2023 年 65 巻 6 号 p. 1110-1116
症例は83歳女性.胸焼け症状と胸部圧迫感精査目的に行った上部消化管内視鏡検査で胃角部小彎に10mm大の0-Ⅱa病変の早期胃癌を認めた.内視鏡的治療の適応であったが,upside down stomachを伴うⅣ型食道裂孔ヘルニアのためにスコープ操作が非常に困難であった.高齢であり侵襲度を抑えるために外科と協議の上,外科的に食道裂孔ヘルニア修復術を行った後にESDを施行し早期胃癌を治療しえた.高齢者に発症したupside down stomachを伴うⅣ型食道裂孔ヘルニアに合併する早期胃癌の治療法の可能性について,文献的考察を加えて報告する.
The case subject was an 83-year-old woman. On upper gastrointestinal endoscopy examination performed for close examination of heartburn symptoms and feeling of chest tightness, early-stage gastric cancer presenting a 0-Ⅱa lesion of 10 mm in size in the angular incisure of the lesser curvature was observed. Endoscopic treatment was indicated; however, manipulation of the scope was difficult due to the presence of a type Ⅳ esophageal hiatal hernia with upside down stomach. Due to the subjectʼs advanced age, and to minimize the degree of invasiveness, upon deliberation with the department of surgery, surgical repair of the esophageal hiatal hernia was performed, after which the early-stage gastric cancer could be treated by performing ESD. We report a possible treatment method for early-stage gastric cancer concurrent with type Ⅳ esophageal hiatal hernia presenting with an upside down stomach in an elderly individual with a review of the literature.
食道裂孔ヘルニアは食道裂孔をヘルニア門として胃などの腹腔内臓器が縦隔内に脱出する病態のことである.高度の食道裂孔ヘルニアでも胃軸捻転を伴って縦隔内に脱出するものはupside down stomach(UDS)と言われ極めて稀である 1).今回われわれは,UDSにより内視鏡的操作が困難で,早期胃癌治療に対して外科的に食道裂孔ヘルニア修復術を行った後に内視鏡的粘膜下層剝離術を施行し,胃を温存しえた症例を経験したので報告する.
患者:83歳,女性.
主訴:胸焼け,呼吸困難感,胸部圧迫感.
既往歴:便秘症,手術歴なし.
家族歴:特記すべきことなし.
内服薬:エソメプラゾール,モサプリドクエン酸水和物,ジメチコン,トリメブチンマレイン酸塩,酸化マグネシウム,センノシド.
現病歴:70歳頃より胸焼けがみられ,慢性胃炎として治療されていた.症状が改善せず,2015年に前医から当院に転医した.2016年頃から呼吸困難感が出現したが,心電図,心臓超音波,胸部X線等の検査で異常を認めず経過観察とした.2018年よりproton-pomp inhibitor(PPI)内服下にも関わらず呑酸の症状が出現し,次第に胸部圧迫感も出現するようになったため2019年5月に上部消化管内視鏡検査を実施した.
来院時現症:体温37.1度,心拍数95回/分・整,血圧166/92mmHg,呼吸数18回/分,SpO296%(室内気),胸部は聴診上異常なく,腹部平坦軟で腸蠕動音正常.肝臓,脾臓,腎臓は触知せず.重度の亀背と側彎を認めた.
来院時血液生化学所見:明らかな異常所見を認めなかった.血清抗Helicobacter pylori-IgG抗体は57.4U/mlで陽性であった.血清CEA,CA19-9値は正常であった.
胸部X線検査所見:肺野に異常所見を認めず.縦隔内に消化管ガス像を認めた.
12誘導心電図検査:異常所見を認めず.
スパイログラム:VC2.43L,%VC121.5%,FEV11.70L,FEV1%69.96%と閉塞性換気障害を認めた.
上部消化管内視鏡検査(EGD):食道胃接合部に粘膜障害を認めなかったが,混合型食道裂孔ヘルニアにより胃は食道側に脱出し,高度に変形していた.スコープ先端は安定せず,支点によって操作性が大幅に変化する状態であった.内視鏡操作は極めて不良であったが,押し引き操作を繰り返すことで十二指腸への挿入に成功した.胃粘膜は全体的に萎縮性変化が強く,0-Ⅲ萎縮性胃炎を認めた.また胃角部小彎に10mm大の0-Ⅱa病変を認め(Figure 1),辛うじて一度のみ正面視できた際に生検を実施した.以後は同一視野を得ることはできなかった.病理組織学的診断の結果はwell differentiated adenocarcinoma(tub1)であった.

