日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
家族歴を有しない遺伝性びまん性胃癌の1例
柿本 忠俊三浦 修竹尾 幸子岡﨑 幸紀藤原 純子藤原 崇家守 雅大佐久間 努西川 潤
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2022 年 64 巻 7 号 p. 1339-1345

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要旨

症例は28歳,女性.心窩部痛精査の上部消化管内視鏡検査で,背景胃粘膜はHelicobacter pylori(H. pylori)未感染であったが,体下部から前庭部に多発する平坦な褪色調領域を認め,生検結果は印環細胞癌であった.明らかな家族歴はないものの遺伝性びまん性胃癌の孤発例を疑い,腹腔鏡下胃全摘術を施行した.術後病理結果では,計22カ所の粘膜内にとどまる印環細胞癌を認めた.遺伝学的検査でCDH1遺伝子の変異を認め,遺伝性びまん性胃癌と確定診断した.若年者のH. pylori未感染胃に褪色調領域を認めた場合は,遺伝性びまん性胃癌の可能性を念頭に置き多発性病変を見逃さないことが重要と考えられた.

Abstract

A 28-year-old woman presented to our department with a chief complaint of epigastric pain. Upper gastrointestinal endoscopy revealed multiple flat discolored areas in the posterior wall of the lesser curvature of the gastric angle, lesser curvature of the gastric antrum, and greater curvature of the lower body of the stomach. Pathological evaluation of the tissue biopsy sample suggested signet ring cell carcinoma. No evidence of Helicobacter pylori infection was observed in the background gastric mucosa. Based on the patientʼs age at the time of diagnosis and presence of multiple lesions, a probable diagnosis of hereditary diffuse gastric cancer was established; this was likely to be an isolated incident as the patient had no family history of this disorder. Accordingly, laparoscopic total gastrectomy was performed. Postsurgical pathological examination revealed 22 synchronous multiple intramucosal lesions, all of which had signet ring cell morphology. Genetic testing revealed a mutation in the gene encoding E-cadherin (CDH1), which led to the definitive diagnosis of hereditary diffuse gastric cancer. If a flat discolored area is found in the stomach of a young person not infected by H. pylori, it is important not to overlook multiple lesions and consider the possibility of hereditary diffuse gastric cancer.

Ⅰ 緒  言

近年本邦におけるHelicobacter pylori(H. pylori)感染率の低下に伴い,H. pylori未感染胃癌が注目されている.H. pylori未感染胃癌の多くは未分化型胃癌だが10mm以下の粘膜内癌が多数を占め,これらは「胃癌に対するESD/EMRガイドライン(第2版)」 1における内視鏡的粘膜下層剝離術(ESD)の絶対適応病変である.一方,若年者において多発性病変を認めた場合は遺伝性びまん性胃癌(hereditary diffuse gastric cancer:HDGC)を疑い,治療法を変更する必要がある.今回われわれは明らかな家族歴を有しないものの内視鏡所見からHDGCを疑い,遺伝学的検査でHDGCと確定診断した1例を経験したので報告する.

Ⅱ 症  例

患者:28歳,女性.

主訴:心窩部痛.

既往歴:特記事項なし.

生活歴:飲酒歴-機会飲酒,喫煙歴-なし.

家族歴:父-高血圧症の指摘あり.母-全身性強皮症の既往歴あり.

両親は企業健診で上部消化管内視鏡検査を2年に1度,便潜血検査を1年に1度,また母は乳腺超音波検査を2年に1度行っているが現在まで明らかな悪性腫瘍の指摘なし.

妹-白斑症の指摘あり.若年のため,現在まで健診歴はないが,かかりつけ医の定期検査では明らかな異常所見の指摘なし.

現病歴:1カ月前からの間欠的な心窩部痛を主訴に2019年3月に当院を受診し,上部消化管内視鏡検査で前庭部小彎後壁寄りに15mm大の平坦な褪色調領域を認めた.生検病理組織検査で印環細胞癌を認めたが,深達度は粘膜内癌と考えられたため,ESD施行目的で当院消化器内科へ入院となった.

入院時現症:身長163.5cm,体重58.8kg,体温36.4℃,貧血・黄疸なし.胸部・腹部に明らかな異常所見なし.

血液生化学的検査所見:明らかな異常所見なし.抗H. pylori-IgG抗体 0.7U/ml,尿素呼気試験 0.4‰であった(Table 1).

Table 1 

Laboratory data.

上部消化管内視鏡所見(初回):背景胃粘膜に萎縮なく,胃角から胃体部全域にregular arrangement of collecting venules(RAC)を認めた(Figure 1-a).迅速ウレアーゼ試験は陰性であった.前庭部小彎後壁寄りに平坦な15mm大の比較的境界明瞭で不整形の褪色調領域を認めた(Figure 1-b).Narrow band imaging(NBI)観察(非拡大)では色調変化が明瞭となり,病変部はやや粗造な表面構造を伴っていた(Figure 1-c).インジゴカルミン色素撒布では病変が不明瞭化し,明らかな隆起・陥凹は伴わなかった(Figure 1-d).褪色調領域から生検を行い,病理組織検査で印環細胞癌を認めた.

Figure 1 

初回上部消化管内視鏡写真.

a:胃角から胃体部全域にRACを認めた.

b:前庭部小彎後壁寄りに平坦な15mm大の境界明瞭で不整な褪色調領域を認めた.

c:NBI観察で色調変化はより明瞭となり,病変部にやや粗造な粘膜を認めた.

d:インジゴカルミン色素撒布では病変が不明瞭化した.

血性抗H. pylori-IgG抗体,尿素呼気試験,迅速ウレアーゼ試験すべて陰性,および上部消化管内視鏡検査の背景胃粘膜の所見からH. pylori未感染胃癌と診断した.深達度は粘膜内癌と考えられ,「胃癌に対するESD/EMRガイドライン(第2版)」 1におけるESDの絶対適応病変と診断した.

上部消化管内視鏡所見(2回目,Figure 2):前回生検を行った前庭部小彎後壁寄りの病変以外にも,体中部から前庭部に散在性に多発する5~15mm大の比較的境界明瞭な褪色調の0-Ⅱb病変を少なくとも10カ所以上認めた.代表的に前回とは異なる体部大彎および体部後壁の3病変から生検を行い,いずれの病変からも印環細胞癌が検出された.

Figure 2 

二回目の上部消化管内視鏡写真.

体中部から前庭部に多発する5~15mm大の境界明瞭な褪色調の0-Ⅱb病変を認めた.

下部消化管内視鏡所見:特記すべき異常所見なし.

胸腹部造影CT所見:明らかな所属リンパ節の腫大や遠隔転移を示唆する所見なし.また,乳腺にも明らかな結節像,高吸収像を認めなかった.

内視鏡所見,病理組織検査所見に加えて,若年発症,同時多発性病変であることから,家族歴はないもののHDGCが疑われたため,腹腔鏡下胃全摘術を施行した.

切除標本の肉眼的所見(Figure 3):前庭部から体下部にかけて多発する5mmから15mm大の平坦な褪色調病変を認めた.いずれも境界は明瞭であり,明らかな隆起・陥凹は伴わなかった.幽門部および体上部には病変を認めなかった.

Figure 3 

摘出標本.

前庭部から体中部に散在性に多発する境界明瞭な褪色調0-Ⅱb病変を認めた.

病理組織学的検査所見:背景胃粘膜には明らかな特記すべき異常所見はなく,H. pylori感染も認めなかった.病変は胃体中部から前庭部にかけて計22カ所あり,すべての病変で粘膜内に限局する印環細胞癌を認めた(Figure 4-a,b).

Figure 4 

病理組織像および免疫染色像.

a,b:粘膜内に限局する印環細胞癌を認めた.すべての病変で粘膜筋板以深への浸潤は認めなかった(a:HE染色×10,b:HE染色×100).

c:E-cadherin免疫染色.E-cadherinは癌細胞では発現が消失しているが,非癌細胞では消失・減弱を認めなかった(E-cadherin免疫染色×40).

E-cadherin免疫染色では病巣部のE-cadherinの発現が著明に減弱していた(Figure 4-c).

術後病理診断は胃癌取扱い規約第15版 2でmultifocal signet-ring cell carcinoma,M,type0-Ⅱb,pT1a(M),Ly0,V0,pN0,pM0,pStageⅠaであった.

遺伝学的検査:CDH1遺伝子の変異を認めたためHDGCと確定診断した.

Ⅲ 考  察

本邦における若年者を中心としたH. pylori感染率の低下に伴い,H. pylori未感染胃に発生する胃癌が相対的に増加傾向にある 3H. pylori未感染胃癌の原因として,自己免疫性胃炎 4,Epstein-Barr virus(EBV)感染 5等の報告に加えて,遺伝子異常もその一つとされる.特にE-cadherinをコードするCDH1遺伝子の変異により発生するHDGCは,これまでH. pylori感染が少ない欧米で比較的頻度が高いとされてきたが,本邦でも2011年にYamadaら 6により初のHDGCが報告されて以来,徐々に報告は増えつつある.

Pharoahら 7CDH1遺伝子変異を伴う11家系に発症したHDGC 80例を分析し,平均発症年齢は40歳(14-85歳)と報告している.さらに,80歳までの累積罹患リスクは男性67%,女性83%であり,特に女性の40歳までの累積罹患リスクは21%であった.また,早期で発見されたHDGCの5年生存率は90%以上とされる一方で,進行すれば通常の未分化型胃癌と同様予後不良とされる 8.本邦でも有症状の進行癌として発見された若年女性の報告例 9もあり,若年者に発症する胃癌として注意が必要である.加えてCDH1遺伝子変異保有者では胃以外の発癌リスクも指摘されている.特に女性の乳腺小葉癌の80歳までの発生リスクは39-52%とされ,平均53歳で発症することから,35歳からの月1回の自己検診に加え,年1回のマンモグラフィおよびMRI,月2回の診察が推奨されている 10),11.また,大腸印環細胞癌の合併も報告されており,40歳代からの下部消化管内視鏡検査によるスクリーニングを行うべきとの意見もある 12.このように,多臓器に渡って発癌リスクのあるCDH1遺伝子変異を早期にとらえるために,家族歴の聴取や拾い上げ基準を意識しながら内視鏡検査によるHDGCの早期発見を目指すことが重要である.

