日本消化器内視鏡学会雑誌
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原著
下部直腸癌の術前大腸内視鏡検査における柱状粘膜隆起の臨床病理学的意義
阿尾 理一梶原 由規神藤 英二岡本 耕一白石 壮宏永田 健安部 紘生島崎 英幸穂苅 量太上野 秀樹
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2022 年 64 巻 5 号 p. 1099-1105

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要旨

【背景・目的】下部直腸癌に対する手術では肛門側断端距離(DM, distal margin)の確保が重要である.術前内視鏡検査において,腫瘍下縁から肛門側方向へ延びる柱状の粘膜隆起(柱状隆起)がしばしば認められる.今回,DMの確保に柱状隆起を考慮すべきか検討した.

【方法】下部直腸癌94例を対象とし,柱状隆起と腫瘍の肛門側壁内進展との関係について評価した.

【結果】柱状隆起を10.6%に認めた.柱状隆起陽性例の60.0%に腫瘍の肛門側壁内進展を認め,陰性例(9.5%)と比較し有意に高率であった(P=0.0006).一方,柱状隆起の長さと壁内進展距離とは一致せず,柱状隆起陽性例の壁内進展距離(平均4.9mm)は陰性例(同6.4mm)と比較して短かった.

【結論】下部直腸癌における柱状隆起は腫瘍の直接浸潤そのものを示す所見ではなく,柱状隆起が存在してもガイドライン通りのDM確保で根治性は損なわれないと考えられた.

Abstract

Background: In determining the surgical procedure for low rectal cancer, the resection margin is very important. Pillar-like elevation (PE) of the mucosa extending from the distal tumor edge is often observed during preoperative colonoscopy. In this study, we examined the clinicopathological significance of PE.

Method: A total of 94 patients with lower rectal cancer who underwent surgical resection at the National Defense Medical College were analyzed. We investigated the relationship between PE and clinicopathologic findings that included the length of intramural cancer spread.

Results: PE was observed in 10 cases (10.6%). Distal intramural cancer spread was observed more frequently in PE-positive cases (60.0%) than in PE-negative cases (9.5%) (P = 0.0006). In contrast, PE length did not correlate with the length of intramural cancer spread.

Conclusion: PE was not indicative of the extent of intramural distal tumor spread. Even if PE is observed preoperatively, it may be sufficient to take the distal resection margin recommended in the JSCCR guidelines.

Ⅰ 緒  言

下部直腸癌手術における肛門温存の適否は,機能温存と根治性の確保の相反する二つの要素を考慮して決定される.近年,肛門温存手術の一つである括約筋間直腸切除術(ISR, intersphincteric resection)が下部直腸癌に対する標準術式の一つとなっている.この術式は,2013年に発刊された大腸癌取扱い規約(第8版)に初めて収載された比較的歴史の浅い術式であり,内肛門括約筋を合併切除することによって腫瘍から肛門側断端までの距離(DM, distal margin)を確保し,肛門に近接した下部直腸癌であっても,永久人工肛門を回避し肛門機能を温存する術式である 1.下部直腸癌では2cmを越える壁内および間膜内の肛門側進展は稀であることから,大腸癌治療ガイドライン2019年版では2cm(T1では1cm)のDMを確保することが推奨されている 2

直腸癌では,しばしば正常粘膜との境界部を越えて粘膜下層以深で連続性または非連続性に肛門側へ進展する壁内進展病巣が認められる.このような病巣は吻合部再発の原因になることから,ISRを考慮するような下部直腸癌では,その把握が肝要である.

肛門管近傍の腫瘍では,術前の大腸内視鏡検査において,腫瘍下縁と歯状線との間に直線的に存在する柱状の粘膜隆起(以下,柱状隆起)を認めることがある(Figure 1).これが腫瘍の肛門側への壁内進展の存在を考慮すべき所見か否かは明らかにされていない.柱状隆起が壁内進展に由来するのであれば,このような所見を有する症例ではより慎重なDMの確保が必要である.そこで,今回われわれは下部直腸癌における柱状隆起の臨床病理学的な意義について検討した.

Figure 1 

柱状隆起の下部消化管内視鏡所見.

腫瘍下縁から肛門側方向へと延びる柱状の粘膜隆起(矢印).

Ⅱ 対象・方法

大腸内視鏡検査にて,送気により腸管を十分進展させた状態で,粘膜側から確認できる腫瘍下縁と歯状線との間に直線的に存在する柱状の粘膜隆起を柱状隆起と定義した(Figure 1).柱状隆起の長さは,腫瘍下縁から隆起した粘膜の最肛門側端までの距離とし,1例は術前大腸内視鏡検査時に内視鏡メジャー鉗子による計測を行い,それ以外は反転観察画像におけるスコープの太さと柱状隆起の長さとの比をもって後方視的に計測した.

2016年1月から2019年8月までの間に下部直腸癌に対して原発巣切除を施行した94例(T1:17例,pT2:29例,pT3:42例,pT4:6例)を対象とし,術前の大腸内視鏡検査における柱状隆起の有無と臨床病理学的因子との関係について検討した.対象症例は男性58名・女性36名で,平均年齢は66.9歳(33~95歳),組織型はすべて腺癌であった.内視鏡下に腫瘍下縁が外科的肛門管内にかかる症例は19例であった.通常観察法(引き抜き操作)にて管腔が急峻に閉じ始める部分を外科的肛門管上縁と判断した.手術術式は低位前方切除術が17例,超低位前方切除術が40例,ハルトマン手術が9例,ISRが2例,腹会陰式直腸切断術が25例,骨盤内臓全摘術が1例であった.

切除検体の病巣を4mm以下の間隔で全割しHE染色標本を作製後,腫瘍の最肛門側端を含む腸管軸方向に切り出された切片を選択し,病理組織学的に肛門側壁内進展を評価した.すなわち,正常粘膜と腫瘍の境界を越えて肛門側の粘膜下層もしくは固有筋層内にわずかでも腫瘍組織が認められたものを壁内進展陽性と判定した.肛門側への壁内進展距離は,正常粘膜と腫瘍の境界から壁内進展の肛門側最先進部までの長さとした(Figure 2).

Figure 2 

肛門側壁内進展距離.

粘膜面の腫瘍下縁から組織学的な腫瘍の肛門側最先進部までの距離を肛門側壁内進展距離とした.

a:連続性の壁内進展の場合.

b:非連続性の壁内進展の場合.

統計学的手法として,柱状隆起とその他の臨床病理学的因子との関連の評価はカイ二乗検定の使用を基本とし,期待値が5未満となる因子の解析にはFisherの直接確率検定を用いた.また,連続変数についてはStudentʼs t検定またはWilcoxonの順位和検定を使用した.

Ⅲ 結  果

柱状隆起を認めた症例の特徴

柱状隆起は94例中10例(10.6%)に認められ,内視鏡所見での柱状隆起の長さの平均は8.8mm(3~15mm)であった.柱状隆起と臨床病理学的因子との関係をTable 1に示す.柱状隆起陽性症例は陰性例に比較して有意に肛門縁から腫瘍下縁までの距離が短かった.柱状隆起陽性症例は全例,肉眼型が2型であり,深達度に関してはT1では皆無であるのに対し,T2以深では深達度が深くなるにつれて柱状隆起の割合が増加する傾向を認めた.一方,柱状隆起と年齢,性別,ボディマス指数(BMI, body mass index),腫瘍最大径,環周率,腫瘍が存在する腸壁の区分,肉眼型,組織型,リンパ節転移,脈管侵襲,簇出,遠隔転移との間には有意な関連を認めなかった.

Table 1 

柱状隆起と臨床病理学的因子との関係.

柱状隆起が陽性であった10症例では6例(60.0%)に肛門側壁内進展を認め,柱状隆起陰性症例(9.5%)と比較し有意に高率であった(P=0.0006).

肛門側壁内進展のリスク因子としての柱状隆起の意義

肛門側壁内進展と臨床病理学的因子との関係をTable 2に示す.単変量解析にて肛門側壁内進展と有意な関連を認めたのは,柱状隆起(P=0.0006),肛門縁から腫瘍下縁までの距離(P=0.0004),潰瘍形成(P=0.0086),壁深達度(P=0.0007),遠隔転移(P=0.039)であった.

Table 2 

肛門側壁内進展と術前に把握可能な臨床病理学的因子との関係.

