日本消化器内視鏡学会雑誌
Online ISSN : 1884-5738
Print ISSN : 0387-1207
ISSN-L : 0387-1207
総説
消化器内視鏡検査・周術期管理の現状と展望
松田 浩二 中井 陽介藤城 光弘
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2023 年 65 巻 3 号 p. 203-213

詳細
要旨

元来,周術期管理は,手術室を中心とした,多職種が介入するチーム医療で形成されている.一方,内視鏡診療は,技術・機器の進歩により,その複雑化と長時間化に対応するため,多職種を交えたチーム医療が求められてきている.本稿では,周術期管理の歴史,世界保健機関からの提言,消化器内視鏡検査・周術期管理の標準化ハンドブックの要旨,周術期管理の標準化がもたらす効果,それを支援するツールについて述べた.さらには,消化器内視鏡検査・周術期管理に関する目標を提言するとともに,麻酔科医から見た消化器内視鏡診療における周術期管理の将来像についても言及した.

Abstract

Perioperative management has been conducted through an interdisciplinary approach by various staff members, originally in the operating room. Meanwhile, an interdisciplinary approach for endoscopy is needed as endoscopic procedures increase in complexity and procedure times lengthen with the advancement in technology. In this review, we discuss a history of perioperative management, recommendations by the World Health Organization, essentials of the handbook for standardization of periprocedural management for gastrointestinal endoscopy, and the benefits of standardization of periprocedural management and its supporting tools. Furthermore, we propose the goals of gastrointestinal endoscopy procedures and periprocedural management and describe a future perspective from the point of view of anesthesiologists.

Ⅰ はじめに

現在の消化器内視鏡は,多くの消化器疾患の診療において欠かすことができないモダリティーとなっている.その進歩に伴い,特にその治療手技において,高度な複雑化かつ長時間化をしてきている.本稿では,内視鏡検査及び治療における周術期管理の現状を概説するとともに,手術室を中心とした周術期管理の変遷を振り返り,そのコンセプトを内視鏡に応用することによる将来像を展望する.

周術期と周術期管理の変遷

周術期(perioperative period)とは,周手術期とも表現され,手術が決定した外来から入院,麻酔・手術,術後回復,退院・社会復帰までといった,術中だけでなく術前後を含めた一連の期間を指す.

わが国の周術期管理の歴史については,古家が詳細に述べている 1.現在の周術期管理チームの主役である麻酔科診療は,麻酔科医ゼロからのスタートであった.戦後,特に胸部外科医が麻酔の専門性を強く認識し,外科医主導で幾つかの大学に麻酔科学講座が設置された.当時は米国で麻酔を学んだ外科系医師が外科系医師を指導しながら麻酔を実施するという状況が続いたという.このことは,元来,無鎮静で行うのが基本であった内視鏡検査・治療に,鎮静剤使用を「輸入」したことに類似している.

麻酔専従医師の必要性は論を待たないが,一方で麻酔科医不足も深刻であったことから,2005年に「麻酔科マンパワー不足に対する日本麻酔科学会の提言」が作成されることとなる 2.その中で,麻酔科医でなくても可能な業務を他のメディカルスタッフに委ねることにより,麻酔科医の業務を軽減することが提言された.麻酔科医を中心として,多職種と共同で手術室内の医療行為を行うことにより,「別の視点からの示唆」と「ダブルチェック」という,医療安全の観点から重要な二つの項目が補完される基礎ができた.その後,2007年には日本麻酔科学会において周術期管理チーム構想が立ち上がり,それ以降,周術期管理チームを構築している施設も増加してきているという 3

一方,2009年には,世界保健機関(WHO)から,“WHO Guidelines for safe surgery: safe surgery saves lives” 4が発表され,その日本語訳は,2015年に「WHO安全な手術のためのガイドライン2009」として日本麻酔科学会により監修されている 5

以下にその要点を述べる.

第一章では,手術の安全性を改善する上で基本的な課題として,①これまで手術の安全性が公衆衛生上重要な懸念事項とは認識されてこなかった点,②基礎データの不足,③現在確立されている安全性に関する手順ですら,すべての国で確実に実施されているとは限らない点,④その複雑さ(最もシンプルな手順でさえ重要な手順が多く関与し,その一つ一つが,手術の不成功や患者を傷つける可能性を伴っていること)の少なくとも4点が存在することを指摘している.

