日本消化器内視鏡学会雑誌
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総説
胃内視鏡検診の基本的な考え方と対策型ならびに職域がん検診としての精度管理の課題について
加藤 勝章
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2023 年 65 巻 1 号 p. 5-18

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要旨

胃内視鏡検診は2016年度から新たに対策型胃がん検診としての実施が承認された.しかしながら,対策型胃内視鏡検診の場合,検診と同時に実施する鉗子生検が精密検査として扱われ,記録画像のダブルチェックが必須となっている点などで,検診に参加する臨床医の戸惑いも大きく,他の検診に比べて検診のアルゴリズムが複雑な点が精度管理上の大きな問題となっている.現役世代のがん検診として中心的役割を果たす職域がん検診については,検診プログラムの標準化や検査精度の均霑化,精度管理基盤の整備などが進んでいないのが現状である.胃内視鏡検診についても,今後は統一したデータ管理ができるように精度管理基盤を整備し,地域と職域を合わせた組織型の胃がん検診の実現を目指していくべきと考える.診療と検診の違いを横断的に理解したスクリーニング認定医が胃内視鏡検診全般の精度向上や精度管理に中心的役割を果たすことが期待される.

Abstract

The gastrointestinal endoscopic screening was recently approved for implementation as a population-based gastric cancer screening in 2016. However, in the case of population-based gastric endoscopic screening, forceps biopsy, which is conducted subsequently while screening, is treated as a precision examination and double-checking of recorded images is mandatory. This causes significant confusion for clinicians participating in the screening. The complexity of the screening algorithm compared to other screening methods is a major problem for accuracy control. Concerning workplace-cancer screening, which plays a central role in cancer screening for the working age population, standardization of screening programs, equalization of testing accuracy, and development of an accuracy management infrastructure have not progressed. For gastrointestinal endoscopic screening, the accuracy management infrastructure should be developed to enable unified data management in the future, aiming to realize organized gastric cancer screening that combines regional and occupational cancer screening. Screening-certified physicians who know the difference between medical treatment and screening are expected to play a key role in making gastric endoscopic screening more accurate and precise in general.

Ⅰ はじめに

胃癌は年齢調整罹患率・死亡率とも減少傾向にあるとはいえ,未だ疾病負荷が高い疾患であり,2次予防対策としてのがん検診が必要とされる癌腫である.

現在,科学的根拠に基づいて国が推奨する胃がん検診は胃X線検診と胃内視鏡検診の2つである(Table 1).胃内視鏡検診は,「有効性評価に基づく胃がん検診ガイドライン2014年度改訂版」 1(以下,胃がん検診ガイドライン2014年度改訂版)において胃がん死亡率減少効果が証明され,対策型および任意型検診としての実施が推奨された.これを受けて,2016年2月に「がん予防重点健康教育及びがん検診実施のための指針」 2(以下,厚労省指針)が改訂され,対策型胃がん検診としての上部消化管内視鏡検査の実施が承認された.

Table 1 

科学的根拠に基づいて国が推奨する胃がん検診.

これ以降,胃内視鏡検診を導入する自治体が年々増加しており,受診者数の動向をみても胃X線検診から胃内視鏡検診への置き換わりが進んできていることが示されている(Figure 1 3.しかしながら,対策型胃内視鏡検診の普及については,検査医の確保や医療資源の偏在,読影体制の構築,自治体の財源などが課題となっており,他方,胃内視鏡検診を導入できた地域であっても,対策型検診としての精度管理に多くの問題を抱えているのが現状である.

Figure 1 

胃内視鏡検診を実施している自治体割合(%)と胃がん(胃内視鏡検査)検診受診者数の推移.

2016年度から2019年度の厚生労働省「市区町村におけるがん検診の実施状況調査」の3.各がん種の実施状況 ③検診項目ならびに厚生労働省「令和元年度地域保健・健康増進事業報告(健康増進編)」をもとに著者作成.

元々,上部消化管内視鏡検査は日常診療や人間ドックなどの健診の場において広く実施されており,検査医の資格要件,内視鏡機器および洗浄・消毒,また,実施手順などについては医療機関や検診機関または検査医の判断に任されていた.今般,新たに国の施策として胃内視鏡検診を導入するにあたっては,検査体制の仕様基準や標準的な実施手順,結果判定基準,精度管理体制などについて標準化を図る必要があり,2015年度厚労省科学特別研究事業「対策型検診としての内視鏡検診等の実施にかかる体制整備のための研究」(研究代表者:深尾 彰)で検討が行われ,実施要綱を定めたマニュアルが策定された.これは2017年に日本消化器がん検診学会より「対策型検診のための胃内視鏡検診マニュアル2017年度版」 4(以下,対策型胃内視検診マニュアル)として市販版が発刊されている.厚労省指針 2では,新たに対策型として胃内視鏡検診を導入する地域は対策型胃内視検診マニュアル 4に準じた実施体制や精度管理体制を構築するよう求めている.

一方,胃内視鏡検診は,職域のがん検診や人間ドックの任意型検診としても数多く実施されている.令和元年国民生活基礎調査 5によれば,胃がん検診の受診機会は,65歳以上の高齢者では自治体が実施する対策型の地域住民検診の比率が高いが,65歳未満の現役世代にあたる壮年層の多くが職場のがん検診を受診しているという構造的特徴がある(Figure 2).

Figure 2 

年齢階級別にみた胃がん検診の受診機会.

厚生労働省.令和元年国民生活基礎調査 世帯人員(20歳以上),がん検診受診状況(複数回答)・受診機会(複数回答)・性・年齢(5歳階級)・教育別より著者作成.

健康増進法に基づいて対策型検診として実施されている市区町村の地域がん検診と異なり,職域がん検診は実施に係る法的根拠がなく,事業主や保険者が労働者の福利厚生として任意に実施されてきたという経緯がある.このため,職域のがん検診では検査項目や方法の標準化やデータ管理の統一化が図られておらず,精度管理体制の整備も手つかずのままであり,本邦における胃がん対策の大きな課題となっている.

胃内視鏡検診は対策型および任意型の胃がん検診として広く普及してきており,本邦の胃がん対策において極めて重要な役割を果たしていることは間違いない.本稿では対策型を基盤とする胃内視鏡検診の基本的な考え方,精検判定のアルゴリズムと精度管理上の課題,また,職域がん検診の問題などについて概説する.

Ⅱ がん検診の基本的考え方

がん検診の目的は,対象集団の当該がんによる死亡率減少もしくは個人レベルでの当該がんの死亡・罹患リスクを低減させることにある.がん検診には対策型と任意型の2つの実施形態があり,健康増進法を根拠に公的資金を投じて市区町村が提供するがん検診は対策型,人間ドックなどで提供されるがん検診は任意型に該当する(Table 2 6

スクリーニングには「ふるいに掛ける・選別する」という意味がある.がん検診とは,無症状の健康な集団をスクリーニングにかけて「がん疑いがある者」と「がん疑いがない者」を選別し(スクリーニング),前者を対象に精密検査を行い,“がん”が発見されれば適切な治療に誘導し,また,後者を次回の検診に導くまでの一連のプログラムである 7

Table 2 

がん検診の実施形態.

検診はやればやっただけ効果があがるというものではないし,検診はやれば必ず不利益が生じ,やればやっただけ増大する 8.検診の導入にあたっては,利益・不利益のバランスが重要視され,検診受診によって得られる利益を最大化し,不利益を最小化する検診方法や強度が選択される 8

がん検診の対象は元々が健常者であるため有病率が低く,受診者のほとんどは「がんがない」者である.従って,検査に伴う偶発症や過剰診断,見逃しなどによる偽陰性,また,偽陽性による不要な精密検査の実施や精神的不安などといった不利益を可能な限り低く抑えることが重要になる.対策型であれ,任意型であれ,科学的根拠がない検診は,検診による不利益が利益を上回る可能性があるため,提供しないことが肝要である.

がん検診には,健常者が検診を受けることに利益があるという科学的根拠と同時に,検診によって生じる不利益を最小化する精度管理が必須である.がん検診が成果をあげるためには,精度の高い検診を提供するための技術・実施体制の整備,さらに,検診プログラムが適正に運用されているか否かモニタリングして評価する精度管理体制の構築が重要となる.対策型がん検診のアウトカムは死亡率減少で評価されるが,その評価が得られるには長期間を要するため,短期的にはチェックリストやプロセス指標に基づいて事業評価を行うことが求められている(Table 3 9

Table 3 

精度管理のための評価指標と具体例.

Ⅲ 胃内視鏡検診の有効性評価

がん検診の有効性は死亡率減少効果によって評価される.がん発見率や生存率,早期がん率などは有効性評価の指標とならない.がん検診の有効性評価方法として最も信頼度が高いのは無作為化比較対照試験(Randomized Controlled Trial:RCT)である 7.次善の方法としてコホート研究(対照群あり)や症例対照研究が用いられることがあるが,セルフ・セレクション・バイアスが紛れ込む恐れがあるため,複数の研究で同様の結果が示されることが必要となる 7

1)胃内視鏡検診の死亡率減少効果

胃内視鏡検診の有効性については,2005年度に公表された祖父江班による有効性評価に基づく胃がん検診ガイドライン 10では証拠不十分とされたが,胃がん検診ガイドライン2014年度改訂版 1では胃内視鏡検診には3年以内の内視鏡受診で概ね30~60%の死亡率減少効果があると判断され,対策型・任意型検診への導入が推奨された.

その後,Zhangら 11は,2018年までの6つのコホート研究 12)~17と4つの症例対照研究 18)~21を用いてメタアナリシスを行い,胃内視鏡検診には40%(相対リスク(RR)=0.60,95%CI:0.49-0.73)の胃癌死亡率減少効果が認められたと報告している.最近の中国のコホート研究では,胃内視鏡検査受診による上部消化管癌の死亡率の減少効果は23%(RR=0.77,95%CI:0.74-0.81),罹患率の減少効果は57%(RR=0.43,95%CI:0.40-0.47)であったと報告されている 22

2)胃内視鏡検診の検査精度

胃内視鏡検診のスクリーニング精度は,Hamashimaら 23による米子市のデータでは1年1回の検診実施の場合,初回検診の感度は95.5%,特異度は85.1%,継続受診ではそれぞれ97.7%,88.8%と報告されており,同様に逐年検診を行っていた新潟市でも胃内視鏡検診の感度は96.8%と報告されている 24.胃X線検診の感度が概ね70-80%,特異度は90%である 1のに比べて胃内視鏡検診の検査精度は高いとされている.

検診発見がんをベースに(検診発見がん数)/(検診発見がん数+中間期がん数)として感度を測定すると,検診に罹患超過や過剰診断がある場合,感度が過大評価されてしまう可能性がある.検診発見数を考慮に入れず,過剰診断やレングス・バイアスの影響を受けにくい感度測定方法として,対象集団の胃癌罹患率から推計された期待発見数をもとに(期待発見数-中間期がん)/(期待発見数)として算出するincidence methodが知られている 25.Hamashimaら 23は,incidence methodを用いた場合,先の米子市の胃内視鏡検診の初回検診の感度は88.6%,継続受診では95.4%となり,発見がん数を用いて算出した感度よりも低い値となると報告している.

従来の胃内視鏡検診の感度・特異度の報告は逐年検診として実施されていた地域からの報告であり,検診後1年以内の発見癌を中間期がんとして算出されていることは留意すべきである.厚労省指針 2に基づいて2年1回の胃内視鏡検診が実施されている国内地域で測定された胃内視鏡検診の感度・特異度については未だデータはない.2年1回の胃内視鏡検診を実施している韓国のデータ(2015-2016年)では感度69.3%,特異度99.1%と報告されている 26.韓国では,胃X線検診の感度は17.6%(2015-2016年) 26と本邦の胃X線検診に比べて著しく劣ることもあり,韓国の胃がんスクリーニングのガイドライン 27では,胃X線検診は胃内視鏡検診よりも低い推奨度となっている.

3)胃内視鏡検診の過剰診断と偽陰性

がん検診の不利益として必ず問題となるのは過剰診断である.過剰診断とは,がん検診を行うことで,本来は生命予後には影響しない“がん”を発見することであり 28,良性疾患や境界病変を誤って悪性と診断した場合などのように病理学的に“がん”でないものを“がん”と診断したという意味ではない.

Hamashimaら 29は,胃内視鏡検診の実測罹患数と受診者集団の年齢構成から求めた期待罹患数の比であるO/E比(観測値/予測値)が1.9(P=0.3649)となり,胃内視鏡検診では罹患超過になる可能性を指摘している.しかしながら,胃内視鏡検診の罹患超過には,将来死亡の原因となる胃癌を先行して発見したものも含まれている可能性があり,そのすべてが過剰診断となるわけではないとしている 29

偽陰性も不利益のひとつであるが,これには中間期がんの追跡が必要である.細川ら 30は福井県のがん登録データを用い,検診後3年以内の検診外発見がんを偽陰性とした場合の偽陰性率は22.2%,後藤ら 31は院内登録システムを用いて検査後3年の偽陰性率38.1%,2年偽陰性率35.8%,1年偽陰性率14.9%と報告している.一般に,中間期がんは検診受診時に「がんなし(検査陰性)」と判断され,次回検診までに診断された“がん”と定義されるが 32,従来の胃内視鏡検診の偽陰性率の報告は,検査間隔の設定や中間期がんの把握方法もまちまちであり,必ずしも信頼度の高い報告とは言えないものであった.

偽陰性率は(1-感度)としても表されるが,先に述べたように検診発見がんをベースとした感度を測定すると,検診に罹患超過や過剰診断により感度が過大評価され,偽陰性率が過小評価されてしまう可能性があり注意を要する.いずれにしろ,胃内視鏡検診であっても10%前後の偽陰性が生じることに留意すべきである.

4)胃内視鏡検診の偶発症

上部消化管内視鏡検査は胃X線検査に比べて侵襲性が高く,内視鏡操作による穿孔や裂創,生検に伴う出血,経鼻内視鏡検査による鼻出血,鎮静剤による呼吸抑制や前処置薬に対するアレルギーなどの偶発症が報告されている 33),34.このため,胃がん検診ガイドライン2014年度改訂版 1では,胃内視鏡検診の実施は推奨されるが,重篤な偶発症に迅速かつ適切に対応できる体制が整備できないうちは実施すべきでないとの付記がついている.

日本消化器がん検診学会による2018年度偶発症調査 34でも,胃X線検診による偶発症は10万件あたり32.4件であったのに対し,胃内視鏡検診では187.4件で,胃X線検診に比べて胃内視鏡検診による偶発症の発生が多くなっている.胃内視鏡検診の偶発症では,経鼻内視鏡による鼻出血の報告が多数を占めているが,生検後出血や鎮静剤による呼吸抑制などの報告もあり,入院を要する重篤な偶発症は胃X線検診よりも発生頻度が高いとされている 32

Ⅳ 対策型検診としての胃内視鏡検診の実施体制について

対策型胃内視鏡検診では,厚労省指針 2において,対策型胃内視鏡検診マニュアル 4を参考にして実施体制や精度管理体制を構築することが求められている(Figure 3Table 456).

Figure 3 

対策型胃内視鏡検診の実施体制(文献より転載).

Table 4 

胃内視鏡検診運営委員会(仮称)の役割.

Table 5 

胃内視鏡検診に参加する医師の資格要件.

Table 6 

仕様書に明記すべき必要最低限の精度管理項目.

対策型胃内視鏡検診の実施体制の基盤は胃内視鏡検診運営委員会(仮称)にある(Figure 3 4.胃内視鏡検診運営委員会(仮称)は,地域の実情,特に内視鏡処理能に配慮しつつ,自治体の胃内視鏡検診の運営方針を決定し,検査医の認定や精度管理を担う(Table 4 4.対策型胃内視鏡検診マニュアル 4に示された検査医の資格要件をTable 5に示す.

対策型胃内視鏡検診では,胃内視鏡検診運営委員会(仮称)のもとに読影委員会を設置し,撮影画像のダブルチェックを実施することが原則となっている(Figure 3Table 6 4),9.ダブルチェックとは,検査医以外の読影委員会のメンバーが検査画像をチェックすることを言う 4),9.専門医が複数勤務する医療機関で検診を行う場合には,施設内での相互チェックをダブルチェックの代替方法とすることも可能である 9

1)胃内視鏡検診におけるダブルチェックの重要性

胃内視鏡検診の第一義的な標的病変は胃癌であり,安全で見逃し(偽陰性)のない検査を行うことは言うまでもない.しかし,胃がん検診の対象者は,元々が胃癌の有病率の低い健常者であるため,内視鏡検査を受けても胃癌が見つからない受診者が大多数を占めることになる.このため,胃内視鏡検診では,胃癌の発見に努めることのみならず,胃癌がない人を正しく「胃癌がない」と判定して安心してもらうこと,そして,胃癌がない人に対する不要な要精検(偽陽性)を減らして不利益の低減を図ることが重要となる.

胃内視鏡検診におけるダブルチェックの目的は,必ずしも専門家ばかりが参加するとは限らない検診業務において,胃内視鏡検診に従事する検査医間の技量差を補い,内視鏡検査技術や診断レベルの向上を図ることにある(Table 7 4.ダブルチェックを厳正に行うことで,胃内視鏡検診の見逃しや無駄な生検が回避できることが報告されている 35),36

Table 7 

読影委員会によるダブルチェックの主な役割.

その一方で,読影医が安易なダブルチェックを行い,不必要な再検査や再生検の指示を出してしまうのも問題である.一度で済むはずの検査を繰り返し受けるのでは,受診者の負担も大きいし,再検査に伴う偶発症のリスクも懸念される.胃内視鏡検診の精度は,ダブルチェックの質にも大きく依存している.

また,ダブルチェックは,対策型胃内視鏡検診における精度管理の要であると同時に,検診に参加する検査医の責任を読影医と按分するための重要なプロセスであることも理解しておく必要がある.

人間ドックなどで行われる任意型の胃内視鏡検診の場合,必ずしも内視鏡画像のダブルチェックを必須とするものではないが,がん検診としての精度を担保するためには,検診提供施設の責務としてダブルチェックを実施することが望ましいと考える.

2)ダブルチェックを前提とした胃内視鏡検診のルーチン撮影

ダブルチェックを前提とした胃内のルーチン撮影では,検査医以外の第三者が全コマ・レビューして「胃癌がない」と判定できる記録画像を残す必要がある.限られた観察時間で効率よく読影を処理するには,撮影画像数は必要かつ最小限に留め,胃内全体を網羅的・俯瞰的・系統的に撮影した画像記録を残すことが求められる.

内視鏡観察法については順行性 37や逆行性 38などがあり,検査医によって様々な考え方や流儀があるため,これを全国的に統一し標準化することは難しい.しかしながら,ダブルチェックの処理効率を考えると,対策型であれば胃内視鏡検診運営委員会(仮称)で地域内の標準化を図るとか,人間ドックであれば施設内の取り決めとして撮影法の統一を図るなどといった対応をとることが望ましい.

咽頭・食道領域は上部消化管内視鏡検診の挿入ルートであり,胃内視鏡検診においても食道はルーチンの観察範囲に含まれている 4.近年,新たな画像強調内視鏡技術(Image Enhancement Endoscopy:IEE)の登場 39により,内視鏡治療が可能な咽頭・食道領域の扁平上皮癌の発見が期待されるようになった 40),41.Kimら 42による韓国の後ろ向きコホート研究では,胃内視鏡検診未受診群に対して受診群では食道癌の死亡率が35.3%減少したと報告している(HR=0.647 95% CI,0.617-0.679).

胃癌の死亡率減少のみならず,胃内視鏡検診の受診に付随して,食道癌の死亡率減少効果が期待できるデータも報告されるようになってきている.とはいえ,本邦の対策型胃内視鏡検診に関して,咽頭・食道癌などの早期発見を胃内視鏡検診のメリットとして喧伝するには未だ証拠不十分である.今後,さらにエビデンスを集積する必要がある.

3)胃内視鏡検診における鉗子生検の取り扱いについて

胃内視鏡検診であっても,日常診療と同様に,内視鏡観察中に「がん疑いあり」と判断された所見があれば,検査医の判断で鉗子生検を実施できる.鉗子生検と病理組織診断については,検診として実施した内視鏡検査に係る部分を除いて保険診療として診療報酬が請求できる(平成15年7月30日厚生労働省保険局医療課事務連絡).

対策型の胃内視鏡検診においては,鉗子生検は胃癌の確定診断を得るための精密検査に該当する.このことは胃内視鏡検診のプロセス評価において極めて重要であり,検査医は生検は精検であることを踏まえて対策型胃内視鏡検診を実施しなければならない.

鉗子生検は出血や穿孔といった重篤な偶発症のリスクを伴う侵襲的な手技であり 32,胃癌の診断を目的としない生検や過剰な生検は,不要な生検として受診者の不利益の増大に繋がることになる.安易な生検や不用意な生検をしてしまったがために,病変の拡大内視鏡観察や内視鏡治療に支障を来してしまう可能性もあることも留意しておくべきである.鉗子生検の実施は検査医の裁量に任されているとはいえ,胃内視鏡検診における生検は「がん疑いあり」の場合に限定し,その適用を慎重に判断する必要がある.

一方,人間ドックで実施されている胃内視鏡検診では対策型のように鉗子生検を精密検査として扱うという規定は定められていない.しかしながら,人間ドックで実施される任意型検診であっても,健常者を対象とする以上は不必要・不用意な生検による偶発症のリスクを最小限に留める責務がある.「がん疑いあり」以外に良性病変の診断を目的とした鉗子生検を行う場合があるのであれば,その利益・不利益について受診者に予め十分説明しておくことが望ましい.

Ⅴ 胃内視鏡検診における精検判定のアルゴリズム

対策型がん検診では,厚労省の地域保健・健康増進事業報告(以下,事業報告)に検診ならびに精検結果を報告する義務がある.事業報告では,対策型胃内視鏡検診における要精検者は,①胃内視鏡検査と同時に鉗子生検が実施された者(同時生検),②ダブルチェックで再検査と判定された者(要再検査)の2つと定義し,①と②について結果が判明している場合を精検受診者として扱うことになっている.Figure 4に対策型胃内視鏡検診の精検判定のアルゴリズムを示す.

Figure 4 

対策型胃内視鏡検診の精検判定のアルゴリズム.

地域保健・健康増進事業報告をもとに筆者が作成.検査医は胃内全体を網羅的に観察し,「胃がん疑いあり」と判断した所見があった場合,検査医は自身の判断で内視鏡検査中に鉗子生検を実施する(※1,2).同時生検を実施した者(同時生検受診者)は,ダブルチェックにおいて,生検病理診断結果を踏まえて精検受診者としての読影判定を行う(※3).「胃がんあり」および「胃がん以外の悪性腫瘍」は同時生検の病理診断結果で確定できる.悪性が確定しなかった者のうち,読影医がレビューして「胃がん疑いあり」と判定した場合には,要再精検(要再検査)の指示を出す(※4).同時生検受診者で要再検査(再精検)となった者が再検査未受診・未把握の場合は,事業報告では精検受診者のうち「胃がん疑いまたは未確定」として計上する(※5).検査医は「胃がん疑いなし」と判断し同時生検が未実施の場合,読影委員会に画像を提出しダブルチェックを受ける(※6).読影医がレビューして新たに「胃がん疑いあり」と判断する所見を見いだした場合には,要精検(要再検査)として再度の胃内視鏡検査の実施を指示する(※7).要精検(要再検査)と判定された者が精密検査(胃内視鏡検査の再検)を受診し,結果が判明した場合に「精検受診者」とし(※8),精検結果の報告を受けて精検受診者としての判定区分を振り分ける.要再検査(要精検)者が未受診・未把握の場合,事業報告では「同時生検未受診のうち再検査未受診・未把握」として計上する(※9).※10は本文参照.

①の同時生検の受診者は,生検が実施された時点で「精検受診済み」として扱うので注意を要する.同時生検受診者のダブルチェックにおける判定は「胃がんあり」・「胃がん以外の悪性腫瘍」・「胃がん疑いあり」・「胃がんなし」の4区分である(Figure 4の※3) 4

同時生検受診者であっても,読影医がレビューして生検部位以外に新たに「胃がん疑いあり」となる所見が指摘された場合,また,生検部位が不適切もしくは狙撃性が悪いため病理診断が偽陰性となっている可能性が危惧される場合などは,読影医は「胃がん疑いあり」と判定して要再精検(要再検査)の指示を出す(Figure 4の※4).同時生検受診者で要再検査(再精検)となった者が再検査(再精検)未受診・未把握の場合は,事業報告では精検受診者のうち「胃がん疑いまたは未確定」として計上する(Figure 4の※5).この「胃がん疑いまたは未確定」には,同時生検受診者のうち生検病理診断結果が不明な者も含まれる.

②ダブルチェックで再検査と判定された者(要再検査)とは,検査医は「胃がん疑いなし」と判断し同時生検が未実施の者(Figure 4の※6)で,読影医がレビューして新たに「胃がん疑いあり」と判断し,要再検査(要精検)と判定された者である(Figure 4の※7).要再検(要精検)者が精密検査(胃内視鏡検査の再検)を受診し,結果が判明した場合に「精検受診者」として扱い(Figure 4の※8),再検査未受診・未把握の場合は「同時生検未受診のうち再検査未受診・未把握」として別途集計する(Figure 4の※9).

なお,食道癌や転移性胃癌,悪性リンパ腫などの「胃がん以外の悪性腫瘍」は,事業報告では「胃がん以外の疾患」に分類され,消化性潰瘍やポリープなどの良性病変と一緒に集計されることに留意する(Figure 4の※10).

Ⅵ 対策型胃内視鏡検診のプロセス評価の課題

対策型胃内視鏡検診の精検判定のアルゴリズムは複雑であり,精度管理上の混乱を生じる要因となっている 43.厚生労働省の令和元年度地域保健・健康増進事業報告 3によると,2018年度の対策型胃内視鏡検診の要精検率は全国平均で8.0%(同時生検率6.7%),胃がん発見率は0.37%であったが,都道府県別にみると要精検率は16.8%から2.6%程度に留まる地域まであり地域較差が大きく(Figure 5),また,同時生検未実施者のダブルチェックによる要精検(再検査)率と精検(再検査)受診率は地域間で大きなバラツキがみられた(Figure 6 44

Figure 5 

都道府県別にみた平成30年度胃内視鏡検診の要精検率(同時生検+要再検査).

