日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
骨髄移植から18年後に発症した食道癌を早期発見し,内視鏡的に治療し得た1例
佐々木 悠貴上野 真行 下立 雄一松枝 和宏山本 博水野 元夫
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2022 年 64 巻 7 号 p. 1332-1338

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要旨

症例は42歳女性.1999年に急性白血病と診断し,寛解導入療法後に骨髄移植を施行した.移植後に移植片対宿主病を発症したが,白血病の再燃なく経過した.2018年に上部消化管内視鏡検査を実施したところ,胸部上部食道に食道癌を認めた.粘膜内癌と診断し,内視鏡的粘膜下層剝離術により治癒切除を得た.本症例は飲酒歴や喫煙歴のない中年女性で,白血病に対する骨髄移植が食道癌発症の主原因と考えられた.骨髄移植前の全身放射線照射や移植後の慢性移植片対宿主病は二次性発癌のリスク因子であり,中でも食道癌のリスクが高いことが知られている.骨髄移植後は,飲酒歴や喫煙歴がなくても定期的な内視鏡検査の必要性を認識すべきである.

Abstract

A 24-year-old woman with acute lymphoblastic leukemia underwent bone marrow transplantation after myeloablative conditioning with chemotherapy and total body irradiation. After transplantation, she developed graft-versus-host disease, which was treated with immunosuppressive therapy. Eighteen years later, she developed appetite loss and was referred to our hospital. Esophagogastroduodenoscopy screening revealed early esophageal squamous cell carcinoma in the upper thoracic esophagus, which was successfully treated with endoscopic submucosal dissection. Thereafter, she has been free from recurrence for 2 years. The patient had no common risk factors for esophageal cancer, such as male sex, drinking, or smoking. Thus, bone marrow transplantation was considered the main cause of esophageal cancer. Esophageal cancer is one of the most common solid tumors that develop after bone marrow transplantation. Furthermore, total body irradiation and chronic graft-versus-host disease are known risk factors for the development of esophageal cancer. For early detection of secondary esophageal cancer, endoscopic screening should be performed after bone marrow transplantation.

Ⅰ 緒  言

近年,骨髄移植を要する血液疾患の予後は改善傾向にあり 1,移植後の晩期合併症の管理が以前より重要視されている 2.二次性固形腫瘍(secondary solid tumor:SST)は造血幹細胞移植後の主要な晩期合併症の1つであり 3,食道癌は最も発症頻度が高いSSTの1つである 2)~5.これまでの報告では,造血幹細胞移植後に発症した食道癌の大半は進行期に診断されており,長期生存例は少ない 6)~20.今回われわれは,骨髄移植後に発症した食道癌を早期に発見し, 内視鏡的粘膜下層剝離術で治療し得た症例を経験したので,文献的考察を加えて報告する.

Ⅱ 症  例

症例:42歳,女性.

主訴:食思不振.

現病歴:1999年(24歳)に急性リンパ球性白血病と診断された.他院でJALSG ALL 97 プロトコール 21による寛解導入療法を実施されたが寛解に至らず,高用量シタラビン療法で完全寛解を達成した.2000年に骨髄移植目的に当院に紹介され,前処置として全身放射線照射12Gyと全身化学療法(シタラビン+シクロフォスファミド療法)を実施後に非血縁者間同種骨髄移植を行った.移植後に急性および慢性移植片対宿主病(graft-versus-host disease:GVHD)を発症し,シクロスポリン,プレドニゾロンによる免疫抑制療法を約1年間必要としたが,白血病の再発なく経過した.2018年8月に食思不振を認め,上部消化管内視鏡検査を実施した.

既往歴:続発性無月経症.

生活歴:飲酒歴なし.喫煙歴なし,家族や同僚にも喫煙者なし.熱いものの摂取は好まず,野菜や果物の摂取不足なし.

身体所見:身長153.0cm.体重40.0kg.特記すべき異常所見なし.

血液検査所見:特記すべき異常所見なし.SCC 1.3ng/mL.CEA 2.7ng/mL.

上部消化管内視鏡所見(Figure 1):胸部上部食道,切歯から25~28cmの右側壁に30mm大,半周性の淡い発赤調の0-Ⅱc病変を認め,部分的な角化を伴っていた.狭帯域光観察(narrow band imaging:NBI)ではbrownish areaとして描出された.拡大観察ではループ形成を有する異常血管を認め,食道学会分類type B1血管と考えられた.ルゴール染色では境界明瞭な不染域を呈し,pink color signは陽性で,病変全体で畳目サインが確認された.生検で扁平上皮癌と診断した.背景にまだら食道は認めなかった.

Figure 1 

診断時の内視鏡画像.

a:胸部上部食道の右側壁に淡い発赤と部分的な角化を認める.

b:狭帯域光観察ではbrownish areaとして描出された.

c:狭帯域光観察の拡大像では,食道学会分類type B1血管を認めた.

d:ルゴール染色では境界明瞭な不染域を示し,pink color signが陽性であった(矢頭).

胸腹部造影CT検査:原発巣を同定できず.リンパ節転移や遠隔転移を疑う所見なし.

治療経過:以上から深達度EP/LPMの表在型食道癌と診断し,内視鏡的粘膜下層剝離術を施行した.病理学的には,食道重層扁平上皮の基底側から表層部近傍にかけて,核の濃染腫大や細胞配列の乱れを認め,高分化扁平上皮癌(深達度EP)と診断した.従来報告されている食道扁平上皮癌の病理学的特徴と異なる点はなかった.断端や脈管侵襲は陰性であり,治癒切除と判断した(Figure 2).現在,治療から2年3カ月が経過したが,明らかな再発なく外来通院中である.