第二章では,安全な手術に必要な10の目標におけるエビデンスのレビューと推奨を行っている(Table 1).

Table 1 

安全な手術に必要な10の目標(文献より引用).

第三章で,WHO手術安全チェックリスト,第四章ではその実施マニュアルを解説しており,さらには,Haynesらによる手術安全チェックリストを適応した場合,周術期死を1.5%から0.8%まで減少させたという論文を紹介している 6.この活動に端を発し,全世界的に手術室を中心とした周術期チームの啓蒙が行われるようになった.

内視鏡周術期管理における変遷と,その運用におけるknack and pitfall

内視鏡における周術期に関する取り組みは,2016年から2018年にかけて活動を行った日本消化器内視鏡学会の附置研究会であった「内視鏡検査・周術期管理の標準化に向けた研究会」に端を発する.その活動成果物は,「消化器内視鏡検査・周術期管理の標準化ハンドブック」として,日本消化器内視鏡学会のホームページ(現在は,ホームページからは削除されている. https://www.jges.net/medical/content/handbook)に公開された後に,加筆されて2022年に出版物として発刊された 7.その内容に沿って,消化器内視鏡検査・周術期管理の標準化におけるKnack & Pitfallについて述べる.ただし,この分野は,エビデンスのあるデータが比較的少ない領域であることに留意戴きたい.

Ⅱ 機器の取り扱い 

1)内視鏡の構造・機能とその取り扱い

内視鏡機器は,精密な光学機器であり,内視鏡診療においてその機器の構造・機能について基本的な知識を持つことは必須である.ビデオスコープは,挿入部(先端構成部・彎曲部・軟性部よりなる)と操作部と接続部より構成されている.光源装置より出された光を,ライトガイドで先端部まで導光し,消化管内を照射した像を,先端部のCCDに取り込んで電気信号に変換し,ビデオプロセッサーに送られて画像を構築する.

防水キャップが必要なスコープは,洗浄前に確実に閉めているかどうかを確認する必要がある.

内視鏡の主な故障部位はFigure 1の通りである.

Figure 1 

内視鏡の主な故障部位:文献より引用.

2)内視鏡のメンテナンス

a.洗浄と消毒

消化器内視鏡の洗浄消毒のガイドラインは,2018年に発表されている 8

消化管内に挿入するスコープは,Spauldingの分類ではセミクリティカルに分類される.使用後は,ベッドサイド洗浄→用手洗浄→洗浄消毒の流れとなるが,どれも省略することはできないプロセスである.

高水準消毒薬(過酢酸・グルタラール・フタラール)を専用の自動洗浄消毒装置で適切に用いた場合,安定した洗浄消毒が可能となる.機能水については各施設の管理責任において使用する.洗浄消毒の作業は換気に留意し,体液の暴露から洗浄員を守るため,適切な個人防護具(PPE:Personal Protective Equipment)を着用する.スコープは,洗浄・消毒後アルコールフラッシュを行い,ボタンなどのアクセサリー類ははずし乾燥させた状態で専用の保管庫内にぶら下げるように保管する.

少なくとも月1回は内視鏡洗浄消毒装置の各種フィルターの交換,管路内消毒を行う.

b.点検と保管

2007年4月1日より施行された改正医療法の中で医療機関に義務づけられた「医療機器の保守点検に関する計画の策定と実施」では,医療機器安全管理責任者を選任し,医療機器による事故を未然に防止する目的に医療機器の保守点検に関する計画の策定と実施を行うように記されている 9

そのため,内視鏡診療においても,保守点検(日常点検・定期点検)の計画策定と実施を適切に行うとともに,その記録を保管することも重要である 10

また,内視鏡の洗浄・消毒・保管の質の保証の手段として,「年1回以上」定期培養検査を行うとされているが,手間とコストを担保する仕組みが今後は必要となる.

c.故障と保全

2006年6月14日に,良質な医療を提供する体制の確立をはかるための医療法などの一部を改正する法律(平成18年法律第84号)により,医療法(昭和23年法律第205号)が改正された.これにより各医療機関において医療機器の保守点検・安全使用に関する体制を整えることが義務づけられ,その内容を遵守するよう最善の努力をしなければならない.その詳細は「医療機器の保守点検計画と適切な実施に関する解説書」に述べられている 11.保守点検計画を策定すべき医療機器(特定保守管理医療機器)としてほとんどの内視鏡機器はクラスⅡ分類に該当している.

