2022 年 64 巻 8 号 p. 1475-1481
62歳女性.2度の糞便性イレウスの既往があった.左側腹部痛・嘔吐を主訴に救急搬送され,腹部X線検査にてニボー像,腹部CT検査にて下行結腸に便塊を認め,口側の便貯留・著明な腸管拡張を認めた.大腸内視鏡検査にて下行結腸に糞石を認め糞便性イレウスと診断した.透視下内視鏡検査における消化管造影にて下行結腸巨大憩室と診断し,腹腔鏡下結腸切除術を施行した.病理組織検査では憩室壁に線維性肥厚を伴う筋層を認め真性憩室と診断した.本症例は過去2度の大腸内視鏡検査で診断に至らなかったが,消化管造影検査を併用することにより巨大憩室を診断し得た.糞便性イレウスを繰り返す場合は巨大結腸憩室の存在を念頭におく必要がある.
A 62-year-old woman was hospitalized twice previously for fecal ileus, which improved using conservative treatment. She was transferred to our hospital as an emergency for evaluation of left abdominal pain. Abdominal radiography revealed a niveau image, and abdominal computed tomography showed a fecal mass in the descending colon, with significant fecal retention and expansion on the oral side. Colonoscopy showed fecaliths in the descending colon without any tumorous changes and stenosis. We observed fecal discharge after fecalith removal; therefore, the patient was diagnosed with fecal ileus. Gastrointestinal contrast-enhanced imaging performed on the 8th day after admission revealed a giant colonic diverticulum, and the patient underwent laparoscopic descending colectomy. Histopathological examination of the resected specimen revealed fibrous thickening of the muscular layer of the diverticulum wall, suggestive of a true diverticulum. The possibility of a giant colonic diverticulum should be considered in patients with recurrent fecal ileus.
結腸憩室症は生活様式の欧米化や高齢化に伴い,本邦でも増加傾向にあるが,巨大結腸憩室はまれな疾患であり,なかでも真性憩室は非常にまれである.今回透視下内視鏡検査時に行った結腸造影にて巨大憩室と診断し得た下行結腸真性憩室の1例を経験したため報告する.
患者:62歳 女性.
主訴:左側腹部痛,嘔吐.
既往歴:帝王切開,急性虫垂炎(15歳時に手術),腸閉塞(60・62歳時).
生活歴:機会飲酒,喫煙なし.
現病歴:糞便性イレウスで過去に2度入院したが保存的加療にて軽快した.20XX年X月X日に左側腹部痛と嘔吐を主訴に救急搬送され,精査加療目的に入院となった.
入院時現症:身長160.5cm,体重71.60kg.血圧139/82mmHg,脈拍64回/分,体温36.3℃,眼瞼結膜に貧血なく,眼球結膜に黄染なし.心雑音なし.呼吸音は清.腹部は平坦,軟.左側腹部に自発痛と圧痛あり.反跳痛や筋性防御なし.
臨床検査成績(Table 1):WBC 13,800/μl,好中球分画 90.5%,CRP 0.27mg/dLと炎症反応の上昇を認めた.また頻回の嘔吐による代謝性アルカローシスを認めた.
臨床検査成績.
腹部X線検査:ニボー像を認め,下行結腸に著明な便貯留を認めた.
腹部CT検査(Figure 1):下行結腸に便塊と拡張像が目立ち,口側の結腸では拡張像や液貯留を伴っており,糞便性イレウスが疑われた.
来院時腹部単純CT検査.
下行結腸に便塊と拡張像が目立ち(赤矢印),口側の結腸では拡張像や液貯留を伴っており,糞便性イレウスが疑われた.
