日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
大腸内視鏡が臍ヘルニアに嵌入し挿入困難であった1例
丹羽 浩一郎 関 英一郎齋田 将之柴田 將加賀 浩之坂本 一博
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2022 年 64 巻 6 号 p. 1235-1240

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要旨

症例は69歳,女性.便潜血検査陽性のため大腸内視鏡検査を施行した.検査中に横行結腸で強い抵抗を感じたため,腹部の診察を行った.臍部に腫脹認め内部にスコープを触知した.スコープは抵抗があり抜去困難だった.臍ヘルニアにスコープが嵌入したと診断し,ヘルニア門を確認した後,慎重に用手圧迫を行いヘルニア内容を腹腔内へ還納した.用手圧迫を継続して,全大腸を観察できた.大腸内視鏡検査では,腹部のヘルニアの病歴聴取が重要である.そして臍ヘルニアを確認した時は,検査開始時からヘルニア内容を腹腔内へ還納しておくことで,安全な全大腸観察が可能となる場合がある.また,挿入中に違和感を感じた場合は,腹部の診察が重要である.

Abstract

A 69-year-old female patient underwent an abdominal examination to determine the cause of strong resistance in the transverse colon during colonoscopy. Swelling was confirmed in the area surrounding the umbilical region and the CS was felt within the swelling. After confirming the location of the hernia orifice, manual compression was carefully applied to maneuver the hernia content into the peritoneal cavity. Continued manual compression allowed for observation of the entire large intestine. Although a polyp was confirmed in the sigmoid colon, it was resected at a later date using the CS. From the beginning of the examination, manual compression of the hernia orifice was performed in the umbilical region, enabling easy observation of the entire large intestine. The polyp in the sigmoid colon was resected. Since the patient complained of abdominal pain after completion of the examination, CT examination was performed. Umbilical hernia containing the transverse colon was confirmed, but no findings suggested a perforated intestinal tract, and the abdominal pain improved spontaneously.

When using a CS, it is important to determine whether there is a history of abdominal hernia. When umbilical hernia is diagnosed, it is effective to reduce the hernia content into the peritoneal cavity upon application of the CS. In addition, when discomfort is felt during insertion of the CS, abdominal examination should be performed.

Ⅰ 緒  言

現在大腸内視鏡検査は広く普及した検査である.検査中にスコープが鼠径ヘルニアに嵌入して挿入困難となった症例の報告はまれである 1)~6.しかし,臍ヘルニアにスコープが陥入し挿入困難であった症例の報告は検索し得た限りでは前例が無かった.今回,われわれは大腸内視鏡検査中にスコープが臍ヘルニアに嵌入して挿入困難であった症例を経験したので報告する.

Ⅱ 症  例

症例:69歳,女性.

主訴:便潜血検査陽性.

家族歴:特記事項なし.

既往歴:右大腿骨頸部骨折で当院整形外科加療中.糖尿病でインシュリン加療中.腹部の手術歴なし.3経産.

現病歴:当院整形外科で右大腿骨頸部骨折の加療目的に入院中であった.入院中に施行した便潜血検査が陽性であったため当科にコンサルトがあり,大腸内視鏡検査を施行した.検査前の問診では,鼠径ヘルニアの病歴聴取を行い,鼠径ヘルニアの既往歴が無いことは確認されていた.しかし,臍ヘルニアや腹壁瘢痕ヘルニアなど,腹部ヘルニアの問診は無く,患者本人も臍ヘルニアに関して自覚していなかった.

初診時現症:身長147.5cm,体重50.8kg,体重指数(BMI)23.4kg/m2,体温36.3度,血圧112/ 72mmHg,脈拍91回/分 整.

血液検査所見:血算,生化学所見に明らかな異常を認めなかった.また,腫瘍マーカーもCEA 2.2ng/dl(正常値0~5.0),CA19-9 19.6U/ml(正常値0~37)と正常値であった.