Ⅲ インフォームド・コンセントと問診票

インフォームド・コンセント(IC)(説明と同意)とは,医療における患者の権利を守るための法理で,信頼関係と自己決定権の二つの基本原則のもとに成り立つ.近年,あらゆる医療行為に対してICの必要性が重要視されるようになった.特に危険性を伴う医療行為に関しては,その必要性と危険性について事前に十分な説明を患者に行い同意を取得する.また,その説明内容と説明者及び患者の署名を書面に残すことが必要である 12.現在のICの問題点と今後の課題をTable 2に示す.

Table 2 

インフォームド・コンセントにおいて解決すべき課題(文献より引用・一部改変).

問診票は,各施設の特徴あるいは検査目的に応じて作成する必要がある.検査目的やCOVID19パンデミックなどの特殊な状況によっては基本的な問診票の内容以外もさらに補足をして聴取する必要がある.なお,作成の際には,患者さんの理解しやすい平易な言葉を併用すると良い.そして,飲酒歴,喫煙歴,ピロリ菌感染の有無等,JEDプロジェクト対応の患者背景情報は,問診票で再度確認すると,データの確度は上がる 13

Ⅳ チェックリストとタイムアウト

1.チェックリスト

チェックリストの概念は,前述のWHOによる「手術室の安全チェックリスト」 4に端を発する.内視鏡用に改変した作成例が標準化ハンドブックには掲載されている(Figure 2).掲載されたチェックリストは,手術室での運用を参考としているため,①入室時に看護師が行うサインイン,②検査・治療開始前に医師と看護師で行うタイムアウト,③退室前に医師と看護師で行うサインアウトの3部構成となっている.

Figure 2 

チェックリストの作成例:文献より引用.

2.タイムアウト

タイムアウトは,現在の手術室では欠かすことのできない,安全管理上の重要項目となっている.手術室におけるタイムアウトは,皮膚切開前に患者,手術法と手術部位を確認するための短い「休止」を指し,タイムアウトを含むチェックリストを用いることで,外科医,麻酔科医,外回り看護師のお互いの情報共有の時間を取り,チェックリストを用いて一つずつ確認することによって,手術安全を確保している.内視鏡検査・処置時のタイムアウト導入による有害事象低下に関するエビデンスは現時点では乏しいため,今後の蓄積が望まれる.また,鎮静を行う場合と行わない場合で,タイムアウトのタイミングをどうするかも課題である.

Ⅴ 環境整備,物品確認と服薬確認 

1.筋骨格系障害予防のための人間工学的対策

内視鏡医の作業関連運動器疾患(work-related musculoskeletal disorders;WMSDs)の有病率は主に海外の調査で20-89%,部位としては,首,腰,手首,手などに多いとされている.国内のデータでは,有病率は約半数近くに及んでおり,部位としては,首,腰,右肩,左肩,左足の順に多いという 14

ハンドブックには内視鏡従事者のための人間工学的な対策として7項目が挙げられている(Table 3).

Table 3 

内視鏡従事者の作業関連運動器疾患対策(文献より引用).

2.備品及び薬品確認

安全な内視鏡を施行するためには,備品が確実に機能し,薬品が適切に配備されていることが重要である.薬品の副作用や禁忌をすべてのメディカルスタッフが周知していることが望ましい.物品や薬品の管理は,中央化・外注化することにより過不足なく定数配置することが可能となる.救急カートも,確実に配備し,内容物の期限も含めて適切に管理することが必須である.

3.服薬確認

定時の内服薬の確認は,「お薬手帳」での確認が推奨される.特に重要な内服薬としては,①抗血栓薬 ②降圧薬・抗不整脈薬 ③糖尿病治療薬が挙げられる.昨今頻回に使われ始めている経口血糖降下薬は,施行前には休薬となり,施行後食事開始とともに再開となる.

4.管理担当

内視鏡室で管理すべき業務には,①事務的業務,②看護的業務,③技術的業務が挙げられる.そのうち,技術的業務は内視鏡医の担当となるため,それ以外の業務は,事前の取り決めで役割を決めておく必要がある.

欧州消化器内視鏡学会(ESGE:European Society of Gastrointestinal Endoscopy)は,内視鏡レポートは電子化され,それらは電子カルテ内の情報等と統合するべきであるとposition statementを発表している 15.今後は,厚生労働省が推奨している医行為におけるタスクシフトにより,現行法の範囲を越えて,より円滑な役割分担が進んでいくことを期待している 16

Ⅵ 前処置と鎮静

1.前処置

日本語でいう前処置は,施行前の禁食や薬剤の休薬のみならず,咽頭麻酔や鎮痙薬,さらには,ペースメーカーへの対応や,大腸内視鏡における腸管洗浄も含まれる.

咽頭麻酔薬であるリドカインに関しては,スプレー単剤における,ビスカス併用に対する非劣性が証明されている 17.そのため,患者受容や処置の簡便化を考え,今回のハンドブックではリドカインスプレーのみによる咽頭麻酔が第一選択とされた.また,リドカインスプレー(キシロカインスプレー8%)を咽頭に5回程度の噴霧とし,増量する場合でも,リドカインとして極量である200mg(25回噴霧)を超えてはいけない.なお,キシロカインスプレー8%には,添加物としてL-メントールやエタノールが含まれているため,それらの物質に対する過敏症がある場合にはキシロカイン液「4%」を噴霧器に注入して使用するべきである.また,コロナ禍ではキシロカインスプレーの使用は推奨されていない.

施行前の経口補水は,脱水による血栓塞栓症のリスクが高いとされる高齢者や夏場において検討されるべきであろう.また,鎮痙薬の必要性の有無や,安全な経静脈麻酔法の確立も,検討が必要である.さらに大腸内視鏡施行前日の検査前の食事制限の必要性ならびに食事内容(低残渣食もしくは市販検査食)についての検証,検査前日の下剤併用の有用性も検討が必要である.

小腸及び大腸カプセル内視鏡の前処置に関しては,現時点での統一された見解はないため,下剤の必要性や,大腸カプセル内視鏡検査におけるブースター効果も含めて,検討が必要である.

2.鎮静

a.内視鏡における鎮静

日本消化器内視鏡学会では,2013年と2020年に,内視鏡診療における鎮静に関するガイドラインを発表しており 18),19,それに従った準備・施行が原則である.

施行前に,想定される施行時間,侵襲の度合いを適切に把握し,鎮静時には,一般的なモニタリングに加えて,鎮静中は呼吸状態を継続的にモニターするカプノグラフィーやRRa(acoustic respiration rate)などが利用可能である.

鎮静薬としては,ベンゾジアゼピン系鎮静薬,プロポフォール,デクスメデトミジン,鎮痛薬としては,麻薬性鎮痛薬(フェンタニル・ペチジン),拮抗性鎮痛薬(ペンタゾシン)などが挙げられる.

処置の終了後15分が過鎮静による危険性の高い時間帯であり,呼吸を含めたモニタリングを継続し,患者がもとの意識・循環レベルに戻るまで観察する必要がある.

麻酔時の徐脈・低血圧に対してはエフェドリンやフェニレフリンが使用可能である.

プロポフォール・デクスメデトミジン・フェンタニル等の薬剤は,集中治療領域では使用頻度の非常に高い薬剤であるが消化器内視鏡への応用にはまだ課題があると思われる.

b.退出基準

スコア化された退出基準には,麻酔回復スコア(Figure 3 20,PADSS(Post-anesthesia discharge scoring system)(Figure 4 21,MPADSS(Modified post-anesthesia discharge scoring system),Aldreteスコアリングシステムなどがあり,いずれの基準にも意識状態,バイタル,移動・運動などが主な項目に上がるが,現在のところ,統一されていないため,エビデンスに基づいた内視鏡独自の退出基準の作成が必要である(Figure 5).

Figure 3 

麻酔回復スコア(文献18より一部改変).

Figure 4 

PADSS(文献19より和訳・一部改変).

Figure 5 

退出基準スコアの比較(文献18より引用).