HDGCの内視鏡所見は他のH. pylori未感染未分化型胃癌と同様に,正常胃粘膜を背景に持つ10 mm前後の境界明瞭な褪色調を示す0-Ⅱbもしくは0-Ⅱc病変であるが,これらが多発する点が特徴である.H. pylori未感染未分化型胃癌の場合,多くは単発の粘膜内癌でありUL0と判断されるため,20mm以内であれば「胃癌に対するESD/EMRガイドライン(第2版)」 1におけるESDの絶対適応病変として治療される.一方,多発病変を認め,The International Gastric Cancer Linkage Consortium(IGCLC)のコンセンサスガイドライン(2015年版) 13における以下のいずれかを満たした場合は,HDGCを疑いCDH1遺伝学的検査および予防的胃全摘術が推奨される.

ⅰ.第一近親者もしくは第二近親者の中で年齢に関わらず2人以上の胃癌家族歴を有する場合.ただし,そのうち少なくとも1人は組織学的にびまん性胃癌と診断されていること.

ⅱ.40歳以前に診断されたびまん性胃癌患者で,家系内で孤発例の場合.

ⅲ.第一近親者もしくは第二近親者の中でびまん性胃癌と乳腺小葉癌の両疾患の既往歴あるいは家族歴を有し,そのうち一方の疾患を50歳以前に診断された場合.

本症例も当初は単発と判断しESDを予定していたが,2回目の内視鏡検査で多発病変に気づいた.家族歴は有しないものの28歳と若年であったため,HDGCを疑い治療法を変更した.特にNBI内視鏡観察では,非拡大で病変部の褪色調変化がより明瞭になるため,多発する微小病変の拾い上げに有効であること 14,逆にインジゴカルミン色素撒布ではかえって境界が不明瞭になるため,通常光観察における色調変化を見逃さないこと 15といったH. pylori未感染未分化型胃癌の内視鏡的特徴がHDGCの多発病変の検索にも有用であったと考えられる.

HDGCは常染色体優性遺伝形式をとるため,一般的にはCDH1遺伝子変異を持つ片親と正常の片親からそれぞれの対立遺伝子を受け継ぐことになる.このうち,正常の対立遺伝子が体細胞内で不活化されE-cadherinの機能が失活されることで,細胞質内に遊離したβ-カテニンが核内に移行し細胞増殖に関わる遺伝子の転写が活性化する.これにより,胃腺頸部の上皮下で印環細胞の蜂巣が発生・増殖し,HDGCを発症するとされる.一方,IGCLCコンセンサスガイドラインのⅱに相当する孤発例では遺伝子変異を持たない親から自然発生の新生突然変異が生じることで罹患した可能性があるが,これまでわずかに1例の報告 16があるのみである.本症例が本当に孤発例か否かは両親のCDH1遺伝子変異の有無の確認が必要となるが,いずれにせよ今後は発端者となるため50%の確率で子孫に受け継がれていくことになる.特に本症例のような若年女性においてはその医学的影響のみならず心理的影響も大きく,また今後の子孫に対してもCDH1遺伝子変異の検索が必要となってくることを鑑みると,患者および家族への遺伝カウンセリングは非常に重要である.しかし,患者のみならずその血縁者も含めた支援を要する遺伝性腫瘍に対する遺伝カウンセリングは本邦ではまだ十分に体制が整っているとは言い難い.本症例でも術前のCDH1遺伝子変異の検索を勧めるも了承を得られず,内視鏡所見からHDGCが強く疑われたため予防的胃全摘術を先行した.その後,術後病理所見からもHDGCが最も考えられたため,広島大学遺伝子診療科にて遺伝カウンセリングが施行された後に遺伝子検査を行い,確定診断に至った.本来ならば術前にCDH1遺伝子変異陽性を確認し,確定診断を得ることが望ましい.しかし,臨床的にHDGCを疑う家系でもCDH1遺伝子陽性となる割合は30-50%にとどまる 17ことを鑑みると,HDGCの診断における内視鏡検査の役割は非常に大きいと考えられた.

Ⅳ 結  語

明らかな家族歴を有しないHDGCの1例を経験した.若年者のH. pylori未感染胃に褪色調領域を認めた場合は,明らかな家族歴を有しない場合でも,HDGCの可能性を念頭に置き多発病変を見逃さないことが重要と考えられた.

謝 辞

本稿記載の際にご助言をいただいた,九州大学病院病理診断科の野崎優衣先生に深謝致します.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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