上部消化管内視鏡検査.
胃体部小彎の10mm大の0-Ⅱa病変を認める.
上部消化管造影検査:全胃は横隔膜上に軸捻転を伴いながら蛇行して縦隔内に脱出していた.捻転により大彎側が小彎側より頭側に捻れていたが,十二指腸への造影剤排出は良好であった(Figure 2,3).

上部消化管造影検査.
上部消化管造影検査で横隔膜上に胃全体が蛇行し突出している.

上部消化管造影検査(Figure 2)のschema.
胸腹部CT検査:食道裂孔ヘルニアより全胃が軸捻転しながら,横行結腸と共に縦隔内に逸脱していた.また虚血性変化は認められなかった(Figure 4).

胸腹部CT検査.
食道裂孔ヘルニアより縦隔内に脱出した軸捻転した全胃(黄色矢印➡)と食道胃接合部(青色矢印➼)を認める.
また縦隔内に脱出した横行結腸(赤色矢印➤)を認める.
臨床経過:上記検査所見からUDSを呈するⅣ型食道裂孔ヘルニアに合併した早期胃癌と診断した.早期胃癌に対する治療として内視鏡的粘膜切除術(EMR)や内視鏡的粘膜下層剝離術(ESD)の適応と考えられたが,胃の変形が高度でありスコープ操作が困難であったことから,内視鏡治療を安全かつ確実に施行することは不可能と判断した.早期胃癌の治療方針につき外科グループと検討した結果,自験例はUDSに伴う逆流症状が顕著であったため,先に腹腔鏡下食道裂孔ヘルニア修復術を施行した後に早期胃癌に対して内視鏡的治療を行う方針とした.
当院外科にてⅣ型食道裂孔ヘルニアに対して腹腔鏡下食道裂孔ヘルニア修復術を施行した.ヘルニア門は8cmと拡大していたが(Figure 5),手術時は結腸の脱出を認めなかった.胃を腹腔内に戻し,大きく開大した食道裂孔ヘルニアはメッシュを併用して縫縮し,floppy Nissen法による逆流防止手術を付加した(Figure 6).

術中写真.
ヘルニア門(黄色矢印)から胃が横隔膜上に脱出している.

開大した食道裂孔に対する腹腔鏡下食道裂孔ヘルニア修復術.
拡大した食道裂孔ヘルニアをメッシュ(黄色矢印)で補強し,Floppy Nissen法による逆流防止処置を実施した.
術後1カ月の上部消化管造影検査では胃は腹腔内に修復され,逆流所見も消失していた(Figure 7).また胸部圧迫感や呼吸困難感も消失し,スパイログラムはVC2.49L,%VC129.0%,FEV1 1.81L,FEV1%72.69%と閉塞性換気障害も改善した.再度EGDを実施したところ,スコープの取り回しが容易となり,安定して病変部を正面視可能となったため(Figure 8),術後2カ月目にESDを施行した.病理組織学的な最終診断はmoderately differentiated adenocarcinoma(tub2),10×6mm,pT1a(M),UL(-),Ly0,v0,HM0,VM0で,内視鏡的根治度EAであった(Figure 9).術後は特に合併症もなく退院し,現在(術後17カ月目)は外来通院中である.

術後1カ月の胃透視検査.
術後1カ月の胃透視検査では胃は腹腔内に修復され,逆流所見も消失していた.

術後1カ月の上部消化管内視鏡検査.
スコープの操作性が改善し,安定して病変部を正面視可能となった.