Ⅶ 手技(検査)の実際とモニタリング

手技(検査)中には,①血圧②脈拍③酸素飽和度④呼吸状態⑤意識状態について,①パルスオキシメーター②血圧計③心電図④カプノメーター⑤Bispectral index(BIS)モニターを用いながらモニタリングする.

米国消化器内視鏡学会のガイドライン 22では,鎮静下での内視鏡についてはコメントされているが,非鎮静状態におけるコメントはない.そのため,今後は非鎮静下でのモニタリングの必要項目の作成が必要である.また,治療内視鏡における鎮静ガイドラインも,今後作成が必要である.

Ⅷ 偶発症

内視鏡は,それ自体がある程度の侵襲性をもっており,偶発症は,最新の注意を払っても,避けては通れない.しかしながら,その発生頻度を下げるために,予防策を事前に講じて準備をし,さらには,不幸にして発生した場合には,迅速に,かつ,適切に対応していくことが重要である.

その際には,一連の流れを周術期管理:periprocedural managementとしてとらえ,施行前のインフォームド・コンセントを含めたdoctor-patient relationshipに始まり,抗血栓薬の取り扱い,前処置,鎮静,施行後の患者指導など,様々な点に配慮して,少しでも被検者の利益に寄与していく姿勢が求められる.

周術期管理チームは,チーム全体で偶発症に関する知識を共有することが重要であり,発生時には,チームが一丸となって対応することが重要である.

また,定期的な自施設での偶発症における振り返りや,同意書への自施設の偶発症の頻度の記載も大切である.

Ⅸ 内視鏡検査の記録 

日本消化器内視鏡学会の一事業として始まったJEDプロジェクトは,斎藤豊,藤城光弘,田中聖人,松田浩二を発起人として2015年に先行8施設の協力で始まった.その目的は,①世界最大の内視鏡診療データベースの構築(日本の内視鏡診療の実態を把握) ②臨床研究レジストリーのデータ化(標準化された高度な臨床研究の実現) ③医師の診療実績の精確な把握(専門医制度への効果的な対応)である.周術期のデータを含めたJEDプロジェクトにおけるデータの利活用により,日本からのさらなる新しい知見の創出が期待される.

Ⅹ 消化器内視鏡検査・周術期管理に関する目標

筆者らは,安全な消化器内視鏡検査・周術期管理に直結する必要な目標として,前述のWHOの10項目のうち,8項目を内視鏡試案として提案する(Table 4).

Table 4 

安全な内視鏡に必要な8の目標.

Ⅺ 内視鏡検査・周術期管理の標準化がもたらす効果

内視鏡が果たす医療・医学における役割は,内視鏡診療・内視鏡研究・内視鏡教育の三つに大別される.

1.内視鏡診療

内視鏡診療のアウトカムに与える影響は,患者の因子,内視鏡機器・処置具の能力,内視鏡医を含めたメディカルスタッフの技量などに依存する.そのため,2016年に第1版が発刊された内視鏡試案(内保連・外保連合同)においては,施行前の問診や,施行後の注意点の説明までを,内視鏡技術の守備範囲と設定されている(現在は,第1.3版) 23.標準化により正確なコスト算定も可能となり,医療安全に配慮した内視鏡診療の均てん化,効率化も達成される.つまり,日本全国どこで行っても同様の診療アウトカムをもたらすためには,内視鏡検査・周術期管理の標準化は必須である.

2.内視鏡研究

現在日本消化器内視鏡学会の事業としてJEDプロジェクトが行われているが,その中では,使用される用語の標準化に始まり,各種パラメータの標準化も行われている.

科学的研究の主たる目標は,真理の解明であり,研究者は仮説を立てて証明しようとすることである.そのため,研究成果の正確性の評価には,再現性が求められる.しかしながら,臨床研究,特に内視鏡研究は再現できないことが多いとされている.つまりは,ある研究者の得た成果が真理かどうか,他の研究者が検証することが難しい.

内視鏡検査・周術期管理の標準化を行うことにより,研究の方法論の一部を標準化,共通化することで,成果の再現性を確認しやすくなる.つまりは,より真理に近い研究成果であることを,客観的に示すことが可能となる.

言い換えれば,再現性のある「質の高い」内視鏡研究を行うためには,①均一の患者・疾患・進行度の集団 ②同一の内視鏡機器・処置具 ③似通った内視鏡医の技量 そして,④標準化された検査・周術期管理が必要となると考える.

3.内視鏡教育

日本専門医機構によるサブスペシャルティ領域として日本消化器内視鏡学会は正式に認定されている.日本消化器内視鏡学会では,日本消化器内視鏡学会専門医研修整備基準を作成し,Ver.6を学会のホームページにアップロードしている 24.その中には,専門医研修カリキュラムを支える体制も謳われており,消化器内視鏡医学総論では,その技術的の側面のみならず,病態の理解についても述べられている.整備基準に沿って教育されることが,より均てん化された修練医を創出することに繋がっていくと考えている.

Ⅻ 周術期管理の標準化を支援するためのツール

標準化されたパラメータを効率的に取り込むには,IT関連のツールを積極的に用いるのが有効である.例えば,電子カルテの入力画面から必要な項目を内視鏡部門システムへ転送し,内視鏡部門システム内で施行した処置や薬剤の種類・量を入力した情報を電子カルテ側に転送することによって,二重入力を避け,より効率的に情報共有を行うことが可能となる 25.また,内視鏡部門システムと病理部門システムの連携が進めば,医療安全面からの検体取り違いの防止のみならず,内視鏡におけるclinical indicatorの一つである腺腫検出率なども,病理診断システムからのシステムと連動すれば半自動的に測定できる可能性も秘めている 26),27.そして,洗浄消毒に関しても,RFID(Radio Frequency Identification)タグやバーコードを適切に用いれば,清潔な状態が保証されたスコープを患者に用いることが可能となる 28.さらには,問診のタブレット化や音声入力,バイタルモニターからのデータ転送など,医療安全のみならず,働き方改革の遂行にも役に立つアイテムは多く存在することは是非とも知って戴きたい 29

ⅩⅢ 麻酔科医から見た消化器内視鏡における周術期管理の将来像

最後に,周術期マネージメントの先駆けであり,手術室の安全管理者である麻酔科医の視点から見た消化器内視鏡診療について述べる.消化器内視鏡は検査から始まったが,やがて,生検,止血術,内視鏡的切除術,粘膜下層剝離術,等に分化しながら進化を遂げてきた.勿論,その進化は,機器の進歩と技術の進歩の両方に支えられている.ただし,元来,咽頭の表面麻酔のみの無鎮静からスタートした消化器内視鏡検査ではあったが,やがて軽度の鎮静剤を使うようになり,その管理を甘く見て事故を起こした事例もあったという.Natural orificeに内視鏡を挿入することは,非生理的な行為であり,侵襲を少なからず伴うため,施行時を含めた安全管理を適切に行うことは極めて重要なことである.

手術室における外科手術と比べ低侵襲であり,「術」としてのノウハウが詰まっている内視鏡手技は,現在の手術室での管理の進歩になぞらえて進化すると,より安全に施行できるようになるであろう.ただし,それには,「ひと」,「もの」,「システム」の適切な整備が必要であり,その基軸となる内視鏡検査・周術期管理の標準化は,実際に手術室を中心とした周術期管理チームで用いられているように極めて重要であろう.

現在の手術室には,以前に思われていたようなブラックボックスは存在せず,すべてがオープン化し,多職種の目が絶えず入るような構造になっている.消化器内視鏡診療が将来的にそのような構造になることを心より祈っている.

ⅩⅣ おわりに

内視鏡診療の高度化・長時間化による,内視鏡施行医のみでは解決できない状況は,以前の麻酔医不足の周術期管理と酷似している.われわれ消化器内視鏡医には,多職種を交えたチーム医療の実践が必要であり,その管理方法の標準化は,安全な内視鏡診療を国民に提供するための大きな課題であると考える.

謝 辞

本稿の執筆にあたり御指導戴いた,静岡医療センター統括診療部長 小澤昭子先生に謝辞を申し上げる.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:中井陽介(オリンパスメディカル,富士フイルム,ボストンサイエンティフィックジャパン,HOYA株式会社),藤城光弘(オリンパスメディカル,富士フイルム)

文 献
 
© 2023 一般社団法人 日本消化器内視鏡学会
feedback
Top