柱状隆起と肛門側壁内進展距離との相関

柱状隆起を認めた10例の特徴をTable 3に示す.肛門側壁内進展を認めたのは6例であり,粘膜下層を主体とした壁内進展が多く,進展形式としては非連続性の腫瘍進展が3分の2を占めていた.柱状隆起陽性かつ肛門側壁内進展陽性症例の壁内進展距離の平均値は4.9mm(1.3~14.8mm)であり,柱状隆起陰性症例のうち肛門側壁内進展を認めた8症例における平均値6.4mm(1.3~12.7 mm)と比較して短かった(P=0.56).腫瘍進展の程度と柱状隆起の長さとは一致せず(Table 3),病理組織所見上も柱状隆起に相当する部位に腫瘍進展に関連した特異的な線維化等は認められなかった.

Table 3 

柱状隆起陽性症例における肛門側壁内進展.

Ⅳ 考  察

大腸癌では,内視鏡で観察される正常粘膜と腫瘍の境界を越えて肛門側へ進展する壁内病巣がしばしば認められ,ISRを考慮するような肛門に近接した下部直腸癌では,壁内進展の程度が肛門温存の可否に強く関与する.過去の報告によれば,直腸癌における肛門側壁内進展の頻度は10~28%とされている 3)~12.今回対象とした症例においても肛門側壁内進展の頻度は14.9%であり,従来の報告と同等の頻度であった.また,肉眼型が浸潤型,腫瘍分化度が低い癌,リンパ節転移や遠隔転移を伴う進行した症例等で壁内進展の頻度が高いとされており 5),7),12,本検討においても同様の傾向を示すとともに,柱状隆起も有意な関連を有していた.

今回,柱状隆起陽性症例では60%と高い頻度で肛門側壁内進展を認めた.一方で,病理組織学的な評価を行ったところ,柱状隆起の長さと腫瘍の壁内進展の程度とは一致せず,柱状隆起に相当する部位に線維化等の特異的な所見は認められなかった.これらより,柱状隆起が必ずしも壁内進展した腫瘍組織そのものを示す所見ではないと考えられる.柱状隆起が発生する要因の一つとして,腫瘍による瘢痕収縮の影響が考えられる.

肛門管内には肛門陰窩があり歯状線を形成し,肛門腺の導管が開口している.肛門腺は内肛門括約筋を貫通して外側に伸びており,この構造によって肛門管内の粘膜は歯状線に固定された状態となっている 13.隣り合う肛門陰窩の間には粘膜の隆起が形成され,肛門柱と呼称されているが,これが腫瘍の瘢痕収縮の影響によりヒダとして強調され,柱状隆起として認識されている可能性がある.すなわち,肛門に近接した下部直腸癌がT2以深に浸潤した場合,腫瘍と歯状線部とで粘膜の両端が固定され,腫瘍の潰瘍形成によって粘膜筋板と潰瘍底の瘢痕収縮が起こった結果,粘膜の引き攣れが生じ,柱状隆起が認められるのではないかと推測される.実際に本検討において,T1症例には柱状隆起は認められず,T2より深く浸潤するにつれて柱状隆起が高頻度に認められた.また,柱状隆起陽性例は肉眼型がすべて2型であり潰瘍を伴っていたことや,柱状隆起陰性例より肛門縁(歯状線)の近くに腫瘍下縁が存在したことも,上記の仮説を裏付けるものと考えられる.

本検討では組織学的に柱状隆起が壁内進展を直接示す所見ではなかったにも関わらず,壁内進展の頻度との間に統計学的に有意な関連が認められた.しかし,症例数の少なさゆえ多変量解析を導入することは統計学的に適切ではないことから単変量解析のみ行った.本研究の限界として,単施設による検討であり症例数が限られていること,また柱状隆起の長さの多くが,反転観察画像におけるスコープの太さと柱状隆起の長さとの比をもって後方視的に計測されていることから,メジャー鉗子による計測と比較してやや正確性にかけることが挙げられる.そのため今後さらに大多数の症例においてメジャー鉗子による計測を行い,前向きに検証する必要があると考えられた.

一方で,柱状隆起陽性症例における肛門側進展距離はT3症例における14.8mmが最長であり,その他はいずれも5mm未満であったことから,柱状隆起が認められた場合でもその長さに関係なく,ガイドライン通りの長さのDM確保を行うことで根治性は損なわれないと考えられた.

Ⅴ 結  語

柱状隆起陽性例では陰性例と比較し有意に肛門側壁内進展を認めたが,組織学的に壁内進展距離に差はなく,ガイドライン通りのDM確保で根治性は損なわれないと考えられた.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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