入院後経過:腹部CT検査にて糞便性イレウスが疑われたため緊急大腸内視鏡検査を施行した.大腸内視鏡検査では,脾彎曲に大きな糞石を認め,同部位より口側に多量の便貯留が確認できた(Figure 2).粘膜面に腫瘍性変化や,明らかな狭窄を認めなかった.糞石を五脚型把持鉗子を用いて崩しながら洗浄・除去すると大腸粘膜には糞石の圧排による影響と思われる潰瘍を認めた.糞石除去後に口側から便汁が肛門側に多量に流れ込むことを確認し検査終了した.第2病日には排便・排ガスを認め,腹部症状は改善を認めた.腹部X線検査上も腸管ガス貯留は改善した.第8病日に透視下での大腸内視鏡検査にて腸管造影を行い,腸管の形態異常について評価を行った.下行結腸に便塊の貯留する空洞形成を認め,腸管の走行に対し外側へ突出する様に造影され,巨大結腸憩室が疑われた(Figure 3).第4病日より経口摂取を開始し,症状の再燃なく経過良好であったため,第15病日に退院となった.糞石が充満した憩室により真腔が圧排されてイレウスを繰り返し発症していたと考えられたため手術適応と考え,2カ月後に腹腔鏡下下行結腸切除術を行った.
来院時大腸内視鏡検査.
a:脾彎曲に糞石を認めるも,腫瘍性変化や明らかな狭窄を認めなかった.
b:同部位に糞石圧排による潰瘍を認めた.
内視鏡下消化管造影検査(第8病日).
下行結腸に便塊の貯留する空洞を形成しており,腸管の走行に対し外側に突出する様に造影された(赤矢頭).
手術所見:下行結腸に腫瘍様隆起を認め,指摘されている巨大結腸憩室と考えられた.憩室周囲は癒着を認めた.
切除標本肉眼所見:最大径9cmの腫瘍様隆起を認めた.憩室内に嵌頓している糞石により,内腔が拡張している状態であった(Figure 4).
切除標本.
下行結腸に最大径9cmの腫瘍様隆起を認めた.憩室内に嵌頓している糞便により,内腔が拡張している状態であった.
病理所見:切除標本内には腫瘍性病変を認めなかった.憩室底に線維性肥厚を伴う筋層を認め,desmin染色にて濃染を認めたため,真性憩室と診断した(Figure 5).
病理組織学的所見.
a:切除標本内には腫瘍性病変を認めなかった.憩室底に線維性肥厚を伴う筋層(両矢印)を認めた(HE染色).
b:同部位は,desmin染色で濃染を認め(両矢印),真性憩室と診断した.
術後経過:術後経過良好であり,術後10日目に退院となった.腹部症状も消失し,イレウスの再発を認めずに現在まで経過している.
結腸憩室症は成人の3人に1人に見られる,よく遭遇する大腸疾患である 1)が,巨大結腸憩室は海外では1946年のBonvinの報告 2)以来166例の報告 3)~5)があるのみであり,比較的まれと言える.本邦においては,医学中央雑誌で「結腸」「巨大」「憩室」および「結腸」「真性憩室」をキーワードに検索し得た限りでは,1993年から2021年8月の期間で会議録を除くと自験例を含めて15例 6)~20)の症例報告を認めるのみであった(Table 2).
巨大大腸憩室本邦報告例.
巨大結腸憩室は4cmを超える結腸憩室とされており 21),McNuttらは病理組織学的に3つのタイプに分類している 22).Type1は偽性憩室が徐々に拡大したものであり,病理組織学的には憩室壁に粘膜の残存・慢性炎症細胞や肉芽・線維組織を認めるが固有筋層を欠く点が特徴である.Type2は穿孔などによってできた膿瘍腔が腸管と交通したものであり,病理組織学的には線維性の瘢痕組織からなり,正常な腸管壁を認めないことを特徴としている.Type3は真性憩室であり,病理組織学的にはすべての腸管層を含み腸管内腔と連続しているのが特徴である.本症例においては憩室底に線維性肥厚を伴う固有筋層を認めたことからType3と診断した.本邦での報告例15例ではType3の報告は2例のみであり(Table 2),本症例は巨大結腸憩室症のなかでも非常にまれな症例と考えられる.