大腸内視鏡検査:スコープは先端外径11.7mmのPCF-H290(オリンパス社)を使用した.送気はCO2を使用した.鎮痛剤としてペチジン塩酸塩35mgを,静脈内注射して検査を行った.鎮静剤は使用しなかった.横行結腸で腸管のねじれを伴う拡張不良部位を認めた(Figure 1).同部位をスコープが通過した後にスコープに強い抵抗を感じたため,腹部の診察を行うと,臍部を中心に腫脹を認め,スコープのライトが透見された(Figure 2).また,内部にスコープを触知した.スコープは抵抗があり抜去困難であった.スコープが臍ヘルニア内へ嵌入したと診断し,ヘルニア門を触診で確認した後,慎重に用手圧迫を行いヘルニア内容を腹腔内へ還納した.助手にヘルニア門の用手圧迫を継続してもらうことによりスコープの抵抗は消失し,安全に全大腸を観察することができた.大腸内視鏡検査による偶発症は認めなかった.内視鏡観察でS状結腸に径5mmのポリープを認め(Figure 3),生検を施行した.生検結果は高度異型腺腫であった.4日後に整形外科の手術予定であったため,整形外科担当医と相談して後日切除予定とした.右大腿骨頸部骨折に対して右大腿骨人工骨頭置換術施行後,S状結腸ポリープ切除目的に再度大腸内視鏡検査を施行した.スコープは先端外径11.7mmのPCF-H290(オリンパス社)を再度使用した.送気はCO2を使用した.患者の症状変化を早期に認識するため,鎮痛剤と鎮静剤は使用しなかった.今回は検査開始時より臍部のヘルニア門を助手に用手圧迫してもらうことで,安全に全大腸観察を行うことができた.また抜去時にS状結腸ポリープに対してcold snare polypectomyを施行した.検査終了後腹痛が出現したため,同日腹部単純CT検査施行した.横行結腸をヘルニア内容とする臍ヘルニアを認めたが腸管穿孔を示唆する所見は認めず,腹痛も自然軽快した(Figure 4).切除ポリープの病理組織学的検査結果は軽度異型腺腫であった.

Figure 1 

大腸内視鏡検査所見.

横行結腸に腸管のねじれを伴う拡張不良部位を認める.

Figure 2 

腹部写真.

臍部を中心に腫脹を認め,内部にスコープのライトが透見された.

Figure 3 

大腸内視鏡検査所見.

S状結腸に径5mmのポリープを認める.

Figure 4 

腹部CT検査所見.

横行結腸をヘルニア内容とする臍ヘルニアを認める.腹腔内遊離ガス像は認めない.

Ⅲ 考  察

大腸内視鏡検査で,腹部のヘルニアにスコープが陥入した症例の報告はまれである.また,報告されている症例の大半が,鼠径ヘルニアに嵌入して挿入困難となった症例の報告である 1)~6.臍ヘルニアにスコープが陥入し挿入困難であった症例について,医学中央雑誌及びPubMedで「大腸内視鏡」「臍ヘルニア」「陥頓/嵌入」「Colonoscopy」「Umbilical Hernia」「incarceration/impaction」をkeywordに1990年から2020年までの期間で検索し得た報告は無かった.

成人の臍ヘルニアは比較的まれな疾患で,一度閉鎖した臍輪が腹腔内圧の上昇により,後天的に瘢痕組織伸展されることで脆弱化して,再拡大することで発症するとされる 7.そのため,慢性的に腹圧上昇を伴う肥満・多産の中年女性や,腹膜透析・肝硬変の患者に発症頻度が高いとされているが 7,自験例では該当する項目は無かった.また,腹部のヘルニアの中では緊急手術を必要とする割合が最も高いとする報告もある 8.そのため,陥頓を含む偶発症発症リスクが高いことから,全例が手術適応とされている 9),10.自験例では,ポリープの性状から切除の緊急性は低いが,生検結果が高異型度腺腫であったため,ポリープの切除は必要と考えた.臍ヘルニア根治術後のポリープ切除を患者に薦めたが,臍ヘルニアの経過観察を強く希望した.そのため,大腸内視鏡検査の偶発症としてヘルニア陥頓や,腸管穿孔のリスクを十分に説明した.また大腸内視鏡検査中にスコープ操作で違和感を感じた場合には,検査を中止する旨理解してもらい,ポリープ切除を先行した.

鼠径ヘルニアにスコープが嵌入した報告例において,検査時に施行医が鼠径ヘルニアの既往を把握していたのは31.6%と報告されている 1.鼠径ヘルニアよりもまれな臍ヘルニアに関しては検査前に既往を把握するのはさらに困難と考えられる.自験例においても検査前に腹部ヘルニアの問診は行われていなかった.また検査前の腹部診察では,患者自身に自覚症状が無く,触診では臍ヘルニアの可能性を考えた,臍部の詳細な診察は行われていなかったため,臍ヘルニアの既往に関して把握されていなかった.検査前に臍ヘルニアの既往を把握していれば,スコープの臍ヘルニアへの嵌入を避けられた可能性がある.そればかりか,検査前には患者自身に自覚症状が無かったことからも,臍ヘルニアのヘルニア門は非常に狭かったと考えられる.そのため,大腸内視鏡検査中の横行結腸嵌入や用手圧迫によって,ヘルニア門を拡張させてしまった可能性もあり,反省すべき点である.一般的な大腸内視鏡検査前の問診では腹部のヘルニアを確認することは少ないと考えられる.しかし,鼠径ヘルニアにスコープが陥頓した症例では,緊急手術となった症例も多数報告されており 2),4),5,安全に大腸内視鏡検査を行うためにも,検査前の問診で腹部のヘルニアの有無に関する情報は重要である.また高齢者ではヘルニアを自覚していないこともあり,積極的に検査前の腹部診察を行うことが望ましいと考える.