令和元年度地域保健・健康増進事業報告(平成30年度検診受診者の検診・精検結果)データをもとに著者作成.受診者数が1,000人未満であった愛媛,高知,佐賀,鹿児島,宮城,秋田は除外.折れ線グラフは同報告で要精検率として報告された値,棒グラフは同時生検受診者数と要再検者数(同時生検未受診)から算出.文献43より転載.

Figure 6 

都道府県別にみた平成30年度胃内視鏡検診の同時生検未受診者における要再検査率と再検査受診率.

令和元年度地域保健・健康増進事業報告(平成30年度検診受診者の検診・精検結果)データをもとに著者作成.受診者数が1,000人未満であった愛媛,高知,佐賀,鹿児島,宮城,秋田,また,要精検数,同時生検数,再検査,未把握・未受診数が一致していない東京・静岡を除外.棒グラフは同時生検未受診者における要再検率,折れ線グラフは同報告で要再検受診率として報告された値.文献43より転載.

こうした背景には,要精検の大部分を占める同時生検に対する検査医の意識のずれや理解不足があると考えられる.また,ダブルチェックの要再検査が精検に該当することや,検診後1年以内に再検査が行われないと事業報告の集計に間に合わないといったルールが理解されていないことなどもデータのバラツキを生じる要因となっていると考えられる.

検査医や読影医は,胃内視鏡検診の精検判定のアルゴリズムを理解し,それに則った対応をとることが求められる.

Ⅶ 職域における胃内視鏡検診の課題

職域のがん検診は実施に係る法的根拠がなく,事業主や保険者が労働者の福利厚生として任意に実施されてきた経緯がある.しかしながら,職域のがん検診は,特定健診や労働安全衛生法に基づく事業主の法定健診などと同時に実施されることも多く,現役世代のがん検診として受診機会が極めて高いことを踏まえると,対策型に準じた扱いが本来は求められるべきものである.

こうしたことを受け,厚労省は2018年3月「職域におけるがん検診に関するマニュアル」 44を策定し,保険者や事業者が職域におけるがん検診を実施する際の参考となるように,国が推奨するがん検診の種類や検査項目などを明確化した.このマニュアルでは,職域検診においても,対策型と同様に科学的根拠に基づく検診を適切な精度管理の下で実施すること,そして,保険者および事業主は精度管理のためのチェックリストやプロセス指標(Table 3 9に基づいて事業評価を行うことを求めている.

先に述べたように,職域のがん検診では任意型検診として人間ドックの胃内視鏡検診を受診している者も多いと考えられる.しかしながら,人間ドックではダブルチェックの実施については検診機関の判断に任されており,同時生検や要再検査を精検該当として扱うという規定はない.また.人間ドックの判定区分 45は健診としての判定区分であり,対策型の精検判定とは齟齬がある.もちろん,任意型と対策型とでは,その目的に違いがあるため,両者の精検判定基準にずれが生じるのはやむを得ないが,同じモダリティーでありながら統一したデータ管理や精度管理基盤が共有できないことは,本邦の胃がん対策における極めて大きな課題となっている.

Ⅷ おわりに

対策型胃内視鏡検診が承認され,その導入を図る自治体も増加しつつあるが,内視鏡医のマンパワーや財源の問題,精度管理体制の構築などまだまだ課題は多い.その一方で,現役世代のがん検診として中心的役割を果たす職域がん検診については,検診プログラムの標準化や検査精度の均霑化,精度管理基盤の整備などが進んでいないのが現状である.胃内視鏡検診についても,今後は統一したデータ管理ができるように精度管理基盤を整備し,地域と職域を合わせた組織型の胃がん検診の実現を目指していくべきと考える.

日本消化器内視鏡学会では2022年度より消化管内視鏡スクリーニング認定医制度を発足させた 46.今後,スクリーニング認定医制度の教育プログラムを通して,診療と検診,健診と検診の違いを理解したスクリーニング認定医が,地域や職域の胃内視鏡検診の精度向上や精度管理における中心的役割を果たすことを期待したい.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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