Figure 2 

切除標本.

a:ルゴール染色.画面右上が口側.病変は地図状の不染域として認識される.

b:病変のマッピング図.画面右上が口側.病理学的に癌を認めた位置を赤線で示している.腫瘍径は17×29mm,深達度はEPで,水平断端および垂直断端は陰性であった.

Ⅲ 考  察

今回われわれは骨髄移植の18年後に発症した表在型食道癌の症例を経験した.喫煙歴や飲酒歴といった一般的な食道癌のリスク因子 22を有しておらず,骨髄移植が食道癌発症の主な原因と考えられた.

本邦や欧州で実施された大規模観察研究によると,造血幹細胞移植後の固形癌発症リスクは一般人口より2~4倍高く 3)~5,累積発症率は10年間で1.0~4.2%,20年間で3.3%と報告されている 2)~5),23.造血幹細胞移植後の二次性発癌には複数の要因が関与しており,全身放射線照射や長期間の免疫抑制薬の使用,慢性GVHDの発症はそれぞれ独立した発癌リスク因子として報告されている 23),24.全身放射線照射は,照射線量が10Gy(分割照射の場合は13Gy)を超えると特に発癌リスクが増加する 23.SSTの内訳としては口腔癌や皮膚癌,食道癌など扁平上皮領域の癌が多く,扁平上皮において放射線感受性が高いことや,GVHDが発生しやすいことがその理由として考えられている 2)~5.中でも食道癌の発症リスクは一般人口の8.5~22.3倍と高く 2)~5,国内で行われた多施設共同研究によると,10年以上追跡できた7,218例中11例(0.15%)に食道癌を認め,全SSTに占める食道癌の割合は15.2%であった 24.SSTは移植後早期に発症するとは限らず,本症例のように移植から長期間経過してから発症する例も存在する 5.SSTの診断は遅れる傾向にあり,SST発症者の5年生存率は50%以下と報告されている 2.SSTの早期診断のために,有効なスクリーニング体制を確立することが求められる.

今回,PubMedおよび医学中央雑誌で「骨髄移植(bone marrow transplantation)」または「造血幹細胞移植(hematopoietic stem cell transplantation)」と「二次性固形腫瘍(secondary solid tumor)」または「食道癌(esophageal cancer)」をキーワードとして検索した結果,骨髄移植後に食道癌を発症した症例は1980年1月~2021年1月の間に46例報告されていた(1編のケースシリーズを含む) 6)~20.これら46症例62病変について,患者背景をTable 1に,食道癌の臨床的特徴をTable 2にまとめた.食道癌診断時の年齢は50~60歳代が多く,やや女性に多く(65.2%),骨髄移植から食道癌診断までの期間は6~10年が多かった.既報では,前処置としての全身放射線照射や慢性GVHDの発症,免疫抑制剤の長期使用,造血幹細胞移植時の年齢がSSTのリスク因子として報告されているが 2)~5),23),25,今回の検討でも全身放射線照射歴が25例(54.3%),慢性GVHDの発症が37例(80.4%),免疫抑制薬の使用が15例(32.6%)で確認された.大半の症例報告では飲酒歴や喫煙歴に関する記載がなかったが,Nomuraらのケースシリーズでは,喫煙歴,飲酒歴はそれぞれ73.3%,60%の患者に認められた 6.これらのリスク因子を有する症例では,特に造血幹細胞移植後の二次性食道癌に注意が必要である.

Table 1 

造血幹細胞移植後の二次性食道癌(既報のまとめ):患者背景.

Table 2 

造血幹細胞移植後の二次性食道癌(既報のまとめ):食道癌の臨床的特徴.

骨髄移植後の食道癌の内視鏡的特徴としては,まだら食道を伴うことが多く,背景に頸部~胸部上部食道に好発することが報告されている 6.今回の症例は,背景にまだら食道を認めなかったが,胸部上部食道に癌が発生した点はこの特徴に合致している.病理学的な特徴に関して詳細に検討した報告はなく,通常の食道癌との差異は明らかではない.

本症例は食思不振の訴えがあり,偶発的に早期食道癌を診断できたが,多くの食道癌は早期癌の段階では無症状である.そのため,定期的な内視鏡スクリーニングを行わない限り,二次性食道癌を早期に診断することは困難と思われる.実際,2020年までに発表された症例報告ではいずれも進行期に診断されていた 8)~20.一方,2021年に報告されたケースシリーズでは大部分の症例が早期癌の段階で診断されており 6,注目に値する.この報告では中央値で移植から4.8年後に上部内視鏡検査が実施されており,無症候患者に対しても内視鏡スクリーニングを行ったことが二次性食道癌の早期診断に寄与したと考えられる.二次性発癌のリスクが移植後経過年数とともに増加することを考慮すると 26,移植から5年以内に初回の上部消化管内視鏡検査を行い,その後も毎年あるいは数年ごとの定期的なサーベイランスを継続する必要があると考える.一般的な食道癌と同様,ルゴール染色やNBI観察が早期診断に有用であろう 27.今後,具体的なスクリーニング指針を構築するために,より多くの症例を集積することが望まれる.

Ⅳ 結  語

骨髄移植はそれ単独で食道癌の発症要因となり得る.移植後の二次性食道癌を早期に診断するためには,無症状であっても定期的な上部消化管内視鏡検査を検討すべきである.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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