自験例の再検査時のように,臍ヘルニアの既往を把握している場合には,検査前に腹部CT検査を行うことでヘルニア門の位置や形状を確認することが可能である.また,患者に怒責してもらい撮影することで,ヘルニア内容を確認できる可能性がある.検査前にヘルニア門の位置や形状,ヘルニア内容を確認して,嵌入が予想される腸管の部位や状態を把握することで,検査中に腸管が嵌入した場合にも冷静に対応できるため,安全に検査を施行するうえで有用であると考えられる.また,事前に得た情報をもとに,検査開始前にヘルニア門を同定して効率的に用手圧迫することで,ヘルニア内容の脱出を予防でき,通常通りに全大腸内視鏡検査が可能となる場合もある.しかし,鼠径ヘルニアの症例でも,ヘルニア門を用手圧迫することで,全大腸内視鏡検査が可能となる症例は多くないように 1,臍ヘルニアにおいても安全に全大腸内視鏡検査が可能な症例は多くはないと考えられる.そのため決して無理をせず,通常のスコープ操作と違和感を感じた時点で,検査を中断することが重要である.

臍ヘルニアに嵌入する大腸の部位としては,解剖学的に後腹膜と固定が乏しい,横行結腸とS状結腸の可能性が高いと考えられる.特に横行結腸はヘルニア門の位置から近いので,頻度が高いと予想される.臍ヘルニア陥頓の検討では,陥頓臓器の10%を横行結腸が占め,小腸についで高い頻度であったと報告されている 11.自験例においても嵌入した部位は横行結腸であった.

鼠径ヘルニアの症例においては,スコープが嵌入するのは大腸内視鏡検査の挿入時が多いとされている 2.自験例では挿入中に腸管のねじれを伴う拡張不良部位を認め,同部位を通過した後にスコープが固定されて,臍ヘルニアに嵌入した.ヘルニアに腸管が嵌入した状態での内視鏡画像に遭遇する機会は少ないが,以前に腸間膜裂孔ヘルニアにS状結腸が陥頓した症例の内視鏡画像の報告がある 12.内視鏡画像では,自験例同様にねじれを伴う狭窄部位を認めている.自験例においては陥頓には至らなかったが,ヘルニア門が送気により拡張した横行結腸の腸管径と比較して狭く,そして容易には拡張しないため,特徴的な内視鏡画像になったと考えられる.ねじれを伴う拡張不良部位をスコープが通過する前に,送気によりヘルニア門から脱出した横行結腸は臍部で既に膨隆していたであろうし,スコープの先端は既にヘルニア内に存在していたと考えられる.このことからも通常のスコープ挿入操作と異なる感覚が生じた時点で,腹部の診察を行っていれば嵌入は回避できたと考えられた.

大腸内視鏡検査中に違和感を感じたり,スコープが固定された場合にはスコープの挿入を一旦中止して,腹部の診察をすることは重要である.その際に術者はスコープのヘルニアへの嵌入があり得ることや,その際の所見を認識して診察することは診断に有用である.ヘルニアへのスコープの嵌入の場合には,ヘルニアの膨隆や,膨隆内にスコープのライトが透見される所見が認められることがある 13.その際には,自験例のようにヘルニア門を慎重に触知しながら圧迫することで,嵌入を解除できる可能性もある.しかし,強い抵抗を感じる場合や強い痛みを伴う場合には,スコープがループを形成して嵌入している場合もあり,透視下にスコープの走行を確認して解除を試みることが望ましいと考える.それでも抜去困難な場合には,腸管穿孔を含め重篤な偶発症の発症が予想されるため 14),15,決して無理に抜去せず,外科的なスコープの解除(抜去)を検討することも重要である.

Ⅳ 結  語

今回,われわれは大腸内視鏡検査中にスコープが臍ヘルニアに嵌入して挿入困難であった極めてまれな症例を経験したので報告した.

大腸内視鏡検査では,腹部のヘルニアへのスコープの嵌入が起こり得ることを認識すべきである.そのため検査前に腹部のヘルニアの病歴聴取が必要である.そして臍ヘルニアと診断された場合には,大腸内視鏡検査開始時からヘルニア門を用手圧迫することが有効な場合もある.また,挿入中に違和感を感じた場合には,検査を中断して腹部の診察を行うことが重大な偶発症の発生予防に重要である.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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