本疾患の臨床症状は様々であり,無症状の場合もあれば,腹痛,発熱,嘔気,嘔吐,血便などの急性症状を来す場合もある.また,48%の症例で腹部腫瘤を触知するとされる 3).本邦報告例では,15例中14例で腹痛を認め,腹部腫瘤を認めたのは2例のみであった.
成因としては様々な仮説が立てられている 13).①Ball-Valve Mechanism:憩室と腸管間の狭い交通口を通って憩室内に一方向に空気が流入することにより徐々に憩室が拡張する,②Inflammatory Mechanism:憩室炎に伴う局所的な穿孔により膿瘍腔が形成され徐々に憩室が拡大し巨大化する,③Infection with Gas-Forming Bacteria:ガス産性菌の感染により憩室内でガスが産生され徐々に憩室が拡大し巨大化する,④True Giant Colonic Diverticulum:先天的に形成される,という機序が提唱されているが,一定の見解は得られていない.本症例においては,上記の機序とは異なり,術後癒着によって腸管が牽引され,その結果形成された真性憩室内に糞石の貯留を繰り返すことにより憩室が圧排・巨大化したものと考えられた.
本疾患の診断においては,腹部X線検査では,憩室内の空気を確認できることが多く,“Ballon sign”と呼ばれる像を示す.腹部CT検査では内部にガス像を伴った壁の厚い空洞病変を認めることで診断が可能である.他には注腸造影が有用とされ,60-70%の症例で腸管と憩室との交通が確認できる 3)一方,造影剤が憩室内に流入しない可能性や,炎症の強い症例ではまれに穿孔を来し緊急手術が必要となる場合があり注意が必要である.大腸内視鏡検査は憩室部の穿孔を引き起こす危険性から積極的には行われていなかったが,近年は内視鏡挿入技術の向上もあり行われる機会が多い.しかし,内視鏡検査では憩室開口部が狭いために確認できないことや,開口部が広すぎるために通常の管腔の様に見えて見過ごされることもある.本症例においては過去に2回内視鏡検査が行われているものの,糞石の存在や,憩室開口部が大きかったことから憩室を確認することができなかったが,腸管造影検査を併用することにより診断することが可能であった.
治療については,診断時に合併症を伴わない場合であっても,穿孔や捻転,膿瘍形成などの合併症を来す可能性が高いため,外科的切除を行うのが望ましいとされる.術式としては,憩室を含んだ大腸切除が広く行われているが,最近では,高度の炎症がない症例においては腹腔鏡下大腸切除術が行われている.本邦報告例においては13例で腸管切除術が行われ,2例は保存的加療が行われていた.本症例においても,イレウス症状を繰り返しているため手術適応と考え,腹腔鏡補助下結腸切除術を施行した.
巨大結腸症に糞便性イレウスを併発した症例は本邦では4例報告があるが(Table 3) 6),14),15),18),いずれも巨大憩室内にはまり込んでいた糞石が落下し,下流腸管で腸閉塞を来していた.本症例では糞石は憩室から脱落することなく,糞石が充満した憩室部にて真腔が圧排され腸管閉塞を来していた.本症例含めすべての症例で糞石は内視鏡的に摘除されており,巨大結腸症に伴う糞便性イレウスにおいて内視鏡検査はイレウス解除の治療法としても有用であると考えられた.本症例の様に繰り返す糞便性イレウスを来した場合には,巨大結腸憩室を伴っている可能性を念頭におく必要があるが,内視鏡診断が難しい症例もあるため注意が必要である.
巨大大腸憩室に糞便性イレウスを併発した症例.
透視下内視鏡検査における消化管造影検査にて巨大憩室と診断し得た下行結腸真性憩室の1例を経験した.繰り返す糞便性イレウスを来した場合は,巨大結腸憩室に伴うものである可能性を念頭におくべきである.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし