日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
胃穹窿部にみられた扁平上皮化生の1例
岩室 雅也田中 健大倉岡 紗樹子小橋 真由里見 拓也岡上 昇太郎田邊 俊介藤原 敬士河原 祥朗岡田 裕之
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2022 年 64 巻 4 号 p. 999-1004

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要旨

症例は87歳男性.75歳時に逆流性食道炎に対して下部食道および胃噴門部切除,空腸間置法再建を実施.87歳時の上部消化管内視鏡検査にて,穹窿部に境界明瞭な約10mmの白色調の領域を認め,narrow-band imaging観察では白色~緑色調であり,腺管構造は不明瞭であった.生検にて胃扁平上皮化生と診断した.以後,1年毎に上部消化管内視鏡検査を施行.経過中に扁平上皮化生領域は軽度増大し,92歳時点では地図状の形態となっていた.胃扁平上皮化生が食道粘膜から非連続性に発生することはまれであるが,上記の内視鏡所見を認める場合は,本症を鑑別に挙げるべきと考えられた.

Ⅰ 緒  言

化生とは,一定の方向に分化・成熟した組織が,他の成熟組織型に変化することを指し,何らかの刺激により組織が傷害を受け再生する際に,環境へ適応するための反応の一つと考えられている 1),2.胃においては,Helicobacter pylori感染に伴う慢性炎症,すなわち萎縮性胃炎によって胃腺細胞が減少し,腸管粘膜上皮の形態に変化する“腸上皮化生”がよく知られている.これに対して,胃粘膜に扁平上皮化生が生じる頻度は低く,特に食道粘膜と非連続性に存在する胃扁平上皮化生の報告例は少ない.

今回われわれは逆流性食道炎に対する下部食道および胃噴門部切除,空腸間置法再建術後の症例において,穹窿部に扁平上皮化生を認めたので,内視鏡像を中心に報告する.

Ⅱ 症  例

症例1:87歳 男性.

主訴:なし.

既往歴:逆流性食道炎に対して下部食道および胃噴門部切除,空腸間置法再建(75歳).慢性心不全,めまい症.

常用薬:ファモチジン,モサプリド,フロセミド,トラセミド,スピロノラクトン,メコバラミン,フルスルチアミン,チオトロピウム・オロダテロール吸入剤.

アレルギー:なし.

生活歴:喫煙なし,飲酒なし.

現病歴:75歳時に難治性逆流性食道炎に対して下部食道切除,空腸間置法再建を実施.以後,約1年毎に上部消化管内視鏡検査が実施されたが,術前および術後の内視鏡検査では後述の胃扁平上皮化生は指摘されていなかった.また萎縮性胃炎を認め,85歳時に迅速ウレアーゼ試験陽性でありHelicobacter pylori現感染と診断されたが,高齢であることを理由に担当医の判断で除菌治療は未実施.

87歳時に実施した上部消化管内視鏡検査にて,穹窿部に境界明瞭な約10mmの白色調の領域を認めた(Figure 1-A).背景粘膜にはびまん性発赤を認めたが,萎縮性変化は目立たなかった.狭帯域光観察(Narrow-band imaging:NBI)では白色~緑色調であり,腺管構造は不明瞭であった(Figure 1-B).生検では異型のない重層扁平上皮がみられ,胃扁平上皮化生と診断した(Figure 2).以後,1年毎に上部消化管内視鏡検査を施行.経過中に扁平上皮化生領域は軽度増大し,92歳時点では地図状の形態となっていた(Figure 3).NBI観察にて病変内の一部に上皮乳頭内血管内ループ(intraepithelial papillary capillary loop:IPCL)様の所見を認めたが(Figure 3-C),他の大部分の領域では血管構造は不明瞭であった(Figure 3-D).ヨード散布では濃染し,扁平上皮化生に矛盾しない所見であった(Figure 3-E).

Figure 1 

87歳時の上部消化管内視鏡検査所見.

A:穹窿部に境界明瞭な約10mmの白色調の領域を認めた.

B:NBI観察では白色~緑色調であり,腺管構造は不明瞭であった.

Figure 2 

病理組織像.

生検では異型のない重層扁平上皮がみられ,胃扁平上皮化生と診断した.

Figure 3 

92歳時の上部消化管内視鏡検査所見.

穹窿部に胃扁平上皮化生を認め(A),地図状の形態となっていた(B).NBI観察では病変内の一部にIPCL様の所見を認めたが(C),他の大部分の領域では血管構造は不明瞭であった(D).ヨード散布では濃染した (E).

Ⅲ 考  察

円柱上皮や立方上皮は,炎症などによる組織傷害の結果,再生の過程で扁平上皮に置き換えられることがあり,層構造を示す完全な扁平上皮を形成する場合もあれば,予備細胞過形成との移行像的所見にとどまる場合もある.このような扁平上皮化生は気管支粘膜や子宮頸部被覆上皮にしばしばみられる 3.一方,胃粘膜においては,扁平上皮化生は胃腺扁平上皮癌や胃扁平上皮癌に伴ってみられる場合が多く,異型を伴わない扁平上皮化生領域を胃に認めることは少ないとされてきた 4.しかしFassらが9カ月間で実施した上部消化管内視鏡検査547件のうち,16例(2.9%)で胃扁平上皮化生を認めたと報告しているように 5,実臨床における頻度は低くないと考えられる.

内視鏡上は,境界明瞭かつ軽度陥凹した平滑な白色粘膜で,ヨード染色では病変が濃染されること,またNBI観察で扁平上皮特有のIPCLが観察できることが胃扁平上皮化生の特徴とされる 4.自験例では粘膜自体の凹凸のためか,扁平上皮化生領域が陥凹しているようにはみえず,むしろ周辺より隆起した部分も認めたが(Figure 3-C,矢印),境界が明瞭で平滑な白色粘膜であり,ヨード染色で濃染されたことなど,胃扁平上皮化生に典型的な所見を呈していた.なおIPCL様の血管像は病変内の一部に認めるのみであり(Figure 3-C,矢印),病変内の他部位には血管像は透見できなかった.

胃において,扁平上皮化生は食道胃接合部の食道粘膜と連続して存在し,噴門部~体部の小彎側にみられることが多いと報告されており,自験例のように胃扁平上皮化生を食道粘膜と非連続性に認めることはまれである 4.前述のFassらの報告でも,胃扁平上皮化生を認めた16例において,全例が食道粘膜と連続しており,うち2例のみが非連続性の病変を伴っていた 5.医学中央雑誌(対象期間1980~2021年)にて“扁平上皮化生”および“胃”,PubMed(対象期間1966~2021年)にて“squamous metaplasia”および“stomach”をキーワードとして検索した結果,食道粘膜と非連続性に存在する胃扁平上皮化生の症例は自験例も含めて14例のみであった(Table 1 5)~16.14例の年齢中央値は78.5歳(30~90歳)であり,男性12例,女性2例と男性が多かった.病変の局在は噴門部5例,前庭部4例,穹窿部3例,体部1例であり,周在方向は小彎側6例,後壁側3例,前壁側1例,大彎側1例であった.内視鏡上はいずれも白色粘膜または白色陥凹を呈していたが,0.5~40mmと大きさは多彩であった.なお,検索対象期間外ではあるが,食道と非連続性の胃扁平上皮化生症例のうち最も古い報告はSingerらが1930年に報告した51歳男性の胃梅毒症例と思われる 17.この症例では胃梅毒のため手術が行われ,前庭部前壁に20mm大の白色粘膜を認めた.

Table 1 

食道粘膜と非連続性に存在する胃扁平上皮化生症例のまとめ.

胃扁平上皮化生に対して,胃扁平上皮癌(2例) 6),10や胃迷入膵(1例) 7の合併のため外科切除が3例で,また表面陥凹型の早期胃癌に類似した所見を呈したため内視鏡的粘膜切除が1例で実施された 9.経過観察された6例のうち,2例では数カ月または6年間で変化なく 8),15,1例では2年後に自然消失していた 11.経過中に胃扁平上皮化生領域が増大したものは自験例のみであった.ただし食道粘膜と連続性に存在する胃扁平上皮化生の症例では,経過中に不変のものと緩徐に増大するものに二分される 4),8),18ことから,本症が自然縮小や消退することは少ないと考えられる.

食道粘膜と非連続性に存在する扁平上皮化生の報告例のうち,2例では扁平上皮化生領域内に扁平上皮癌を合併していた 6),10.また前述の通り,扁平上皮化生は一般的に胃腺扁平上皮癌や胃扁平上皮癌に伴ってみられる場合が多い 19),20.胃以外の他臓器,例えば肺では,気管支の粘膜円柱上皮細胞が扁平上皮細胞に化生し,これを発生母地として肺の扁平上皮癌が発生すると考えられている.胃扁平上皮化生が癌化するか否かについては明らかとなっていないものの,Sakemiらは胃噴門部の腺癌に対して化学放射線治療を行い,腫瘍が消失した部位に2年後に扁平上皮化生が出現,さらに3年後に扁平上皮癌が発生したと報告している 21.このことから,腫瘍が発生する可能性を念頭に置くべきと考えられる.なお自験例の内視鏡画像を見返すと,ヨード染色で不染にみえる箇所があり(Figure 3-E),この部分に注意しつつ胃扁平上皮化生領域を経過観察する予定である.

胃扁平上皮化生の発生機序については諸説あり,食道粘膜と連続性に存在する病変については,噴門部の胃粘膜が傷害された結果,再生過程で食道の扁平上皮が食道胃接合部を超えて下方に伸展するのではないかと考えられている 5.また別の説としては,胃の上皮が扁平上皮細胞に変化する,真の“化生”が生じているとする考えもあり 14,食道と非連続性に存在する症例ではこの機序が考えやすい.自験例では難治性逆流性食道炎に対する下部食道切除,空腸間置法再建術後に胃扁平上皮化生を認めた.手術侵襲との関連は不明であるが,手術時に穹窿部粘膜が傷害を受け,そこに食道扁平上皮細胞や食道胃接合部の幹細胞 22が偶発的に移植された可能性が考えられる.また別の可能性としては,H. pyloriによる慢性胃炎のため胃の上皮が扁平上皮細胞に変化したのかもしれない.既報では,胃梅毒 17や胃潰瘍 8などの粘膜傷害に続発した例が散見されるが,ほとんどの例では胃粘膜傷害やその原因となるような背景疾患の記載はなく,胃扁平上皮化生の誘因は特定されていない.

Ⅳ 結  語

胃扁平上皮化生の1例を経験した.内視鏡検査では,境界明瞭な白色調の領域であり,病変内の一部にIPCL様の所見を認め,ヨード散布では濃染した.食道粘膜と非連続に存在する胃扁平上皮化生の頻度は低いが,これらの内視鏡所見を認める場合には,本症を鑑別に挙げるべきと考えられた.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:岡田裕之(アストラゼネカ株式会社,第一三共株式会社,武田薬品工業,大塚製薬株式会社,日本化薬株式会社,EAファーマ株式会社),河原祥朗(岡山西大寺病院)

文 献
 
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