれ「ステロイド薬使用」と「透析」である.

Ⅰ 緒  言

急性出血性直腸潰瘍(Acute Hemorrhagic Rectal Ulcer;以下AHRU)は,突然生じる無痛性の血便を契機に発見されることが多い,下部直腸に限局した潰瘍性病変である.重篤な基礎疾患を有する長期臥床患者の下部消化管出血の原因疾患として,その頻度は少なくない.さらには,本邦における高齢化社会に伴いAHRU発症の増加が予想される.

1980年に河野ら 1がAHRUとして初めて報告して以降,本邦やアジアを中心に報告例も増加し 2)~9,臨床的および内視鏡的特徴が徐々に明らかになってきている.

AHRUは,内視鏡的止血術が第一選択とされ 10,止血処置後の予後は良好と報告される一方で,難治性や致死的な経過をたどる報告もされている 4),6),7),11)~13

今回,当院で経験した44例について臨床像や内視鏡所見,および治療成績について後ろ向きに検討を行ったので報告する.

Ⅱ 対象・方法

2016年1月から2017年12月までに,AHRUと診断した44例を対象とした.診断は,「歯状線より5cm以内の下部直腸にみられる潰瘍性病変で,何らかの重篤な基礎疾患を有する患者に突然の無痛性新鮮血便を呈するもの」 14の定義を満たすものとし,全例に内視鏡観察を行った.臨床経過および内視鏡所見から,宿便性潰瘍,直腸粘膜脱症候群,炎症性腸疾患,放射線直腸炎は可能な限り除外した.患者背景(年齢,性別,パフォーマンスステータス(Performance Status;以下PS),基礎疾患,内服薬,臨床検査成績,輸血,ショック状態の有無など),内視鏡所見,止血方法,治療経過について検討し,難治性や死亡のリスク因子について探索した.潰瘍形態については以前の報告 3を参考に,不整型,類円型,Dieulafoy型に分類した(Figure 1).出血性状については,Forrest分類を用いた.下部消化管内視鏡は主にCF-HQ290IまたはCF-H290I(いずれもOlympus社)を用い,内視鏡的止血は,クリップ法(EZ clip(Olympus社))または電気凝固止血法(止血鉗子Coagrasper(Olympus社),高周波発生装置VIO300D(ERBE社)を使用)を施行した.

Figure 1 

潰瘍形態.

前処置はグリセリン浣腸を含め未施行であり,視野確保のため必要に応じて先端アタッチメント(エラスティック・タッチ(Top社))を装着した.

2群間の統計学的解析においては,Fisherʼs exact testまたはMann-Whitney U検定を用い,p<0.05を有意とした.統計解析ソフトウェアはEZR(version:1.40)を使用した.

尚,治療内容について全体のフローチャートをFigure 2に示した.

Figure 2 

治療内容のフローチャート.

Ⅲ 結  果

1.患者背景

44例の内訳は,男性20例,女性24例で,年齢中央値は78歳(22-95歳),特に75歳以上の高齢者は29例(65.9%)であった.PSは,37例(84.1%)が3から4と不良であった.

AHRUの契機と考えられた基礎疾患は,心血管疾患10例(22.7%),脳神経疾患9例(20.5%),整形外科疾患7例(15.9%),腎疾患4例(9.1%),呼吸器疾患3例(6.8%),その他11例(25.0%)であった.

抗血小板薬または抗凝固薬服用は24例(54.5%)であり,抗血小板薬19例,抗凝固薬12例,併用は7例であった.

その他,透析が14例(31.8%),ステロイド使用は7例(15.9%)であった(Table 1).

Table 1 

患者背景.

透析14例のうち11例は,AHRU発症の契機と考えられた基礎疾患とは別に,背景に慢性腎不全による維持透析患者であった.入院中の緊急透析は3例であった.

ステロイド使用の7例のうち5例は基礎疾患に対する治療目的で使用しており,他2例は背景に腎移植後があり服用していた.

2.内視鏡的特徴

潰瘍形態は,それぞれ不整型23例(52.3%),類円型12例(27.3%),Dieulafoy型9例(20.5%)であった.

またForrest分類を用いた出血性状は,Ⅰa(噴出性出血)が1例(2.2%),Ⅰb(湧出性出血)が10例(22.7%),Ⅱa(非出血性露出血管)が14例(31.8%)であり,止血処置を要するⅡa以上は25例(56.8%)だった(Table 2).

Table 2 

内視鏡所見.

止血処置群と非処置群の検討では,ステロイド使用や,発症時の出血性ショック,輸血施行が止血処置群で多い傾向を認めた(Table 3).

Table 3 

止血処置.

3.止血処置

上記25例に対して内視鏡的止血術を施行し,24例(96.0%)に一次止血が得られた.内視鏡的止血の内訳は,クリップ法19例,電気凝固止血法5例であった.止血不成功となった1例は,活動性出血による視野不良のため露出出血が同定できず,内視鏡的止血を中断した.経肛門的にガーゼを用いて機械的圧迫止血を行い止血し得た(Table 4).

Table 4 

止血処置内容.

4.内視鏡的止血処置後の再出血

一次止血後の再出血例は7例(29.2%)認めた.再出血の定義は,内視鏡による止血処置後に再度血便を認め,緊急内視鏡を要すると判断したものとした.基礎疾患による状態不良で内視鏡を行わなかった1例を除く6例に,内視鏡的止血処置を行い全例成功した.止血については,クリップ法5例,電気凝固止血法1例であった.1例に3度目の止血処置を行った.再出血群(7例)と非再出血群(17例)で比較検討したところ,ステロイド薬使用がリスク因子として検出された(p=0.008)(Table 5).

Table 5 

内視鏡による一次止血後の再出血.

5.死亡症例

AHRUを発症した患者の入院中死亡は,10例(22.7%)であった.6例はAHRUによる影響が考えられ,そのうち2例は難治性潰瘍のため人工肛門造設を必要とした.その他4例はAHRUの治療は良好であったが,基礎疾患の悪化により死亡した.

死亡リスク因子について死亡群(10例),非死亡群(34例)で比較検討したところ,透析がリスク因子として検出され(p<0.001),出血性ショックや輸血の有無,止血後の再出血は検出されなかった(Table 6).

Table 6 

入院中死亡.

Ⅳ 考  察

AHRUは1980年に河野ら 1による報告がされて以来,アジアを中心に報告がされている.広岡ら 15はその疾患概念を,「重篤な基礎疾患を有する高齢者に突然無痛性の大量血便で発症し,歯上線近くの下部直腸に不整形,帯状の潰瘍を有する疾患で,止血できれば比較的良好に軽快治癒する」とした.

AHRUの成因としては,動脈硬化や長期臥床などを背景とした下部直腸粘膜の血流障害とする説が有力であり,中村ら 16が体位による直腸粘膜血流変化や側臥位体位変換の予防効果を報告している.今回われわれの検討では,PS不良例(3以上)が37例(84.1%)と多く,心血管疾患・脳神経疾患・整形外科疾患を合わせ26例(59.0%)と半数以上を占めた.疾患の内訳をみてみると,心血管疾患では大動脈解離3例,閉塞性動脈硬化症2例,心不全2例他,脳神経疾患では脳梗塞3例,脳出血3例他,整形外科疾患では大腿骨骨折4例他と,各領域いずれも,疾患や術後の状況により長期臥床を要する状態であった.

AHRUの鑑別疾患に宿便性直腸潰瘍があり,今回の検討では可能な限り鑑別したが,広岡ら 15が指摘をしているように,宿便性潰瘍とのoverlapは避けられない部分がある.

抗血小板薬または抗凝固薬服用は,24例(54.5%)で認めたが,今回の検討では止血処置や死亡の有無に有意差はなかった.

入院中発症か,血便契機での受診かどうかについて報告は少ないが,柳生ら 11は約3割が血便契機の外来受診であり,その約8割に基礎疾患として認知症があったと報告している.われわれの検討では,9例(20.5%)が自宅または施設入所中での発症であった.高齢化社会に進んでいる本邦において,在宅医療の環境が整備されつつあることから,今後は自宅発症のAHRU症例が増加していくと予想される.

AHRUは血便を契機に診断されるが,出血量が多いことが特徴であり,しばしば出血性ショックを来すことを経験する.今回の検討でも11例(25.0%)が出血性ショックを来し,輸血(赤血球液)は33例(75%)で施行し,14例(31.8%)は,10単位以上の輸血を要した.発症時の出血症ショックや輸血の施行は,止血処置群にて多い傾向がみられた.

内視鏡的一次止血後の再出血率については,16.7%~50.0%と報告がある 4),7),11)~13.われわれが一次止血に成功した24例中7例(29.2%)で再出血を来し,同程度の結果であった.

内視鏡止血術については,クリップ法または止血鉗子による電気凝固止血法の報告が多く,その他,高張食塩水エピネフリン局注法やアルゴンプラズマ凝固止血法,外科手術などの報告 6),17)~19も散見される.当院における止血は,事前にクリップ法と電気凝固止血法を準備しているが,概ねクリップ法が選択されていた.ただ,止血後に潰瘍増悪による穿孔を来し,人工肛門造設が必要となった症例を経験したことから,創傷治癒遅延が想定されるステロイドや透析患者では,潰瘍を増悪する可能性がある熱凝固や薬剤局注による止血は,避けたほうが良いかもしれない.

再出血の時期については,一次止血術より平均8.8日後であり,これまでの報告 7),13と同様の結果であった.再出血リスクについて検討したところ,ステロイド使用が因子として検出された.消化性潰瘍診療ガイドライン2020 20では,ステロイドは消化性潰瘍発生のリスク因子にはならないとされている.しかしステロイドによる創傷治癒遅延が指摘されており 21),22,AHRU発生の直接原因ではなくとも,止血後の治癒遅延が再出血の誘因となる可能性があると考えられた.

今回潰瘍形態については,不整型・類円型・Dieulafoy型の3分類とした.香川ら 5の報告では,Dieulafoy型を再出血のリスク因子に挙げているが,われわれの検討では潰瘍形態と再出血について関連は認められなかった.Dieulafoy型は潰瘍底がないと考えると,止血が得られればその後の経過は良好と考えられる.今回の検討では止血をした9例中,再出血は1例のみであった.また香川ら 5や中尾ら 14が指摘しているように,AHRUのDieulafoy型と直腸Dieulafoy潰瘍の明確な区別は実臨床では困難と考えられた.輪状型を含めた4分類とする報告もあるが,今回の検討では輪状型は1例も認めなかった.

予後についてはAHRUにより出血が持続し,直接死因になることはなかったが,在院死亡10例のうち6例は間接的に影響があったと考えられた.内訳としては4例が止血処置群であり,うち1例は前述の一次止血にて機械的圧迫とした後にフルニエ壊疽を併発,1例は再出血群で全身状態不良により再度内視鏡を行わなかった1例,他2例は潰瘍が深掘れとなり人工肛門を造設したが死亡した.人工肛門造設の2例は電気凝固止血法が選択されていた.

非処置群である残り2例は,内視鏡にて観察後に再度血便のエピソードがあったが,基礎疾患による全身状態不良で緊急内視鏡を希望されなかった.

AHRUは比較的予後良好とする報告がある一方で,在院死亡率が20-47%とする報告もあり 4),6),7),11,われわれの検討でも22.7%であった.これは出血の治療は良好だとしても,複雑な臨床経過や原疾患の増悪による死亡が多いためである.

死亡群(n=10),非死亡群(n=34)でリスク因子を比較検討したところ,透析が検出された.わが国の慢性透析療法の現況によると 23,2017年の慢性透析患者の死亡原因割合は,死亡原因の多い順から心不全(24.0%),感染症(21.1%),悪性腫瘍(9.0%),脳血管障害(6.0%)であった.消化管出血は1.4%と決して多くはない.しかし実臨床において,AHRUに限らず,胃潰瘍や十二指腸潰瘍などひとたび潰瘍から出血を生じると,その止血や治癒に難渋することはしばしば経験する.仁枝ら 24は腎不全患者の大腿部頸部骨折手術後にAHRUを発症した4例のうち3例が,発症を契機として基礎疾患の増悪を来し死亡したと報告している.透析患者の特性である創傷治癒遅延や出血傾向 25),26が,AHRUを遷延または増悪することによって,死因に影響していると考えられる.

尚今回の検討でのlimitationとしては,単施設での後ろ向き検討のため少数例であること,前述のように宿便性潰瘍や直腸Dieulafoy潰瘍との厳密な鑑別は困難であることが挙げられる.

Ⅴ 結  論

AHRUは,基礎疾患を有するPSが不良な高齢者に多くみられた.予後としては,内視鏡的一次止血処置は良好な成績であったが,潰瘍の難治性があることや入院死亡も少なくない.今回の検討によって,「ステロイド薬使用」が止血処置後の再出血リスク因子に,「透析」がAHRU発症時の死亡リスク因子として抽出された.これらがAHRUの臨床経過に大きな影響を与えることを留意する必要がある.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
© 2022 一般社団法人 日本消化器内視鏡学会
feedback
Top