ESD標本(ルーペ像).
最終的な病理学的診断はmoderately differentiated adenocarcinoma(tub2),10×6mm,pT1a(M),UL0,Ly0,V0,HM0,VM0であった.
本邦において近年,食道裂孔ヘルニアは高齢化に伴い増加傾向にあり,2005年に草野らの報告 2)では初回内視鏡検査施行例を対象とした見下ろし分類の評価で,食道裂孔ヘルニアを2,560例中に1,263例(49.3%)認めたと報告されている.リスクとして高齢,肥満,亀背や椎体骨折,食道裂孔の脆弱化などが指摘されている 3).食道裂孔ヘルニアは脱出する形態によって,滑脱型(Ⅰ型)と傍食道型(Ⅱ型)と混合型(Ⅲ型)と胃以外の臓器脱出を伴う形態を複合型(Ⅳ型)に分類される 4).食道裂孔ヘルニアの中で約90~95%はⅠ型であり,Ⅱ・Ⅲ・Ⅳ型の頻度は少ないと言われている 4).中でも胃噴門部,胃体部もしくは胃全体の脱出を示すものは約2%とされ 5),さらに高度脱出に軸捻転を伴うものはUDSと言われ極めて稀である 1).
UDSについて松井ら 6)は男女比4対29と女性に多く,平均年齢は76.6(49~100)歳と高齢にみられると報告している.治療に関しては,UDSを来した症例は一般的に手術が原則とされ,ヘルニアの整復や再建,噴門形成術などの逆流防止処置,再発や軸捻転防止のための胃固定術が施行されている 7).事実,UDSを呈した92例の報告によると91%(92例中84例)で外科治療が施行されており 8),自験例のごとく症状を有する症例は手術治療を検討すべきであると考えられる.
食道裂孔ヘルニアがある場合は噴門部腺癌や食道腺癌の発癌率が高いと報告されており 9),高度な食道裂孔ヘルニアは発癌リスクと考えられている.特にUDSにおいては,高度な変形のために造影検査やEGD等の検査で胃癌の所見が隠れやすく検査精度が低くなることで胃癌の早期発見が妨げられることが危惧されている 10).
UDSに胃癌を合併した症例は,医学中央雑誌で1990年から2019年までの範囲で検索キーワード「upside down stomach」,「胃癌」で18例の報告である(Table 1) 10)~27).全体的な傾向としては70代から80代の高齢女性に多く認められた.食道裂孔ヘルニアと胃癌の関連性は解明されていないが,食道裂孔ヘルニアによる逆流が噴門部癌のリスクになることが示唆されており 9),28),本検討でも胃上部に胃癌が認められたものは7例であった.自験例においては,胃角部に発生した胃癌であり,ヘリコバクター・ピロリ菌感染による影響が推察される.UDSに合併した胃癌の治療集計では,外科的手術による胃全摘術あるいは胃部分切除が19例中16例であった.自験例を除く1例 22)にUDSを呈したⅢ型食道裂孔ヘルニアに合併した早期胃癌に対してESDを施行されているが,事前に外科的手術は行われておらず,内視鏡的整復術により直線化可能であった胃に対してESDが行われていた.自験例では外科的修復術前ではスコープの操作性が一貫して不良であり,ESDではなくEMRやアルゴンプラズマ凝固法なども検討したが,不完全な治療となり,かつ胃穿孔等の重大な合併症のリスクの可能性も考慮し,外科的食道裂孔ヘルニア修復術を先行した.自験例のようにUDSに対して事前に食道裂孔ヘルニア修復術を先行しESDを行った症例の報告はない.

食道裂孔ヘルニアとUpside down stomach併存の胃癌症例一覧(医中誌:1993-2019).
近年は早期胃癌のESD困難症例などに対して腹腔鏡内視鏡合同手術等が行われることも増えてきているが 29),自験例のごとく有症状の食道裂孔ヘルニアに対してはヘルニア修復術を行った後に二期的にESDを行うことでより低侵襲の治療が望めると考えられる.
今後も高齢化に伴い食道裂孔ヘルニアに合併する早期胃癌は増加すると考えられ,より負担の少ない治療法を模索する必要がある.自験例のごとく食道裂孔ヘルニア修復術後のESDは有用であり,選択肢の一つとなる可能性がある.注意点としては,ヘルニア手術の待機間に早期胃癌の進行を来しESDの適応から逸脱する可能性である.一般的に早期胃癌において,粘膜内病変の段階では粘膜内に長期間留まるとされており,粘膜内から粘膜下層への浸潤までは平均7年を要したと報告されている 30).本例ではヘルニア修復術後2カ月でESDを施行しており,腫瘍発育の観点からは許容される範囲内のものと考えられる.ただし適応においては,術前の深達度診断等を含めた十分な検討が必要である.
食道裂孔ヘルニア修復術後にESDを行った早期胃癌の1例を経験したので報告した.高齢化に伴い早期胃癌を合併するUDSの様な高度な胃変形を伴う食道裂孔ヘルニアは今後増加することが予想される.事前の深達度診断等に注意しながら,食道裂孔ヘルニアに対する外科的修復術を併用することで早期胃癌に対して内視鏡的治療を行うことも選択肢の一つとして考えられる.
謝 辞
本論文を作成するにあたり,病理診断を賜りました日産厚生会玉川病院病理診断科 故・藤原睦憲先生に心より厚く御礼申し上げます.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし